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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]愉快な3年生と文化祭編
56/208

東藤高校 文化部発表会の章

今回は文化部発表会編です。

文化祭編は、吹部だけじゃなく、人間関係を中心にしていこうと考えています。


※実際に使った曲を使用する場面がございます。


使用させていただいた曲

YOASOBI 「夜に駆ける」

vaundy  「怪獣の花唄」

数日前ー文化祭準備の日

小倉優月は、中庭をひとり歩いていた。メイド服で歩いているが、とても歩きづらい。

3年のいる教室でも、文化祭の打ち合わせをしていたようで、賑やかだった。

1年教室は1階なので、階段を上らなければならない。

『はぁ、どうして僕が…』

彼が1階に来たのには、理由があり、追加の備品を受け取りに来たのだ。着替えるのは面倒臭いからと、メイド服のままで行かされた。

『他の人でも良かったのに…』

他の人にも見せてこい、とクラスメートに押されてしまったので、渋々行くことになった。

できれば、誰にも見られたくないな、そう思った瞬間。

『あれ?ゆゆ?』

聞き覚えのある声に、優月の足が止まる。横をちらりと見ると、友達と一緒にいる向太郎だった。

『あっ…えっ…』

優月は女装とメイド服姿を見られたことに困惑する。しかも3年生の見知らぬ先輩にまで。

『誰?向太郎』

『小倉優月。俺の後輩だ』

『まじ!?』

優月は、困惑しながらも、挨拶をして帰るのが筋だろう、と優月はぺこりと頭を下げる。

『あっ…、こ…こんにちはぁ』

しかし優月はここで後悔する。話し口調と声のトーンを間違えた。先程までメイドになり切る練習をさせられていた故、口調が誤ってしまった。

優月が逃げ出そうとしたその時、

『えっ!?ちょーかわいい!』

なんと、男子ふたりが、優月に迫ってきた。

『あ、ありがとうございます…』

優月はニヤニヤと苦笑する。嬉しいが面倒臭い、ふたつの感情が心を渦巻く。

『そういえば、君、バスケ部に来なかった?』

そのうちの1人がこう言った。

そういえば、一度、想大についていったような気が…。

『星村ぁー、なにしてんの?』

その時、廊下からもう1人、誰かが話しかけてきた。

『おう!この子、よく見たらバスケ部見学しに来てくれた子だったわ!』

『えっ?メイド姿…、超似合う!!』

『あ、ありがとうございます』

『えっと、部活何だっけ?』

『吹奏楽部です』

『本番楽しみだわ!応援してる!』

『ありがとうございます!!』

優月は、その後も数分間、3年生と話し込んだ。

しかし、これが本番の彼を困らせることになるのだ。



数日後、いよいよこの日が来てしまった。

文化祭の日。


優月にとっては、文化祭は楽しみな部類だった。文化祭は2日間にかけて行われる。金曜日の文化部・自由発表会、そして土曜日の一般公開だ。優月の友達でもある優愛と瑠璃は、この日に来る予定だ。



そうして彼等は、自席のパイプ椅子に座る。一切乱れず並ぶパイプ椅子を見ると、その時の苦労が伺い知れる。

「はぁ…、明日かぁ。メイド喫茶」

優月がため息をつくと、友達が言う。

「いいじゃん。2年3組もメイド喫茶らしいよ」

それとこれは関係ないだろ、と優月は言いたかったが、言わなかった。

2年3組。優月は首を縦に傾ける。茉莉沙と初芽と菅菜のクラスだ。初芽と菅菜、そして、あの茉莉沙がメイドをやるのか?茉莉沙は、美しい淑女を絵に描いたような生徒なので、メイド姿が楽しみだ、と思う。楽しみが1つ増えた、そう考えていると、『静かにしてください』と沈黙を待つ声が響く。すると生徒たちは、まばらに静寂を生み出した。


『これより文化祭の開式を始めます。礼!』

すると、優月たちは、軽く会釈するように礼をする。

『校長の話。一同礼!』

…と開会式は、何の滞りも無く終わった。


そして、ついに発表に入った。



出番を待つ間、料理研究会の発表を見ながら、優月のクラスメートでもある鳳月ゆなが、齋藤菅菜に話しかける。

「ねぇ菅菜、菅菜のクラスってメイド喫茶やるの?」

ゆなは菅菜と同じ中学校での和太鼓部の後輩だった。だが、ゆなが部活上では先輩と言い張り、菅菜には呼び捨て、タメ口で接している。

すると菅菜は首を縦に振る。

「うん。こっちのクラスは調理したものを売るけど」

「ああ…」

1年1組は、メイド喫茶と言っても、手作りのクッキーやアイス、市販の飲み物を嗜んでもらう程度だ。来年になれば、もっと面白いメイド喫茶ができそうだ。そう思っていたのだが…

「私たちにとっては、最後の文化祭だから楽しみだなぁ」

菅菜の言葉に、ゆなが硬直した。

「えっ?来年もあるんじゃないの?」

「来年は体育祭だよ。ここの学校は、文化祭と体育祭を交互にやるみたい」

「はぁぁ…。マジでク◯だな。この学校」

ゆなが、口汚いことを言うと、美心が「何言ってるの?」と突っ込んできた。美心に連れられた優月は、力なく笑った。

彼女はいつだって正直だ。それが短所でもあり、長所でもある。彼女は何をして育ったのか、優月はいつしか、そんな事を考えていた。


『じゃあ、楽器の準備、行くよ』

美心がそう小声で言うと、優月とゆなは、頷いた。その時、初芽と話していた茉莉沙が、口を開く。

「待ってください。私も行きますよ」

「えっ?大丈夫だよ」

「いえ。ドラムを一曲だけでも使うんですから」

美心は優しく断ろうとしたが、

「メイさん、優秀だし、私の代わりに働いてほしい」

ゆながそう言って、茉莉沙の肩をさすった。

「全く…!ゆなは…!」

美心が静かな怒りを見せるが、それに気づいたのは、優月と茉莉沙だけだった。

(今のうちに…感覚取り戻しておかないと)

茉莉沙は、心の中でそう言った。彼女が手伝いを買って出たのは、単なる善意では無かった。


そして、演奏の準備が始まったその時。

パキ!とあちこちから、音が聴こえてきた。パーカッションセットを組み立てながら、優月が見たものは、細長い光だった。ピンク、ブルー、グリーン、オレンジ、イエロー、パープル。様々な色のペンライトが配布されていた。


(ライブでもするのか…)

ペンライトの配布は、茂華中学校には無かった。優月は、少し面白く感じた。

そして、楽譜を捲る。1小節に数個の音符。それ以降は、サビまで手拍子と書かれていた。つまり優月にとっては、暇となる。

その時だった。

『ゆづきー!』

誰かが叫んだ。3年生だろう。それを皮切りに、優月への声は止まらない。


「最悪だ…」

優月は、闇の中、人には見せられないような表情で、顔を引きつらせた。

こんなことになった理由は、先日のことだ。

メイド姿の優月が、3年生に見られて揉みくちゃになったことがあったのだ。向太郎が優月のことを詳しく男子友達に話していたから、優月への人気が嫌にも高まったのだ。

まさか、メイド姿になるだけでここまで有名になるなんて、と優月は恥ずかしくなった。


「ゆゆへの人気、すげーなー」

事の元凶でもある向太郎は、闇を吸った銀色のチューバを床へ立てる。

「そういえば、優月くん、3年生に詰め寄られてたな…」

想大が、そう言ってホルンを構える。左手をベルの中に入れると、深く深呼吸した。

優月コールは、冷めることなく、ついに演奏の時になる。


井土が、横で美心に合図する。

刹那、美心がシンバルを打つ。パシン!と華やかな音が、演奏の始まりだった。

それと同時に、ゆなと向太郎がマイクを持って、ステージの前に立つ。

『みなさん、楽しんでますかぁー!?』

『いえーい!』

向太郎の声に、3年生のみ歓声が飛ぶ。向太郎は余程人気者なのだな、と吹奏楽部員の誰もが思った。

『みなさん!こんにちは。東藤高校吹奏楽部です!今日は文化部発表会、楽しんでいこうぜ!』

ゆながそう言って、パーカッションセットへ、戻っていく。


優月は、両手で手拍子をする。井土からの指示だった。

『ゆ・づ・き!!』

その時、彼の友達からも、歓声が飛び込んでくる。それを見かねた井土は、青いスポットライトを掻い潜り、放送室へ向かった。


「いぇーい…」

優月は、枯れた声で、小さく手を振る。何だか恥ずかしいな、と思う。まさか、知らぬ先輩や友達から声援が飛ぶとは。

サビまではまだ10小節ある、その時。

暗闇から誰かが、こちらへ突っ込んでくる。優月は、凍りついたように手を止めた。

「ゆゆ!これ…」

そう言って、井土が彼に渡したもの。

それは、緑色に光るペンライトだった。そのペンライトは、生徒の持つペンライトとは、違って太いので、光も強かった。

そのペンライトを優月は、右手に構える。そして曲調に合わせ、ゆっくりと左右に振る。闇にライトグリーンの光が流れ舞う。

まさか、ペンライトを貰えるとは、優月は少し数奇な状況に、思わず笑みが溢れた。


少し気を取り乱したとはいえ、優月は普段の実力で、演奏しきった。

すると今度は、むつみが前に立つ。むつみの白い紙の後ろには、大きなレースでできたリボンが、なびいていた。

『ありがとうございます!さて、次は、YOASOBIさんの夜に駆けるです!』

すると、マイクを掴んだ井土が歌い出す。

『沈むように、溶けていく前に…♪』

それと同時に、ゆながバスドラムでリズムを刻む。優月もタンバリンを必死に打つ。すると、そのリズムに合わせて、ペンライトが前後に振られた。


2曲、3曲と曲は、進んでいく。

『では、次はミセスのライラックです!楽しんでいこうぜ!!』

向太郎がそう言うと、澪がベースを弾く。聴き馴染みのあるメロディーが響く。

ドッ!茉莉沙がスネアとフロアタムを、同時に叩く。それがペンライトを激しく動かす。

雨久、氷空がトランペットを吹くと同時、菅菜と颯佚もサックスで音を吹き鳴らす。

早いリズムにも関わらず、茉莉沙は正確に音を刻む。パン!パン!とスネアの軽やかな音が、観客の心を躍らせる。

『過ぎてゆくんだ今日も、この寿命の通りに〜♪』

休符なので優月は、小刻みにペンライトを振る。すると、それに合わせるように前からも、同じようにペンライトが前後した。


『大人になってくんだろう〜♪YEY♪』

シンバルとスネアがクロスする。難所さえも茉莉沙は笑顔で、突破する。それを見て菅菜は、凄いな、と思った。菅菜は茉莉沙に憧れている。

『1回だけのチャンスを見送ってしまう事が無いように〜♪』

そして、ここは初芽と心音のフルートソロだ。フルートの柔らかな音が響く。しかし、皆の耳に残ったフルートの音は、残念にも初芽のものだけだった。


「結羽香、相変わらずだね」

「だね」

初芽の友達も、2年生で初芽の友達も、その実力には舌を巻くほどだ。


そして、最後の曲に。

美心が再びシンバルを叩く。

この心地よい音楽は、『怪獣の花唄』だ。優月もこの曲は知っている。この曲ばかりは、美心も鍵盤楽器であるビブラフォンを任されていた。

最後まで音楽は滞りなく進み、演奏会は終焉を迎えた…。

そうして、

『ありがとございましたー!』

雨久の言葉と部員の礼に、辺りから拍手が湧いた。


片付けを終えた部員は、各々の席へ戻って行った。

「終わったぁ」

優月は、ポケットに隠したペンライトを、取り出す。私用持続時間は3時間程なので、まだまだ明るいままだ。

それにしても緑。部員共通Tシャツも緑だな、と然りげ無く思った。


その時、ドラムの激しい演奏が始まる。優月が慌てて、ステージを見ると、叩いていたのは井土だった。何故だか、ゆなより上手いな、と優月は思った。そういえば、バンドの練習をする、と昨夜言ってたっけ?と彼は思い出した。

そうして、自席に優月は戻った。


「ただいまー」

優月は、1年1組の席へ戻る。

「優月、人気者やん!」

クラスメートの1人が言うと、優月は呆れ笑いを浮かべる。

「ってか、その服、なんかいいな」

クラスメートが、優月の部活Tシャツを指差す。ライドグリーンに、さまざまな楽器のイラストが、縦横無尽に転がっている可愛らしいデザイン。

「ありがとう。そういえば、鳳月は?」

「まだ帰ってねぇな」

想大は、友達と馬鹿騒ぎしていて、身を案じるまでも無かった。


その時、ゆなは別の場所で、美心と見ていた。

「美心が吹部辞めるって本当なのか?」

ゆなが尋ねる。すると美心が頷いた。

「本当かもしれない」

「かもしれない?」

「うん」

美心は不安気な表情を誤魔化すように笑った。

「はっきりしない人間は嫌われるよ?」

「はいはい」

「でも、あなたが辞めたら、正味、パーカッションがキツくなる。ゆゆだって、まだ未熟だし」

「それでもアンタよりはしっかりしてるよ」

それに大丈夫、と美心が言う。

「あの子がいるから」

そう言う美心の目は、信頼に満ちていた。

「まさか…メイさん?」

すると美心が頷いた。スポットライトのうるさい光が点滅する。少し眩しかった。


美心はゆなの方をもう見なかった。

言えなかった。

退部届を提出した…だなんて。


しかし、そんなことは露知らず。文化部発表会は無事終了した。

読んでいただきありがとうございました!

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良ければ他の話も是非読んでみてください。



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