東藤高校 文化部発表会の章
今回は文化部発表会編です。
文化祭編は、吹部だけじゃなく、人間関係を中心にしていこうと考えています。
※実際に使った曲を使用する場面がございます。
使用させていただいた曲
YOASOBI 「夜に駆ける」
vaundy 「怪獣の花唄」
数日前ー文化祭準備の日
小倉優月は、中庭をひとり歩いていた。メイド服で歩いているが、とても歩きづらい。
3年のいる教室でも、文化祭の打ち合わせをしていたようで、賑やかだった。
1年教室は1階なので、階段を上らなければならない。
『はぁ、どうして僕が…』
彼が1階に来たのには、理由があり、追加の備品を受け取りに来たのだ。着替えるのは面倒臭いからと、メイド服のままで行かされた。
『他の人でも良かったのに…』
他の人にも見せてこい、とクラスメートに押されてしまったので、渋々行くことになった。
できれば、誰にも見られたくないな、そう思った瞬間。
『あれ?ゆゆ?』
聞き覚えのある声に、優月の足が止まる。横をちらりと見ると、友達と一緒にいる向太郎だった。
『あっ…えっ…』
優月は女装とメイド服姿を見られたことに困惑する。しかも3年生の見知らぬ先輩にまで。
『誰?向太郎』
『小倉優月。俺の後輩だ』
『まじ!?』
優月は、困惑しながらも、挨拶をして帰るのが筋だろう、と優月はぺこりと頭を下げる。
『あっ…、こ…こんにちはぁ』
しかし優月はここで後悔する。話し口調と声のトーンを間違えた。先程までメイドになり切る練習をさせられていた故、口調が誤ってしまった。
優月が逃げ出そうとしたその時、
『えっ!?ちょーかわいい!』
なんと、男子ふたりが、優月に迫ってきた。
『あ、ありがとうございます…』
優月はニヤニヤと苦笑する。嬉しいが面倒臭い、ふたつの感情が心を渦巻く。
『そういえば、君、バスケ部に来なかった?』
そのうちの1人がこう言った。
そういえば、一度、想大についていったような気が…。
『星村ぁー、なにしてんの?』
その時、廊下からもう1人、誰かが話しかけてきた。
『おう!この子、よく見たらバスケ部見学しに来てくれた子だったわ!』
『えっ?メイド姿…、超似合う!!』
『あ、ありがとうございます』
『えっと、部活何だっけ?』
『吹奏楽部です』
『本番楽しみだわ!応援してる!』
『ありがとうございます!!』
優月は、その後も数分間、3年生と話し込んだ。
しかし、これが本番の彼を困らせることになるのだ。
数日後、いよいよこの日が来てしまった。
文化祭の日。
優月にとっては、文化祭は楽しみな部類だった。文化祭は2日間にかけて行われる。金曜日の文化部・自由発表会、そして土曜日の一般公開だ。優月の友達でもある優愛と瑠璃は、この日に来る予定だ。
そうして彼等は、自席のパイプ椅子に座る。一切乱れず並ぶパイプ椅子を見ると、その時の苦労が伺い知れる。
「はぁ…、明日かぁ。メイド喫茶」
優月がため息をつくと、友達が言う。
「いいじゃん。2年3組もメイド喫茶らしいよ」
それとこれは関係ないだろ、と優月は言いたかったが、言わなかった。
2年3組。優月は首を縦に傾ける。茉莉沙と初芽と菅菜のクラスだ。初芽と菅菜、そして、あの茉莉沙がメイドをやるのか?茉莉沙は、美しい淑女を絵に描いたような生徒なので、メイド姿が楽しみだ、と思う。楽しみが1つ増えた、そう考えていると、『静かにしてください』と沈黙を待つ声が響く。すると生徒たちは、まばらに静寂を生み出した。
『これより文化祭の開式を始めます。礼!』
すると、優月たちは、軽く会釈するように礼をする。
『校長の話。一同礼!』
…と開会式は、何の滞りも無く終わった。
そして、ついに発表に入った。
出番を待つ間、料理研究会の発表を見ながら、優月のクラスメートでもある鳳月ゆなが、齋藤菅菜に話しかける。
「ねぇ菅菜、菅菜のクラスってメイド喫茶やるの?」
ゆなは菅菜と同じ中学校での和太鼓部の後輩だった。だが、ゆなが部活上では先輩と言い張り、菅菜には呼び捨て、タメ口で接している。
すると菅菜は首を縦に振る。
「うん。こっちのクラスは調理したものを売るけど」
「ああ…」
1年1組は、メイド喫茶と言っても、手作りのクッキーやアイス、市販の飲み物を嗜んでもらう程度だ。来年になれば、もっと面白いメイド喫茶ができそうだ。そう思っていたのだが…
「私たちにとっては、最後の文化祭だから楽しみだなぁ」
菅菜の言葉に、ゆなが硬直した。
「えっ?来年もあるんじゃないの?」
「来年は体育祭だよ。ここの学校は、文化祭と体育祭を交互にやるみたい」
「はぁぁ…。マジでク◯だな。この学校」
ゆなが、口汚いことを言うと、美心が「何言ってるの?」と突っ込んできた。美心に連れられた優月は、力なく笑った。
彼女はいつだって正直だ。それが短所でもあり、長所でもある。彼女は何をして育ったのか、優月はいつしか、そんな事を考えていた。
『じゃあ、楽器の準備、行くよ』
美心がそう小声で言うと、優月とゆなは、頷いた。その時、初芽と話していた茉莉沙が、口を開く。
「待ってください。私も行きますよ」
「えっ?大丈夫だよ」
「いえ。ドラムを一曲だけでも使うんですから」
美心は優しく断ろうとしたが、
「メイさん、優秀だし、私の代わりに働いてほしい」
ゆながそう言って、茉莉沙の肩をさすった。
「全く…!ゆなは…!」
美心が静かな怒りを見せるが、それに気づいたのは、優月と茉莉沙だけだった。
(今のうちに…感覚取り戻しておかないと)
茉莉沙は、心の中でそう言った。彼女が手伝いを買って出たのは、単なる善意では無かった。
そして、演奏の準備が始まったその時。
パキ!とあちこちから、音が聴こえてきた。パーカッションセットを組み立てながら、優月が見たものは、細長い光だった。ピンク、ブルー、グリーン、オレンジ、イエロー、パープル。様々な色のペンライトが配布されていた。
(ライブでもするのか…)
ペンライトの配布は、茂華中学校には無かった。優月は、少し面白く感じた。
そして、楽譜を捲る。1小節に数個の音符。それ以降は、サビまで手拍子と書かれていた。つまり優月にとっては、暇となる。
その時だった。
『ゆづきー!』
誰かが叫んだ。3年生だろう。それを皮切りに、優月への声は止まらない。
「最悪だ…」
優月は、闇の中、人には見せられないような表情で、顔を引きつらせた。
こんなことになった理由は、先日のことだ。
メイド姿の優月が、3年生に見られて揉みくちゃになったことがあったのだ。向太郎が優月のことを詳しく男子友達に話していたから、優月への人気が嫌にも高まったのだ。
まさか、メイド姿になるだけでここまで有名になるなんて、と優月は恥ずかしくなった。
「ゆゆへの人気、すげーなー」
事の元凶でもある向太郎は、闇を吸った銀色のチューバを床へ立てる。
「そういえば、優月くん、3年生に詰め寄られてたな…」
想大が、そう言ってホルンを構える。左手をベルの中に入れると、深く深呼吸した。
優月コールは、冷めることなく、ついに演奏の時になる。
井土が、横で美心に合図する。
刹那、美心がシンバルを打つ。パシン!と華やかな音が、演奏の始まりだった。
それと同時に、ゆなと向太郎がマイクを持って、ステージの前に立つ。
『みなさん、楽しんでますかぁー!?』
『いえーい!』
向太郎の声に、3年生のみ歓声が飛ぶ。向太郎は余程人気者なのだな、と吹奏楽部員の誰もが思った。
『みなさん!こんにちは。東藤高校吹奏楽部です!今日は文化部発表会、楽しんでいこうぜ!』
ゆながそう言って、パーカッションセットへ、戻っていく。
優月は、両手で手拍子をする。井土からの指示だった。
『ゆ・づ・き!!』
その時、彼の友達からも、歓声が飛び込んでくる。それを見かねた井土は、青いスポットライトを掻い潜り、放送室へ向かった。
「いぇーい…」
優月は、枯れた声で、小さく手を振る。何だか恥ずかしいな、と思う。まさか、知らぬ先輩や友達から声援が飛ぶとは。
サビまではまだ10小節ある、その時。
暗闇から誰かが、こちらへ突っ込んでくる。優月は、凍りついたように手を止めた。
「ゆゆ!これ…」
そう言って、井土が彼に渡したもの。
それは、緑色に光るペンライトだった。そのペンライトは、生徒の持つペンライトとは、違って太いので、光も強かった。
そのペンライトを優月は、右手に構える。そして曲調に合わせ、ゆっくりと左右に振る。闇にライトグリーンの光が流れ舞う。
まさか、ペンライトを貰えるとは、優月は少し数奇な状況に、思わず笑みが溢れた。
少し気を取り乱したとはいえ、優月は普段の実力で、演奏しきった。
すると今度は、むつみが前に立つ。むつみの白い紙の後ろには、大きなレースでできたリボンが、なびいていた。
『ありがとうございます!さて、次は、YOASOBIさんの夜に駆けるです!』
すると、マイクを掴んだ井土が歌い出す。
『沈むように、溶けていく前に…♪』
それと同時に、ゆながバスドラムでリズムを刻む。優月もタンバリンを必死に打つ。すると、そのリズムに合わせて、ペンライトが前後に振られた。
2曲、3曲と曲は、進んでいく。
『では、次はミセスのライラックです!楽しんでいこうぜ!!』
向太郎がそう言うと、澪がベースを弾く。聴き馴染みのあるメロディーが響く。
ドッ!茉莉沙がスネアとフロアタムを、同時に叩く。それがペンライトを激しく動かす。
雨久、氷空がトランペットを吹くと同時、菅菜と颯佚もサックスで音を吹き鳴らす。
早いリズムにも関わらず、茉莉沙は正確に音を刻む。パン!パン!とスネアの軽やかな音が、観客の心を躍らせる。
『過ぎてゆくんだ今日も、この寿命の通りに〜♪』
休符なので優月は、小刻みにペンライトを振る。すると、それに合わせるように前からも、同じようにペンライトが前後した。
『大人になってくんだろう〜♪YEY♪』
シンバルとスネアがクロスする。難所さえも茉莉沙は笑顔で、突破する。それを見て菅菜は、凄いな、と思った。菅菜は茉莉沙に憧れている。
『1回だけのチャンスを見送ってしまう事が無いように〜♪』
そして、ここは初芽と心音のフルートソロだ。フルートの柔らかな音が響く。しかし、皆の耳に残ったフルートの音は、残念にも初芽のものだけだった。
「結羽香、相変わらずだね」
「だね」
初芽の友達も、2年生で初芽の友達も、その実力には舌を巻くほどだ。
そして、最後の曲に。
美心が再びシンバルを叩く。
この心地よい音楽は、『怪獣の花唄』だ。優月もこの曲は知っている。この曲ばかりは、美心も鍵盤楽器であるビブラフォンを任されていた。
最後まで音楽は滞りなく進み、演奏会は終焉を迎えた…。
そうして、
『ありがとございましたー!』
雨久の言葉と部員の礼に、辺りから拍手が湧いた。
片付けを終えた部員は、各々の席へ戻って行った。
「終わったぁ」
優月は、ポケットに隠したペンライトを、取り出す。私用持続時間は3時間程なので、まだまだ明るいままだ。
それにしても緑。部員共通Tシャツも緑だな、と然りげ無く思った。
その時、ドラムの激しい演奏が始まる。優月が慌てて、ステージを見ると、叩いていたのは井土だった。何故だか、ゆなより上手いな、と優月は思った。そういえば、バンドの練習をする、と昨夜言ってたっけ?と彼は思い出した。
そうして、自席に優月は戻った。
「ただいまー」
優月は、1年1組の席へ戻る。
「優月、人気者やん!」
クラスメートの1人が言うと、優月は呆れ笑いを浮かべる。
「ってか、その服、なんかいいな」
クラスメートが、優月の部活Tシャツを指差す。ライドグリーンに、さまざまな楽器のイラストが、縦横無尽に転がっている可愛らしいデザイン。
「ありがとう。そういえば、鳳月は?」
「まだ帰ってねぇな」
想大は、友達と馬鹿騒ぎしていて、身を案じるまでも無かった。
その時、ゆなは別の場所で、美心と見ていた。
「美心が吹部辞めるって本当なのか?」
ゆなが尋ねる。すると美心が頷いた。
「本当かもしれない」
「かもしれない?」
「うん」
美心は不安気な表情を誤魔化すように笑った。
「はっきりしない人間は嫌われるよ?」
「はいはい」
「でも、あなたが辞めたら、正味、パーカッションがキツくなる。ゆゆだって、まだ未熟だし」
「それでもアンタよりはしっかりしてるよ」
それに大丈夫、と美心が言う。
「あの子がいるから」
そう言う美心の目は、信頼に満ちていた。
「まさか…メイさん?」
すると美心が頷いた。スポットライトのうるさい光が点滅する。少し眩しかった。
美心はゆなの方をもう見なかった。
言えなかった。
退部届を提出した…だなんて。
しかし、そんなことは露知らず。文化部発表会は無事終了した。
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