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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]愉快な3年生と文化祭編
55/208

打楽器奏者 最後の決断の章

今回は、美心の過去編です!

みんなは、家庭環境で部活動で悩んだことはないですか?

それではどうぞ!

会場の設営の日の夜は、体育館で吹奏楽部が、遅くまで練習していた。


『では、朝日奈さんのナレーションから!』

井土の声がスピーカーから飛び出す。それと同時に、田中美心が開演のシンバルを叩いた。管楽器の音も、体育館に響き出す。

『皆さん、楽しんでますかー!?』

すると、ゆなが向太郎から、マイクを受け取る。

『こんにちは!今日は我々、東藤(ひがしふじ)高校吹奏楽部の演奏を聴きに来てくださり、ありがとうございます!』

そうして、向太郎が

『楽しんでいこうぜー!』

と叫ぶ。彼の乗りに乗ったトーンは、リハーサル中というのに、本番さながらの熱気が体育館を支配した。

このナレーションは、向太郎は自ら、ゆなは定期演奏会でナレーションをしたくないという理由で、渋々引き受けたものだった。

その割には、と優月はグロッケンを打った後、ゆなの方を一瞥する。

(めっちゃ、ノリノリだなぁ)

ゆなの声は、和太鼓部で培ったドスのきいた声が、体育館に響き渡っていた。才覚はあるのに勿体ないな、とさえ優月は思ってしまう。


想大もホルンに魂を吹き込む。本番は目の前。初めて、クラスメートにも見られるのだ。恥ずかしい演奏をしたくないと意気込んでいる。

曲が中盤まで差し掛かると、オーボエとトロンボーンの音が絡み合う。

むつみのオーボエ、茉莉沙のトロンボーンが続々と音を奏でる。

甘い音と朗らかな音。特に茉莉沙のトロンボーンの腕は一級品。メロディーの輪郭は、茉莉沙のトロンボーン、ゆなのドラム、颯佚のサックス、部長である雨久のトランペットが、大半を担っている。この4人の実力が、確かな巧さを演出しているのだ。

『はい!続いては』

その時、むつみがマイクを取り、ナレーションを再開する。

『皆大好き!YOASOBIさんの夜に駆けるです!』

すると、今度はゆながドラムを担当。リズム隊は、一斉に賑やかな音を吹き出す。

すると、井土が前に立ち、精魂込めて歌い出す。

『さよならだけだった♪』

彼の歌はどこまでも、伸び伸びとしていて、音域に限界などは見られないくらいだった。


そうして、数曲とナレーションを繰り返し、リハーサルは終了した。

『おっけーです!田中さんとメイさんは、ドラムの入れ替わりもスムーズになりましたね!』

井土がそう言って、2人を見る。

茉莉沙は、強豪の吹奏楽クラブで、プロレベルの打楽器奏者だった。その経験から、ゆな達の負担軽減の為に、時にドラマーとして助け出ている。その時のトロンボーンは、向太郎や澪が掛け持ちで吹いている。

すると井土が両手をパンパンと叩く。

「さて、私めは、7時30分からドラムとピアノの練習をしたいので、7時半までには、帰ってください!」

すると部長が前へ歩み出す。

『これで今日の部活を終わりにします。よく休んでください!お疲れ様でした!』

雨久の声に、部員は『お疲れ様でした!』と繰り返した。

こうして、リハーサルは終わった。


各々が帰宅し、体育館には茉莉沙と美心だけが残っていた。

茉莉沙がトロンボーンを片付けていると、美心もスティックを、小物台という打楽器を置く台に、横に置く。そして、

「ねぇ、一緒に帰らない?」

美心に話しかけられる。それを聞いて、茉莉沙は「はい」と頷いた。

そうして、2人は共に帰ることにした。


「先輩、部活辞めるのは、いつですか?」

校門を出た瞬間、茉莉沙が口を開いた。そうなのだ。優月とゆなの先輩である美心は、家庭のとある事情の為に、部活を辞めるつもりなのだ。

それを聞いた美心は少し黙り込む。だが、すぐに問いを返す。

「うーん…、文化祭が終わって、すぐの予定。退部届けは、まだ書いてないけど」

「そうですか…」

退部。それは茉莉沙も大概だった。自分も同じパーカッションを辞めたのだ。


その時浮かんだ光景は、薄暗い廊下でひとり泣いていた時のことだった。

『ひっ…!ひっ…!』

ホールの通路内に、不甲斐ない嗚咽が響く。

先輩、沢柳律たちの厳しい教育と、己の無力さに、何度も涙したものだ。

それが結果的に、楽団を辞める一因に、なってしまった。


「そうですか…」

退部届を書いていないことには、少し驚いた。恐らく、今、必死に止めれば、美心は少しは、考え直してくれるだろう。そう思ったその時だった。

「それでね、茉莉沙ちゃんにお願いがあるの」

その声は、いつにも増して真剣だった。茉莉沙は「はい」と闇に包まれた空を見上げる。

「茉莉沙ちゃんが、私の代わりに、打楽器をやってほしいの」

そんな彼女の声には、後戻りできぬ決意が宿っていた。

「…分かりました」

「それともう1つ…」

「はい」

そこで、美心は何かを言った。その一言は衝撃だったようで、いつもの茉莉沙では、絶対に見せられないほどに引きつっていた。

それと同時に、彼女の決意が手に取るように分かった。だから協力しよう、と茉莉沙は決意した。

「分かりました。先輩大変ですね」

「うん…」

茉莉沙の言葉に、美心が頷く。

美心も辞めたい気持ちばかりだけで、辞める訳では無い。だが、家庭がそれを許さないのだ。



その家庭の事情が大きく変わったのは、ある事故がきっかけだった。

彼女が4歳の頃、月峰美心の両親は車の衝突事故で、死別してしまった。


そんな彼女は、遠い親戚の『田中家』に養子縁組として引き取られた。その影響で『月峰』から『田中』に苗字を変えられてしまった。


そこでの日々は、

『美心、ご飯食べるよー。あっ!孔介!駄目じゃないか!』

賑やかで楽しいと思えた。

最初だけは…


しかし、それが大きく変わったのは、彼女が中学1年生の時だ。

入学したてのある夜。

『ねえ、どうして私は、テニス部に入っちゃいけないの?』

美心は、部活について義両親に抗議していた。

『それは、孔介の都合もあるからだ』

だが、義父はそれしか言わなかった。

『都合って、サッカー?』

『ああ』


彼等の実子の孔介は、サッカーに熱中している。その為、彼のサッカーが中心で、家の都合は回っているのだ。


『そんな、私は駄目なの?』

『駄目とは言わないが、大会があるとな…』

『駄目なの?』

義父は首を縦に振る。

『悪いが、孔介と時間を合わせられないなら、自分で全部やってもらうぞ』

その言葉に美心は、硬直した。義父の冷たい瞳。その瞳は非情にも、きつい現実を写していた。

『無理だ』美心はそう思って、『分かった』と言った。結局、彼女は数カ月テニス部をしたが、すぐに辞め帰宅部になった。

やりたいことも、弟の一存で全て否定される。そんな家族が美心は、大嫌いだった。



ぱんと手を打つ音が響く。

『お父さん、お母さん。私、無事高校入学したよ』

来ていたのは、両親の墓だった。ここには、定期的に来ている。

『あと、これ』

そう言って、バックから取り出したのは、饅頭。それを墓前に置く。

『でもね、その高校、部活は絶対みたいでね。何に入ればいいと思う?』

美心は、答えられることが、ないことを知っていて訊く。

その時、淡い桃色の花びらが、ひらひらと墓の前に落ちる。桜の花びらだ。

『…決まったら、報告しに行くからね』


そんな彼女が吹奏楽部に入部した理由は、打楽器奏者の先輩に憧れたからだ。その先輩は、よく家での悩みも聞いてくれて、優しかったので、美心は入部することにしたのだ。

宮野優里奈(みやのゆりな)。彼女は、親切で教え上手だった。その上、技術力も当時の部内では飛び抜けて高かったので、美心は入部してから、ずっと彼女の元についていた。



だが、大きく事態が変わってしまった。

弟の孔介のサッカーチームが、強豪のチームになり、徐々に美心の部活のスケジュールも、限界まで切り詰められていた。

それでも、大会の無い期間は耐えた。だが、その後が、大問題だったのだ。


そして、数カ月前、義父が、美心を呼び出した。そして告げた言葉は残酷だった。

『あの、美心。孔介のサッカークラブの都合で、これからは自分で帰って来てほしい』

それを聞いて、美心の全身が硬直する。

『え…?どうして?』

『クラブとあの学校は、真反対の方向だからな。帰りが遅くなると、孔介の寝る時間が遅くなってしまう』

その言葉の意味は、美心を奈落の底へ突き落とすことと等しかった。

『えっ!!私、遅い時間になんて帰れないよ!それにバイトだって…』

『じゃあ、辞めれば?私らは部費も払わないし』

次の瞬間、義母が冷たく言い放った。

その言葉に、孔介は否定する訳でもなく、嘲笑いを返した。彼にとっては美心に情というものは、無いらしい。


美心の家は山奥で徒歩だ。徒歩が嫌な理由は、車で帰る間も猪等の獰猛な獣と遭遇することだ。美心にとっては、家まで徒歩というのは、恐怖でしか無かった。

だから美心は、嫌でも孔介の迎えの時間に合わせているのだ。


そんな彼女に残された手段は、早く抜けて日が沈む前に走って帰るか、孔介に合わせて早めに帰るかの、2つだった。結局は、部活を早退するということに変わりはなかった。



「そういうことでしたか、井土先生には事情を伝えたのですか?」

すると美心は首を縦に振った。

「うん。そうしたら、辞めるのも選択肢だ、って言われた」

恐らく井土は、彼女を見放した訳では無い。茉莉沙には分かっていた。このまま、家庭環境に耐え続けるにも限界がある。

残り4ヶ月。この先、何があるかも分からない。その上、金銭面にも余裕が無いのだ。恐らく、美心の今後を案じて、部活動よりも将来の選択を、優先しての言葉だろう。


「私、大学にも行けないから、就職するしかなくて…」

「そうですか」

茉莉沙には、何も言えなかった。そして言う資格もなかった。迷いなく打楽器を切り、トロンボーンを選んだのだから。

このあと、美心がどうするかは、分からない。


「だから、茉莉沙ちゃん、万が一の時は、お願いね」

美心がそう言うと、茉莉沙の口角が上がる。

「分かりました。万が一…ですね」

その時、茉莉沙が見せたのは、狂気じみた笑顔。

瞳には光無き紅。それはあの頃の、暴走していた時期の表情と、よく似ていた。


残れば安寧。

退部すれば暴走。


今後の茉莉沙の運命は、東藤高校吹奏楽部の運命は、美心に委ねられた…。

ありがとうございました!

本当に美心先輩、どうなってしまうのでしよう…?



次回、文化祭予定です!お楽しみに!


【次回】

優月『最悪だ…』

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