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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]茂華中学校ソロオーディション編
53/208

茂華ソロオーディションの章【後編】

オーディション編最終回です!

果たしてドラムソロはどちらの手に?



いつからだっただろうか…?

小学生の頃だっただろうか?孤立していたのは。

望んでもいない闇から引き上げてくれたのが、優愛、そして吹奏楽部の打楽器だった。

それからが大変だった。自分の思い通りに行かず大いにくじけてしまった。そんな時でも、先輩の優愛は見放さず、未来を変えようと言ってくれた。

数々の舞台を超え、最後のコンクールを目前にしたある日、その関係に、風が吹きつけ雲がかった。

指原希良凛。

彼女が来てからは、想像以上に大変だった。頑なに自分を先輩扱いしないことに加え、優愛との時間を奪われ、正直辛かった。

そんな彼女と、ソロのオーディションを巡って、喧嘩してしまった。だが、それも解決。

こうして、この日を迎えた。



『それでは、音楽室でオーディションを始めます。音量、表現力、技術の3点を監査します』

笠松がそう言って、両手をパン!と叩いた。

「それでは、トランペットから始めます!他のパートは、各パート練習の教室で待機してて下さい」

すると部員から『はい!』と一斉に声が飛んだ。

「それでは解散」

『失礼します』

そうして、オーディションの隊形に、音楽室は変えられた。


トランペット、ホルン、トロンボーンが終わり、木管の監査に入った。


「2年3組、クラリネットパート、伊崎凪咲です!」

瑠璃の親友の凪咲が、椅子に腰掛ける。

「はい、それでは、ソロの方をお願いします。好きなタイミングで初めて下さい」

「はい」

凪咲は、リードを加える。そして、キイを押す。

刹那、温かな音が音楽室に響く。音は大きいが、全く汚れのない可憐な音。クレッシェンド、アクセント、全てが研ぎ澄まされている。


「はい!ありがとうございました」

「ありがとうございました」

凪咲は頭を下げると、音楽室を出ていった。


そして、時は過ぎ、いよいよ打楽器になる。

「優愛先輩驚いてましたね」

廊下を歩きながら、希良凛が言う。その言葉に瑠璃も頷く。

「お姉ちゃん、心配してくれてたからね」

「そういえば、どうして、この学校は、ソロの為だけに、オーディションあるんですか?」

希良凛が訊く。すると瑠璃は「それはね」と言う。1年前、瑠璃も副顧問の中北に、同じ事を聞いたものだ。

「この学校の吹奏楽部って、人数少ないよね?」

「はい」

「だから個人の実力を伸ばさなきゃ駄目なんだって」

「それとこれの何の関係があるんですか?」

「ソロのオーディションがあれば、皆、頑張れるでしょ?」 

なるほど、と希良凛は納得した。

オーディションに向けて演奏の質と集中力が上がる、そういうことか。

「例え、ソロに選ばれなくても、その本人の実力はつくでしょ?って話」

「なるほど」

希良凛は、納得したように彼女を見た。彼女を先輩として見るのは、出会った時以来だった。


そうして、音楽室の前に立つ。瑠璃の手は、微妙に震えていた。

毎晩、スティックを持ち帰って練習したのだ。自分は下手だから努力しなければ、結果は芳しくない。それを自覚して。


『では、古叢井さん、どうぞ』

3年の優愛は、辞退している為、最初は瑠璃だ。

「失礼します」

瑠璃は、そう言って自ら準備したドラムセットの前に立つ。目の前には、笠松と中北の2人。ふたりは、彼女を一点に見つめていた。


「2年3組、打楽器パート、古叢井瑠璃です!」

「古叢井さん、どうぞ」

瑠璃は、自前のスティックを構える。このスティックも優愛と遊びに行った時に買ったものだ。

そこで約束した。

ふたりでドラムを演奏したい、優愛に良いところを見せたい、と。

だが今年は、希良凛と共にオーディションという形になってしまった。


「では、イントロ前のドラムソロから…」

「はい」

瑠璃は、スティックを正眼に構えて、唇に付いた何かを舌で舐め取る。その時、瑠璃の中で何かが切れた。

クラッシュシンバルを叩いた。それが審査開始の合図になった。

タムを乱れ打った彼女は、シンバルからのアクセント、そしてスネアのロールを続けた。その音はどこか信念の奥に狂気を秘めていた。


しばらくして、瑠璃の審査が終わった。

「ふぅ…」

「先輩、お疲れ様です」

希良凛が、そう労いの言葉と共に会釈した。

「次はさっちゃんだよ。頑張って」

瑠璃がゆるりと口元に笑みを浮かべる。その柔らかい瞳は、優愛と何処か似ていた。

「ありがとうございます」

そう言って、希良凛は、自信を胸に音楽室に、入っていった。可愛らしい結ばれた深茶の髪が、踊るように揺らめく。

できることはやった、と瑠璃は壁に寄り添った。


刹那、シンバルの音が、廊下まで響いた。その音が彼女の審査の始まりを、示していた。

希良凛は、スティックを振りながら、自らの弟を想像していた。

髪を短く縛った女の子のような男の子。ひとつ下なのに、自分より優秀。そんな彼が、どこか憎かった。だからこそ、愚直に努力を重ねた。少ない時間で。


そうしてオーディションは、全て完了した。


翌日。

笠松が、音楽室に入るなり、部員のリストを前に出す。すると、部員たちは一斉にこちらを見てきた。

「はい、ソロオーディションの結果を発表します」

その時、室内に沈黙が走る。


「呼ばれた人は、確認の為に、返事するようにして下さい。いきます」

その言葉に、瑠璃は生唾をゴクリと飲み込んだ。

「まず、トランペット、横堀未玖さん」

「はい!」

「サックス、桐嶋篤哉君」

「はい!」

「トロンボーン、大越隆盛君」

「はい!」

「ホルン、花村理那さん」

「はい!」

「続いて木管です、フルート、香坂白夜さん」

「はい!!」

こうして呼ばれているのは、全員3年生だ。

「クラリネット、伊崎凪咲さん」

「は、はい…!」

その時、凪咲が大きな声で返事した。その声には、僅かに焦燥が秘められていた。突然、下級生が呼ばれたことに、ざわめきが起こる。


そうだ、と瑠璃は再確認する。このオーディションに、年齢は関係ないのだった。上手い者が選ばれ、技術が及ばぬ者は落選する。

年齢だけで驕っていた瑠璃は、少し恥ずかしくなった、と同時に怖くもなった。


「オーボエ、新村久奈さん」

「はい!」

「続いて、低音楽器です。ユーフォニアム、九石瞳美さざらしひとみさん」

「はい!」

「チューバ、高柳実礼さん」

「はい!」


そうして、ついにドラムソロの発表に入った。

瑠璃は祈るように、両手を握る。その一方で希良凛は、合格を諦めたのか、瑠璃の方をちらりと見ていた。

「打楽器パート、ドラムソロ…」

「指原希良凛さん」

笠松の声に、彼女の目が大きく見開かれる。今までに見たことのないほど、彼女の瞳孔は開いていた。

「……はい」

希良凛は、やっとの思いで返事をした。


えっ?嘘だろ、と瑠璃は心の中で、言う。その声は、驚くほどに冷たかった。心臓に強い衝撃が走る。その衝撃で二足よろめいた。

「そんな…」

落ちたと分かった瑠璃の第一声は、これだった。


「最後に、ビブラフォン、古叢井瑠璃さん、チェロパート、榊澤優愛さん」

そうして、手に握られた紙を、笠松はピアノの上に置いた。

「以上です」

その言葉は、瑠璃にとっては残酷そのものだった。


落ちた。ソロに選ばれなかった。ニブンノイチの戦いに敗れたのだ。

その意味を喉の奥で転がす。すると自然と嗚咽が出てきた。

泣きたくない、瑠璃はそう決意して耐えた。これは、今年度2度目のことだった。



瑠璃は練習終わり、人気のない所を歩いていた。そこは川沿いだった。黒鉄の波は、底なしの闇のようだった。しかし、突然、川に青い光が走る。

橋に止まった車のライトが当たったのだろう。

その時だった。

「瑠璃ちゃん」

聞き覚えのある声が、聴こえてきた。

瑠璃は力なく振り返る。

いたのは、息を切らした優愛だった。何故彼女がここに?

「優愛お姉ちゃん、どうしたの?」

「私、塾のコマを遅らせたからさ、少し話さない?」

どうやら、優愛は彼女の精神状態を心配しての事らしい。


2人は、その場に座り込んだ。優愛が、真っ黒なウインドブレーカーを瑠璃に着せる。

「寒くない?」

「うん。大丈夫だよ」

こうして優愛と、目的を持って話すのは、いつぶりだろうか?


「私、オーディション、落ちちゃった。努力が足りなかったのかな?」

瑠璃は堰を切ったように言う。だが、優愛の反応は意外なものだった。

「やめて」

「えっ?」

優愛が拒絶した。これは初めてのことだった。

「それは私のせいだね」

自傷するように言う優愛に、瑠璃は息を呑む。

「私のせい?」

「うん。私、ずっと前から瑠璃ちゃんが苦しそうなのに気付いてたのに、相談だって打ち明けられなかった」

「…」

瑠璃はつい黙り込んでしまった。まだ続きがある、そう分かっていたから。

「ティンパニの皮を破壊しちゃった時から、ずっと皮楽器を避けられてきて、思い通りにすらいかなくて辛かったことを、もっと早く聞いていれば…」

そうだ。優愛は予感は感じていたが、瑠璃の精神が崩壊するまで、放っていたことも事実だった。

「そうすれば、もっとドラムとか、早く教えられたのにね」

優愛の声が徐々に小さくなっていく。この言葉に瑠璃は異論は無かった。優愛の言う事は全て、自分が心のどこかで思っていることだと、分かっていたから。

実際そうだろう。万が一、ティンパニやドラムを教えるのが、数カ月早ければ、瑠璃の技術は、相当な技術を有していただろう。そうすれば、希良凛を超越した奏者になれていたかもしれない。優愛は先輩として、この事を重く見ていた。

自分がもう少し、早く瑠璃の思いを汲んでいれば…。


「瑠璃ちゃんは…、瑠璃は頑張ったよぉ」

そう言って真っ黒な瞳から、透明な雫を頬に流す。

「瑠璃のお陰で、私も楽しかったもん…。だから…」

優愛が泣いた。それを見て心臓がぎゅうと締め付けられる。

また辛い思いをさせてしまったのか。

「お姉ちゃんは、何も悪くないよ。私が演奏中、調子に乗ったから…」

瑠璃は、宥めるようにそう言って、必死に言い訳を探す。

その時だった。

「瑠璃に、何が分かるの!?」

優愛が声を荒げた。彼女が感情的になると、ここまで怖いのか。瑠璃は堪えられなくなり、大粒の涙を零した。優愛を怒らせてしまったことに、悔しくなったのだ。

「私がどれだけ瑠璃のことが好きで、約束だって死んでも守りたかった。約束が守れなくてどれだけ悔しかったか…!」

優愛はそう言って、崩れてしまった。

そうだ。文化祭以降、二度と2人は、同じ舞台で演奏ができないのだ。

「ごめんなさい…」

我儘で縛り付けた自分が一気に憎くなる。その時だった。優愛が瑠璃にしがみついた。そして、美しい表情をこちらに向ける。

「謝らないで」

しかし、瑠璃は大きく首を振った。

「お姉ちゃんを悲しませちゃった。私がバカな後輩だったせいで…」

「違うよ、瑠璃は本当にいい妹だよ」

「妹…」

そう言って、瑠璃は大きく抱きついた。

「悔しいよ」

「悔しいよ」

「悔しいよ」

「悔しいよ」

「悔しいよ」

「悔しいよ」

2人は続け様にそう言った。河川敷にふたりの少女の泣き声が響き渡る。だが、誰もそんなことに気付けなかった。

2人は、それぞれの後悔と痛みを吐き出すように泣いた。

守れなくて…、勝てなくて…、叶わなくて…、辛い感情が、とめどなく溢れた。


しばらくして、2人は泣きやんだ。

「…大丈夫?」

優愛が、ハンカチで瑠璃の目元を拭く。

「うん…。でもお姉ちゃん、それで塾行けるの?」

「うーん、多分、無理♪」

優愛は、敢えてなのか、元気そうに言った。

「あと2週間だね。茂華祭」

「うん」

ふたりは、立ち上がりお互いに笑い合う。

「あ、お姉ちゃん、いっこ言いたい」

「ん?」

すると、瑠璃の目にはまだ涙が、溜まっていた。

「お姉ちゃんと…」

ツインテールの髪が風で靡く。

「最後に、お姉ちゃんと…泣けて良かった。ありがとう、お姉ちゃん」

その言葉に、優愛は「いいえ」と笑う。優愛にはもう泣く気力が無いのだろう。

そうして、2人は、中学校近くの交差点で、別れた。


「はぁ、久し振りに泣いたなぁ」

優愛は、そう言ってスマホを取り出す。

時間は7時過ぎ。次のコマまでは30分ほどある。

優月と電話して、時間を潰そうか、と思った。


その時、脳裏に瑠璃の声が、響いてきた。

その場には居ないはずなのに。声は色濃く、残っている。ある言葉を聞いた優愛は、ふふっと笑った。

「私も幸せだったよ。瑠璃ちゃん」


幻聴か?テレパシーか?聴こえてきた言葉はこれだった。


お姉ちゃん、ありがとう

今までありがとう

しあわせだったよ

たのしかった

ありがとう。ほんとうにありがとう




その頃、瑠璃は家に着いていた。

「ただいま。お母さん、遅くなってごめんなさい」

「全く、どうしたのよ?」

「色々あって…」

こうしてオーディションは終わった。


現実は非情だ。無慈悲に本番の日が迫っていく。

それは、優愛との別れを意味していた…。

読んで頂きありがとうございました!

最終的に悲劇とは、オーディションに落ちてしまったことです。


作者の独断ですが、2人の技術は互角です。では、何が勝敗を分けたのでしょうか?

それは『音量』です。途中、瑠璃には音量に関する描写が多々ありました。音が大き過ぎて、音が汚いと、判断されたようです。

次回から瑠璃は、ビブラフォンの演奏に専念することでしょう。

優愛との物語もこれにて、お終いです。(いや要望があったら続き書こうかな?)


ありがとうございました!

良ければ、

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【次回】

『朝日奈先輩、殴り合いしたことあるんですか?』

向太郎、衝撃の過去

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