茂華ソロオーディションの章【中編】
ソロオーディション編第2話です!
【あらすじ】
中学校で行われる、文化祭のソロオーディション。各パートが火花を散らす中、例年穏やかなはずのドラムパートに亀裂が走っていた。優愛は辞退し、チェロを引き受けるものの、後輩の、瑠璃と希良凛はソロの奪い合いで喧嘩になり…。
2人の想いのぶつかり合いは、ソロオーディションが始まるまでに、解決できるのか?
「描けたよー」
そう言って、優月は画用紙に描かれた可愛らしい絵を、学級委員長に差し出す。
「おぉ…」
彼女は目を丸めて「すごい」と優月を褒める。その絵が、徹夜で描いたものとは言えないが。
「いつだっけ?会場設営は」
「えっと23日だったかなぁ」
「もう少し先かぁ」
他のクラスより早めに動いているので、恐らく設営の日までには、殆どが完了してるはずだ。
用が済んだ優月は、自席の机へ戻る。
「じゃ、僕、部活行くね」
そう言って、リュックを背に、教室を出ていった。
「眠いなあ」
授業中、眠らないように必死だったからか、今になって睡魔が襲ってきた。だがそれも、すぐに吹き飛ぶことは分かりきっているのだが。
「そういえば…」
優月は気になったことを思い出す。浮かんだのは、優愛と瑠璃の顔。そして茶髪に柔らかい瞳をもつ少女の姿。
「ソロオーディション」
優月の高校、東藤高校は、パート人数が1人の所が多いので、ソロのオーディションとは全く無縁だが、今頃、母校の茂華中学校では、火花を散らし合っているのだな、と優月は思った。
その頃。茂華中学校。
『なぁーんで、私がチェロなんですかぁ』
優愛が、嫌なものを見るような目で、顧問の笠松を見つめる。優愛はドラムソロを辞退したので、他の楽器を任されることになったのだ。
「だって、古叢井さんか指原さん、落ちた方に弦楽器やらせるのは難しいでしょう?だから、榊澤さんに頼みたいの」
「えぇ…。まぁ、良いですけれど」
ここには、弦楽器自体を弾ける部員はひとりもいない。だから打楽器に回ってくるのだ。
優愛は短く縛った髪を揺らめかせ、楽器室へ歩いた。
(私、オーディション辞退しなければ良かった…)
わざわざ、チェロのパートを作るということは、ソロもあるのだろう。笠松が作ったオリジナルの曲と実際にある曲を融合させているので、何が出てくるか分からない。
彼女は、そう考えると、自然とため息が、外へ出ていった。
「それにしても、どうして今年は、ドラムソロがこんなにバチバチなの?」
その時、笠松が尋ねてきた。
「えっ?」
先生にも気づかれているとは。優愛は不意打ちのように声を出した。
「いや、去年までは、すごく順調に決まってたから。それに、打楽器で1年生と2年生が張り合うとは思わなかったなぁ」
すると、優愛は真っ直ぐに、彼女を見る。
「それは仕方ないことだと思いますけど」
「そうね。意欲があるのは、良いことだし…」
優愛は何が言いたげだったが、笠松はそれに気づけなかった。
「それにしても、古叢井さんの面倒、大丈夫そう?」
「はい」
「なら、頼みたいことがあるの…」
すると、笠松がこちらを真摯な目で見る。これは何かお願いする時の前触れだと、優愛は分かっている。
「指原さんの面倒も見てほしいなぁって」
優愛はそれに乗り気では無かった。差別的だが、それでは瑠璃との約束を破ってしまうような気がして。
「いや、指原さん、私にずっと質問してきて、私は他のパートの指導もあるから」
それを聞いて、優愛は「分かりました」と頷いた。
それにしても、瑠璃と希良凛が喧嘩していることには、気づいていないのだな、と優愛は思った。
文化祭が終わるまでに、2人の喧嘩を終わらせなければ…。
その時、希良凛がこちらを見る。
「先輩、分からないです」
すると「ほら」と笠松はウインクする。優愛は仕方なさそうに笑い、彼女の元へ駆け寄った。
「どこが分からないの?」
「あ、ここです」
そう言って希良凛は、譜面を指差す。その指は細くて可愛らしい。
「ここ、シャッフルしないよ」
それを聞いて、笠松はクスッと笑った。
「そこ、榊澤さんも引っ掛かってたよ」
それを聞いて、優愛は何か、思い出す。
確か、最初にドラムを任されたのは、中学1年生の春だ。離任式で『さくら』を演奏することに、なった時に、部内で唯一打楽器だった優愛は、ドラムを任されることになった。ドラムはリズムの要だ。今まで以上に必死に練習した。
だが、パート練習の日。
『タンタンタンじゃないですよ』
練習していた優愛の手を止め、笠松がそう言った。
「もう少し、早めに」
そう言って、笠松が優愛からスティックを拝借し、振り下ろす。するとタタタンと鋭い音が響く。
「あ、ありがとうございます」
なんだか、恥ずかしかった記憶がある。
「先生、恥ずかしいこと言わないでくださいよぉ」
「まぁ、良いじゃない」
珍しく笠松が、手で口を押さえて笑った。
「先輩も同じだったんですね」
そう言って、希良凛は控えめに笑った。だが、その笑顔は、どこか瑠璃よりも儚い気がした。
儚い?
その時、優愛は瞳に宿した光を震わせる。
(瑠璃ちゃん…)
自分と希良凛の話で忘れていた。瑠璃は今、どうしているのだろう?困ってはいないだろうか?
しかし、今は希良凛の指導に専念することにした。
ー音楽室の隣の部屋ー
その頃、瑠璃は集中力を切らしたようで、キックペダルに付きっきりだった右足も、フラフラと落ち着きなく揺れていた。
そんな彼女の瞳の中にあるのは、優愛の笑顔。
1年前、優愛に自分の本音を打ち明けた時のことを思い出す。
保健室のベットに座っていた。泣いて、叫んで、まるで別の自分が、後先考えず暴走してるかのようだった。結果、優愛を悲しませただろう。
自ら取り付けた約束で、彼女を縛ったのだから。
だから、今、この場に優愛がいないのだろう。
「はぁ…。やる気出ない」
何故か、叩く気になれない。肩と踵に真っ黒な何かが、纏わりついているようで。
優愛と一緒に演奏したいし、上手くなりたい、だが、その為には何をすれば良いのだろう?
眼前には黄色いカーテン。まだ日がある時間なのに、黒ずんだ繊維がよく見える。
「さっちゃんとも喧嘩しちゃったし…」
その時、真っ黒な何かの正体が、何かに気付いた。そして浮かんだのは、希良凛の不満そうな顔。そうだ、喧嘩してしまったんだった。
『ソロ、どうしてさっちゃんはやりたいの?』
『特に理由は無いです』
『理由無いのに、ソロやりたいの?面白い子』
『なんか、変な子』
そう言われたことをキッカケに、ふたりの喧嘩が勃発したのだ。
「仲直りしたいなぁ」
瑠璃は、本来優しくて穏やかな子供だ。次第に、素直な本音が口をついて出てきた。
「…優愛お姉ちゃん」
その時、瑠璃は椅子から、腰を上げた。
瑠璃は、優愛がいるはずの、楽器室へ向かう。しかし、彼女はおらず、希良凛がひとり練習をしていた。
「あっ…」
「瑠璃さん」
お互いが見合う。場の空気が少しずつ固まっていく。
「ごめん」
瑠璃の吐き出された声は、とても小さなものだった。それを聞いて希良凛も、何のことかすぐに理解する。
「…私もごめんなさい。失礼なこと言ってしまって」
そう言って、希良凛は深々と腰を折る。
「…さっちゃん、優愛ちゃんを見なかった?」
それを聞いて、希良凛がハッとする。
「優愛先輩なら楽器を持って、どこかに行きましたけれど」
「えっ…?」
瑠璃は何のことだか、よく分からない。
その時、優愛は、別の教室で、副顧問の中北によって、チェロを教わっていた。
「中北ちゃん先生、ここ抑えるんですか?」
「うん。そうだよー」
「うひゃー、難しい」
「そう?私、高校時代、コントラバスやってたからかなぁ?」
さらっと言う中北に、優愛が「ええぇぇ!?」と驚きの声を上げた。
「先生の部活、初めて知りましたぁ」
「そうねぇ」
「えっ?どうして先生は、コントラバスを選んだんですか?」
「うーん、高校の先輩に押し付けられたから」
「へ、へぇ」
もう少しマシな理由かと思った優愛は、少し苦笑いをする。
「そういえば、優愛ちゃん、どうして打楽器を選んだの?」
自分の過去を話したことで、彼女の過去も聞きたくなったのだろう。
「えっ…。実を言うと、身長が低くても問題ない楽器をやりたかったことが、キッカケですね」
「そうなの!?」
現在の優愛の身長は155cmだが、中学校入学時は、もっと低かった。
「低身長でも、楽しめる楽器があるかなぁって探した所が、ここだったんです」
そう言って口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「そういえば、美術部に入りたいって、最初は言ってなかった?」
「ああ、はい。でも、音楽室がうるさくて、吹奏楽に興味を持ったんです。それに私、1人が嫌いでしたから」
実を言うと、ピアノを辞めたのも、つまらなかったからだ。誰かがどこかで聴いてくれるわけでもない、誰かから反応がもらえない。何だか、小さい頃はそう心のどこかで思っていた。
幼い日は、孤独に怯えていた、そんな気がした。
だからこそ、優月と出会ったことが、本当に嬉しかった。彼特有の純粋さと優しさが、優愛の孤独を完全に掻き消したのだから。
告白された時も嬉しかった。だが、付き合いたくないと、心から思った。離れ離れになるかもしれない、突然別れたら、永久に友達としていられないかもしれない、その恐怖が優愛には、あったから。
そんなことを、思い出していると、中北がポンポンと優愛の方を叩く。
「練習しますよー」
「はぁい」
優愛は嬉しそうに返事をした。
吹奏楽部に入らなかったら、瑠璃とも香坂たちとも、出会えなかっただろう。
本当に良かった、そしてありがとう。
練習が終わった後、瑠璃と希良凛は、少し話すことにした。2人は並びながら廊下を歩く。
「明後日だね。オーディション」
「はい」
希良凛が頷く。
「頑張ろうね」
「はい」
瑠璃が勇気を振り絞って放った言葉も、彼女の淡い雰囲気に、掻き消されてしまった。
「それでさ、どうしてさっちゃんは、そんなにソロをやりたいの?私、理由が知りたい」
素直に言うと、希良凛が拳を震わせる。
「私ね、弟がいるの」
「ああ、知ってるよ。優愛お姉ちゃんから聞いた」
「その弟とね、対決してるんです」
「対決?」
「どっちが、打楽器うまいか…って」
それを聞いて、瑠璃の口の中が苦くなる。
「それで、ソロやりたいってこと?」
「はい。弟、すごく上手い先輩に、教わってるって聞いて、正直少し妬んでます」
それを聞いて、瑠璃は「アハハ」と笑う。
それと同時に、凄いな、と思う。弟との為に、ここまで必死になれるのだから。
「でも、私と一緒だね」
「えっ?何がです?」
すると、瑠璃が彼女の方へ振り向く。
「誰かの為に必死になっているフリして、本当は自分の為に頑張っている所!」
その時、希良凛は直感的に、怖い、と思った。
「私も一緒だよ。優愛お姉ちゃんと同じ楽器を演奏したいって言うけど、本当は、ただ私がやりたいだけだもん」
そして、希良凛の肩に、ポンと手を置く。
「さっちゃんもでしょ?弟君に勝つ為に、頑張っているように見えるけど、本当は、ただ自分がやりたいだけなんじゃない?」
その言葉を聞いて、希良凛の頭の中で、鎖のような負の感情が崩壊した。
今までは、敵だと思っていた。自分のことしか考えない癖に強がるヤツ。子供っぽい彼女を見ていると、自然とそんなイメージが定着していた。
「でも、それでいいんだよ」
希良凛の口が開くその瞬間、瑠璃がそう言った。
「誰かの為より、自分の為の方が、絶対に楽しいんだから」
瑠璃の言葉に、希良凛の硬い表情が消えていく。
「ねぇ…先輩、私と友達になってくれませんか?」
友達。先輩と後輩の関係を超えた存在。
「オーディション、頑張ろうね、さっちゃん!」
「私だって負けないもん!」
それを受け入れるのに、瑠璃が否定する理由は無かった。
そして、このオーディションは衝撃の結末を迎えることになる。
ありがとうございました!
ちょっと複雑過ぎて、何言ってるか作者自身も、そんなに理解できていませんが、要するに瑠璃と希良凛は、仲が良くなったということです。
さて、次回が最終回の予定です。
お楽しみに!
【次回】
瑠璃と優愛が号泣…
『お姉ちゃんと…』




