茂華ソロオーディションの章【前編】
いよいよ、茂華中学校オーディション編です。
古叢井瑠璃と指原希良凛が、ソロを巡ってぶつかり合います。
果たしてどちらにソロが巡ってくるのでしょうか?
茂華中学校。
文化祭より3週間前の話だった。
『えぇ、今年も各楽器、ソロをします。すごく目立つので、やりたい人はエントリーして下さい』
この言葉が始まりだった。
そして、この日から、各パート火花を散らし合うソロ合戦が始まった。
トランペットは勿論、トロンボーン、クラリネット、ホルン、ユーフォニアム、サクスフォン…。
ソロ合戦と聞いて、オーディション自体を辞退する部員は、1人も居なかった。それはそうだろう、諦める理由が無いからだ。
そして、それは打楽器にも。例年なら年功序列の風潮で、3年生がドラムソロをすることが条例で、オーディションとは深遠な存在だったわけだ。
だが、今年は違った。
「私はいいやぁ」
3年生の優愛が、ふふふと笑う。
「なら、私がやっても良い?」
後輩の古叢井瑠璃が、目を爛々と輝かせる。
「だって、瑠璃ちゃんもやりたい上に、ドラムソロ、枠1個でしょ。」
「う、うん」
「それにさ…、さっしーも狙ってるし…」
「さっちゃん?」
そういえば、と思い出す。
『希良凛もソロ狙ってますよ』
いつか、セルビアが言っていた気がする。
「そういえば、そっか…」
瑠璃は目を細めて、希良凛を見る。希良凛は、先生から仕入れたドラム用の楽譜を、苦戦しながらも、練習していた。
1年生とはいえ、彼女も小学生からの経験者だ。掠め取られても何ら不思議ではない。寧ろ危ない。
「じゃあ、私もソロ練してこよ」
「がんば」
優愛は、そう言って、瑠璃を見送った。
「うん。頑張るね」
真剣な表情をした瑠璃を見るのは、久し振りだ。
「そういえば、小林先輩、来るんでしょ?文化祭」
「う、うん。来るみたい」
すると優愛は、タンバリンを手に取る。
「じゃあ、いいとこ見せてやれ」
そう言って、いたずらっぽくその細い目を、更に細めた。髪を縛っていて、今日は一段と表情が読みやすい。
「ありがとう!」
瑠璃は、優愛の言葉を背に、音楽室の横部屋に、入っていった。
そんな2人の会話も、気にせず希良凛は、練習を続けていた。
土曜日。
「はぁー、疲れた」
優愛は、家の近くの公園のベンチで、黄昏れていた。
「あっ…」
その時、聞き覚えのある声が聴こえてきた。声だけで、すぐに分かる。優月だ。
「優月くん」
優月は、その先で小さく手を振っていた。それと同時に昔、よくここで遊んだな、と遠き日のことを思い返した。
「文化祭の方はどう?」
優愛が訊ねる。優月は「進んでるよ」と言う。
「まぁ、不満はあるけど」
と独り言を言う。
「不満?」
すると彼女が予想以上の反応をした。
「うん。実はね、メイド役をすることになって」
「なぁんだ」
しかし、大して優愛は驚かなかった。
「優月くん、学校の劇でママ役してたじゃん」
「そうだっけ?」
「あの時から、優月くん女の子のマネするの上手いなぁって思ってたよ」
「へ、へぇ」
何だか、優愛に言われるのは良い気がしない。それは彼女のことが好きだった頃の名残りだろうか。
「優愛ちゃんは、午後の自由発表は何か出るの?」
「出るよ」
「えっ…何するの?」
「ダンスだよ。白夜に誘われたの」
そう言われて、真っ先に頭に思い浮かんだのは、香坂白夜の顔。
「それで、さっき学校にいた時に電話が来たけどどうしたの?」
「ああ、実はね」
すると優愛が首を前に押し倒す。
「瑠璃ちゃんとさっしーが喧嘩しちゃって」
「さっしー?誰?」
優月は、そう言って首を傾ける。
「ああ、私の後輩。夏祭りで迷子してた子」
それを聞いて、茶髪で低身長の可愛らしい女の子を、思い返す。
「ああ、いたね。指原希良凛って子」
「私、1人じゃどうしようもなくて…」
「友達に相談した?」
「みんな、瑠璃ちゃんと話すのが面倒なみたいで」
それを聞いて、優月は顔を歪める。
「なるほど…」
瑠璃は、優愛や後輩には優しいものの、年上が苦手なようで、よく反抗的になってしまうのだ。その上、ティンパニ破壊事件で、少し恐れられている。
「それこそ、香坂部長に頼んだほうが」
「あの天使ちゃんを、何とかできる?」
それを聞いて、優月は察した。多分、話が噛み合わなくなるだろう。そんな気がした。ましてや、相手との事情があるのだから。
「てか、喧嘩の原因って、何があったの?」
「うーん、ドラムソロ」
それを聞いて優月は、ビクッとした。
「待って、ソロって1年生もできるの?荷が重すぎない?」
「いやあの子、小学校からの経験者だから」
「へぇ…」
「パーカス内でバチバチにやってると、私が苦しいし、何より来月からが心配…」
「そっか。優愛ちゃん引退か。それはまずいね」
この時の、2人の脳裏に浮かんだのは、ただ喧嘩を終わらせることでは無い。喧嘩する関係にさせないようにすることだ。
だから、優月が、その場面に遭遇しようとも、オーディションが終わるまで待つつもりは無いだろう。当然、優愛も同じだった。
「…因みに、優愛ちゃんにとっては、どっちが選ばれそう?」
「…うん、正直な所、どっちもどっちなの」
「えっ…」
それは意外だな、と思う。瑠璃に匹敵するのか?
「でも残酷なこと言うと、瑠璃ちゃんに1年生の時からドラムをやらせてたら、全然違ったと思う」
優愛が悔いるように言う。どこか責任を感じているかのように。
「…私は最後、瑠璃ちゃんに任せたい」
その時、彼女がそう言った。
「どうして?」
優月は、単に気になり訊く。と言っても、大体は分かるのだが。
「希良凛ちゃんが入部する前に、約束したの。絶対に瑠璃ちゃんにソロをやらせるって」
「へ、へぇ」
その瞳、声からは、並々ならぬ決意が込められていた。そこまで心配か、と。
「でも、なんかそれ聞いてると、明作先輩、思い出すなぁ」
「明作先輩?トロンボーンの?」
「そ」
優愛も彼女を知っている。
夏祭りで話したのだ。確か彼女も、元プロレベルのパーカッション奏者だったとか。
「先輩もバチバチに、オーディションやり合ったらしいよ…」
「へぇ」
優月は、茉莉沙の過去を知っている。だからこそ、声を大にして言えない。
「でも、さっちゃんもどうして、そんなにソロに固執するのかな?」
優月が訊ねると、優愛が少し俯く。
「あの子、弟がいるみたいでね。その子もプロレベルの打楽器奏者で、見返してやりたいらしいよ」
それを聞いて、優月は苦笑した。
「ってことは、その弟君との喧嘩が始まりってことか」
「多分ね。まぁ、私にアレコレ言う資格はないけど」
そう言って優愛は残念そうに笑った。
悔しいんだな、直感的に彼は気付いた。
その日の夜、瑠璃はひとり、家で練習をしていた。少し狭い部屋にパッドを打つ音だけが、空気に呑まれる。
瑠璃は、スティックで、練習用のパッドを、一定のリズムで打っていた。端にはスマホ。スマホからはメトロノームの音が無限に続いていた。
しかし、それさえも呑み込む集中力で彼女は、打ち続けていた。
『古叢井さんは、テンポ維持をしっかりしましよう』
顧問に言われた言葉が、時折蘇る。
最後は優愛とドラムをやりたい、瑠璃はその切なる思いを、スティックにぶつけていた。
絶対に負けない。
この練習は、オーディションの日まで続くのだった。【続く】
読んでいただきありがとうございます!
この物語の結末は、今までの数十話に伏線を散りばめてあります。良かったらコメントで予想をください!!
ありがとうございました!
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次回
『私だって負けないもん…』




