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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]文化祭始動編
50/216

白き少女の章

音楽室で、女装から着替えた優月は、げんなりとした表情で、教室に向かっていた。

人生初のメイド服と女装。クラスメートからは、意外にも大絶賛だった。 

変な目で見られる訳では、無いから良いものの、少し恥ずかしいな、と思った。


「やっべ!」

その時、授業のチャイムが鳴り響く。次の授業の準備は済ましたものの、教室に入れなければ元も子もない。

そうして、教室に滑り込む。


「あっ」

しかし優月の心配は杞憂に過ぎなかったようだ。まだ担当の先生が来ていない。

その時だった。

「なぁんだ、着替えちゃったのか」

クラスメートの1人が残念そうに言う。

「逆に何で着替えないと思ったの?」

教科書を開きながら優月は、冷静に突っ込む。どうやら女装の反響は奇しくも高いようだ。

その時、鳳月ゆなに肩を叩かれる。痛い。

「お前、その女装で吹奏楽発表出ろよ」

「やだよ」

「広一朗に頼もっか?」

それは余計なお世話だ、と優月は顔を歪めた。そんなことをすれば、部員に何と思われるか?もしかしたら、定期演奏会にも支障を(きた)すかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。

だから優月は、必死に断った。



その日の放課後。

「ねぇ、ゆゆー!」

音楽室で、部員が来るまで、本を読んでいる優月に、珍しく話しかける人がいた。

「あ、朝日奈先輩!!」

そこにいたのは、チューバ担当の3年生、朝日奈向太郎だった。彼は、筋骨隆々、イケメンの男子の憧れを詰め込んだような男だ。

「ゆゆが、メイドやるって本当?」

開口一番、彼がそう言った。

「えっ…?は、はい」

優月は、小さく頷いた。誰が言った?先輩でなければ八つ裂きにしてやりたい、と意味の分からないことを心の中で、叫びながら、恥ずかしさを紛らわせた。


「可愛かったって、むっつんが言ってたぞ」

それを聞いて、優月は妄想をする。

ひとり暗闇の中、『ですよね~』と頭を抱えて絶叫する男の図。

5時限目の休み時間で、優月は女装の着替えをしようとした所で、むつみに見られてしまったのだ。

「は、はぁ…」

「なんか、お母さんみたいって」

「えっ?井上先輩のお母さんですか?」

「ああ。あ、お母さんっていえば、ゆゆに言っておかなきゃいけないことがあるなー」

「なんですか?」

優月は首を傾ける。

「田中が部活、辞めるかもしれない」

それを聞いて、優月は「ユーフォ」と反射的に言ってしまった。

「えっ…?てか何でですか?」

「ゆゆは、口堅いって、メイさんの件で分かったから言うけど、あいつの両親、亡くなってるんだ」

それを聞いた優月の眼球は、閉じられなくなった。衝撃に開いた口も塞がらない。

「で、引き取り先の親が、実子贔屓らしくて、吹奏楽も反対なんだと」

理由は分かった。胸糞悪い。

「あいつ、1人で全部やってきたんだ。学校からの往復。部費もアルバイトで稼いでいたんだが、そのお金も限界らしくてな。11月いっぱいで、辞めちまう」

「そんな…」

茉莉沙の時とは、訳が違う。これは止められないな、そう直感した。

「まぁあと4ヶ月で、俺も引退だがなぁ」

そう言って、向太郎はチューバを持ち上げる。優月は数歩、後ろへ下がった。

「そういや、ゆゆはどこ中だ?あのホルンの子と同じ中学校なんだろ?」

「えっと、茂華中学校です」

それを聞いて、向太郎はハッと顔を上げる。

「あぁ!むっつん達が、そのことで騒いでたな!」

そういえば、優月は思い出す。彼女は、やたら学校の吹奏楽事情に詳しかった。


「詳しいですよね。井上先輩は、中学の時から吹部だったんですか?」

優月は質問する。彼は何だか部員に、詳しそうだ。

「ああ、うん!ただ家では弓道やってたみたいだけどな」

しかし、優月はそれ程驚きはしなかった。想大から聞いている。

「弓道ですか…」

だが優月は、つい珍しい言葉を外に漏らす。

「おう。俺も結構通ってた。友達だと、結構入れてくれるんだよ。小学生の時から射ってたから、こんなに筋肉ついたー!」

そう言って、向太郎は嬉しそうに、筋肉が締まった腕を見せる。

その腕は、弓道で得たものか。と今更になって納得する。

「まぁ、中学では野球部にいたからってのも、あるがな」

彼は嬉しそうに目を細める。彼の真っ直ぐな笑顔は、人を気持ち良くさせる。

「えっと、吹部に入った理由とかは?」

「ああ、俺、高校卒業したら就職するんだ。だから、体力付けたほうが良いって理由で、吹部を始めたんだ。まぁ今となっちゃ、チューバも友達作るのも楽しいんだけどな!!」

その時だった。


ギイ…と扉が開く。

入ってきたのは、むつみと悠良之介だった。

「あれ?他の皆は?」

「文化祭の準備」

それを聞いて、優月は顔を真っ青にした。

「やっべ!!女装用の服取りに来いって、石田さんから言われてたんだった!!」

優月は、先程音楽室に、置いてきた紙袋を掴み、音楽室を飛び出した。


彼がいなくなると、むつみが向太郎に言う。

「彼と何話してたんですか?」

すると向太郎は、白い歯を煌めかせ「ちょっとな」と笑った。

「まさか…私のこと話したりしました?」

「別に。むっつんが、アルビノだってことは」

「良かった」

そう言って、白い髪をさすった。恐らく、部員には詳しい事情を知る者はいないだろう。


むつみは、生まれつき白い体をしていた。髪も白く、瞳は親の遺伝子なのか、紅い。個性が強い子供として、育った。


だが、小学4年生のある日。

『ねぇ、お母さん。どうして私、外に出ちゃいけないの?』

その日が休日で友達と遊びたかったむつみは、つい母に訊いた。

『言ったでしょう?あなたは太陽に弱いの』

『えぇ…』

『それに、紫外線を浴びたら、皮膚がんにかかる可能性があるんだから、駄目よ』

そんなこともあって、学校への往復も親の送迎だ。

『じゃあ、私はどうすればいいの?』

『弓道でもしてなさい』

『またぁ……』

このようなやり取りが連日続いたが、徐々に自分の体質に気づいてきたむつみは、何も言わなくなった。



そして中学1年生の春。

『運動部は、嫌だなぁ』

並の子供ほど遊ばなかった彼女は体育嫌いになり、部活も文化部を選んでいた。

その時。

『むつみちゃん』

小学校の1つ上の親友のが、話しかけてきた。その手には、真っ黒なオーボエが握られていた。


音楽室の近くのベンチで、ふたりは話すことにした。

『部活は決まったの?』

『ううん。ぜーんぜん!』

『運動部は見た?』

『私、走りたくない』

それを聞いて『そうだったね』とその友達は苦笑した。

『じゃあさ…』

その時だった。

女の子の顔色が、真っ青なものに変わる。


『ごめんっ!』

その時、手で抱えていたオーボエを、むつみに突き出す。

『ちょっと、吹いてみて』

そう言われ、むつみは渋々オーボエを受け取った。

『すーっ…』

むつみは、リードを震わせる。その時、温かい音が鳴った。

『えっ?すご!』

それと同時に、誰かがそこを通り抜けた。その足音は、音楽室の前で消える。

『ふぅ…良かった…』

『今の誰?』

すると彼女は『顧問』と答えた。

『うちの顧問、ちょー怖いから』

と苦笑するので、むつみもつられて苦笑した。

『…ってか、今、音鳴らなかった!?』

『えっ…?そう?』

『なんでオーボエが吹けるの!?』

『えぇ…』

むつみは再びリードを口に加える。そしてゆっくりと息を吹き込んだ。すると微かにも音が出た。

『やっぱり出るじゃん!』

『えぇ…。私、凄い』

『むつみ、吹部入ってよ』

その勧誘にむつみは、うんと頷いた。

『別にいいよ。どうせ家にいても、弓道しかしないしね。先輩』

と言って、再び白い歯を見せて笑った。




これが、オーボエを始めたキッカケというものだ。

「…てか、今は傘無しで歩いてるよな?」

向太郎が言うと、

「そう?」

とむつみが誤魔化すように言った。

「それより、向太郎先輩無しで、文化祭の準備、終わるんですか?」

「まぁ、大丈夫だろう。うちのクラスは優秀だからな」

そう言って彼が笑うと、むつみもつられて笑みが溢れた。

間もなくして、残った3人は、先に各々練習を始めた。




その頃。1年1組。

「やっぱ、可愛い!!」

「想大!しつこいぃ!」

メイド姿にさせられた優月は、相変わらずの人気を得ていた。

「…ちょっと、優月君が困ってる」

学級委員長の言葉で、やっと彼の暴走が収まった。

「で、看板書けばいい?」

優月は逃げるように、彼女に歩み寄る。

「うん。いいと思う。で、着替えてもいい?」

「いいよー」


そうして着替えた優月に、一本の電話が掛かってきた。

これが、あの悲劇に繋がる扉を開くことに、なるなんて…。

ありがとうございました。

良ければ、

ポイント、ブックマーク、感想、リアクション

をお願いします。



【次回】

瑠璃が…

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