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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]入部&春isポップン祭り編
5/208

タンバリン&スネアの章

今回から、音の描写を具現化する為のオノマトペが多く使われます。不快に思った方はすみません。


※この物語はフィクションです。人物、学校名はすべて架空のものです。

春も盛る日、小倉優月が吹奏楽部に入部した。

「…失礼します」


優月は重々しい鉄の扉を開く。何回も開けているはずなのに,今日は一段と重い気がする。

しかし、音楽室に続くドアは目の前だ。誰もいるわけが無い。

「…いや…何でやねん」

彼は自分にツッコミを入れた。


ギィィ…とドアノブを回す音と共に、ゆっくりとドアが開いた。

「失礼しまーす」

そう言って、音楽室を見回す。


「悠良ノ介ー、鞄、どけてー」

「分かったよー」

しかし、2年生が数人しかいなかった。

ユーフォニアムパートの川又悠良ノ介とオーボエパートの井上むつみ。そして、フルートパートの初芽結羽香やトロンボーンパートの明作茉莉沙。

この4人しか居なかった。


3年生はホームルームで、まだ誰も来ていない。


「…こんにちはー」

すると初芽が優月に挨拶した。

「こんにちは」

優月も頭を下げ返した。


「…また新しいの入ったんだ」

茉莉沙が彼へ興味を示す。深紅の瞳が白い煌めきを放った。

「今年は、沢山、人が入ってくるな」

むつみも、嬉しそうに言った。

「ユーフォはゼロか」

悠良ノ介が残念そうに言うと、コラ!とむつみが彼の頭をポン!と叩いた。

「…私も茉莉沙も同じなんだから、文句言わない!」

「はーい…」

悠良ノ介はショボンと肩を落とした。

「…あれ、奏は?」


すると今度は初芽が辺りを見回す。

「奏…さん、ですか?」

気になった優月が思わず訊ねる。


「うん。奏澪(かなでみお)っていうギターパートの子がいるんだけど…」

「かなで…が苗字なんですか?」

「うん。珍しいよねー」

そう言って、初芽はフルートをケースから取り出した。

「…奏澪か」



それでももっと珍しい苗字の人間を知っている。


―古叢井瑠璃―。優愛の後輩でパーカッションの子だ。

「まぁ、古叢井って子よりは、まだ納得できるわ」



ーその頃茂華中学校の音楽室。

「ハックション!!」

瑠璃が大きなくしゃみをする。

「わっ!大丈夫?」

その大きなくしゃみに驚いた優愛は、心配の声をかける。

「う、うん!大丈夫だよ!練習始めよー」








そんな噂の弊害も知らず、優月は何をすればいいか、と音楽室を彷徨っていた。

「…あ、小倉」

その時、鳳月ゆなが音楽室へ何食わぬ顔で入ってきた。

「鳳月…」

優月が彼女へとかけ寄った。

「…何してんの?」

ゆなが訝しげに訊ねる。

「…い、いや…何すればいいか分からなくて」

「そうなの。先生に何も言われなかったんだ」

「う、うん」

優月はそう答えて、彼女から目を逸らした。


「…ちょっと待ってて」

そう言って、ゆなはスマホをポケットから抜く。

「…もしもし」

それから、彼女は誰かへ電話を掛けた。

「小倉ってさ、何すれば良い?」

『…えっとぉ…、タンバリンとかやらせておいて』


電話の相手は吹奏楽部の正顧問、井土広一朗(いづちこういちろう)だった。

それにしても…と優月は思う。


先生にもタメ口とは…。親の顔が見てみたい…とまで思ってしまった。

「了解しましたー!」

彼女はそう言って、嬉しそうに通話を切り落とした。



次の瞬間、ゆながとんでもないことを言い出す。

「よし!小倉、ドラムやるぞ」

「…は?」



電話で聞いていた内容が違う、と優月は直ぐに気づく。

「…だって、田中がいないから、タンバリンの場所が分からないんだもん」

そう言って、ゆなは肩を竦めた。


「ああ、タンバリンなら、楽器室にあるよ」

その時、茉莉沙がそう言って、音楽室の端の扉を指差す。

「…だってさ」と優月がそう言うとゆなは

「ワタシナニモシラナイナ」

と白を切る。


「…私、小物、教えんの面倒くさい…」

すると、ゆなが優月の肩を前へ引く。痛い、と優月は思う。

「取り敢えず、お前、ドラムが下手くそだから、教えてあげる」

「…ヒドイ」

ゆなは辛口のようだ。だが、確かに叩いていると彼女のような音が鳴らせない。

恥ずかしい気持ちになる。





「まずね、ハイハットを8回叩いてみて」

ゆなが指示をする。優月はスティックでハイハットシンバルを叩く。

ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザ ザッ

「…うん」

「次に、ハイハットを叩くと同時に、3回目と7回目に小太鼓(スネアドラム)を叩く」


ザ ザ ザ  ザ ザ ザ ザ  ザッ

    パン!       パン!


「…最後にバスドラム。右足でペダルを踏めば、勝手に音が鳴る」

「これは?」

「1回目と5回目に踏むんだよ」


ザ ザ ザ  ザ ザ ザ ザ  ザッ

    パン!       パン!

ド!        ド!  


「これが8ビートっていう基礎リズム」

「…へぇ」

「まぁ、広一朗先生が来るまで、やってな」

「…っえ?鳳月は?」


「…ゲーム」

そう言ってゆなは黙り込んだ。手にはスマホ。慌ただしく細い指を素早く動かす。

(おいおい…)

部活の練習中にゲームとは…と優月は苦笑した。


しかしゆなのことを気にしている場合ではない。

そんなことよりも…練習しなければ。



その時だった。

「出席、取りまーす」

部長でトランペットパートの雨久朋奈(さめひさともな)が声を掛ける。

どうやら、いつの間にか3年生も来ていたようだ。


「いーとこだったのに…」

ゆなが残念そうにスマホを視界から外す。


「初芽さん」

「はい」

「川又君」

「はい」

「明作さん」

「はい」

「奏さん」

「はい」

「井上さん」

「はい」

「齋藤さん」

「はーい」


2年生が律儀に返事をする。改めて見ると、初めて顔を見れた者がいた。


「次に1年。出席取りまーす!」

雨久が名前を呼び出す。


「夏矢君」

「はい」

「黒嶋さん」

「はい…」

「岩坂さん」

「はい」

「鳳月さん」

「はーい」

「小倉君」

「はい」

「降谷さん」

「はい」


1年生は全員で6人。2年生よりも多い。

「始めまーす!お願いします!」

「お願いします!!」

部員全員の復唱が終わると、音楽室は一斉に慌ただしくなる。






「…2人とも、先生から、何か言われてる?」

3年生の田中美心が、2人に話しかける。


「小倉はタンバリンやれって言われていました。でもさっきまで、小倉にはドラムをやらせてました」

ゆなは馬鹿正直にそう答えた。当然ながら美心はその予想外の返答に驚く。

「…なんで?」

「タンバリンの場所が分からないからです」

「タンバリンは、楽器室にあるのよ」

「明作から聞いてます」


余りにも頓珍漢な会話に優月は、その場にいるのが恥ずかしくなった。




ギィ…古く黒ずんだ扉が音を立て開く。

「だったら、練習させれば良かったのに」

美心は、そう言いながら、持ち手部分が赤いタンバリンを取り出した。

「…はい」

「ありがとうございます」

優月は軽く会釈して、感謝の意を示した。


中心に穴が空いていて、タンブリンのような皮が張られていない。

このようなタンバリンを触ったのは、彼にとって初めてだった。


「…えっと」

だからか、打ち方が分からない。

「…タンバリンの打ち方、分かる?」

「…っえ?」

突然、田中美心が話しかけてくる。

「わ、分かりません…」


「えっと…タンバリンは、黒い持ち手を持って、その反対の方を叩く…でいいのかな?」

美心もそこまで知識があるわけでは無いのだろう。

優月はタンバリンを右手に持ち、振る。左の掌に当たると、パン!と軽い音が鳴る。


「…いいのでは」

美心が、ニコッと笑って答えた。

「…は、はい」

まずいな、と優月は思った。

これで1週間後の本番に間に合うのだろうか…?




…30分程、練習を続けていると、井土が音楽室へ戻ってきた。

「…あと、20分くらいで合奏しましょう」


「合奏…って?」

優月がゆなにそう訊ねる。

「…合奏。曲を皆で合わせるんでしょ。多分」

「ふーん…」


優愛からは合同練習と、言っていたが、そのことか…と優月は思っていた。

優愛から、打楽器のことや吹奏楽部の話しはよく聞いていたが、いざ入ってみるとよく分からないものだな。


「奏さん」

井土は、ベースを構えている澪に指導していた。「…ここはね、指で押さえる」

「はい」

ここ1年、彼女の腕は上がってきてる。

「…奏さん、良くなってますね」

「はい…」

澪は、そう言って口元を平たく伸ばす。


その時、井土が彼女から目線を外した。

「…ちょっと…教えたい子がいるから、ゴメンね」

そう言って、井土は澪から去って行った。


教えたい子というのは優月だ。


「小倉君、今日から宜しくお願いします」

井土は優月と入部前から何度も話してきている。

「よ…よろしくお願いします」

優月も会釈して彼を一点に見る。

「それで、分からないこととか、ある?」

「…分からない…ことですか?」


そう言って、彼はグリーンのファイルからページを捲る。シュ…シュ…とパッとしない音。そして微妙に開きづらい。

このファイルは、小学生の時に合唱で使っていた合唱ファイルだ。


今まで約3年間、押し入れに眠っていたものだ。3年前の春、まさか、こんな理由で再び合唱ファイルを開くとは思いもよらなかっただろう。


「えっと、この"Snare"と書かれた楽器が分からなくて…」

「ああ…スネアドラムですね…」

「…ああ、聞いたことは、ありますね」

優月が思い出したように、ポン!と手を打った。


『3回目と7回目に、スネアドラムを叩く』


確か、部活が始まる前、ゆなが言っていた。

「…じゃあ、スネア出しますか」




それから、十数分後、合奏が始まった。

「…それじゃー、鳳月さん、好きなタイミングで、始めてください!」

井土がそう言って、ドラムセットを前にしたゆなへ呼びかける。


「うん」

次の瞬間、ゆながシンバルを叩く。

その音から、飛び出すように様々な管楽器の音が鳴る。

「…すげぇ」


優月は改めて凄い、と思う。

ハイハットシンバルは二枚の金属板が合わさったシンバルだ。足で踏むことによって、

ツゥー…ツゥー、と踊るように鳴り響いた。


見ているだけで難しそう。

と、本来なら思うはずなのだが、優月はそうは思わなかった。

むしろ、頑張れば、こんなこともできるのか、と期待してしまった。


「シャカッ…パン!シャカッ…パン!」

井土がそう言って、手を叩く。彼が、手を叩くと同時に優月は振ったタンバリンを掌へ叩いた。


彼はどこか楽しそうに見える。

「…いいね!」

飲み込みが早い優月に井土は少し感心した。

それと同時…。ある案が彼の脳裏へ思い浮かぶ。

(良かったー)

優月もタンバリンを振りながら、ホッと胸を撫で下ろした。



時間は5時30分前…

「それでは、最後の曲ですね。皆さん頑張れー」

そう言って、井土はどこかへ消えた。


「小倉君、リズム教えるよ」

そう言って、優月へ笑いかけた。

「…は、はい」


そう言って、井土が指を振る。

それと同時、優月がスティックを振る。


パン!パン!パパパン!パン!

皮から叩く度に、軽快な音が鳴る。

やはり、合奏は楽しいな、と思う。

何より、2、3年生は、前から猛練習していたのだろう。聴く側も楽しくなってくる。


合奏終わり…

「…はい。皆さん、これからも頑張っていきましょう!」

井土がそう言うと、部活が「はい!」と返事した。

すると、部長の雨久が黒板の前へと立つ。

「これで今日の部活を終わりにします!お疲れ様でした!」

「…お疲れ様でした!!」


ーやっと部活が終わった、と優月が胸を撫で下ろす。

「…ちょっと、練習してくか」

優月は楽器の片付けを手伝った後、何かに目線を移した。ドラムだ。


それから、練習すること15分。

すると、誰かが彼へ近寄ってきた。

「小倉、帰ろ」 

とその人物は言った。

「…あ、鳳月」

その人物はゆなだった。

「私のこと、鳳月じゃなくて、ゆなって呼べばいいのに」

田舎らしさ満載の畦道を歩きながら、ゆながそう言った。

「無理」

しかし、優月は冷たさそうにそう返す。その態度にゆなの頬がぷっくらと膨れる。

「…ふーん」

「だって、僕の友達と名前が似てるんだもん」

「…へぇ。女子友いない陰キャかと思ってた」

それに優月は悪かったな、と彼女を睨みつける。


「自分事だけど、聞いてくれる?」

「…つまんなかったら聞かない」

「…じゃあ、話す」

優月はゆなを指差す。

「榊澤優愛って言う子なんだけどさ…、僕が片思いしてた子なんだ」

「へぇ…。好きな人ねぇ」

「ゆあとゆなってなんか似てない?」

優月がそう訊ねると「似てない」とゆなは一蹴した。

「…そっか」


どこまでも正直だな、と彼は思いつつも、彼女と別れた。

彼女と分かり合える日は、来るのだろうか?


こうして、彼の吹奏楽生活は、幕を開けた。

〜次回〜

『小倉優月と榊澤優愛の章』


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