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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]文化祭始動編
47/211

指原姉弟の章

みなさん、こんにちは!

今回は『御浦ジュニアブラスバンドクラブ編』です。この後の茂華中学校文化祭編での伏線や、作中No.1奏者が現れますので、最後まで見てくれると嬉しいです!

和装のような服、女の子のような容姿をした人物が、ホールの中をトコトコと歩く。

「沢柳先輩、こんにちは」

その人物は、指原莉翔という男の子だった。彼の声に、沢柳が振り返る。

「おう、来たかー」

彼は、いつになく軽い口調だった。

沢柳律は、プロレベルのパーカッション奏者だ。そんな彼は、下に莉翔を従えている。

「ホールの鍵は?」

「ああ、それなら片岡が」

すると、1人の男の子が駆け寄ってくる。

「沢柳さん、鍵もらってきました」

彼の名前は、片岡翔馬。組織内でもトップレベルのトランペット奏者だ。

そうして、3人はホールの中へ入っていった。


このホールは、時間帯で楽団が貸し切っている。

中へ入ると、真っ暗な闇が広がる。

「本当に誰も来ていないんだな」

沢柳がそう言って、スイッチを押す。すると、パチンと黄金色の光に、包まれる。

「薬雅さんも来てない」

片岡の言った『薬雅』とは、音乃葉のことだ。音乃葉は、『ウラ』と呼ばれるトランペット奏者で、実力は全国でもトップレベルだ。


「すまないねえ。遅れちゃった」

すると、後ろから朗らかな少女の声が、聴こえてくる。

「あっ!薬雅さん!」

音乃葉だ。その糸目を見た、片岡は目を丸めた。

「今日も吹くぞー」

そう言って、音乃葉は愉しそうに、両手を広げた。美しい体躯へ、片岡も頷いた。



「さっしーも用意しといて」

「はい!」

ふたりも、それぞれに動き出す。

「よいしょー」

可愛らしい顔をした少年は、次々と楽器に掛けられた毛布を剥いでいく。

「あっ?」

その時だった。ポケットから着信のバイブレーションが鳴る。不快では無いが、少し顔を歪める。

「あっ、お母さん」

彼からの電話の相手は、自分の母からだった。

「もしもし…」

莉翔は、楽器を包む毛布に隠れ、応答する。

『あっ、莉翔!あのね、希良凛が熱、出しちゃったみたいでね、お迎え早くなるの』

「えっ?お姉ちゃんが?」

『一応、速水先生には、連絡入れたけど、7時ぐらいには、迎えに来るわ』

「分かった」

莉翔は、顔を歪め、そう答えた。

希良凛は、少し苦手な姉だ。1日に何度も口喧嘩するほどに…。



そうして、数十分後には、練習が始まった。

莉翔は、沢柳とパーカッションセットを叩いていた。パーカッションセットとは、シンバルやタンバリン、タムなどスティックを扱う打楽器の群をまとめたモノのことを言う。


「へぇ…、お姉さんが熱かぁ」

「うん。だから今日は早退なの」

「そっか」

沢柳は仕方なさそうに言った。

「ってか、お前のお姉さん、どんな人なの?」

突然、彼が尋ねてきた。

「うん…、負けず嫌いかな?希良凛お姉ちゃんは」


2人は、年の差ひとつで産まれた。

莉翔は、翔び立ってほしいという理由で莉翔と名付けられた。昔から女の子と間違えられ、保育園のおままごとで、母役を押しつけられてからは、女の子の容姿を好むようになった。女装すれば、姉顔負けの可愛らしい女の子に、化けることもあった。

一方の希良凛は、『キラキラと希望に満ちた良い人生』を歩んでほしいという思いから、希良凛と名付けられた。

そんな姉は、普段から騒がしい性格をしている。そのうえ、親に似たのか、莉翔と幼少から、何かと張り合っていた。


『はぁ…はぁ…』

『やった!』

小学1年生の時、希良凛を初めて、徒競走で抜いたことが、始まりだった。

『負…け…たあ』

希良凛は、絶望したように俯いた。

『やったぁぁ』

莉翔は飛び上がって喜んだ。その様子に、希良凛が不満を示す。

『絶対に、ズルしたでしょ?』

『してないよー』

『嘘だ!!』

『お姉ちゃん、悔しいんだあ』

煽り合う喧嘩をしては、再び競り合い、2人は成長していった。



「…と僕が、短距離走で抜いたことが、始まりですね」

すると沢柳は、仕方なさそうに苦笑した。

「へえ、その姉ちゃんも可愛いんやな」

「うん!」

そう言って、莉翔がマレットを掴んだ。

「それで、僕が3年生の時にね…」

指でクルクルとマレットを回す。



ある日の休日。

『ふぁぁ、莉翔、うるさい』

ポンポンとくぐもった音に、希良凛の目が醒める。

『あっ、お姉ちゃん、おはよー』

近くには、

『なにそれ?』

莉翔が叩いていたものは、押し入れから出たであろう、木琴だった。

『木琴だよ』

莉翔が笑って答える。

『へぇ』

『ねえ、お姉ちゃん、キラキラ星やってみてよ』

『えっ、私できない』

希良凛は、気まずそうに言った。すると、母が笑う。

『えっ?そうなのー』

見下された?つい希良凛は、そう思ってしまった。

『僕はできるよ』

そう言って、莉翔はマレットを、ポンポンと打つ。よく知るフレーズが流れるように、打ち込まれていく。


最後までやり切った莉翔に、両親から拍手が送られた。

『上手いねえ』

『莉翔は、吹奏楽とか良さそう』

その言葉に、莉翔が、えへへと笑う。

『わ、私だって練習すれば、できるもん!』

その言葉に『そお?』と莉翔が訊ねる。


その言葉に、希良凛の中で、何かがぷつりと切れた。

『じゃあ、私、学校の吹奏楽クラブ入ろうかな』

『えっ?』

その言葉に、母が予想外の声を出す。

『私、いっこでも、莉翔に勝ちたいし』

希良凛は、そんな理由で、御浦小学校の吹奏楽部に入部したのだった。



「…で追って入ってきたんだ。莉翔は」

「うん!」

この姉弟は、どこまで仲が良いんだ、沢柳は少し羨ましくなった。

「それで、その妹は吹部を続けているんだろ」

「うん。茂華中学校っていう吹部の強豪校で活動してるよ」

それを聞いた沢柳が「へぇ」と愉しげに笑みを零す。


茂華中学校。夏の地区・県大会でゴールド金賞、東関東大会で、銀賞を獲得した吹奏楽の強豪校だ。人数こそ少ないものの、少数精鋭を思わせる程、各々の実力は高い。県内でも名の知れた学校だ。


「…確か、パーカスは3人…だったよね?」

彼の素敵な笑み。その笑みは、その3人を遥かに超えていると、裏打ちするかのような発言であった。

「そうだね」

しかし、莉翔(かれ)も猛者。その言葉には、自身への信用が滲み出ていた。


しばらく練習すると、沢柳が口を開く。

「まあ、少なくとも、あの学校じゃ、メイを抜くのは無理だろうねぇ」

「メイ?」

「明作茉莉沙だよ。コンクールで会っただろ」

「ああ」

思い出した莉翔は目を丸めた。


明作茉莉沙。彼女もここで沢柳と共に、活動をしていたが、度重なる厳しい指導に、精神を病んだ。その後、とあるタイミングで彼女の才能が開花。わずか1年でトップ奏者に登りつめたのだ。

そんな彼女は、東藤(ひがしふじ)高校で、トロンボーンを始めている。


「そんなに、上手いの?沢柳先輩とそう変わらない気がするけど」

「普段はそれ程、上手くはないが、覚醒すればな」

「覚醒?」


そんな茉莉沙には、2つの能力がある。まず1つが模写能力だ。茉莉沙は教えられた技術を、すぐに自分のモノにしてしまう。現に、沢柳も独自の技術を盗まれてしまったこともあった。そして、もう1つ。演奏している間に、集中状態に入ることだ。狂気のような感情になれば、実力が格段に高くなる。どんなに難しい曲でも、薄ら笑いを浮かべられる余裕が、できるほどに。


「その狂気状態、見てみたかったなあ」

しかし、莉翔はそれを見たことが無かった。

「あの状態になったら、誰も手を付けられなくなるからな」

実力的に、と沢柳も苦笑混じりに、そう言った。

しかし、沢柳は知らなかった。もうひとり『同じ能力』に目覚める者がいたなんて…。





その頃、トランペットパート。

「薬雅さん、ここの連符、長過ぎませんか?」

片岡が音乃葉にこう言った。すると音乃葉が、白銀のトランペットを構える。

「あまり案ずるな。簡単だ」

そう軽い口調で言って、音乃葉は吹き始める。その音は全て正確だ。

「ちょっと、ついていけませんよ。そんな早く…」

「うーん、困ったなぁ」

と音乃葉は糸目をぶら下げる。どうやら彼女にとっては、簡単な部類らしい。

「もう一度、やりましょう。次はゆっくりで」

「分かった」

音乃葉は仕方なさそうに、トランペットを構える。片岡もトランペットを正眼に突き出した。

そして、今度は、上り坂を上るかのような速さで、吹き始めた。

2人の音は、美しい。まるで、女神が吹いているかのようだった。

「薬雅さん、ゆっくりでもいけるじゃないですか?」

「別に無理とは言ってないだろう?ただ君の為になるか?」

「なりますよ。初見有っての練習でしょう?」

「ふふ。そうだなぁ」

音乃葉はそう言って、にんまりと笑う。

「所で、この連符は、そんなに難しいのかい?」

「い、いえ。こんなの…」

片岡は楽団内でもトップ奏者だ。トップとしての体裁がある。

その思いを組んだのか、音乃葉の表情が緩んだ。

「素直に難しいと言えばいいだろう?」

ギクリと彼の体が震える。彼女はいつだって真っ直ぐだな。

「難しくないとは言えないのが、偽り無き真相…」

と彼は茶を濁すように答えた。

「解釈が難解だな」

音乃葉はそう言って笑った。そして、爆弾を投下するような発言をかます。

「では、私のことは?」

彼女は、そうしれっと聞き出す。

「それは、恋人として有り得ないことはない…が俺の本意なのかもしれない」

その言葉に、音乃葉の頬が赤く染まる。

「それは誠?」

「うッ!」

それ以降、2人の会話は、ぱったりと途絶えた。



ややあって、合奏の時間になった。

「ったく」

その時、音乃葉に話しかけてくる男の子がいた。

「どうした?清遥」

話しかけた男の子は、氷村(ひむら)清遥(きよはる)というクラリネット奏者だ。彼も『ウラ』と呼称される存在だ。

「いや連符の所、揃いも揃って、失敗するから、注意したら泣かれた。全く、基礎練すれば、できるっていうのによ」

そう温度のない声で言った。

「そこ、むずいだろー」

そこに、オーボエ奏者の鈴木燐火も寄ってくる。

「まぁ、私はシュババババッて終わらしたけど」

そう言って、色黒の拳を握りしめた。

「ふん。鈴木は相変わらずだな」

「それは、氷村もだろうがあ!」

そう言って、固まった彼の肩を、燐火が叩く。

しかし、そんな彼は、

『触るな』

と一蹴した。その冷徹な瞳に、流石の燐火も震える。彼はとても怖い。

「だから、後輩から怖がられるんだな」

音乃葉が呆れ顔で言うが、清遥は無言を貫く。

その時だった。

『わぁぁ、皆揃ってるー!』

凍りついた雰囲気にそぐわぬ明るい声が響く。

「あっ…」

その人物を見た燐火の瞳に、再び光が蘇る。

「葉菜…」 


監督の速水と共にいた、ふんわりとしたボブカットに垂らした長い髪。幼い顔立ちをした女の子が、楽器ケースを握っていた。

「みんな、久し振りだね。やっほぉー」

この人物が、野々村葉菜。全国トップレベルのホルン奏者だ。

「野々村、戻ってきたのか」

清遥も少し目を丸めた。

「おお!葉菜では!久しぶりだなー!!」

テンションの上がった音乃葉が、彼女へ飛びつく。

「相変わらずだなあ。音乃葉は」

柔らかいその声は、周りの空気を一気にほぐす。

「当面は、ここにいるから、宜しくねー!」

「よろしっく!」

すると、音乃葉を呼ぼうとした片岡が、こちらを見てくる。


「あれ?野々村さん!お久しぶりですね」

「あれ?片岡やん」

すると、葉菜がその穏やかな瞳を細める。

「元気してたんでしょ」

その問いに、片岡が「はい!」とさも当然かのように頷いた。

「あれ?パーカッションの子は?」

「ああ、茉莉沙のことか?」

「そうそう。あの子のドラム、音が優しくて好きだったんだあ」

すると、燐火が、

「茉莉沙は、辞めたよ」

と言う。

「えぇ!?そんな…」

葉菜は、残念そうに目を閉じる。

「通りで、打楽器の音が物足りなかったわけか」

そう言って、パーカッションパートの方を見た。

「夏は、オーストリア行ってたからねえ。気づかなかったけど」

しばらくして葉菜が、ホルンを取り出す。金色に光る高級なホルン。それは自分の所有物だ。



合奏が始まった。

「そこのトランペット!連符をキチンと練習してください!では、野々村さんも入れて、もう1回」

『はい!』

各々が合奏を構える。莉翔と沢柳もスティックを構えた。

そして、音が鳴り響く。その時だった。

ひとつの優しい音が、他の楽器の音の、隙間を縫うように響く。まるで小さな針に透明な糸を通しているかのようだった。

先程とは違う繊細で美しい音。それがホルンだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


(やはり、流石だな)

冬樹もスライドを引きながら、そう心の中で称賛を送る。もはや、音乃葉にも追いつけないような素晴らしい演奏。これが、全国レベルかと、冬樹は再び思い知った。



「みなさん、定期演奏会に向けての練習を頑張ってください!」こう言われて、練習を終えた。が、この時既に、莉翔は居なかった。


その時、車に揺られながら、莉翔は思う。

野々村葉菜を超えるホルン奏者は、この国にはいないということを…。


そして、御浦楽団も、定期演奏会に向けて動き出したのだった…。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

野々村葉菜は、すでに10章にて、既に名前だけ登場していました。そんな彼女の実力は世界にも通用するレベルで、御浦楽団に籍を入れているだけ、という形です。

さて、莉翔視点の過去を明かしたので、次は希良凛視点の過去を描いてみようかな?と考えております。


良かったら、

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