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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]文化祭始動編
46/208

田中の秘密の章

こんにちは!

今回は、優月とゆなの先輩である『田中美心』の過去を描いていきました。

じつは彼女の本名は『田中』じゃないんですよね…。


文化祭へ向け、合奏が始まった。

しかし、この日ばかりは、優月にも違和感を感じた。

(田中先輩…)

なぜなら、先輩の田中美心の演奏が、全く成り立っていないからだ。普段は冷静に演奏する彼女だが、今日は違う。どこか迷いと焦りを秘めているようだった。


「田中さん、大丈夫?」

「はい」

その理由は、すぐに分かる。

彼女は最近、早退続きで、全然練習をしていないからだ。井土も、この事には少し顔をしかめている。

美心は、申し訳なさそうに頷いた。その姿は、どこか何かに怯えているようだった。

何かある、と優月はグロッケンのマレットを、両手で隠し、彼女を凝視した。


しかし、優月は、もっと彼女を、よく見ておくべきだったのかもしれない。

あんな事に、発展するだなんて…。




部活終わりも、美心は練習を続けていた。

「また間違えた」

しかし、不調なようでミスをしては修正を繰り返していた。

優月も、同じフレーズを何度も繰り返していた。身に染み込ませるべく、ずっと練習している。


その時だった。

顧問と茉莉沙が話していた。

『明作さん、お願いします』

『仕方ないですねー』

その会話は、こちらへ向けられているように思えた。すると、茉莉沙がこちらへ駆け寄ってくる。

「小倉君」

「は、はい」

茉莉沙は、楽譜を細い指で示す。

「ちょっと、ここが違うかな。そこは、『ラ』じゃなくて、『シ』だよ」

「えっ!?」

優月は、慌てて楽譜を凝視する。確かにそうだった。

「す、すみません」

「いや、私も最初は、これで結構、怒られちゃったこともありましたし…」

茉莉沙は気まずそうに、目を逸らした。

「えっ…、そうなんですか?」


茉莉沙は、元々『御浦ジュニアブラスバンドクラブ』という強豪の吹奏楽組織で、打楽器奏者だった。その腕は、プロ級で組織内でもトップレベルの実力者だった。


「うん。最初は鍵盤楽器ばかりでね。何度も合奏を止めてしまったので、沢柳君に怒られちゃって」

「沢柳…。そうなんですね」


沢柳律。茉莉沙と並ぶほどの実力を持つ打楽器奏者だ。しかし、彼の指導が行き過ぎたせいで、茉莉沙は、精神を病んでしまった。しかし、それがトリガーとなり、トップ奏者まで上りつめたのだ。


「そういえば、ウラって、他にもいるんですか?」

優月は、ふと気になったことを訊く。それを聞いた茉莉沙は、こくりと頷く。

「いるには、いるんだけど、残りの2人は、天の上の存在だったからなぁ」

彼女の頬が、少し歪む。

「あとは何の楽器なんですか?」

「クラリネットと、ホルンです」

「へぇ…」

優月は、ホルンか、と口の中で言葉を転がす。


「まず、クラリネットは氷村清遥(ひむらきよはる)って言う、私の2個下の子。もう1人は、プロだから、滅多に顔を見せない」

「えっ?」

「野々村葉菜。全国トップのホルン奏者です」

「えっ…!それって、周防先輩が尊敬してたっていう…」

想大から聞いたことがある。奏音は『野々村葉菜』に憧れて、ホルンを始めた、と。

「そ、そうなんですね。えっと、氷村って言う方は?」

「冷酷で厳しいから、滅多に話しかけられなかった。燐火さんとは、正反対かな」

「ああ」

鈴木燐火は、『焔のオーボエ奏者』またの名を『ファイアープレイヤー』と呼ばれるほどの実力を持ったオーボエ奏者だ。彼女の情熱的な性格は、演奏にも反映されている。


そんな話しをしていても、美心が動じることは一切無かった。彼女は、遅れを取り戻すように、楽譜を凝視し、マレットをひたすらに、動かしていた。



「さてと、じゃあ、今日はここまでにしようかなぁ」

優月はそう言って、マレットを鍵盤の下に、置くと、茉莉沙に頭を下げる。

「ありがとうございました」

「いいえ、どういたしまして」

茉莉沙はそう笑った。何だか、彼女の笑顔が増えてきていた気がする。ひとまず安心した。



その時だった。茉莉沙の携帯電話に、着信が鳴る。

「あっ」

茉莉沙はそれを見て、目を丸める。そして、音楽室を出ていった。

優月は、その様子を見て、相手が誰だかは、すぐに分かった。



『どうしたの?冬樹くん』

茉莉沙に、電話を掛けたのは、港井冬樹という男の子だ。彼は、御浦楽団に所属していて、トロンボーンをしている。

「茉莉沙ちゃん、久し振り。あのね…」

その時だった。

「ここで電話しないでよ」

冷たい声が、冬樹の背筋を凍らせる。

「は、はい」そう返事して、冬樹はホールから、通路へと出ていった。


『今の大丈夫?』

茉莉沙が、温かい声を掛ける。

「うん、大丈夫。また氷村君に怒られちゃった」

『ああ。氷村君か。彼、練習来てるの?』

「うん。最近、舞台が無いからって」

『それでも、大変ですねえ』

電話の向こうで、茉莉沙は苦笑した。

氷村清遥は厳しい人だと聞く。

「まぁ、あの方は木管ですから。全然話さないんだけどね」

『ふふ、そう』

茉莉沙の穏やかな声。久し振りに聞いた。


その後、冬樹は他愛もない話や、高校の文化祭、こちらの定期演奏会などの話をしていた。

「じゃあ、ばいばい」

『うん、バイバイ』

茉莉沙は、電話を切った。



音楽室に入ると、優月と想大の姿が無かった。恐らく帰ったのだろう、いや、リュックが無い上、ドラムの音もしないので間違いなく帰った。

残ったのは、美心と向太郎、部長の雨久と、むつみだけだった。

むつみとは、一緒に帰る約束をしている。


「あっ」

すると、美心がこちらへ手を振ってきた。珍しいな、と思いつつも、茉莉沙は手を振り返した。


ふたりは、ピアノの前の椅子に座る。

「茉莉沙ちゃん、いつもありがとうね。打楽器手伝ってくれて」

「いえ。好きでやってることですし。それに…」

「それに?」

しかし、茉莉沙はその質問には答えずに、「いえ」と有耶無耶に返した。

「頭のいい茉莉沙ちゃんなら分かっているかもしれないけれど、私ね…、部活辞めるかもしれないの」

その声に、大して茉莉沙は、驚かなかった。

「どうしてです?」

ただ、これだけ聞いた。

「うーん…、もう走り続けて限界…って感じ」

「それは、『月峰』という苗字と関係ありますか?」

その言葉に、美心の全身の鳥肌が奮え立つ。

「それは…!」

「すみません。中学の時、職員室で聞いてしまって、ずっと覚えていました」

「ああ…」

美心は、観念したように肩を竦める。

「私ね、両親を亡くしているんだ」

その言葉に、茉莉沙の眉がビクリと動く。

「田中はね、養子縁組で付けられた苗字。だから私の本名は『月峰美心』なの。そのこと、ゆな達には、内緒にしてくれない?」

確かに、彼女にバレれば、何と言われるか分からない。

その言葉に、茉莉沙は迷わず頷いた。

「私の義親さ、すごくひどいんだよね…」

「はぁ…」

どういうことか、茉莉沙には、分からなかった。


「ひどい…ですか?」

そこに、むつみが来てしまった。今更、追い返すわけにもいかない。

「どこまで聞いてたの?」

茉莉沙がそう訊ねると、

「美心先輩の本名が田中じゃないって所から」

2人は(全部じゃん)と心の中で突っ込んだ。

仕方ないので話すことにする。

「私には、弟っていうのがいるんだけど、親にとっては、その人が最優先でさ」

「へぇ」

むつみは、少し考え込んだ。実子贔屓。頭に浮かんだのは、言葉にし難く、残酷な単語だった。

「その弟は、サッカーやってて、夜練があったり、朝練がある日は、自力で行かなくちゃいけないんだよ」

知らなかった、とむつみは言うが、茉莉沙は大して驚いた様子も無かった。

「そういうことだったんですね」

茉莉沙は、こくりこくりと頷いた。

「それで、家からここまで、30分もかかるし、いつまた、彼の練習が入るか、分からないから」

「…」

この様子だと、家族との話し合いは無駄…なのかもしれない。

「だから、最近は早退続きだったんですね。」


少し、美心が可哀想だな、と思った。彼女は、操られるように日々を送っているのだと、考えると。

「はい!じゃあ、私は帰るね」

「えっ?」

「今日は、親が迎えに来てくれるから」

そう言って、残った全員に手を振った。

「またねー」と雨久だけが、声を掛ける。それに美心は笑って、姿を消した。


「現実は残酷ですね」

そう言って、茉莉沙は、置き去りにされたビブラフォンを見た。

もしかしたら、彼女が辞めるのは、本当なのかもしれない…。


ありがとうございました!

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【次回】

御浦楽団。指原莉翔…。希良凛の弟。

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