吹奏楽部恋物語の章 [瑠璃&想大編]
こんにちは!
今回は、瑠璃が想大を好きになった訳が、明かされます!
最後まで読んでくれると嬉しいです!
むつみは、帰路につきながら、悠良之介と話していた。
「弓道ってさ、集中力も上がるから、オーボエ練習も集中できるのよ」
むつみは、家にある弓道場で、毎晩矢を射ている。その本意は、ストレスの解消だが、集中力は養われるわ、筋肉はつくわで、良いことの方が、多い。
「そういえば、ゆゆ君、この前褒めてたよ」
「何を?」
「むつみの、容姿は綺麗だな、って」
「えっ?小倉君が!?」
むつみは、その深紅の瞳を大きく丸める。ゆゆこと小倉優月は、音楽室の中では、静かでずっと練習をしているイメージが強いが、そんなことを言っていたとは。
「ああ。先週な」
「へぇぇ。小倉君も見る目あるじゃない」
むつみは、誇らしげに言って、地毛の白い髪を指に、絡めた。
いつ見ても綺麗だな、そう皆が思ってしまうのは、生まれ持っての姿だからだろうか。
そうして、東藤高校吹奏楽部も奔走する中、茂華中学校吹奏楽部も忙しい日々を送っていた。
そんなある日の月曜日の朝だった。
「あれ?何だろう?」
瑠璃が下駄箱を見ると、ジップロックの中に、1枚の白い細長の封筒が、入っていた。
「もしかして、忘れ物?」
瑠璃は、その封筒を見るも、見覚えが無い。だが、その封筒の裏の左下に、[古叢井瑠璃ちゃんへ]と書かれていた。
「誰かのイタズラ…じゃないね」
瑠璃は、そう言って、手紙を細い腕に隠して、教室へ入っていった。
そして、すぐに、その封筒を上げる。
「凪咲には、見られたくないな、っと」
瑠璃は、そう言って、便箋の文字を見た。
「ん?昼休み…?今日の?」
内容は、昼休み、階段の前に来てください、とのことだった。
瑠璃は、名前のない手紙を見て、ため息をついた。
一体、誰が?何の目的で?
このことを、休み時間に、凪咲に相談することにした。
「えっ?昼休み、呼び出された?無名の人に?」
「うん」
それを聞いた凪咲は「こわぁ」と顔を白くする。
「まぁ、いれば気付くよ。階段前だから、人目がないしね」
瑠璃はそう言って、数学の教科書を机の中から、取り出す。
「私も行こっか?」
「大丈夫だよ。もしかしたら誰にも言えない大事な話かもしれないし」
「そんな話、瑠璃にする?」
しかし、凪咲は、どうしても訝しんでいるようだ。
「失礼だなあ。するよする」
しかし、そう言って瑠璃は便箋を見せた。
「確かに、名前はないね」
そう言って、送り主を当てようかと思った瞬間、チャイムが鳴る。
「あっ!凪咲、時間だよ」
「分かってる。じゃ!」
席に着いた凪咲は、にやりと笑う。
(あの文字って、やっぱり…)
どうやら、凪咲は、送り主が分かってしまったようだ。
その頃、優月は、教室でひとり、本を読んでいた。今日は、親友の想大がいない。どうやら体調を崩してしまったらしい。
文字を目で追っていたその時だった。
「ゆゆ」
誰かが、話しかけてきた。
「ほ、鳳月!」
その誰か、とは鳳月ゆなだった。
「あのホルン男は?休み?」
「ああ。休みだけど」
優月は、冷たく返す。優月はゆなが、あまり好きでは無い。
「ふぅん」
「なに?寂しいの?」
優月が、茶化すように言う。
「…別に」
ゆなは、立ち去ろうとしたが、ひとつ気になっていたことがあったので、訊いてみる。
「鳳月ってさ、好きな人いる?」
「はっ?」
それを聞いたゆなは、目を細める。その瞳が僅かに揺れる。
「いるわけないでしょう」
「だよな」
優月はそれだけ言って、本をパタリと閉じた。
「そういえばさ、テメー、夏矢に彼女いたこと知ってたの?」
ゆなの質問に、優月は頷く。
「知ってるよ。本人から聞いた」
「へぇ。いつ?」
「市営コンクールのとき。凄いよねぇ。彼女彼氏いた人って…」
優月が、腕に顔を沈めた。
「なに?ゆゆ、彼女できたことないの?」
「ああ」
それを聞いたゆなはプッと鼻で笑う。
「何だよ?」
「私、彼氏いたことある!!」
ゆなは、満面の笑みでこう言った。
「っは?」
いまいち、言ってることが呑み込めなかった。あのゆなにも、彼氏ができたのか?しかし、1つだけ分かった。馬鹿正直な彼女は、嘘をつかない。
つまり事実だと。
それにしても、変わり者の彼女を本気で好きになる男の子がいたとは…、と優月は内心驚いた。
茂華中学校の昼休み。人気のない階段へ、瑠璃はひとり歩いていた。
「えっと、ここかな?」
すると、1人の男の子が、近くのベンチに座っていた。キョロキョロと、まるで人を探しているみたいだった。
「あっ!」
その人物に、彼女は見覚えがあった。
「セルビア君」
それは、瑠璃の後輩で、ユーフォニアム奏者の陵セルビアだった。
「手紙、読んでくれたんですね」
「捨てられないよー」
瑠璃は、冗談めかしてそう言った。
「あの…古叢井先輩」
「ん?どうしたの?」
瑠璃は、紅い瞳を丸める。
「好きです!付き合って下さい」
唐突に出された言葉に、瑠璃の口は、ぽかんと開かれる。
「えっ?えっ?どういう事?」
瑠璃は、確認するように訊ねる。これで罰ゲームだったら恥ずかしい。
「そのまんまの意味です」
彼の瞳が、一瞬揺れる。
「えッ?罰ゲームじゃないよね?」
「違います!全っ然!!」
「そ、そう…」
瑠璃は、辺りを見回すも、人の気配はない。罰ゲームでなければ安心だ。
「それに、僕が罰ゲームで、そんな馬鹿なことをする人だと思いますか?」
セルビアがそう言うと、瑠璃は壁にもたれかかる。
「いやね、私が元いた小学校では、罰ゲームで告白するイタズラが流行ってたの」
「た、大変だったんですね」
「私、純粋で、すぐに騙されちゃって…」
流石に不憫だな、とセルビアは思った。
確かに瑠璃はいつもそうだ。ちょっとした事でも、すぐに喜ぶ。だが、そんな所が好きなのだ。
「えへへ。お返事欲しい?」
すると瑠璃は、両手を腰に隠し、ニコッと可愛らしい顔を向ける。
「は、はい!!」
本人が緊張しない為だろうが、そんな事セルビアが気付くはずがない。
「ごめんね。私、好きな人がいるんだ」
そう言って、瑠璃は胸元をさすった。
「この学校にはいないよ」
「そ、そうですか」
すると、彼女はツインテールの髪を揺らして、頬を赤く染める。
「でも、一緒に遊んでくれると嬉しいな」
瑠璃はそれだけ言って、去っていった。
内心、瑠璃は嬉しかったが、想大より好きな男の子はいない。
部活の時間、瑠璃は、優愛と凪咲にこのことを話していた。
「やっぱり、セルビア君かぁ」
凪咲は、そう言って、黒い髪をくしゃくしゃに掻いた。
「えっ?凪咲、知ってたの?」
「うん」
すると、優愛も、
「私も、さっしーから」
と言う。しかし瑠璃は、誰だか分からない。
「さっしー?」
「うん。指原のさっしー」
「へぇ」
納得すると同時に、どこか不快感を瑠璃は感じた。後輩の指原希良凛は、瑠璃には、あまり心を開いていないようだ。
そんな張本人は、淡々と打楽器の練習をしていた。
「さっしーか」
何だか、彼女が、遠く及ばない存在のように見えた。
そうして、基礎合奏が始まった。
「はい、パーカス、今日は、古叢井さんと指原さんが、スネアを、やってください」
突如、投下された言葉。
瑠璃は、その言葉に硬直した。
普段は、優愛が叩いているのだが、一体どういうことだ?
その意思を察したように、笠松が口を開く。
「そろそろ、榊澤さんは、引退ですからね。2人もできるように、ならないとですから」
そういうことか、と瑠璃は頷いた。
「では、古叢井さんと指原さんは、スネアの前に立ってください」
すると、瑠璃は私用のスティック、希良凛は、学校のスティックを、握って前に出る。
「持ち方は、大丈夫ですね。それでは、いきますよ」
瑠璃は、そう言われるも、緊張してきた。確か最後に、やったのは、去年の夏ごろだ。ティンパニ破壊事件の少し前。それからは、ずっと鍵盤楽器ばかりだった。だから、この練習は殆ど、できない。
2人は、メトロノームに合わせ、スティックを振った。初心者ふたりのポンポンと音が、不揃いに響く。
何だこれは?と部員たちの音が揺らぐ。
すぐに笠松は、合奏を停止した。
「はいはい!ふたり共、私の手拍子に合わせて、叩いてね」
そう言って、再び楽器を構えた。
しかし、瑠璃の耳に、メトロノームの音は、聴こえなかった。隣のスネアの音と僅かな瞬迅が、彼女を邪魔していた。
そして、再び、2人はスネアを打つ。瑠璃は、必死に追いかけるも、中々ズレてしまう。この前の演奏会のようには、いかないのだ。その理由が、気の迷いからなのか、片手だからなのかは、分からない。
それは、隣の希良凛も同じだった。希良凛も、基礎練習でスネアを、やったことが無いのだろう。
数秒で縺れ切ってしまった。
「はいはいはい!!」
再び、笠松が制止した。瑠璃がすぐに、スティックを空中で止める。だが希良凛は、それでも数回、打ち続けた。
それと同時に、笠松がスティックを持って、こちらへ近づく。
「古叢井さんは、リタイア!指原さん、少し教えます」
「ええぇっ!!」
瑠璃は衝撃を受け、後ろへよろめいた。すると、優愛が準備室を指さす。
『瑠璃ちゃん、アレ使ってみたら?』
そう言って彼女が、指で示したのは、練習用のパッドだ。
瑠璃は、笠松が話している間に、そのパッドを運び込む。軽いので、瑠璃は片手でも持てる。
そうして、瑠璃は密かにスティックを構える。
絶対に許さない。そんな気持ちが湧いてくる。勿論、許せない相手は自分だ。
そして、手首で打つ。優愛に教わった時のように。
パッ!パッ!パッ!パッ!と軽い音が響いた。叩いた衝撃が、青いマットに吸収されて音に変わる。
しかし、途中で、異変が起こる。何かが見える。
その衝撃のあまり、瑠璃は、その右手に持ったスティックを、手放してしまった。
スティックは、畳んだ毛布へ落ちる。
彼女は、静かに座り込んだ。
『…想大くん』
見えたその人物は、いるはずのない想大だった。
想大が爽やかな笑顔で、こちらに手を振っている。
想大。瑠璃の好きな人の名前だ。
彼を好きになった理由。それは、ティンパニ破壊事件から、しばらく経った頃だ。
瑠璃の中で、基礎合奏の揃ってきた音が、次第に当時の雨音へと、変わっていく。
雨の降る日。瑠璃はひとり、親の迎えを待っていた。その時だった。
『あれ?瑠璃さん』
その声に、瑠璃は顔を上げる。そこにいたのは、少し優しそうな顔をした男の子。
『あ…、小林先輩?』
その人物に、瑠璃は見覚えがあった。
小林想大と初めて出会ったのは、数日前。ティンパニの解体をしていた時だ。最初は喧嘩腰だったが、少しづつ和解してきたところだったのだ。
『どうしたの?お迎え?』
『はい』
『じゃあ、一緒に待とうよ』
『えっ?良いんですか?』
すると、何も言わず彼は、瑠璃の隣に並ぶ。想大の身長は少し高い。だからかドキドキする。
『この前、優月くんと優愛ちゃんと一緒に話してた所にいたよね?』
彼がそう訊ねる。瑠璃は『はい』と答えた。
『優愛ちゃんとは、どういう関係?』
すると、瑠璃は彼を見る。
『お姉ちゃん、って言ってたじゃん?』
『いや、それは…』
『俺も、結構、優愛ちゃんと一緒に、いたから分かるよ。本当に頼りになるよね』
『は…はい!』
すると、想大はふふっ、と笑う。
『先輩、ひとつ訊いていいですか?』
『うん?どうしたの?』
『先輩はもしも、おね…いや、優愛先輩と小倉っていう先輩が付き合ったら、どうするんですか?』
『えっ!?』
『友達と友達が付き合ったら…どうするか?です』
『それは、素直に喜ぶかな。でも、瑠璃さんが少しだけ心配かな』
『えっ?』
今度は、瑠璃が首を傾けることになった。
『瑠璃さん、優しいから。ひとりで大丈夫って、強がりそう』
『あっ…』
この人言い当てた…、と瑠璃は思った。何を言い当てたかは、分からなかったが、何か、自分の核を見抜かれたような気がした。
『や、優しいかな?』
『うん。だって、瑠璃ちゃんと一緒にいると、楽しいな、って思うんだもん』
『えっ……』
『もう俺には、気を使わなくてもいいんだよ』
想大の優しい笑みと自信満々な表情に、瑠璃の頬がみるみる赤くなる。
その言葉は、今までどこか警戒していた瑠璃の、緊張感を焦がした。
『想大先輩、ありがとうございます』
瑠璃は、そう言って笑った。その笑った顔は、優愛に向ける表情とは、どこか違った。
次第に、雨音と思われる耳鳴りが、収まっていく。と同時に、胸が激しく痛んだ。
それと同時に、優愛がこちらへ、しゃがみ込んできた。
「大丈夫?」
「う…うん」
瑠璃は小さく頷いた。しかし、喉からは悔しさ、目元からは涙が込み上げていた。
しかし、その謎の痛みを耐え、練習を終えた。
帰り、瑠璃は、その胸の痛みを吐き出すように、泣いた。
「うまく…なりたい…」
悔しかった。後輩にも負け、自分にも勝てない自分が。本当に。
次の瞬間、瑠璃は人気のない路地めがけて、走り出した。
「もっと…うまく…なりたい!!」
涙混じりに、そう言った。
今までは、優愛と一緒に演奏できれば、何でも良かった。だが、今は違う。
希良凛を越えて、皆から尊敬されるくらいに、上手くなりたい。
上手くなる。絶対に!瑠璃は、橋の欄干を置き去りにするような速さで走った。その決意を胸に。
その頃…
東藤高校で異変が起きていた。
ありがとうございました!
瑠璃が主役の話が、多くてすみません!
なんだかんだ言って、瑠璃は作者のお気に入りなので、どうしても強調してしまいました。
実は、吹奏万華鏡の主人公『小倉優月』と『古叢井瑠璃』は、両方とも作者の感情で、作られています。
『小倉優月』は、キャラクター面、周りを取り巻く問題を気に掛ける優しさ、努力や向上心を描いています。一方の『古叢井瑠璃』は作者の負の感情を、少しぶつけたキャラクターで、本当は優しいけど誰にも気づいてもらえない、向上心よりも誰かと楽しめれば良い、苦手な楽器より好きな楽器を沢山やってみたい、等の部分を少し、キャラクターに反映しています。
はっきり言って、今後も、皆様に吹奏楽を通して、伝えたいことを伝えるべく、描くストーリーもあるでしょう。
今後とも吹奏万華鏡を宜しくお願いします。
【次回】
小倉と田中、強化練習。
田中の秘密…。




