弓道とオーボエの章
久し振りの東藤高校吹奏楽部編です!
今回から、むつみが主要で描かれます。
最初の弓矢のシーン、もしかしたら伏線かもしれません…笑
夜も深まる頃、空へパン!と鋭い音が響く。
誰かが、大きな弓を構えていた。
その人物は、井上むつみだった。白い髪は風になびき、紅い瞳は揺れ、白い腕は、大きな弓を支えている。
すーっと深呼吸をした後、再び矢を射る。その矢は、的の中心からやや右上へ、突き刺さる。
その時だった。
「むつみー!」
女性の声が、彼女の弓を下ろすことになる。
「明日も、部活なんでしょう?早く寝なさい」
その女性も、むつみのように、白い髪に、白い肌、紅い瞳をしていた。
「うん!」
むつみは、頷いて返事をすると、
「あと一発だけ」
と再び弓を構える。
(月まで届け、レクイエム…)
その言葉を秘めた矢は、的のど真ん中を、打ち抜いた。
可憐な彼女の姿は、いつもとは、また違う姿を見せていた。
翌日。
「えっ!?」
想大が驚いた声を張り上げる。その声は、音楽室の前の廊下に、色濃く響いた。
「何もそんなに、驚かなくても…」
優月は苦笑混じりに、そう言った。
「俺も行けばよかったなぁ。茂華の吹奏楽祭…」
実は昨日、茂華町民会館で吹奏楽祭があったのだ。小学校、中学校、高等学校が、集結して合同演奏会をやったらしい。
「てか、最初に誘ったのは、想大君なのに、どうして来なかったの?」
そうなのだ。最初に話を切り出したのは、想大だ。
「い、いやぁ、それは…」
「古叢井さんもカンカンだった…」
「えぇ!?」
やってしまったぁ、と想大は心のなかで絶叫した。
「カンカンだったとしたら?」
しかし、怒ってはいなかったのだろう。優月の口調は、興奮を帯びるものになった。
「大丈夫、全然怒っていないよ。ちょっと悲しんではいたけど」
「なんだ、会ってたのか…」
実は想大と瑠璃は、現在相思相愛中だ。だが、付き合うのが怖くて、付き合わない理由を探しては、逃げるという日々。
「でも、古叢井さん、すっごくドラム上手かったよ!」
「えっ…!!瑠璃ちゃん、ドラムやってたの?」
うん、と優月が頷く。
「えっ…。俺も見たかった」
「まぁ、文化祭で見れるかもしれないじゃん」
「そうだな」
そう言って、2人は音楽室へ入った。
どうやら、2人の心の中では、瑠璃がドラムをやってくれることは、決定事項らしい。
この後の悲劇を、知らないから。
「で、いつ話したんだ?」
想大が訊ねると、優月は「演奏の後」と答える。
ー演奏後ー
『優月先輩、見に来てくれたんだ!!』
楽器の片付けを終えた瑠璃が、優月に話しかけてきた。
『あれ?想大くんは?』
『ああ、想大くんは、体調崩しちゃってね』
すると瑠璃は残念そうに、『そうなんだ』と言う。嘘をついてしまったが、こればかりは、彼女を傷つけないためにも、必要だ。
『そうだ!古叢井さん、スカパラのドラム、良かったよ!』
『えへへ。皆にも言われたんだ。凄いって』
金色の光を放つ、二つ縛りの黒髪を指に絡め、そう言った。
『まぁ、また壊さないか、心配になったけど』
優月が、ついでのように、言うと瑠璃は、苦笑した。
最後のタムという太鼓の連打は、爆音も相まって凄まじい音と衝撃を与えた。
『私も、興奮してて、壊さないか心配する間もなかったよ』
『そっか』
瑠璃は、技術力も、一気に向上したことが、嬉しいようだ。
優月は、嬉しそうな彼女を見て、ニコッと笑った。
『私ね、実は和太鼓やってて、その時の癖かなって』
『えっ!?初めて聞いた』
『って言っても、小学校3年生くらいまでだよ』
『へ、へぇ。結構前までなんだね』
まさか、和太鼓を叩く要領で、ティンパニを壊してしまったんじゃ、と優月は今更、辻褄が合った。
『おっきい太鼓やってたから、その分、叩くのが大変でさぁ』
瑠璃は、そう言って、頬を赤らめた。なんだか恥ずかしそうだった。
『ティンパニも、そんな感じで叩いたの』
ああ、やっぱり…、と優月は苦笑した。
もしかしたら、『ティンパニ破壊事件』は起こるべくして、起こった事件なのかもしれないな…と思った。
「あ、こんにちは」
すると、先輩の声が聴こえてくる。むつみだ。
2人は「こんにちは」と返事した。
相変わらず綺麗だな、と優月は思う。
彼女の白い綺麗な髪は、部内でも際立っていた。祭典では黒髪に黒い瞳に変わってしまうが、優月は今の方が好きだった。
髪を染めた時とは違う、高級感ある白髪、紅い瞳は、生まれ持ってのものだから、綺麗なのだろう。
そんなことを考えていると、ゆなが眼前へ立ってきた。
「ん」
ゆなが差し出してきたのは、楽譜。
「おう」
優月は、楽譜を受け取る。
「またかぁ」
またも、楽器は鍵盤楽器だ。別に不満は無いのだが、譜読みがキツイ。
それでもやるしかないか、と優月は鉛筆を、手に取った。
しかし、茉莉沙は既に、譜読みを終えたようで、音楽室に彼女の姿は、無かった。
相変わらず優秀だな、と優月は思いながら、鉛筆を走らせた。
想大は未だ奏音に、譜読みを教えてもらっている。3年生は1月上旬の、定期演奏会で引退だ。それまでに、想大はひとりで、譜読みを終えられるのだろうか?
そんな想大は、奏音に訊ねる。
「先輩、やっぱり難しいです」
「そう。でも、そろそろ1人で、できるように、ならないと」
「はい」
想大は、それだけ言って、黙々と鉛筆を走らせた。奏音は既に、ホルンを吹き始めていた。想大も必死に、残りの譜読みを終わらせた。
そうして初合奏、いわゆる初見大会というものが、始まった。
「さぁ、合奏をしてみますよ!」
井土が、そう言って、右手の手のひらを、空へ差し出す。それと同時に、全員が楽器を構えた。
刹那、雨久と氷空が、トランペットを吹く。と同時に、様々な楽器が入ってきた。
こういう時にも、法則のようなものが現れる。雨久たちのトランペット、颯佚のサックス、ゆなのドラム、茉莉沙のトロンボーンが、合奏を支えている。だから、彼女たちがいれば、怖いもの無しなのだ。
だが、オーボエのくっきりとした音が響く。吹いているのは、むつみだ。音は少々掠れはすれど、正確に音を吹き出していた。
上手いな、と井土は小さく頷く。
むつみは、慎重なので最初は、あまり目立たないように吹いている。だが、今日ばかりは、違うようだ。
3年生の、奏音、そして美心は必死にマレットを動かしてはいるが、時々音がもつれている。
向太郎のチューバも低音として響く。初見にしては、良い方となった。
「はい!」
井土が合奏を止める。
「皆さん、ちゃんと練習したんだね」
と彼は爽やかに、笑った。
「全っ然、練習してないけど」
ゆなは、水を差すように言った。だが、彼には聴こえていなかったようで、指示を始めた。
「1サビのユーフォ、音をしっかり聴き取ってください!」
「はい」
ユーフォニアム担当の河又悠良之介は、そう返事した。残念ながら、彼のユーフォニアムの技術力は、あまり褒められたものでは無い。
「オーボエも、音程は合っていますが、ロングトーンを練習するように」
「はい」
むつみは、そう言って譜面を見る。
「あとは、フルートです。そこはもう少し、音量を上げても大丈夫ですよ」
そんな井土の柔らかい声に、「はい!」と初芽と心音は返事した。
「さてと、あとはゆゆかなぁ」
そう言って井土は、こちらを見てくる。意味が分からなかった優月は「えっ?」と首を傾けた。
「はぁ、未だシャープの意味がわかんない」
練習を終えた優月は、休憩室でドラムを叩きながら、ひとりごちる。
もう何百回もやっているからか、右足は勝手に、リズムを刻み、両手も勝手に動くようになった。だが、最近は課題もある。
それは、ハイハットのオープンクローズだ。ハイハットシンバルは、ペダルを上げたり、踏むことによって、音が変わる。
ゆなは、既にその技術をモノにしているので、優月も習得したいと考えているのだ。本番と自主練習。ふたつの演奏に、必死に食らいついているのは、部内でも優月だけだろう。
その頃、むつみは、悠良之介と帰ろうとしていた。
「むつみ、今日も射っていい?」
「いいよ」
その時、丁度通りかかった想大が「射つ?」と首を傾けていた。想大も荷物を持っていた。
「えっ…。ああ、むつみの家は弓道場なんだ」
悠良之介がそう答えた。
「ああ、そうなんですね。いいなぁ」
想大は、それだけ言って、ドアノブを回す。
「さようなら」
すると、むつみと悠良之介は「さようなら」と返した。
そして、彼は休憩室に入る。
「優月君、帰ろうぜ」
「想大君、分かった」
優月は、スティックをスネアドラムの上に、コンと置く。
そうして、2人は昇降口へと、歩き出した。
それから、しばらく経つと、むつみと悠良之介も、廊下を歩き出す。
「私ね、最近ストレス溜まっててさ」
「おうおう」
「沢山、射ってるんだよねぇ」
むつみは、そう言って、白髪をくしゃくしゃと掻き回した。
「ストレスかぁ」
「そ」
そう言って、2人は階段へと姿を消した…。
次回
古叢井瑠璃告白される。想大を好きになったワケ…
吹奏楽部恋物語、始まる。
ありがとうございました!
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