月に叢雲花に風の章
地区コンクール大会編最終章です。
今回は、恋愛が絡んでいるので、瑠璃と想大に注目してくれると嬉しいです!!
月に叢雲花に風。それは、良いことには邪魔が入りやすいことの例え。月が出てきたと思ったら、雲に邪魔され、花が咲いたと思ったら、風に散らされてしまう。それを言い表している。
優月は、待ち合わせ場所である、茂華公園に来た。茂華公園は、茂華中学校のすぐ真横にある。
ブランコに乗って待つこと数分、誰かが、こちらへ来た。
「優月君!」
「あ…」
それを見た優月の眉が、少しひそめられる。
「堀田君」
そこにいたのは、茂華中学校吹奏楽部元部長の堀田俊樹だった。彼とは少し因縁がある。
「想大君に、誘われちゃって」
「そうですか、そうですか」
「まだ優愛ちゃんのことで怒ってるの?」
「皆にバラしたこと?全然怒ってませんよーだ!」
優月が皮肉のように言うと、堀田は「そうか」と頭髪をくしゃくしゃと掻き回す。
「東藤高校はどうだ?」
「普通。友達はあんまできないけど」
「吹部は?」
「すごく楽しい!」
優月は、そう言って笑った。
「おーい!」
その時だった。今度は想大が、こちらへ来た。
「うおお…」
「ふっ」
想大は、紺色の浴衣を着ていた。それを見た優月は想太の耳元へ、
『まさか、古叢井さんとデートだった!?』
と心配の声をかける。
しかし、想大は「別に」と何ともなさそうに言った。
だろうな、と優月も、これは本当だな、と無意識に思った。
「あれ?優愛ちゃんは?」
すると、堀田がそう訊いてきた。
「優愛は、多分、後輩と…」
優月は察したようにそう言った。その声は、普段の可愛らしい声とは違った低い声だった。
茂華駅の小さなホームに、列車が滑り込む。
降りた初芽が、思い切り腕を伸ばす。
「いやぁ、電車なんて、久し振りだった」
そんな彼女に、
「いや、電線ないから、鐵道だね」
と茉莉沙が突っ込んだ。
「あっ!」
すると初芽の目が、見開かれる。
夕日の斜陽に負けぬ光が、待ち構えていた。辺りからは、囃子の賑やかな音が響いていた。
「すごぉ」
すると、茉莉沙が初芽の手を引く。
「はいはい、早く屋台行きますよ」
「りょ!」
茉莉沙はどこか嬉しそうだった。
『そういえば、市営の時、私のお陰って言ってましたよね?あれどういう意味なんですか?』
かき氷の屋台に並びながら、茉莉沙は初芽に問う。
「あっ、いや、実は河又がクイズを出してきて…」
「クイズ?」
「そ!移動しない乗り物ってなんだ?っていうもん…」
「ブランコ」
初芽が言い切る前に、茉莉沙は、あっさり答えてしまった。
「最後まで聞いてよぉ」
苦笑混じりに初芽が言うと、茉莉沙は「すみません」と微笑した。
「それで、ブランコって言えば、で思い出したのが茉莉沙なの」
「よく分かんないです」
初芽の弁解むなしく、彼女にはそう言われてしまった。
「だよね。私も茉莉沙のことを思い出したら、なんか迷いと緊張が吹っ切れて、呼吸が楽になったの」
「すご」
茉莉沙は思わず、そう口にしてしまった。
多分嘘ではないな、それは初芽の、真摯な瞳を見て感じた。
「優愛先輩、浴衣可愛いですね」
指原希良凛が、そう優愛を褒める。
「えへへ。そうでしょ?」
「はい!」
先輩と後輩のベタなやり取り。それを見ていた瑠璃には憧れでもあった。
(はぁ)
特別練習の日から、話しは、しているものの、未だ距離が縮まった感じがしない。
その上、全然、優愛と話せないのだ。
最初は、こうなるなんて思ってすらいなかった。新しい後輩に優愛を、取られるなんて…。
「瑠璃ちゃんも、かき氷食べる?」
「あ、うん!」
突然の優愛の問い。勿論、OKだ。
そうして、並ぶことになった。
すると、目の前にいた人物に、優愛が声を上げた。
「あっ!!」
何事かと、2人は、その先の人物を見る。
「はい?」
「あ、あの…この前、フルート吹いていた方ですよね!」
優愛が迷わずそう言った。その通り、目の前にいたのは、初芽結羽香本人だった。
実は、東藤高校と茂華中学校は、繋がりがある。春のイベントに、コラボ出演したことがあるのだ。
だから、多少は顔を知る者がいる。
「あぁ、市営の時か。そうですよ」
すると、茉莉沙が初芽の背後へ回り込んだ。
「そう言うあなたは、打楽器やってた子?」
「はい!!」
「でも、よく分かったね…」
「いやー、部長の白夜が、超褒めてたので!あれは全国いけるって!」
すると、茉莉沙が小顔を、初芽に向け「だって」と言った。
「あ…!」
すると、今度は瑠璃が、叫ぶように言う。
「ドラムやってた…!!」
その声に茉莉沙は「はい」とだけ言った。
え?人見知り?と瑠璃は眉をひそめる。
「いや、私、トロンボーン専門なので」
茉莉沙は控えめに言う。
「あー、大丈夫だよ」
心配する瑠璃に、初芽がにこりと笑う。
「この子、元パーカッションなんだけど、太鼓をやり始めると、覚醒しちゃうだけだから」
「えっ?覚醒?」
この人は何言ってんだ?瑠璃は思う。
そういえば彼女、ドラムを叩きながら、薄ら笑いのような何かを浮かべていた気がする。
「ちょっと…!初芽!」
良い所で、茉莉沙が制止した。
「確かに、私は打楽器やってました」
「け、敬語?」
優愛が、思わずそう言ってしまう。しかし、次の言葉で、それは吹っ飛んだ。
「御浦ジュニアブラスバンドっていう所で」
「えっ!あ、あの?」
「はい、あの」
「すごーい!です」
「どうも」
茉莉沙は、またも控えめに返事をした。
それにしても可愛いな、と瑠璃は思う。
「茉莉沙は、そこでトップだったんだよ!」
「えっ?こわ」
優愛が思わず言う。
こんな小さくて大人しめな女の子に、全国レベルの実力が隠されているのか、と。
すると、話している間に、初芽や茉莉沙たちの番になった。
「すみません、かき氷、ふたつ」
「あい!」
「何にする?」
「レモンで良いんじゃないですか?」
2人は本当に仲が良いな、と瑠璃は羨ましくなった。それと同時に、ずっと言いたかったことが、喉から飛び出す。
「ね、ねぇ、優愛ちゃん」
「うん?なぁに?」
「この前、何でも話、聞いてくれるっていったよね?」
「言ったねぇ。何かあったの?」
「あの…私、今度の本番こそ、ドラ…」
「えっ?」
しかし、瑠璃が言い終わる前に、優愛の声に、掻き消された。そんな彼女の声は、いつもの可愛らしい声では無く、焦燥にかられた声だった。
「希良凛ちゃん!!」
優愛が、名前で呼ぶことは珍しい。相当なことがあった時くらいだ。
「えっ?さっちゃん!?」
遅れて、瑠璃も気付いた。
指原希良凛が、いない。どこにも。
「さっちゃんが、いない!!」
「うん!!」
希良凛は、この町の祭りは、初めてだ。迷子になっても何ら不思議では無い。
(そんな…!さっちゃん!)
瑠璃は、悔しい気持ちを必死に呑み込み、優愛の手を引いた。
(早く…見つけないと…!)
「…だってさ、初芽」
「分かってる」
初芽は、2人の会話を聞いて、スマホを取り出す。
「迷子は放っておけない」
かけた先は、想大だった。
「うまぁ」
唐揚げを咀嚼しながら、想大が言う。
「よかったね」
優月は、そう言って、ポテトを口にした。照り焼きバーガー味。香ばしいなと思う。
「堀田君は、何か食べたいのある?」
「焼きそばかなぁ」
「じゃあ、並ぼう」
その時だった。
「ん?あのヒヨコ顔」
想大が足を止める。優月もその顔に、覚えがあった。
「あれ?指原って子?」
そこにいたのは、何かを探す、指原希良凛だった。
「あれ!」
想大は呼びかける。だが、祭囃子が少しうるさい、気がした。
「あっ…!この前の」
希良凛は、顔を上げる。
「あの…優愛先輩と瑠璃さん、見ませんでしたか?」
迷子か、優月が直感する。
「見なかったよ。あの、一緒に探しませんか?」
「お、お願いします」
この時、優月を見ていた想大は、初芽の着信に、気づけなかった。
そうして、屋台を歩きながら、優月が希良凛に訊ねる。
「さっちゃんは、2人に連絡したの?」
「うん。でもスマホの充電は切れちゃって…」
希良凛のスマホは、電源を起こしても、真っ暗な闇を宿すばかりだ。
「そうですか」
優月は、優愛へ連絡しょうと迷った。その時、
「あっ!瑠璃ちゃん!!」
想大が声を上げた。
「えっ?」
2人が振り返る。
「うん…うん…、分かった分かった!茂華駅の前で」
想大が通話を切ると、ニコッと笑う。
「茂華駅で合流するってさ」
「よ、良かった。ありがとうございます」
希良凛が頭を下げる。
その様子に、3人も安堵の息を、漏らした。
6時30分。
希良凛は、やっと瑠璃たちと再会した。
「良かった。さっちゃん」
優愛がそう言うと「ごめんなさい」と希良凛が、謝った。
「ううん、いいの。ごめんね、目を逸らしちゃって…、もう少し私がちゃんと見てれば…」
「…先輩」
そのやり取りを見て、瑠璃は何故か泣きそうになった。
違う、私がもっと見ていれば、と。
その時だった。
「お姉さん、奪われちゃった?」
ふと軽い声が響く。
「あっ、想大先輩」
その声の正体は、大好きな想大だった。
「あの、一緒に、花火見ない?」
「えっ?」
突然のお誘いに、ビックリする。
「い、いいの?」
「元々、その為の浴衣だし」
そう言って、彼は紺色の振袖をはためかせる。
断る理由は、無かった。
「うん!!」
すると、優愛へ想大が、声をかける。
「優愛ちゃん、瑠璃ちゃん、借りるねー!」
「わっ!」
2人は、そう言って、元いた大通りへ走っていった。
「瑠璃ちゃん…」
「優愛ちゃん、そっとしてあげて」
優月がそう言った。
「えっ?」
「で、コンクールの結果は?」
「銀」
すると、優月は「でも大丈夫」と笑った。
両想いな2人は付き合う、そう分かった。
しばらくすると、花火が上がる。
赤、青、黄昏色の花火が、ドーンと爆音を上げ、闇を綺麗に彩った。
「わぁぁ…」
「瑠璃ちゃん、これ」
花火へ釘付けになっている瑠璃に、想大が手渡したものは、かき氷だった。
白い氷粒に桃色のシロップ、ほんのりと甘い香りがした。
「えっ?いいの?」
「ああ」
「いただきます」
瑠璃はそう言って、ふたつあるスプーンのひとつを手に取る。
そして、一口、口に運んだ。
「甘ぁい〜」
瑠璃は、頬を押さえ、猫のように目を細めた。
目に入れても痛くないくらいの可愛さに、想大は少し頬を赤らめる。
「じゃあ、俺も」
想大も氷粒を、口に入れる。
「ほんと…だ」
「でしょう?」
しばらくすると、瑠璃の顔から赤が消える。
「想大先輩、あの私ね、コンクールの結果ね、銀賞だったんだ」
「銀賞、すごいじゃん」
「でも、金賞獲らなきゃ、付き合わないって…」
「そんな事、言ってたっけ?」
気まずそうに言う瑠璃に、彼は白を切る。
「正直言って、どっちでもいいや。銀でも金でも」
「えっ?」
一度、決めた約束だ。
「だって、俺が瑠璃ちゃんのこと好きっていう気持ちは、変わらないもん」
「えっ…?」
「その代わりさ、ひとつお願いがあるの」
「な、なに?」
「文化祭で、瑠璃ちゃんの演奏を聴きたい」
「いいよ」
だが、意味が分からなかった。
「瑠璃ちゃんの、本気の演奏がー」
「!!」
「なんか、さっきの後輩ちゃんに遠慮気味じゃなかった?瑠璃ちゃん、あの子に負けちゃうよ」
「負ける…」
それだけは、嫌だ。絶対に。
「想大くん!ちょっと待っててね…」
すると、瑠璃の目が、変わる。
『叢雲から月、風無き花』
この言葉の意味が、想大には分からなかった。
「私、今度こそ、想大くんと付き合えるように頑張る」
「えっ?」
「それまで、待っててね」
別にいいけど、とは言えなかった。
瑠璃の目には紅い狂気。どこか茉莉沙にも似ていた。
そして、この後『文化祭編』で、瑠璃と希良凛が火花を散らすことになるのだ…。
それから、数日後。
「えっ?文化祭!?」
「そう!私、さっちゃんとドラムソロで、競うの!」
「えぇ…」
そんなことする必要ないだろ、と優愛は思ったが、何も言わなかった。
別に、瑠璃がドラムを任せられただろうに…。
しかし、そんな思惑は大きく外される。
その前に、地区コンクール大会だ。
読んでいただきありがとうございました!
次回もお楽しみにしてください!!!!
【次回】
最後の執念… パーカッションソロの奇跡




