市営コンクール出発の章
コンクールついに、本番回です。
これから数話かけて描いていきます!
さて、今回は、夏矢颯佚の過去話です。
吹奏楽部の皆さん、コンクールまでのバスの中では、何を話しているんですか?
7月21日。夏のコンクール本番の日だ。
このコンクールは、御浦市が運営する吹奏楽の大会だ。この日は、部門関係なく行われるコンクールだ。
県立東藤高校。
吹奏楽部員が、楽器運びに奔走していた。たった1人を除いては。
「朝日奈ぁ、頑張れぇ」
昇降口に、ゆなの声が響く。
彼女の声に、呼応するように「俺の筋肉世界一!」と向太郎は叫んだ。
その時、
「ゆな!」
と、田中美心が叫ぶ。
「あっ!」
ゆなは、ティンパニを引っ張っている美心を見て、体を凍らせる。
「やべ」
早く他のものも持ってけ!とゆなが叱りつけるように言うと、ゆなは何も言わずに、音楽室の方へ歩いていった。
鳳月ゆなは、パーカッションパートで、主にドラムや太鼓等の皮楽器を担当している。しかし、練習中に怠ける癖が強く、美心たちの手を、煩わせていた。
「鳳月さん」
その時、茉莉沙が彼女に話しかけてくる。
「何?」
ゆなは、ショボンとした顔を、彼女へ突き刺す。
「私も同じだったよ。結構、楽器の運搬で怒られた」
「え?明作さんも?」
「うん。楽器の解体とか組み立てで」
茉莉沙はそう言って、ゆなから離れるように、階段を上っていった。
「私、楽器の組み立てしたことない」
数秒後、自分は皮肉を言われていることに、気づいたが、彼女の姿は、そこには無かった。
その後、部員たちは、手配されたバスに乗り込む。
初めての本番の人もいるからか、辺りは、緊張と硬い空気に包まれていた。
その時、部長の雨久朋奈が、乗り込んだ部員に向かって、
「居ない人は返事してくださーい!」
と叫ぶように言う。
すると、ゆなが声を張り上げる。
「居ない人は、返事出来ませーん」
あっという間に、ボケを突っ込まれてしまった。
周りからは、クスクスと笑い声がする。
しかし、雨久にとっては、全てが想定内。
「はい!皆さん、今日一日、頑張りましょう!」
彼女が、そう言うと『はい!』と部員一同は、返事をした。
こうしてバスは、御浦市のコンサートホールへ、向かい出した。
「コンクール懐かしいなぁ」
颯佚が、思い出すように言う。その時、
「夏矢くん、吹部だったんよね?」
2年生でユーフォニアムパートの、川又悠良之介が話しかけてきた。
「はい。神平から」
「あそこ、強いんだってね」
「はい」
颯佚は、そう言って、誇らしげに笑った。しかしその口元は、僅かに下がっていた。
しかし、次の瞬間には、悠良之助は、シートにもたれて寝ていた。
「全く…」
『移動中でも寝ないでくださいね』
女性の声が、脳裏に甦る。確か、中学の顧問の声だ。
「あれから、1年か」
颯佚は、自らの過去を掘り起こす。
「颯佚!」
すると、想大が彼の肩を叩く。丁度、真後ろの席だった。
「ああ。コバだ」
「今日、緊張するだろ?」
「そうか?」
想大の声から滲み出る緊張は、火を見るよりも明らか。
「夏矢君は、中学の頃も吹部だったから、慣れてるでしょ?」
そんな彼に、小倉優月が、こう言った。
「そうだな」
颯佚もそう答えた。
「でも、まぁ、練習は大変だったよ」
「去年は、東関東大会出たんだよね?」
「ああ。まぁな」
その返答に、想大の眉がひそめられる。
「なのに、何で、この高校に入ったの?」
彼はそう訊いた。その問いに、颯佚はえもいえぬ表情で、
「ああ。それは吹奏楽をやりたくなかったからだよ」
と答えた。
「えっ?」
と想大は、目がかっ開く。
「あんなに、サックス上手いのに?」
「ああ。でも今はここに入って、正解だと思っているよ。井土先生のお陰でな」
「先生なの?」
想大が気になったように、顔を覗き込んでくる。
「土日練習は月1、解散も5時半と早い。その上、演奏の進度も深い」
颯佚の目が、煌めく。
「本当に、ホワイトだなって」
(入学式ではボロクソ言ってたくせに…)
イヤホンを持ち上げた彼が、心の中で、そう突っ込んだ。
「で、どういう学校だったんだよ?」
すると、想大がこう言った。
「とにかく、ブラックだったよ。6時15分までは練習だったし、お喋り禁止だし、土日は毎週練習だし」
え、厳しくない?と想大は思った。
「それ、鳳月だったら終わってたじゃん」
優月は、さりげなく言った。
「しかも、退部制度が無かったから、辞めたくても辞められなかった」
颯佚が、そう言って自嘲するように、笑った。
「辞めたいと思ってたの?」
優月が、そう訊いた。彼は、勘だけで、人の心を読むことに、長けている。
「何回もな」
「始めた理由は?」
優月が続いて質問すると、
「元カノと、一緒の部活に入った。それだけだ」
その声に、2人の瞳孔が大きく開く。
「えッ!元カノ!?」
「ああ。今はもう別れたけど、元々彼女がいたんだ」
「そうだったんだ」
まさか、颯佚に恋人がいたとは…。
「入部してからは、大変だったよ。サックスにしたのも、先生の指示だし、正直、俺は、そんな目立った楽器はやりたくなかった」
「そうなんだ」と優月は言う。
「んじゃあ、何やりたかったんだ?」
想大が訊ねる。
「うーん。特にやりたい楽器とか無かったかな。俺はパーカス反対派だったから、ユーフォとかチューバとかの低音に憧れてたと思う」
「そうなんだ」
意外だな、と想大は思った。
「何回も、辞めたいと思ったなぁ。あん時は。だから高校では他の部活に入ろうとしたし、なるべく吹部が盛んじゃない高校に行きたかった。何より…」
その時、颯佚が見せたのは、白刃のような歯をちらつかせ、瞳を歪めた、何とも言えない顔。
「その彼女にも、会いたくなかったしな…」
その表情は、普段、彼が見せることはない凄んだ表情だった。
余程のことがあったんだな、と2人は思った。
「でも、この吹奏楽に入らなかったら、一生吹奏楽を楽しめなかっただろうな」
「…そう」
颯佚は優しげのある声で、こう言う。
「こうして、仲間と破茶滅茶に笑い合ったり、結果を気にせず演奏できたり、好きな楽器を好きなだけできるし。これが本来あるべき姿なのかなって思うよ」
「そうだね」
彼の言葉に、優月も同意を示す。
茂華中学校で吹奏楽を始めていたら、違う結果になっていただろう。こうして遅くまで努力できただろうか?のびのびと練習できただろうか?
答えは神様だけが知っている。
そして、30分後、コンサートホールに到着した。ホールの駐車場に植えられたヒマワリが、太陽のように爛々と太陽輝いていた。
バスを、降りると、辺りにもバスが停車していた。
赤い文字のバスに、緑の文字のバス、オレンジに塗られたバスなど、様々な色のバスが、整列していた。
「ここ、合唱コンクールで来たなぁ」
優月が、そう言って、辺りを見回す。どこか懐かしい。
想大が「合唱コンクール?」と訊ねる。
「うん」
そうなのだ。優月は、小学生の頃、特設合唱部に所属していた。合唱部の活動目的が、合唱コンクールに参加することだった。
彼も、何度か来ている者だというのだ。
すると、見覚えのあるバスが1台。
「あっ」
そのバスのフロントガラスには[茂華中学校吹奏楽部様]と書かれていた。
(優愛ちゃん…)
優月は、今現在、ホールのロビーを動いている彼女たちを想像した。
その想像通り、茂華中学校吹奏楽部の、榊澤優愛は、友達と話しながら、ロビーを歩いていた。
「優愛ちゃーん!」
「優愛さん」
すると、後輩2人に話しかけられる。
「あっ、もう開会式始まっちゃった?」
その問いに希良凛は「はい!」と答えた。
優愛も希良凛も、コンクールに何度も出ている。
ついに、夏のコンクールが、幕を開けるのだ。
そして、優月たちは、再び舞台に立つ…。
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次回
茉莉沙と初芽、超覚醒!




