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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]地区コンクール大会 本編
35/208

究極アンサンブルの章

※この物語はフィクションです。

※人物、学校、団体名は全て架空のものです。


「齋藤さん、もう少し音力を上げてみてー」

「はい」

東藤高校の音楽室。

狭い音楽室には、所狭しと楽器が詰め込まれていた。エアコンがついているものの、暑さを感じる。


「明作さん、そこの太鼓は、あんまり強くなくて大丈夫です」

「はい」

「所で、トロンボーンまでは、間に合いそうですか?」

「はい。大丈夫です」

この明作茉莉沙という少女は、トロンボーンパートの2年生だ。そんな彼女は元パーカッション奏者で、人手が足りない時には、度々打楽器へ派遣されるのだ。


「鳳月さん、ロールの速度を、もう少し速めてくれません?」

すると鳳月ゆなという女の子が、スティックをすとんと落とすように振る。

パラパラパラパラ…と細かい粒が絡み合うような繊細な音が響く。

「こう?」

「そうそう!そんな感じで」

ゆなは、それだけ言われると、すとんと椅子へ着地した。

鳳月ゆなは、基本相手に敬意を、払わないことで有名だ。また正直過ぎるところも、部内では、大きく目立っている。

「それでは、Gからもう一度!」

『はい』


各々が、振られた楽器を構える。

「懐かしいなぁ」

そんな中、1人、過去を思い出すように、顧問の指揮を、見る者がいた。

夏矢颯佚(なつやそういち)。凄腕のサクスフォン奏者だ。彼より上手いサックス奏者は、高校内では、いないだろう。


颯佚のサックス、茉莉沙のトロンボーン、雨久のトランペット、ゆなの太鼓が、この吹奏楽部の合奏を支えていると言っても、全く過言では無い。



練習は、本来5時30分までだが、本番を控えて、6時30分に延長された。

「あぁ…。疲れた」

ホルンを片付けながら、小林想大が、そう言った。

「そうだね。夏のコンクールでやる曲の練習ばっかりだもんね」

小倉優月も、それに同意した。

「さて、今日は休むかぁ」

優月は、そう言って背伸びする。関節に溜まった疲れが、無音でスルスルと抜けていく感じがした。

「ドラムやらないのか?」

「うん。たまにはね」

優月は練習後、1人、ドラムの裏稽古をしているのだが、今日はしないようだ。

「珍しいなぁ」

「それもそうだね」

優月は、そう言って、リュックを持ち上げた。



その時だった。

ポロンポロンと、ピアノの音が聴こえてくる。素朴な音が喧騒を響き抜ける。

「誰か、弾いてるのかな?」

「朝日奈先輩や初芽先輩でもないよね」

そう2人は、くるくると視界を回転させる。

黒板前のグランドピアノからでは、無かった。

「あっ!」

刹那、優月が、ドラムやビブラフォンが置かれている方へ歩き出す。そこでアップライトピアノをそっと弾く者がいた。

「明作先輩」

優月が、小さく声を発した。

すると、

「っ!」

と茉莉沙は、恥ずかしそうに、こちらを見た。

「わぁ!明作先輩、ピアノ弾けるんですか?」

遅れて、想大が踏み込む。

すると、茉莉沙の深紅の瞳が、少し煌めく。

「全然。ピアノやってたわけじゃないの」

彼女はそう答えた。

「でも、上手いですね」

黒鉄色のピアノに、楽譜は無かった。それでも、音楽を奏でられるのは、凄いことだ。

「ありがとうございます」

褒める優月に、茉莉沙は、そうあしらった。

「何の曲、弾いてたんですか?」

「内緒」

そう言って、茉莉沙は静かに、蓋を閉めた。まるで鍵盤の中に詰め込まれている真実を隠すかのように。



その日の帰り、優月は、茉莉沙のことについて、考えていた。

「やっぱ、鍵盤楽器が一定できると、ピアノができるものなのかな?」

優月がそう言うと、想大は、

「かもな」

と言う。

「てなると、古叢井さんも、ピアノ弾けるんじゃない?」

「ウッ!」

その名に、想大が気まずそうに、視線をそらす。

彼は、古叢井瑠璃という中学2年生と、両思いなのだ。

「瑠璃ちゃんが、ピアノかぁ」

想像してみると、なんだか可愛らしいな、と想大は赤面した。

「最近、古叢井さんと話したの?」

「うん。昨日。新しい後輩ができたって」

「へぇ。後輩かぁ」

まさか、瑠璃にもできるとは。

瑠璃は、素は大人しめな女の子だ。楽器と優愛が絡まなければ、の話だが。


「でも、どんな人なんだろう?」

ふと、そんな疑問が、脳裏によぎる。

「ああ、小学校でも吹奏楽やってた子だって」

「そうなんだ!じゃあ、その子のほうが上手いんだね」

そんなことを言う優月に、「どうだろうな」と想大は言った。

最近分かってきた。彼の成長は恐ろしいな、と。


顧問の井土からの、指導は多いものの、必ず数日内にはモノにする。というのも、彼は、努力を諦めない。最後まで自分を追い込んでまで練習することが多い。その賜物だろう。

彼のその姿を見ているからこそ、想大は、ホルンを頑張れている。


「控えめに言って、優愛ちゃんに遅れを取る程の実力では、無いと思うよ」

想大はそう言って、優月の肩をポンポンと叩く。

「そ、そう?」

「うん。それに、優月君は、遅くまで練習してることも多いじゃない」

「それは、楽しいからだよ」

優月は、頬を少し赤くする。

自分でも、驚いている。こんなに深く打ち込めるなんて。




翌日。

茉莉沙は、いつものように、見晴らしの良い裏庭でトロンボーンを吹いていた。

白いシャツを捲った腕には、消えかかった傷。

しかし、それをもう気にすることはない。

(絶対に銀賞!)

そんな茉莉沙は、今まさに、自らを限界まで追い込んでいる所だった。

銀賞獲得!

というのも、東藤高校は、ここ数年銅賞しか獲得できていないからだ。

吹奏楽コンクールでの銅賞は、1番下の賞だ。吹奏楽がそれ程、盛んではないことも原因のひとつだろう。


そんな時だった。


「明作先輩」

誰かが、話しかけてきた。その声はあまりにも落ち着いていた。相手の胸元を見ると、金色のサクスフォン。

「齋藤さん!」

茉莉沙は、そう言って、相手に足を向けた。


入部直後もこんなことが、あったな、と思いながら。


「菅菜先輩じゃないですよ」

「あっ。夏矢君か」

茉莉沙の瞳が少し、丸みを帯びた。

「先輩、どうやってトロンボーンを、練習してるんですか?」

彼も練習の途中だったらしい。

「私の場合、基礎練習が多いのかな」

「基礎練習ですか…」

「はい」

茉莉沙は落ち着いた声で頷いた。

「あとは、友達に教えてもらったり」

「友達?」

すると、茉莉沙が楽譜に隠したノートを、手に取る。

「そう。トロンボーンが上手くて、大切な友達」

彼女が、そこまで言うとは、と颯佚は思った。

その時、夏には珍しいひんやりとした風が、2人の間を吹き抜けた。

「その人って…楽団の?」

「私が組織にいた時の、友達」


彼女の言う『組織』は『御浦ジュニアブラスバンドクラブ』のことだ。世間では『御浦楽団』と言われているが、あまり馴染めなかったことから、組織と呼ぶことが多い。

彼女は、そこでは打楽器をやっていて、トップレベルだった。それをキッカケに、様々な伝手や友達ができたのだ。


「そうです」

茉莉沙は、それだけ言って、楽譜をめくり始めた。しかし、ノートを手に取った彼女の手が、止まる。

そして、

「ちょっと、遊ばない?」

こう言った。

「あぁ。いい…ですよ…」


あれ?こんなこと誰かが言っていたような…?

颯佚の中で、その言葉が強く引っかかる。


しかし、彼はいつも通りに、サクスフォンを構えた。それを見た茉莉沙は、ノートに描かれた譜面を見せる。

〚泡沫の鯨〛

譜面には、そう書いてあった。


譜読みがされた楽譜を、茉莉沙と颯佚は、吹き始める。2人の能力の高さか、速攻で音程が取れる。

(吹きやすいな)

颯佚は、音を感じながら、そう思う。

青空へ、2つの柔らかな音が、響いた。



その頃、音楽室。

「井上さん、なっつんとメイさん、呼んでー」

井土がそう言った。

すると、井上むつみが「はーい」と電話をかける。

しかし、何故か今日だけは早く出ない。


「どう?」

そこに、フルート担当の初芽結羽香が、顔を覗き込んでくる。

「初芽。出ない」

むつみの赤い瞳に、心配が宿る。

「直接、行ってくるね」

初芽は、そう言って、音楽室を飛び出した。


「夏矢君、今日も外なんだ…」

優月がふとそう言った。颯佚は、普段、菅菜と練習しているのだが、最近は、音程の確認をしたいと、ひとり空き部屋か外で、練習している。



初芽は、靴を履き、裏庭の方へと、走り出す。

「茉莉沙、携帯鳴ってるの気づかなかったのかな?」

その時だった。


滑らかなふたつの音。トロンボーンとサックスだ。

「えっ?茉莉沙、夏矢君と一緒?」

しかし、聴こえてきたのは、聴き馴染みのない曲。その音楽は、どこか寂しさを秘めていた。

しかし、その音楽で脳が揺さぶられるのを、感じた。


「茉莉沙!」

初芽が、彼女へ話しかける。

すると、茉莉沙と颯佚は、こちらを振り向いた。

「あっ、茉莉沙。ごめん、気付かなかった」

茉莉沙は、そう言って、ぺこりと頭を下げた。

「な、何、吹いてたの?」

「泡沫の鯨だよ」

「夏矢君も?」

すると、颯佚が「はい」と頷いた。


それにしても、上手い。

聞けば、吹いて十数分だったらしい。

元強豪出身は、ここまで凄いのか、と思う。


しかし、吹奏楽は何も、上手ければ、良いという訳では無い。

それをもうじき、分かることになるだろう。

読んでいただき、ありがとうございました!

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