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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]地区コンクール大会 本編
34/208

立夏青春の章[茂華中編]

今回は、茂華中学校の物語です。

※この物語はフィクションです。

※人物、学校名、団体名は全て架空のものです。

7月に入り、制服も涼し気な白いシャツになる頃には、吹奏楽部は休日練習に、入っていた。


「田中ー、おはよ」

「おはようー。朝日奈」

今は朝の8時30分。開始は9時からだから、少し早い。

「田中は、早いな。来るのが」

「毎朝、早起きして自転車で来てるからね」

と美心は悲しそうな目をした。

「どうした?」

それに気付いた向太郎は、端麗な瞳を彼女へ向ける。

「別に」

しかし、美心はそれだけ言って去っていった。


(田中って…)

そんな彼女を、向太郎は密かに、気にかけているらしい。



その頃、最寄りの駅を降りた優月と想大は、学校へ向かって歩いていた。

「1日練習とか、マジかよぉ」

想大が、げんなりとした表情で言う。要するに面倒くさいのだ。

「まぁまぁ。周防先輩や井土先生が、優しいんだし良いじゃん」

優月が、なだめるように事実を、述べる。

「それに、最近、ホルン吹けるようになってきてるよ」


小林想大(こばやしそうた)。彼の楽器はホルンという金管楽器だ。吹くのが難しいと、ギネス世界記録に載ったまである有名な楽器だ。


「優月君だって、ドラム安定してきてるじゃん。元からだけど」

「元から?それって、褒めてるの?」

「褒めてる褒めてる。だって筋良いって、この前、井土先生に、言われていたじゃん」

「まぁ、言われたけど」


優月は、『上手い』と言われても、あまり何とも思えない。上には上がいると、これでは満足する演奏はできないと、分かっているからだ。

何より、これでは、優愛の足元にも及ばないだろう。


「うまくなりたい」

優月が、真夏を伝える青い空を、見て、言葉を零した。

「あ…!そういえば、古叢井さんとは、どうなの?」

その時、彼が想大に、視線を移す。

「瑠璃ちゃんも、今日も練習だって」

「半日?」

「いや、1日」

それを聞いた優月から、思わずフッと笑みが浮かぶ。

「負けてられないな!!」

そう鼓舞するように、想大の肩を叩いた。

「痛いっ!」

2人の笑い声は、青い空を彩るように、響いた。





その時。茂華中学校吹奏楽部。

多目的室へ楽器を運ぶ最中だった。

「毛布を敷いたので、楽器を運んでください!」

部長の香坂の指示に、部員全員が慌ただしく動く。


「瑠璃」

「凪咲ちゃん、どうしたの?」

譜面を持った少女同士が、見つめ合う。

「瑠璃は、今日誰かと、お昼食べる予定ある?」

「ないよ」

「じゃあ、一緒に、中庭で食べない?」

「いいよ」

凪咲の「ありがとう」の言葉で、2人は別れた。


「あっ、瑠璃さん!」

その時、1年生が駆け寄ってくる。

「さっちゃん。どうしたの?」

その1年生の名前は、指原希良凛(さしはらきらり)。瑠璃の後輩で彼女と同じ打楽器の子だ。


「あの…」

希良凛が何かを、言おうとしている。しかし、よく聴こえない。

瑠璃は「どうしたの?」と首を傾ける。

その時だった。

「瑠璃ちゃん、さっちゃん、大丈夫?」

優愛という女の子が、話しかけてきた。彼女は2人の直系の先輩だ。

「あの!グロッケン運ぶの手伝ってくれないでしょうか?」

その時、指原が大きな声でそう言った。

「ああ。大丈夫だよ」

そう言って、優愛と指原は、とことこと廊下へ踵を返していった。

こうして、ひとり残された瑠璃は、小さくため息をついた。


何だか毎日そんなやり取りが続いている気がする、と瑠璃は楽器を準備しながら、心のどこかでそう思っていた。


その時だった。

1人の男性が、多目的室へと入ってくる。それと同時、辺りが静かになる。

「誰?」

彼を知らない希良凛は、首を横に傾けるばかりだった。

その男性は、漆黒の髪に、端麗な瞳、少し焼けた肌に似合う黒いメガネと、真面目そうな印象を、与えた。


「はい!皆さん、ちゅうーもーく!」

その時、顧問の笠松が、パンパンと手を叩く。

その声と拍手に、部員から一斉に、注目を浴びる。

しかし、笠松は一切動じること無く、口だけを開いた。

「今回の講師を紹介します」

そう言って、あの男性を手のひらで示した。

「尾瀬川慎太郎です。よろしくお願いします」

彼は、尾瀬川慎太郎(おせかわしんたろう)と名乗った。


「尾瀬川先生は、木管と打楽器の担当講師です」

すると、申し合わせたかのように、

「起立!」

と部長の香坂が、声を張り上げる。

『はい!』

「よろしくお願いします!!」

すると、香坂に負けぬ声で、

『お願いします!!』

と部員一同が、挨拶をした。


「…あのひと」

その時、希良凛の瞳が、少し揺れた…気がした。


「こちらこそ、よろしくお願いします」

そう言って、尾瀬川は、にこりと微笑んだ。

彼の端麗な瞳からは、自信が溢れていた。



時は進み、合奏が始まった。曲名は『メトセラⅱ』という曲だ。オーボエや和太鼓が印象的で、難しいと言われる曲だ。

だからこそ、彼を呼んだのだろう、と合奏を進めていく内に、部員は分かっていった。


「指原さん、そこのスネアのロールが、少し緩いですよ」

「は、はい」

「榊澤さん、ティンパニの跳ね方が、大きいです。それほど大きくしなくても、音は作用します」

「はい!」

「古叢井さん、ビブラフォンの速度が、速くなってます。よく聴いてください」

「はい」

ソロの部分でもまたしても、指導が始まった。

「新村さん、音は良いのですが、もう少し大きくして下さい!ソロは、音量も肝心です」

「はい」

オーボエ担当の3年生、新村久奈も、徹底的に指導を受けられた。


瑠璃が、ソロの指導を見ながら、結われた髪を、いじっていると、

「相変わらずだなぁ」

と誰かが言った。

その人物は、またしても希良凛だった。

気になった瑠璃は、希良凛へ少し近づく。

「知り合…」

しかし、質問の声は、厳かなオーボエの音波に掻き消された。



正午。一旦、昼休憩の時間になった。

「瑠璃、一緒にご飯食べよう」

クラリネットパートの友達の伊崎凪咲が、トートバッグを手に、話しかけてくる。

「うん。いいよ」


優愛は、希良凛とわいわいと話していた。あの様子なら、2人きりで食事は無理だろう。


教室棟と実習棟を繋ぐ連絡通路に、腰掛け、2人は弁当を食べていた。

「尾瀬川先生、厳しいね」

ふと凪咲がそう言った。

「そうだね」

「で、夏祭り、誰と行くの?」

凪咲が、話題を変える。

「えっ?うーん。想大先輩は、小倉先輩と一緒に行くだろうし」

「榊澤先輩は?」

「優愛ちゃん…か。最近、相手してくれないんだよね」

「うそぉ。この前、榊澤先輩言ってたよ。瑠璃ちゃんにドラムやらせたいから、練習させてるって」

「うん。塾じゃない日も、遅くまで教わってるよ」

「でしょう?」

その時、瑠璃が空の弁当箱を、膝の上へ落とす。痛い。

「そういうことじゃないの」

「えっ?」

「それは前まででしょ?最近は違うもん。さっちゃんが入部してから、相手してくれなくなったもん」

「それは、希良凛ちゃんに、色々教えなきゃいけないからでしょ?」

「それなら、私にだってできるもん」

なのに…と瑠璃は、小さな肩を震わせる。

そんな彼女に、凪咲は肩をすくめ、

「不満なの?先輩も、後輩も、相手してくれなくて」

と言い放った。

「うん」

しかし、瑠璃は黙るように頷くばかりだった。



その頃、空き教室のテラスに、座りながら、榊澤優愛が指原希良凛と話していた。

「えっ?希良凛ちゃん、弟君いるの?」

「はい。指原莉翔って言うんですけど…。私、結構、親から弟と、楽器で比べられちゃうんですよ」

「ひどいね」

優愛はそう言って、白い箸をそっと置く。

「彼も、同じパーカッションなんですけど、莉翔は御浦の楽団で活躍していて」

「すごいんだね」

「はい。御浦の中学校は、吹奏楽がそんなに強くないので、強くて近い茂華に」

「上手くなりたくて入ったんだ」

すると、希良凛の瞳に、光が宿る。

「私、自分が楽しいことは本気で楽しみたいんです!だから、もっと上手くなりたいんです!」

「そっか。ねぇ、どうして瑠璃ちゃんを、避けてるの?」

そう言った優愛の瞳が、少しだけ鋭くなる。

「いや、ティンパニ破壊したって噂を聴いて、本当は怖い先輩なのかと…」

「それはもう大丈夫だよー!」


瑠璃は、去年にティンパニを破壊する『ティンパニ破壊事件』を引き起こした。あれ以降、皮楽器を任せられる機会が、めっきり減ったが。


「あれから瑠璃ちゃん、反省してるんだよ。別に怖がること無いよ」

優愛の瞳が、再び柔らかくなると、希良凛は、良かった、と言った。

「練習終わったら、準備室に来てみて。瑠璃ちゃんいるから」

「はい!」

希良凛は、そう言って、青い空を見つめた。

雲ひとつない、うるさいくらいに真っ青な空。



それから、3時間の猛練習を、終え、優愛と希良凛は、廊下を歩きながら話していた。

「瑠璃ちゃんも、そこそこドラムできるから、教えてもらいな」

「そこそこ、ですか?」

「うん。私が教えたの。瑠璃ちゃん、本当は優しい子だから、大丈夫だよ」

希良凛は瑠璃と話したことが、あまりない。

だからこそ、いつもより緊張した。


希良凛は、小部屋に入る。そこには、ぽつんと佇む真っ黒なドラムセット。

その前に座っていたのは、瑠璃だった。


「あっ…」

「あっ…」

2人は気まずそうに、目を合わせる。しかし、それを崩したのは、瑠璃本人だった。

「ドラム、やる?」

瑠璃がそう言った。その言葉を皮切りに、希良凛の目が光る。

「は、はい!」

希良凛がそう答えると、「おいで」と瑠璃は笑った。


すると、希良凛はドラムセットの椅子に座る。そして、マイスティックを、手渡した。

「適当に叩いてみて」

瑠璃の言葉を受け、希良凛はスティックを振る。


ツッツッパンツッツッパン!


高らかにドラムを響かせる。

「うまい…」

だが、古いドラムセットだからか、少し迫力がない。

少し経つと、スネアで、パラパラパラ…とロールを刻み始めた。

「上手だね」

「ありがとうございます」

瑠璃の目は、いつも以上に和やかで、優しかった。

希良凛がタイミング良くバスドラを踏む。するとメーカーの描かれた漆黒の打面の移す光景が、小さく揺れる。

すると、ドゴ!と掠れた太鼓の音がする。ロータムという太鼓を叩いた音だった。

「ごめんね。それ、音が変でしょ?」

瑠璃が、ばつが悪そうに笑った。

「大丈夫です」

すると、希良凛がスティックで、ロータムを連打する。

音がまばらで未熟さを感じるが、瑠璃は、可愛いな、と思うだけだった。


「そういえば、聞こうと思ってたんだけど、尾瀬川先生のこと知ってるの?」

すると、希良凛は手を止め、ニコッと笑う。

「はい。私の小学校にも、度々来てた人なので」

「そうだったんだ」

そういえば彼女は、元々小学校でも吹奏楽をやっていたな、と思い出す。


しばらく話していると、あっという間に30分程が経っていた。

「私ね。本気で金賞獲りたい!だから、頑張ろうね」

瑠璃がそう言った。

「私もです」

希良凛も同意する。その目は信頼に満ちていた。

「よろしくね」

「はい」

そう言って、瑠璃と希良凛は、笑い合った。


それをドア越しに見ていた優愛は

「よかったね」

と笑った。

そして、この2人が奇跡を、起こすのだ。

いよいよ、夏のコンクールが始まるのです…。

瑠璃と希良凛が、仲良くなれてよかったですね。

因みに、優月の実力は、いずれ希良凛を超えます。



ありがとうございました!

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