立夏青春の章 [東藤編]
この物語はフィクションです。
人物、学校名、団体名は、全て架空のものです。
作中の都合上、オノマトペを使う場面が、ございます。
※物語の仕様上、実在する曲を、使用する場合がございます。
使用される楽器や描写は、オリジナルのものです。
ご了承下さい。
「えっ?律に会った?」
コンビニから出た初芽が、驚いたように、声を出す。沢柳律。何回か見たことはあるが、話したことはない。
「うん。相変わらずだった」
「そっかぁ」
その時だった。
「先輩」
男の子の声がした。
初芽と茉莉沙が、振り向くと、そこには、優月と想大がいた。
「あっ!小林君に小倉君!」
「そういえば、明作先輩」
優月が、先程話したことを、口に出す。
「ウラって、どんな人が…いるんですか?」
つい気になってしまったことを訊ねる。
「あぁ。ウラっていうのは、各パートで隠し札にされるほどの演奏者ですよ」
「明作先輩も、上手いのにですか?」
「無理だよ。違法な契約を、しているって噂が流れてますし…」
茉莉沙は、律儀に答える。後輩だろうと、礼儀正しく答えることが、彼女の通常運転だ。
すると、想大が2人の空間を、食い破るように、話しかけてくる。
「では…鈴木燐火っていうオーボエ奏者は、知っていますか?」
「あぁ。それを聞いて、どうするんですか?」
「ただ気になっただけですよ」
彼の真摯な瞳を、信じたのか、茉莉沙は答えることにした。
「うーん。よく『焔のオーボエ奏者』って言われてたなぁ」
情報が曖昧なのか、彼女の口調が、拙い。
「なんか…名前に『火』がついてたり、オーボエの音に、情熱が、滲んでいるから…とか、言ってたよ」
「それは、すごいんですね」
優月も、そう言って、ニコッと笑った。
少なくとも、茉莉沙のトロンボーンと同格なのは、間違いないのだろう。
焔のオーボエ奏者。シンプルなフレーズだが、一度会ってみたいな、と思った。
電車に、乗った優月と想大は、話しを、していた。
「鈴木って苗字、どこにでもいるんだな」
想大が、思い出すように言う。
「そりゃ、そうでしょ。うちの部活には、鈴木はいないけど」
「でも、田中はいるんだよな」
あぁ、と優月は流れる車窓を、見つめる。
田中美心。優月や鳳月ゆなと同じ打楽器パートの先輩だ。
最近は、怠けるゆなを怒る所しか、見たことが無いのだが。
「苗字っていえば!奏って苗字の人、いるよな?」
「ああ。奏澪先輩。確か、弦楽器やってる人だね」
優月は、そう言って、スマホに指を、走らせる。
「あの人の苗字は、ホント珍しい」
「そうだね」
優月は、そう言って目を細めた。
吹奏楽部は、面白い人が多いな、と優月は、思った。
次の駅にさしかかる頃には、話題は、夏祭りに変わっていた。
「そういえば、祇園祭りはどうするの?」
「ああ。夏祭り」
「誰と行く?古叢井さん?」
「瑠璃ちゃんとかぁ」
想大は、そうごちると、ただぶら下がっている吊り革を、一瞥する。
「優愛ちゃんと行くんじゃない?」
「そっか。古叢井さん、優愛のこと好きだもんね。」
優月は、予定表にある[祇園祭り]という無骨な文字を、見つめた。
翌日。
「はい!今日は、新しい曲を配ります」
顧問の、井土がそう言った。
「この曲は、1学期の終業式から2日後の、市営吹奏楽コンクールで、演奏する曲です」
この大会の、演奏時間は、20分までだ。
大体の団体は、コンクールの自由曲を、やるだけなのだろうが、ここは違うようだ。
「あれ?私、鍵盤?」
楽譜を配られたゆなは、渡された楽譜に、目を疑った。
「あ、そうだね」
美心が、そう言って楽譜を見る。
渡された楽譜は、ビブラフォンだ。
「じゃあ、田中はー」
「私、ドラムじゃないよ。多分、茉莉沙ちゃんだと思う」
「えッ!明作さん!?」
ゆなは、その言葉に、大層驚いた。
「まぁ、いいじゃん。たまには鍵盤も」
「うー」
美心の笑顔とは、対照的に、ゆなは、不満気だった。
「私、鍵盤できないよー」
「それは、私が教えるから」
そう言って、美心は更に、目を細めた。
「鳳月め。お気の毒に」
優月は、配られた楽譜を見ながら、そう言った。
[サママ・フェスティバル!]と書かれている。
彼の担当する楽器は、タンバリンとグロッケン、ウィンドチャイム、サスペンダーシンバルだ。
「ミセスかぁ。インフェルノ以来だなぁ」
最後に演奏したのは、約2ヶ月前。春isポップン祭りの時だ。
「やってみよ」
優月は、そう言って、マレットを手に取る。先端が丸い毛糸で巻かれた少し硬いマレット。
「確か」
優月は、そのマレットを上下に、振る。
ポホホォォォォン…!
神々しい音が、辺りの空気を震わせる。
うん、上出来!と優月は満足したように、笑った。
「あとは…」
井土が、譜読みをしてくれた楽譜を見て、グロッケンを打つ。
しかし、心の中で、とっかかりを覚える。
「これは…どうやって…?」
井土に訊ねるのもいいが、生憎、彼は、澪の指導をしている。
こういう時は、試行錯誤しながら叩いてみる。
「明作さん、椅子の高さ、低くしといたよ」
ゆなが、茉莉沙に、そう言った。
「助かります」
茉莉沙は、それだけ言って、スティックを構える。
昨日も同じことを思ったが、学校の備品は、本当に手触りが悪い。
それでも、今は練習するしか無い。
茉莉沙は、踵をペダルへ勢いよく、踏み落とす。
ドドッ! ドドッ!
元とは言え、彼女も、ゆなと並ぶほどの実力者だ。力加減も完璧に、こなしてみせる。
かつ、スピードも一切落とすこと無く、楽譜を進めていった。
その傍ら、美心もゆなへの指導が、終わっていた。
「できるじゃん!」
美心が、彼女の肩を叩く。
「うげぇ…。難しい」
それでも、ゆなには、相当苦戦したようだ。
「てか、明作先輩、パーカスやらないんでしたよね?」
「うん。最近、考えが変わってきたんだって…」
当時、茉莉沙は、美心達に、打楽器を選ぶ、と宣言したそうだが、突然トロンボーンを始めたらしい。
「この学校の吹部、パーカスには恵まれているなぁ」
美心が、ふとそう言った。
そんな会話、必死に叩いている茉莉沙に、届くわけが、無かった。
合奏が始まった。
「はい、初見大会のお時間です!」
井土は、ニコニコと笑って、そう言った。
ホルン担当の想大は、誰がトロンボーンを?と思ったが、副顧問の飯岡太智が吹くらしい。
お祭りじゃねぇか。
と想大は、心のどこかで、そう思っていた。
飯岡も、元は吹奏楽部でトロンボーンを吹いていたらしい。そんな彼は、滅多に顔を出さないのだが。
井土が、カウントをする。
澪が、ギターの弦を、掻き鳴らす。
と同時に、茉莉沙の踏むビーターが、勢いよく、跳ね上がる。
続々と、様々な楽器が、曲を盛り上げていく。
優月も、胸の辺りにあるタンバリンを、右手で打つ。
曲が、サビまで進むと、井土が、ニコッと笑う。
「皆さん、楽しそうだね」
すると、思わず、優月に、笑みが零れる。
確かに、コンクール曲よりは、楽しい。
「降谷さん、音をもう少し、小さくしていいですよ」
「はい」
「齋藤さん、入りが少し、遅れてましたね。夏谷君や他のパートの子と合わせてください」
「はい!」
「井上さんのオーボエも、クラ同様、小さくする部分は、小さくしても大丈夫ですよ」
「はい!」
むつみは、そう言って、黒鉄のオーボエを見つめた。このオーボエは、自分の所有物だ。
「ユーフォも、自信を持って!」
「はい」
初見ということもあって、指導が矢継ぎ早に、飛んでくる。
「レミリンは、音量上げて結構です」
レミリンはホルンの愛称だ。奏音はホルンを構える。
「コバは、無理しないで大丈夫です。それにしても、最近、少しづつ吹けるようになってきましたね」
そう言って、井土は笑った。
想大は小さく会釈する。居残り練習の甲斐が、あった。
それから、合奏は終わりを迎えた。
井土が、こう言う。
「7月中は、この2曲をやります!文化祭、定期演奏会に向けて、頑張りましょう!」
すると、彼が部長の雨久へ、目配せをする。
「これで今日の部活を終わりにします!お疲れ様でした!」
『お疲れ様でした!』
部活の終わった生徒は、思い思いの行動に移す。
「茉莉沙、お疲れ様!」
初芽結羽香が、茉莉沙に話しかける。
「お疲れ様」
茉莉沙は、そう言って、共に、音楽室を出る。
「茉莉沙のドラム、久し振りに聞いたなぁ」
「3ヶ月前でしょう」
初芽の問いに、そう苦笑し返した。
「そうだ。私、来週、音ノ葉ちゃんに会いに行くことにしたの」
「えっ?そうなの!?」
2人の会話は、闇の中へ消えていった。
その頃、どこかのホール。
「音ノ葉、燐火。来てくれて感謝します」
副監督の阿櫻克二がそう言った。
「今日も良い日だ。トランペットを吹ける」
そう言ったのは、トランペット奏者の薬雅音ノ葉。
「世界で26番目に有名な鈴木。鈴木燐火、ただいま到着しました」
鈴木燐火。彼女は、灰色の瞳、少し赤みがかった髪に、色黒な女の子だった。
「前は、27番目だったな…」
そして、奥から小柄な男の子が、現れる。
「ウラ…。今年も全員が揃ったな」
御浦ジュニアブラスバンドも、静かに動き出していた。
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