第21楽章 鳳月ゆなの復活 初の合奏
優月と瑠璃の面談日、ちょうど初めての合奏が行われる日だ。
「左の指はね、弦を支えておく。で、弾いたときに指を滑らせないよう、気をつけて」
「はい」
広一朗は早速、那珠葉にギターの技術を教えていた。彼女の真っ白な細い指が、鋼鉄の弦を震わせる。
「…そうそう。まずは何も押さえないで、自由に6弦を弾いてみて」
「はいはい」
那珠葉は楽しそうに弦を弾く。
「…ギターだ」
瑠璃が羨ましそうに言う。
「瑠璃ちゃんはギター弾いたことないの?」
それを見た優月が問うと、彼女は肩をすくめた。
「中学校の授業で弾いたことあるよ」
「中学校……?そういえば僕もやったっけ」
思い出した優月は、楽しげに目を細める。中学校時代、中学2年生と3年生で一度ずつ、アコースティックギターを授業で弾かされた。
「…でもね、あんまりうまく弾けなかったよ」
「そうなんだ」
優月は驚き混じりの声で、彼女を深く見つめた。
「…んっ?どうしたの?」
あまりにも注ぐ視線が過ぎたのだろう。瑠璃が訝しげな表情で尋ね返してきた。
「えっ…?ううん。いや、瑠璃ちゃんにも、弾けない楽器があったんだなぁ、って」
「えへへ、あるよそれは。リコーダーとかも苦手で、あんまり長くは吹けないし、ピアノだって弾けないよ」
「…そうだったんだ」
意外な話しを聞いた優月は、コクコクと心得たように首を縦に振った。
「その代わり、ドラムとかは凄くたたくよ!」
しかし彼女の声がいつもの明るさを取り戻す。
「そ、そうだね」
そんな陽気さに合わせるように、優月はニコリと笑った。
「じゃあ、練習しょっか?」
優月が言うと、瑠璃は「はーい!」と軽やかな声で頷いた。
今現在、那珠葉を除いて全員が、他の教室で練習中だ。1年生教室にて個人練習をしている。
「…えっと、タンバリンとスネアだよね?」
「うん。瑠璃ちゃん、あとシンバルも」
「スネアとシンバルをたたくのかー」
優月はその言葉と同時に、鍵盤楽器の楽譜を見た。
(…これくらいなら、できそうだな)
なるべく、瑠璃に負担を掛けないよう、優月は鍵盤を少しでも引き受けていた。
スネアの連打とシンバルの切り裂くような悲鳴が、交互に響き渡る。覚えが早い。
(…大丈夫そうだな)
しかし優月は迷う。
自分もドラムやパーカッションセットをやりたい。だが、瑠璃もそれは同じだ。
その気持ちはどうすれば良いのだろうか?
その時だった…。
「いーっす」
誰かが音楽室のドアを蹴って入ってきた。
「…ほ、鳳月さん」
その人物に、優月の全身の毛が逆立つ。
「あ、ゆな先輩だぁ」
一方、瑠璃は彼女に歩み寄る。瑠璃はゆなの本性を知っても尚、仲良き共存を目指すつもりだ。
「むらこいー、やほ」
「むらこい?」
優月が眉をひそめる。
「こむらいのアナグラムだよ」
ゆながそう言って、瑠璃の頭を小さく撫でる。
「えっへへへー」
「むらこい、うまくやってる?」
「はい!」
ゆなもゆなで、女の子の後輩ができたことが、嬉しかったのだろう。いつもより笑みの深さが濃い。
「じゃ、私はドラムやるわー…」
鳳月ゆな復活。優月は小さくその単語を舌の中で、転がしながらマレットを手にする。
「…じゃ、グロッケンやるかー」
「……」
瑠璃は優月の手首を見る。手首が固定されているように見えた彼女は、優月へ話し掛ける。
「優月先輩、もう少し手首を振ったほうがいいよ」
「手首を振る…?」
優月は手首を動かしながら、マレットを上下させる。
「そうそうー」
「なるほどね…」
鍵盤は優月にとっては苦手な部類だ。
「…私、もうできちゃったから、優月先輩に色々と教えられるよ?」
すると瑠璃はこう提案してきた。
「あ、それは助かるよ」
「へへ、先輩は鍵盤苦手だもんね」
「ま、まぁ…」
瑠璃に比べれば、本当に下手だろう。夢のない現実を噛み締めながら、瑠璃の指南を受けた。
(……)
ゆなはそれを見て、つまらなさそうな顔から笑みへと変える。
(…むらこい、やっぱり優秀やな)
その表情が、あの悪魔を呼び覚ます魔法陣になることも知らずに……。
そして、いよいよ合奏がはじまる。
「エードゥアいきます」
『はい』
颯佚の指示のもと、まずは基礎合奏だ。優月はめでたくスネアを……とは行かず、瑠璃と共に鍵盤を打っていた。
「古叢井さん、ゆゆ、音が違うよ」
「私、3年でティンパニやってから、全部記憶ない…」
「ゆゆも同じく……」
ふたりは負い目を食らいながら、鍵盤の基礎音階を弾いていた。
(…私は太鼓だけやりたかったから、鍵盤の頃の記憶を捨てちゃった…)
大体の場所は分かるも、不明瞭な所が多い。それは中学時代、細かい練習しかやっていなかったからだ。
(…瑠璃ちゃん)
トロンボーンを吹きながら、美心乃は不安そうに後ろへ目をやる。
優月の音か?瑠璃の音か?聴こえてくる音は少し外れていた。
そんな不安を込めながら、初めての合奏が響く。
最初の合奏は見切り発車感のつよいスタートだ。それでも淡々と最後まで、部員たちは音を紡ぎ続ける。
「ふむふむー…」
広一朗は楽譜を見ながら、何度も頷いた。最序盤の演奏にしては良い。満足である。
「…うんうん。課題はあるけれど、初心者さんも楽しそうに演奏してるし…だったら、いいでしょーう!」
広一朗がグッドサインと同時に言う。
「略してカレンダー」
心音が調子に乗ってボケる。
「あはははっ!」
すると1年生の何人かが笑う。
「カレンダー…。まぁ、課題を指摘しますか」
広一朗はそう言って、那珠葉へ視線を向ける。
「小皷さん、今回は無理しないで、弾けない所は弾きパクでいいです」
「え…、はい」
弾きパクとは、弾いているフリということである。
「弾きパク…」
那珠葉は楽譜を凝視する。まだ序盤のイントロしか弾けない。無理して弾き続けることはないということか。
(…むっ、弾けるようにしなきゃ)
しかしその言葉は、那珠葉の心に火をつけたのだった。
「…あとは、久城さん。吹き方と音はいいんですが、息継ぎの音が少し大きいです。無理しないでください」
「すみません!」
美心乃がそう言って、深く頭を下げた。
「いえいえ。初心者にしては頑張り過ぎな方なので、お気になさらず」
「高津戸さん、バリトンになった瞬間、音が急に大きくなってます。それは全然結構ですが、音を外すとバレバレなので、技術面も安定させるように」
「御意!」
こうして主に初心者が、広一朗の指導網に引っ掛かる。それでも全員が伸び代がある。
「…もう少し続けてみましょう」
『はい』
トランペット主旋律の響きが、音楽室の壁へたたきつけられる。
「…うん!ストップ!」
「は、はい?」
広一朗がトランペットの3人に、視線を注いだ。
「…巌城さん、音が正確で、音量も丁度よい。でも曲を吹くスピードを早くしてくれますか?」
すると美乃凛が柔らかい顔に、不穏を陰らせる。
「…あ、ごめんなさい」
「大丈夫です。初心者にしては上出来です。ですが、曲のスピードは何より大切だし、遅れれば目立ってしまいます」
その言葉に、美乃凛はコクリと頷いた。その顔はさぞかし不安なことだろう。
しかし……
「…分かりました」
美乃凛は唇を平べったく伸ばした。
「まだまだスピードは早くなれると思います。今の質を維持したまま」
そしてこう言った。
「…今の質を…」
「…維持したまま?」
孔愛と氷空が思わず驚く。美乃凛の顔は自信に満ちていて、とても虚勢に見えなかった。
「そ…そうですか…。でも来週には合同練習なので、それまでに頑張ってください」
「分かりましたー!」
美乃凛の顔は自信に満ちていた―――。
(…まだまだうまくなる。何か言われたら…それ以上の答えを出せれば良いから)
巌城美乃凛。彼女は特異な能力を持っていた…。
部活終わり。
「…楽しみだなぁ。凪咲たちに会えるの」
「そっか。瑠璃ちゃんのお友達は茂華高校なんだ」
「うん」
優月はすぅ…と息を吐く。
「いいなぁ。僕の友達は、吹部の子少ないから」
「そうなんだ」
「中学時代は吹部に関わらなかったからね」
「…確かに」
瑠璃はそう言って笑った。
「…楽しみだなぁ。来週」
その言葉に同調するように、優月も瑠璃を見て首を縦へ傾けた。
しかし―――あの少女との激震は着々と迫っていた。
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