第20楽章 進路はどうする?
この日、ようやく初合奏が実施された。
「…うんうん。課題はあるけれど、初心者さんも楽しそうに演奏してるし…だったら、いいでしょーう!」
「略してカレンダー」
『あはははっ!』
この日が……あの感動の日へのカウントを、明確に切るのだ―――。
3年1組教室。
「小倉くん、就職か、進学かは決めた?」
「はい。就職にしようかな…と考えてます」
この日、優月は担任の鎌崎紗耶と面談をしていた。
「…そうなんだ。なにか、やりたいことはある?ほら、昨年末に学年主任の渡邉先生が言ってたでしょう?」
「…やりたいこと…ですか」
3月の初旬、学年主任の渡邉陣一郎から進路講話をされた。
「…好きなこと。楽器を扱うのが凄く楽しい…ってことくらいですかね」
「なら、音大とかで楽器を学んだら?」
「…!」
優月は鎌崎からの言葉を受けて、一瞬だけドキリとした。
(確かに、楽器をもっと知りたいし、やりたい。でも、大学に行けるだけの覚悟や学力が…)
責任、努力、義務、覚悟、信念。どれも、大学に行くには、優月には重すぎる言葉がのしかかる。
「…学力とかもありますし、それに地元を離れないと…音大は見つからないんです」
優月は下向きな言葉だけを返す。当然、鎌崎を困らせてしまうことは承知だ。だが、音大という可能性を潰してしまわないよう、明確に否定することはしなかった。
「学力ねぇ…」
すると鎌崎は意外なことを言った。
「小倉くん、期末も赤点はひとつもなかったでしょう?」
「えっ?はい」
「…しっかり勉強する癖さえ付けばね、学力は正直言って、何とでもなる。なにも、明作さんみたいにずっと成績を維持しなきゃ駄目!とかはない」
明作…明作茉莉沙。彼女はどちらかといえば、努力の天才であった。今頃、医大で医者になる為、1から必死にもがいていることだろう。
「…勉強する癖…はい」
(美玖音ちゃんが…僕の姉だったら可能性はあったかも…)
テスト勉強は朱雀美玖音という茂華高校の友達とやっている。しかし普段は吹奏楽に心血を注いでいる。まるで優月のように。
「…それと、地元を離れる気はないの?」
すると鎌崎の追及が鋭くなる。答えという名の砥石に、質問という刃が鋭利に砥がれる。その刃が貫く先は……己の将来だ。
「…実は卒業したら、ひとり暮らしなんです。だから音大で学んだとして…生活と両立できるか」
その声には、ただならぬ未来への不安が滲む。
「料理は?できるの?」
「一応作れます。家族にも美味しいと言われるレベルには…」
「洗濯は?」
「たまにやってます。暇な時とか」
「……なるほど」
優月はそれなりの家庭力を付けてある。料理は気分転換にもなるし、洗濯は外の空気を吸う機会にもなる。
「…それなら、ひとり暮らしの土台には不足はなさそうね。何かそこまで不安…とかある?」
「…課題とか、今のままでもまだ要領が悪いのに、家庭と両立できるかな、って」
「課題。なるほど、それは不安ね。確かに講義の課題とひとり暮らしの両立が難しい、って言う子は何人も見てきたわ」
そう言って鎌崎は指で髪に触れる。
「…確かに、入ってキツイとなると、下手すれば将来が大変なことになっちゃうね」
「はい」
「学費は?奨学金狙い?」
「いえ。それは大丈夫らしいです」
「なるほどねー。取り敢えず、音大一択に絞るのも良いけれど、他にもあなたには好きな事がまだあるはず。それを今後はゆっくり見つけて」
「他に好きな事……。はい」
優月は鎌崎に会釈しながら、その課題を胸に留めた。
その頃、瑠璃も稲代と面談をしていた。
「古叢井瑠璃さん。茂華中出身だね?」
「はい!」
「茂華って…自然豊かな場所よね。一度、リゾートに行ったことあるのよ」
「リゾート…あ、華蝶蜂月ですか?」
「そうそうー。良いところよね」
どうやら、稲代は観光好きらしい。
「…それで、苗字は…すごく珍しいね」
「よく言われます」
瑠璃は丁寧な口調で返す。それにしても、古叢井は本当に読まれにくい。
「…古に叢雲の叢、で普通の井ねー」
「はい」
「でもロマンある苗字ね」
「ありがとうございます」
そうして話しは更に過去へと入る。
「それで、部活は吹奏楽部だよね?」
「はい!」
「中学の時もやってたの?」
「はい!」
「すごーい。何の楽器?」
「打楽器です」
「カッコイイーーー♡」
「エヘヘ…」
こう言われると、瑠璃は嬉しくなってしまう。つい固く締めたはずの頬が緩んでしまった。
「どういう系の楽器?」
稲代は、瑠璃の経歴に興味を持ったのか深入りする。しかし瑠璃はそれが嬉しいので、笑顔で淡々と答えた。
「1年のときは鍵盤で、2年から和太鼓とかティンパニとかドラムやってました」
「へぇーーー」
「…でも、私、最初は鍵盤、すごく苦手だったんです」
すると瑠璃の声は突然下がる。暗い過去を稲代に話すつもりだ。
「苦手?」
稲代が食いつく。先ほどまで釣り上がった瞳が、突然、不安に滲む。
「…はい。私、ティンパニの皮を何回か、叩き破っちゃって…」
「え?そんなことが?」
「それ以降、ティンパニとか触らせてもらえなくなったんです。だから、1年生の時は鍵盤しかやりませんでした」
彼女にとっては重い過去以外、何物でもない。
「そうだったんだ。でも、今はドラムとかティンパニをやってるんでしょう?」
彼女の問いに、瑠璃の柔らかい双眸が細められる。
「はい。私の先輩が変えてくれたんです」
『自分から変えなくちゃいけないんだよ!』
榊澤優愛。彼女の言葉は今でも覚えている。あの日から、瑠璃にとっては本当の姉となった存在だ。
「…私、本当に限界で…部活中もよく悔しくて泣いてたんです…」
徐々に瑠璃の声が重くなる。苦しい、悔しい…負の感情が、幼い声に色濃く滲む。
「で、ある日、先輩に見つかっちゃって…本音を言ったら……」
『その未来を変えるのなら、瑠璃ちゃんも変わらなくちゃいけない』
「…って言ってくれたんです」
それを聞いて、稲代は優しく微笑んだ。
「いい先輩だったのね…」
「はい!」
すると彼女は両手を組んで言う。
「なにか、これからも学校生活以外にも、部活で困ったら相談してね」
「はい」
「てか、相談する相手はいるの?」
その質問に、瑠璃はひとりの男の子を思い浮かべる。
―――優月だ。
「…はい。仲のよい先輩がいるので」
「そう。お名前は?」
「…小倉優月先輩です。よく話していたので…」
優月とはなぜかよく遭遇する。それが偶然なのか、運命なのかは分からない。
「小倉くんかぁ。ありがとう」
「先生、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、これからも宜しくお願いします」
その言葉を背に受けて、瑠璃は音楽室へと向かう。
「…あ、」
その途中で、優月がいた。
「優月先輩、こんにちはー」
「瑠璃ちゃんも面談だったんだ…」
「うん」
「…瑠璃ちゃん、何か話したの?」
「うん。中学校のときのこととか…」
中学校の時のことか、と優月は舌のなかで、そんな言葉を転がした。
「…先輩は何話したんですか?」
「えっ?」
「面談で…だよ?」
瑠璃の確認するような声質は、なんだか心地良い。
「うーん、進路についてかな」
「あーね…。就職だったっけ?」
「うん。今のところは、だけどね」
「そうなんだ。大学には行かないの?」
「…先生には音楽が好きなら、音大も視野に入れたら?って勧められたよ」
「そうなんだ。音大ね…」
瑠璃は静かに目を細めて、言葉を復唱する。
「私も進路考えなきゃ…」
「そうだよね」
優月は瑠璃の言うことに、相槌を打つ。
「ま、今は部活頑張りたいなぁ」
「そうだよね」
瑠璃がこの高校を選んだ理由は、吹奏楽部たったそれだけだ。
しかし…この時の瑠璃は知らなかった。
『古叢井さんが鍵盤できるなら、ふたりの代わりに、やってもらおうかな』
『え!いいじゃん!』
『……えっ?』
瑠璃の心を揺るがす大事件が、静かに迫っていることを……。
あの日のような光景と心情が、再び目の前に差し迫ることを―――。
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