第16楽章 自己紹介 [後編]
「…鳳月ゆなです。楽器はパーカッションです。今まででいちばん印象に残ったあだ名は…ゆなっ子くらいですかね」
そんな彼女に、咲慧が大きく反応する。
「ちょ…!ゆなっ子!それつまんない!」
「それしか呼ばれなかったでしょ?」
「…じゃ、中3のとき、何て呼ばれてたっけ?」
「あ?」
するとゆなの表情があからさまに変わる。
「…?」
優月が興味ありげに前へ乗り出す。ゆなの表情はいつになく、赤くなっていた。
「…そ、それは…」
「言っちゃいなよ」
「……クソすぎるあだ名だし、対面で1回も呼ばれたことないぞ?」
「いいじゃん」
(そんなに言いたくないあだ名なのか?)
ゆながここまで拒絶する。それは何だか珍しい。
「私が中学の時、言われていたあだ名、それは…」
ゆなが『知られざるあだ名』に、ここまで躊躇う理由。
それはかつての過去だ。
「…鬼女」
そして…彼女はやっとの思いでそう言った―――。
「き、鬼女?どうして?」
当然、何も知らない外野たちは疑問を唱える。
「…それは、私が元々付き合ってた彼氏に裏切られたとき、怨念で…ちょっと…まぁ…ね!」
そう言って、ゆなは有耶無耶にするように、可愛らしい笑みを浮かべてきた。
「!?」
発言含め、明らかにまともではない。後輩一同は当然の如く、沈黙を頭に被る。
「…ま、まぁ、何をしたかはしりませんが…次は2年生ですね!」
広一朗はそう取り仕切るが、ゆなの表情はニヤニヤと笑っていて…悪魔を潜めたような笑顔をしていた。
「次は2年生です。2年生は前に立ってくださーぃ」
広一朗の指示で2年生の数人が立つ。ふたりもいなくなってしまったからか、更に少ないように感じてしまった。
「3年生と一緒じゃ、つまらんからなあ。2年生は…名前、楽器、最近はじめたことでいいかな」
さすが井土先生、と優月は思う。
「まずは國井くんから」
「はい、國井孔愛です。楽器はトランペットです。最近はじめたことは…寄生大戦FPSゲームです」
「まじでゲームしかないな。それにあの気味悪いやつか」
そんな孔愛に冬一がツッコんだ。
「悪かったな」
孔愛が不満そうに言うも、冬一はふんと前へ向き直る。
(これか、グロいやつか…)
優月はネットで見てみたが、何だか気持ち悪い。銃で寄生モンスターを倒すらしいが、かなりグロく難易度も高いらしい。
仕切り直して、次は冬一だ。
「諸越冬一です。パートはクラリネットです。最近はじめたことは…ネットでフィットスポーツですね。よろしくお願いします」
運動不足か、と優月は思ったが、孔愛の趣味丸出しの答えよりは、全くマシな気もしてきた。
次に美羽愛が前に立つ。
「海鹿美羽愛です。パートはユーフォ…ユーフォニアムです。最近始めたことは…インスタはじめました」
よろしくお願いします…そう言った瞬間、広一朗が話しを切る。
「はい!高津戸さん、少し待って!」
広一朗が突然、乱入してきたのだ。
「…えっと、ここの吹部。実は数ヶ月くらい前からインスタはじめまして!」
「へ?インスタ?」
そこに見知らぬ男子生徒が反応した。1年生なのは確定だ。
「それで、撮影しても良いか、許可を取りたいので、あとで書類も渡しますね!」
そう言って、彼は日心に視線を向ける。
「高津戸さん、どうぞ」
…と言われた日心が前へ立つ。
「高津戸日心です。パートはホルンだけど…新しく何か楽器をはじめたい、と近頃は考えてます。それで、最近始めたこと…それは…」
そこで途端、日心が黙り込んだ。
「……」
しばらくすると、日心は大きく口を開く。
「剣道をはじめました」
それを聞いて、2年生全員が驚きの声をあげる。
「ふぁっ!」
「それで天龍早退してたん?」
「そういうことよ」
日心は天龍メンバーに詰められようが、全く表情を崩さない。なんだか、ゆなに似てきた気がする。
「え、私は知ってたよ」
その時、少女の明る気な声が、2年生を突き刺す。
「…い、巌城!」
巌城美乃禀だ。彼女はそう言って愉しそうに笑う。
「なんなら、日心さんが剣を振ってるトコ、いっかい外から見えたし」
天龍の練習するホールと、町民体育館は併設している。道場はホールの外からでも見れるくらい近いので、普通に美乃禀からは目撃されていた。
「お、驚かせる作戦が潰えた…」
落ち込む日心に、孔愛が呆れたような視線を向ける。
「日心は多趣味過ぎるだろ。茶道に、太鼓に、剣道って…」
「そりゃー、私は日本文化が好きだから!」
これが高津戸日心という人間だった。
「最後に1年生かな。とりあえず、名前、やってみたい楽器、出身校、あとは特技なんかをお願いします」
そう言って、1年生がぞろぞろと並ぶ。優月は瑠璃を凝視する。やはり、身長が低いので何だか、埋もれているように見えるが、可愛さだけは群を抜いている気がした。
「これ、俺等の年の時より、ぜんぜん当たりだろ」
「だね」
颯佚の言葉に、優月はさり気なく同意した。
「…月館紅愛です。パートはアルトサックスにしょうかと考えてます。」
そう言って前へ立っているのは、青みがかった髪をした大人びた女の子。抱擁するような顔立ちは、なんだか優愛を強く思い出させる。
「出身校は東大内中学校です。それと得意なこと、それはやっぱりバイオリンです。小学生のときからやってて、正直言ってプロとも演奏したことあります」
その自慢とも取れる言葉に、辺りはザワザワと反応する。ちなみにそれを知るのは、元々同じ中学だった美羽愛だけだった。
「よろしくお願いします」
そう言って、王女のように静かな仕草で後ろへ消える。お嬢様か?と一瞬は少女を疑う。
次に前へ歩んだ人物。それは白い髪をまとい、赤い瞳をした少女だった。
「東雲抹月です。パートはフルート一択です。というか、去年は部長をやってました」
その輝かしい経歴に、優月はここに居ることが恥ずかしくなる。
「得意なことは、持久走ですね。走りながらジャンケンがめちゃくちゃに好きです。よろしくお願いします」
そう言って後ろへ下がる。ヤバすぎるだろ、辺りから驚愕の声が湧いた。
「…久城美心乃です。パートはトロンボーン希望です。出身校は茂華中学校です。得意なことは…バドミントンです」
(そーいえば、小学校の校庭でこの人、バドミントンよくやってたなぁ)
懐かしむように優月が思う。
ちなみに、優月と美心乃は同じ小学校だ。
「よろしくお願いします」
そう言って、礼儀正しく腰を折った。さすが茂華中学校出身、と言わせる礼儀だった。
(バド…、私に負けてたけどな)
しかし抹月は、ひとりあくどい笑みを浮かべていた。
「隼乃駿佑です。パートはまだ決まってなく、バイオリンかチェロを……」
そんな言葉に、広一朗が話しを切る。
「ここ、バイオリンとかチェロは固定してないんだよ。ギターとかベースも、弾けるようになってほしいんだけど、大丈夫かな?」
「…わお、そうですか」
気まずい空気になってしまった。どうやら、駿佑はギターは弾けないようだ。
「それは、まぁ…、検討しまして、出身中は隼嶋中学校です。得意なことは、んーっ…」
再び沈黙が訪れる。
「…ゲームがめちゃくちゃに特技です」
そう言って彼は「よろしくお願いします」の言葉を残して、後ろへ引き下がった。
(…困ったねぇ)
しかし広一朗は、ひとり困っていた。
すると今度は瑠璃が前に立つ。
「えっとー、古叢井瑠璃です。パートは打楽器をやりたいなと思ってます。出身の中学校は茂華中学校です。特技は…」
(やばい、何も考えてなかったぁ)
瑠璃は焦る。特技など特にない…というか、中学では太鼓しかやってこなかった。
「…特技は…ダンスをすることです」
そして無難な答えがこれだった。
((確かに))
優月と美心乃はそれで納得ができた。なぜなら、文化祭で踊っていたのだから。
「よ、よろしくお願いします。仲良くしてね」
そう言って、瑠璃は中途半端に小さな手を開閉する。それだけで女子からは騒がれていた。
次は脇にいた女の子だった。とも言える顔をした彼女は、恥ずかしそうに口を開く。
「…こ、小皷那珠葉です。パートはまだ…決めてないです。出身校は水戸内原中学校です。特技は…アイスの盗み食いです」
(嫌な特技だなぁ)
颯佚が心の中で呆れる。しかし美羽愛や日心などの2年女子は楽しそうに笑っている。
「よろしくお願いします」
やはり、那珠葉はシャイなのか、すぐに自己紹介が終わってしまった。
最後に、髪を長く縛った女の子が来た。太い眉の下、細く可愛らしい瞳の形をした彼女は、自信満々と自己紹介をはじめる。
「巌城美乃禀です。パートはトランペットをやります。出身は西大内中学校です」
特技は…、次の瞬間、彼女はとんでもないことを言う。
「和太鼓を小さい時からやってます。他にも特技はあるけれど、これだけは絶対に負けないものです」
その声には確固たる自信が込められていた。そしてその特技を、この空間で言う事がどれだけ凄いことか、彼女はきっと熟知している。
「…この部含め、この学校のひとたちの中でも、和太鼓なら"いちばんうまい"つもりです」
そして…こう宣言した。この部内にも、かなりの太鼓奏者がいるはずなのに、まだ未確認の奏者をも超えていると、そう宣言したのだ。
それに辺りが沈黙した。バイオリンが誰よりもうまい、という紅愛の意趣返しなのか、本気の発言なのか分からない。だが、新1年生が皆の前でプロを気取るなど、中々の技術でできるものではない。
当然、承認欲求の強いゆなの怒りに火をつけた。
(…そんなに、うまいんだぁ)
ゆなは自身の経験と実力に自信を持っている。中学の時、和太鼓部で鍛えた能力があるから。
その時、日心が静かに口を開く。
「巌城…」
てっきり口留めさせるつもりかと、優月は思っていた。
「確かに…。あなたがいる間は、私がどんなにうまくなっても…副将止まりであろう」
しかし彼女は、あろうことか進言してみせた。
「…よろしくお願いします」
強い意味を含めた雰囲気のまま、1年生の自己紹介は終わった。
「…さて、ではでは…このあとのことについて、話していきましょか〜」
広一朗が次の指示を飛ばそうとする。
そして…美乃禀の本当の能力は、部員を絶望させることになる―――。
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【次回】
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