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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]血迷う迷宮の楽章編
25/208

血迷う迷宮の楽章 【急①】

前回の、続きです!

茉莉沙は、その後、精神科医に通うことになった。

「…明作さん、調子はどうですか?」

女性の医師が、そう訊ねる。

「薬、飲んだら、少しは落ち着きました」

そう言って茉莉沙は、作り笑いをする。


「そっか…」

その医師が、ホッと安堵する。

「リストカットは、大丈夫?」

「最近は、もうしてないです」

すると、医師が、パソコンを打ち込んだ。

「どうしても、苦しかったら無理しないでね」

彼女が、茉莉沙にこう言った。


優しいな、と茉莉沙は思う。

母親から紹介された医師は、優しい人だった。


「は…はい…」

茉莉沙は、ボロボロと涙を流す。

辛い気持ちと嬉しい気持ちが、心の中で、燻り合う。



それから半年は、薬の服用を続けていた。

また、メンタルケアもあってか、彼女の容体は、少しずつ治っていった。



それから、1月のことだった。


「…はぁ…」

茉莉沙は、ドラムを、ひとり練習していた。

しかし、練習に、身が入らない。

…というのも、沢柳律という男の子が、怖くて全く練習がやりづらいのだ。


あれから、茉莉沙は、沢柳や他の部員とは、違うドラムセットを使うことになった。


「あれ?」

その時、誰かに話しかけられる。

「茉莉沙ちゃん…」

その男の子は、金色に光るトロンボーンを、手にしていた。


「こんばんは」

茉莉沙は、気まずそうに、目を逸らす。

「元気?」

そう言ったのは、小学4年生の、港井冬樹だ。彼は入って、すでに半年が経つが、トロンボーンが上手いと、組織内でも、有名だった。



「茉莉沙ちゃん、何やってるの?」

冬樹が、トロンボーンをイスの上に、置き、彼女に、駆け寄る。

「ドラムの練習」 と茉莉沙は、答える。

「ドラム?ああ、それか…」

冬樹が、そう言って、シンバルを指で、つつく。

しぃん、と金属音が響く。


「これで、叩いてよ」

茉莉沙が、そう言って、スティックを渡す。

「えっ?いいの?」

「うん。私は、ビブラフォン練習してくるから」

そう言って茉莉沙は、近くに置かれているビブラフォンを、マレットで打ち出した。


正確に打ち込まれた音は、狭い部屋に、優しく響いた。



「…茉莉沙ちゃん」

スティックを、振り上げた彼だが、突然、動きを止める。

(茉莉沙ちゃんって、彼氏いるのかな?)

冬樹は、それを考えるだけで、顔が真っ青になりそうだった。



しばらくすると、演奏を終えた茉莉沙が、こちらへ戻ってきた。

「…ふぅ」

「茉莉沙ちゃん、叩き方分からない」

「えっ?」

茉莉沙は、スティックを返されると、手慣れたように、叩き始めた。

ズレは無く、音は正確、なのだが、それが、冬樹には、どこか我慢しているように、見えた。






ーー現在ーー


小倉優月と、小林想大、齋藤菅菜が、保健室へ様子を見に来た。

菅菜が、2人へ、気まずそうに訊ねる。

「初芽ー、来て大丈夫だったかな?」

すると、初芽が「大丈夫だよ」と答えた。


「うっ…」

茉莉沙は、眠りから覚めたようで、目をぱちくりとさせている。

「…みんな…どうして?」


「茉莉沙ちゃん!」

菅菜が、茉莉沙の小さな手を、掴む。

「わっ…」

彼女が驚いたように、目を見開く。


「部活、やめちゃうの?」

菅菜がそう尋ねた。その問いに、茉莉沙が苦しそうに言う。

「どうしましょうね」

その答えに、優月が口を開く。

「先輩、やめないでください!」

「えっ?」


「先輩、辞めたい理由が、分からないんです!」

それは、単なる疑問だった。

「…小倉君」

初芽が、優月を見る。


「そっか、知らないんですね…」

茉莉沙が、布団から起き上がり、語り始める。




ーー2年前ーー


それから2ヶ月後の春休みのことだった。


「沢柳のやつ、事故で入院だって」

「そうなんだ…」

同じパーカッションパートの、田中と玲那が、そう話していた。


「…ふぅん」

しかし、茉莉沙はどうでも良かった。

彼の、プレッシャーにも、慣れ始めてきたのだ。


個室で練習しょうとした茉莉沙に、クラブの顧問である速水が、話しかけてきた。

「明作さん、今日は人が少ないのでホールのほうで練習してください」

これが、彼の話しの内容だった。


「えっ?」

茉莉沙は、自分の足元を見る。

なぜなら、ドラムセットの椅子が、自分には合わないからだ。

彼女の身長は、152cm。それとは、対照的に、沢柳や玲那の、身長は160cm以上ある。


故に、椅子の高さに、難があるのだ。

その時だった。


「茉莉沙ちゃん」

偶然、通りかかった冬樹が、何かを差し出す。

それを見た彼女が「それ」と両手を、広げる。


彼が持っていたのは、ドラムセット専用の、丸椅子だ。茉莉沙が使っている椅子は、小学生でも、片手で持てる程度の、軽さだ。


「あ、ありがとう」

茉莉沙は、椅子を受け取った。

「港井くん、ありがとう」

その様子を見た、速水が彼へ、礼を言う。

「港井さん、ありがとう」

茉莉沙も、慌てて礼を述べる。


「いいよ!でも、茉莉沙ちゃんには、下の名前で呼んでほしいなぁ」

可愛らしい彼の瞳に、茉莉沙は、自然と心を許した。

「うん。冬樹君、ありがとう」

優しい子供だな、と茉莉沙は嬉しそうに、笑った。



翌日も、茉莉沙たちは、合奏をしていた。


速水が指示する。

『さて、では、ドラムソロから、通してみましょう!』

彼女が、重点的に練習している所は、ソロの部分だ。

「できそう…できそう…」

とひとりごとを言うだけの余裕が、今の茉莉沙にはあった。


沢柳がいないと、ここまで、気が楽なのか。普段より、幾分か、練習に没頭している気がする。


「71小節から78小節まで…」

ソロは、アドリブを兼ねた、タム回し、シンバルからのフィルイン、シンバルを使っての、アクセントなど、サビまでの間を演奏するので、大切な部分だ。


茉莉沙は、すぅー、と一度深呼吸をする。

落ち着かせるために。


刹那、スティックが振られる。


ドコドコ…ドドン!パシィンドコドコドコドコ…


と激しいドラムの音が、ホールの空気を、震わせる。だが、カン!とスティックが、淵にめり込む。


「えっ?」

自分自身が、1番驚いた。8割型できている。

以外と簡単だった。


『明作さん、よくできましたね!』

速水が、笑顔で彼女を褒める。


その時だった。

「簡単じゃん」 

褒められた茉莉沙の、深紅の瞳が、光に呑み込まれる。

そのとき見せたのは、狂気にも似た笑顔。


楽器が、吹奏楽が、楽しい…と思ったのは、これが初めてだった。



もしかしたら、自分の才覚に気付かなかったのかもしれない、と思う程、彼女自身も驚いていた。

「たのしいな…」

茉莉沙は、スティックを手の中で、転がし、ぽつりと言った。



それから、1ヶ月後…沢柳が、復帰する頃には、茉莉沙の腕は、見違えるように、変わっていた。


『では、天笠さん!明作さんと合わせてください!』

「はい!」

「はい!」

いつの間にか、茉莉沙の腕は、狂気にも似た努力と少しの才能で、彼へ追いつきつつあった。



そんなある日の練習帰り。

「茉莉沙ちゃん!お疲れ!」

冬樹が、話しかけてくる。

「冬樹君、お疲れ様です」

実力差は変わっても、茉莉沙の態度が、変わることは、なかった。

「あのね…茉莉沙ちゃん…」

「なぁに?」

茉莉沙の表情は、いつになく穏やかだった。

言うなら、今しか…。



冬樹が、茉莉沙の目を見る。彼の頬は、これまでに、ないくらいに、赤かった。

そして、彼は意を決して、想いを伝える。



「ぼく…茉莉沙ちゃんのことが、好き!」


「…えっ?」



冬樹に告白された…茉莉沙は目をぱちくりさせる。


「好き?」

「うん」

「友達として?恋愛として?」

「どっちも!」

2回の、問いを経て、茉莉沙は、全てが分かったように、目を丸くした。

「ありがとう」

茉莉沙は、冬樹の頭を撫でる。


「でも、私はね、今はまだ彼氏つくらないって決めているの」


その言葉は、彼を傷つけるのではなく、安心感を与えるためのものだった。


2人の年は、5つほど、離れている。例え、自分も好きだったとしても、いつか法律に、切り目を入れられるだろう。

だからこそ、こう答えた。


その意味を察したのか、単に拒絶されなかったことへの嬉しさか、冬樹は、

「わかったよ」

と初めて、茉莉沙から、目を逸らした。



2人が、少し話した後、入り口で冬樹が、手を振る。

「茉莉沙ちゃん、今年の定期演奏会のソロ、頑張ってね」

「あ、ありがとうね」


定期演奏会のソロか、と茉莉沙は、少し気が重くなった。

最近は、沢柳から何か言われることも無くなった。

ソロ、立候補しょうかな?茉莉沙はそう思った。



しかし、この時の彼女は、知らなかった。

茉莉沙と沢柳が、ぶつかることに、なるなんて…。

次回…

明作編完結!ありがとう…。茉莉沙の決意

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