血迷う迷宮の楽章 【破①】
明作茉莉沙編の第2章です!
今回は、優月と初芽視点に、なります。
※この物語はフィクションです。
※人物、学校名、団体名は全て架空のものです。
「…そんな、ゆなちゃんみたいな人が、いるんですね…」
帰り道、小林想大が、走りながら、そう言った。
茉莉沙の過去話を、始めたキッカケは、彼女がひとり泣いていたことだ。
「…また、気が向いたら、それ以上も話す…か」
優月も、また、駅を目指して、走っていた。
「…明作先輩、大変だったんだなぁ…」
彼も、何となく分かっていた。
瑠璃とは、また違う残酷な過去を持っていることを…。
翌日の部活終わり、休憩室で、ドラムを叩く優月に、初芽が、話しかける。
「小倉くん…」
「はい…」
茉莉沙のことだろうか…?
優月は、そう思いながら、ドラムから距離を取り、初芽へ駆け寄る。
「…昨日は、茉莉沙の話しを、聞いてくれて、ありがとう」
「いえ…。明作先輩、泣いていたもので…」
すると、初芽が、クスッと笑う。
「小倉君、似てるんだよ。前の茉莉沙に…」
「えっ…?似てるんですか?」
「うん。ま、境遇は違えど、だけど…」
休憩室に入ると、初芽はそう言って、茉莉沙の過去を話した。
ーー4年前ーー
御浦ジュニアブラスバンドクラブに、新しく入った茉莉沙に話しかけてきた、小学生がいた。
沢柳律。パーカッションパートの男の子だ。
「…めい…ちゃん?」
茉莉沙は、困ったように、沢柳を見る。
「おう。めいさかまりさの、めい!」
と沢柳は笑った。
茉莉沙は、こういう人間は、あまり好きではない。だが、彼が教育係になったので仕方がない。
「…さてと、俺は、何でもできるぞー」
沢柳が、ニヤニヤと悪そうな笑みを、浮かべる。
「私は、何がしたい…とか…ないから…」
「んじゃぁ、ドラムとか俺が、めんどいヤツやってもらお!」
少し、不満な気持ちもあるが、茉莉沙は、それに従うことにした。
「…はぁ」
授業の移動中、茉莉沙は、このことを思い出して、ため息をつく。
「茉莉沙ちゃん、大丈夫?」
「…えっ?」
「最近、ため息多いなぁって…」
初芽は、訝しげにそう言った。
「そ…そう?」
茉莉沙は、ギクッ!としながらも、気丈に振る舞おうとする。
「…なんか、あったら言ってね!」
「はい」
茉莉沙は、初芽に、彼のことを話すことは、出来なかった。
心配を掛けさせたくない。
しかし、それが彼女らに、悲劇をもたらすことになる。
ー現在ー
「…まぁ、そんなことが、あったみたいでねー…」
初芽が、そう言うと、メールの通知音が、鳴る。
「…あっ!茉莉沙から…」
〘帰ってるね〙
と連絡が来ると、初芽は、大慌てで、立ち上がる。
「ごめん!!また明日ね!」
「さようなら!」
優月は、そう言って、急ぐ初芽を、見送った。
(…姿が、重なった…か)
そう言って、目の前にあるドラムセットを見つめる。
打面は、半透明な皮が貼られ、タムの黒い塗装は、ちらりと、木目を見せている。
叩き古されてきたのだな、と思う。
優月は、そんなバスドラの側面に、手を置き、幼子の頭を、撫でるように、埃を払う。
「…茉莉沙先輩も、大変な人を、引いちゃったんだね…」
すると、コンコン!とノックする音が、聴こえてくる。
「はい!」
優月は、スティックをスネアの上に置き、ドアを開ける。
そこにいたのは、親友の、小林想大だ。
「優月君、帰ろ!」
「…うん!」
優月は、スネアドラムの、側面のスイッチを押し上げる。
響き線を張るためだ。
「…あと何分で、電車出るの?」
「あと、15分!」
「ギリじゃん!!」
2人は、そう言葉を残して、廊下へと歩いて行った。
無事、電車に間に合った2人は、シートに腰掛ける。
「それで、初芽先輩と、何話してたんだ…?」
「あぁ…、明作先輩のことだよ」
「そっか。今、部内でも、噂になってるらしいぞ…」
「えっ?何が?」
すると、想大がニヤリと、口角を上げる。
「…明作先輩、小学生の男の子と、仲が良いって…」
「えッ!?信じられない!!」
優月は、目から鱗。
茉莉沙は、初芽以外とは、あまり笑わないし、話さない印象だ。
以外というほかない。
「ま、デマだろ!」
「そうかもね…」
しかし、彼の心の中では、何かが引っ掛かっていた。
それから、その話の続きが、聞けたのは、土曜日の練習の日だった。
「めいちゃんは、音の高さが少し、低いから、気を付けてください!」
「はい…」
茉莉沙が珍しく注意された。
「ゆらくん!60小節から65小節までを、もう一度、お願いしますね!」
「はーい」
悠良ノ介が、そう言って、ユーフォニアムを吹く。
(明作先輩…)
茉莉沙を見た優月は、少し心配する。
やはり、先日から少し、変だ…と思う。
気持ちは、演奏に出ると、誰かが言っていたが、まさに、このことだろう。
茉莉沙の吹く音は、どこか、彷徨っているように聴こえる。
「…小倉」
その時、ゆなが話しかける。
「…鳳月、どうした?」
「小倉、そこのシは、シャープだから、上の鍵盤を打つんだよ」
彼女が、そう言うと、「本当だ」と優月は、自分のミスに気がついてしまった。
「すごい、違和感だったから、よく見とけ。ドラムも鍵盤も下手じゃ、存在自体迷惑だからな」
ゆなの厳しい言葉が、地面を這う。
それを、運が悪いことに、茉莉沙が、聞いてしまった。
「…っ!」
その刹那、
『ドラムも鍵盤も下手なんて、存在自体大迷惑だからな』
『彼』の言葉が、脳裏に、色濃く再生される。
辛い気持ちが脳内で、暴れまわる。
「…鳳ちゃんは、鍵盤やれない言うてんやから、あんま偉そうに言わんといてー」
井土が、2人を宥めるように、そう言った。
「どこの方言すか?それ…」
しかし、すかさず、ゆなが突っ込んだ。
「井土式オリジナル方言…」
田中美心が、顔を引き攣らせて、そういった瞬間…。
ドサッ!
誰かが倒れた!
倒れた人物は、茉莉沙だった。トロンボーンを抱きしめながら、はぁ…はぁ…と苦しそうに呼吸する。
「…明作!!」
オーボエパートの井上むつみが、駆け寄る。春雨のような白い髪が、シュッとなびいた。
「茉莉沙…」
すぐに、初芽も駆け寄った。
彼女を抱いたむつみが、ある違和感を感じる。
「熱ッ!」
見ると、茉莉沙は、顔を赤く染め、肩を揺らしていた。
「…まり…!」
齋藤菅菜も、駆けつけようとしたが、颯佚に引き留められる。
「…今、行っても、邪魔になるだけですよ」
「…う、うん」
音楽室は、混乱に陥る。
茉莉沙を、むつみが抱きかかえた。
「…先生、保健室、連れていきますね」
「あぁ…、待って!」
むつみが、茉莉沙を抱きかかえ、それを追うように、井土と初芽が、音楽室を出ていった。
「…ヤベェな」
チューバ担当の3年生、朝日奈向太郎が、顔を引きつらせる。
しかし、部長の雨久朋奈は、
「…はい!では、個人練習にして下さい!」
と部員に指示を仰いだ。
「美心…。メイ、大丈夫かな?」
ゆなが、美心へ、そう訊ねる。
「…熱だろうね…」
ぽつりと、美心はそう言った。
雨久が、何も言わずに、トランペットを吹くと、他の部員も、ちらちらと、練習を再開した。
それでも、ゆなは、スマホでゲームを始めてしまったが。
あれで、技量が落ちないのは、すごいな…と優月は思った。
ー保健室ー
「…明作さんが、保健室なんて、珍しい…」
そう言って、むつみは、真っ白な手を、茉莉沙のおでこに当てる。
熱い。
「茉莉沙、最近、様子が変だと思ったら…、私がもっと早く、気づいていれば…!!」
「…結羽香」
自責をする初芽の肩を、むつみが、ゆっくりと叩いた。
「井土先生、何かあったら、連絡しますから、音楽室に、行ってください」
むつみが、井土へそう言うと、
「分かりました」
と、察したように、頷いた。
井土が、音楽室へと、戻っていくと、むつみが、茉莉沙の腕をめくる。
「暑いだろうから…腕を出さないと…」
その時、むつみの目が、丸くなる。
「え?」
それに、気づいた初芽が「ちょっと!」と制止するも、時既に遅し。
茉莉沙のほっそりとした腕に、切り傷の跡が、付いていた。
今は、消えかけているが、まだ視認できる。
「…これ、虐待?」
むつみが、慌てて、訊くと、
「馬鹿っ!」
と初芽が、怒鳴りつける。怒りを露わにする彼女に、むつみは、怯んだ。
「…あっ、怒鳴ってごめん…」
すると、今度は、初芽が、左腕のシャツをめくる。
「私しか…知らないから…無理ないか…。この傷はね、茉莉沙自身が、付けた傷なの…」
そして、更なる彼女の黒歴史が、明かされる。
【破②編】に続く。
ありがとうございました!
1章ほど、引き伸ばしを、させていただきます。
すみません!
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次回……鬱病の茉莉沙。メンタルの限界




