152話 悩ましい進路
『末次秀麟です!』
『古叢井瑠璃です!』
ふたりの奏者がドラムの横へ立つ。
超絶レベルの真剣勝負。最大で最後の闘いが始まる…。
茂華中学校。
『ここは期末テストに出ますから、しっかりやっておいて下さい!』
理科の時間。先生の期末テストの話しに、生徒たちは耳を傾けていた。
「中嶋先生、本当にテストに出すんだよなー。ね?瑠璃」
「あ、うん!」
コンクールも終わり、コンクールに追われた吹奏楽部員も、進路と勉学へと力を入れていた。
「…はぁ、ちょっとだけ難しいなぁ」
「瑠璃。東藤とはいえ、油断してたら落とされちゃうよ」
「凪咲は茂華高校だもんね」
「まぁね。もっと上手い人と高め合いたいし」
「凪咲らしい」
瑠璃がニコリと笑う。
廊下を歩く2人。その会話の中にコンクールの会話など微塵もなかった。
あるのは…卒業後の進学先のみ。
茂華中学校の学生が進学する先は、県立なら主に5つほどある。まず地元の茂華高校、学力偏差値は50程。2つ目が御浦高校、大学進学を目的とした高校、偏差値は70付近だ。3つ目が冬馬高校、だがヤンキー校の為に志望する人は少なく偏差値は30とかなり低い。4つ目が神平高校、ここは県内有数の優秀な高校で、偏差値は75だ。最後に東藤高校、比較的に茂華町から近く、偏差値も40と割と低めで進学する生徒も多い。
凪咲は地元の茂華高校。一方の瑠璃は東藤高校を志望していた。
しかし母には反対されていた。
『…はぁあ、本当に東藤高校なの?好きな人がいるから?』
『ち、違うよ』
『はぁ…。吹奏楽部で部費も高かったから、鉄道の定期を払うお金がないわ』
『…ごめん』
お金の話。金銭面は瑠璃にとって大きな弱点だった。本当は迷惑を掛けたくはないのに…。
その時、忌々しい目で母が尋ねる。
『まさか、高校入っても吹部入るの?』
『えっ…!?』
当たりだ。入りたい、そう言おうとした。だが…、
『…やめてよね。お金掛かるし誰も払えないよ』
『…』
母には先に釘を打たれてしまった。
確かに、今年は例年より部費が桁違いに高かった。理由は全国大会に行ったから。例年に比べて合宿費、指導料、新幹線などの移動費、全国大会での宿泊費など、町が負担したとはいえ、庶民にとっては痛い額であることに変わりはなかった。
しかし東藤が弱小校であることを母は知らない。だが、今は説明する時ではない。
『い、一旦考え直すね』
そう言って母の個室を後にしたのだった。
「…はぁあ」
瑠璃はたった1人で進路に悩んでいた。
「瑠璃ちゃん、元気ないね」
音楽室のテラスでひとり悩む瑠璃に、誰かが話しかけてきた。
「あ、美心乃ちゃん」
それは久城美心乃。オーボエ奏者で全国大会へ大きく貢献した人物である。
「どうしたの?こんな顔するなんて、瑠璃ちゃんらしくないよ」
「へへ、そう?」
「いつもの可愛い顔が台無しだよ」
それほど、自分は沈んだ表情をしているのだろうか?予想以上にショックで、瑠璃は思わず顔を引きつらせた。
「ねぇ、美心乃ちゃんはさぁ、どこの高校行くの?」
「私?東藤高校だよ。家から近いからね。鉄道で行く必要がないし」
「鉄道…。いいなぁ」
瑠璃が思わず羨望の眼差しを彼女へ向ける。
「瑠璃ちゃんは東藤高校じゃないの?鳳月って女の子に誘われたんじゃ…」
「お母さんには反対されちゃった」
「えぇ…。まぁ、確かに鉄道の定期、ちょっと高いもんね」
「まずお母さん、吹部に反対してるんだぁ」
「ふぅん、お金?」
「うん。優月くんが月の部費は、2000円って言ってたけど」
「ああ、あの優月さんか。小学校一緒だったから、本当は先輩呼びしたくないんけど」
「えっ?そうなの?」
優月と美心乃は同じ小学校だったのか?
「うん。江坂小学校だったから」
「へぇ…」
それは初めて知った。
「まぁ、言いたいことをちゃんと伝えなよ?」
「う、うん…」
まるで凪咲のような助言を貰い、瑠璃は練習へと戻っていった。
その日の深夜。
ひとり瑠璃は考え事をしていた。目の前にあるドラムセットは、去年のクリスマスプレゼントと称して、颯姫のお古を貰ったのだ。
(…私、吹奏楽をやめたらどうなっちゃうんだろう?)
ただ心中には不安が絶えなかった。それは、吹奏楽を…太鼓をやめたらどうなってしまうのか?ということだ。
(天龍やめた時は…人格を失いかけちゃったんだよねぇ…)
瑠璃にとって太鼓は無上の趣味だ。やめたらどうなるか、一度経験している。"あの時"は更に性格が暗くなった気がした。
その流れで無意識に、誰かとのLINEに目を落とした。
"月館紅愛"
同級生ながら、瑠璃の姉のような存在だった。夏休みのプールで再会して以降、時に連絡を取り合っている。
そんな紅愛が、瑠璃を初めて助けた人物だ。彼女の人格の半分は、紅愛から受け継いだものであった。
彼女と一緒に楽器を演奏したいのに。
今度こそドラムを沢山やりたいのに。
叶わないのだろうか?
瑠璃は泣きそうな顔で塞ぎ込んだ。ただバスドラムの側面を小さな手で撫でながら、自身を慰めるように笑った。きっと何とかなる、そう思わなければ、決意が潰れてしまいそうだったから。
「瑠璃お姉ちゃん、大丈夫?」
その時、末っ子の樂良が話しかけてきた。
「樂良…」
既に寝ていたと思ったが、樂良は水を飲みに来たようだ。
「今からドラムをたたくの?」
「えっ?」
すると樂良がこちらへ駆け寄ってきた。こんな事を言えるほど樂良は純粋な少女だ。
「違うよ。皆寝てるでしょ?」
「じゃあ、何してるの?」
「考え事だよ」
「…なんの?」
樂良に突っ込まれ、瑠璃は言葉を失ってしまった。
「うーん、吹部を続けるかどうか、だよ」
「…続けないの?やめちゃうの?」
「…辞めさせられちゃうかもなんだ」
家庭内とはいえ、樂良は事情を知る由もない。
「樂良、寝よ?」
「うん…」
これ以上、不安な感情を妹に吐露したくないので、瑠璃は樂良を連れて寝ることにした。
翌日。
『…今日からソロオーディションの練習を始めてください!』
笠松からそんな指示が下された。
ソロオーディションとは、11月に行われる茂華祭の吹奏楽発表にて、ソロの権限を奪い合うというものだ。
各楽器が熾烈な戦いをする中、今年のパーカッションパートは平和かと思われた。しかし…
『秀くん、めっちゃ上手いな!?』
『希良凛ちゃんに言われると嬉しいっす!』
突如、雷鳴の如くドラムが鳴り響いた。
(わ、わぁ…)
瑠璃は凍った。なぜなら空き教室のドラムで、秀麟が希良凛とドラムの練習をしてたからだ。
彼がドラムを得意だということは、周知の事実だが、何だかもっとパワーアップしている。
手首の捻転使用が更に上達していた。恐らく優愛よりも上手い。そしてあの比嘉を思い出させる。
(…わ、私もやらなきゃ)
秀麟にはドラムの曲が1曲しかない。鍵盤も既に出来ているので、充分にソロオーディションの練習へと充てることができる。
だが…
(でも…血が騒ぐなぁ)
瑠璃はどこか愉しそうな笑みを、浮かべて音楽室へと入った。
【次回】 秀麟の恐ろしさ… そして瑠璃は…。




