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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
立ちはだかる脅威 文化部発表会編
225/229

151話 天冬 〜白鬼〜

午後の体育館に、少女の熱唱が響く。井土の組んだ照明が、ガールズバンドを華やかに演出している。

『地獄で会いましょう♪あなたも私も悪い人だ〜♪』

女子生徒のボーカルだけでなく、茉莉沙のドラムが激しく空気を揺らす。館内は熱に包まれた。


「地獄恋文好きなんだよねー」

「Tukiさん?」

優月は高津戸冬雅と話していた。想大は他の友達と話している。

「うん。俺らと同い年ですごいよな」

「そうだね…」

それをほぼ完成に歌う目の前の女子生徒もだな、と優月は思った。


それにしても茉莉沙のドラムは、本当に常人離れをしていた。

「…!」

呼吸を抑え、彼女はスティックで変幻自在に打ち込んでいる。ライドシンバルの音が心地よく耳に響く。


明作茉莉沙は元打楽器奏者だ。その実力は全国レベル。だが今はトロンボーン奏者だ。

すると彼女は鋭い連打から、指で握りの位置を変えシンバルをたたく。昨日の技を一晩で自分のものにしてしまったのだ。

(…茉莉沙先輩、凄いなぁ)

皆はボーカルを見ていたが、優月だけはパーカッション奏者として茉莉沙を尊敬の目で見ていた…。

ぱちぱちぱち…、拍手が鳴り止むと、ボーカルの女の子が話し出す。

『皆さーん、文化部発表会楽しんでますか〜?』

『はーーーぁい!』

女子生徒の声に、男女関係なく黄色い声が吹っ飛んできた。

『まりさせんぱぁーい!!』

美鈴も顔を赤くして叫んでいる。

『明作先輩、こっちに気づいてないぞ』

しかし孔愛が空気を壊すように言う。

『うるせぇ!お前はやく和太鼓行ってこいよ』

『ボクは出ないよ』

『はぁあ?』

1年生たちも楽しんでいるようだ。

『それでは、次の曲に行ってみましょうー!』

楽しそうに音とスポットライトが舞う。手拍子と歓声が飛び交った。

やがて、ベースの音に乗るように、スネアのロールが乱打される。

『だから最大級の愛を込めて♪絶望なんか共にあろうぜ!♪』

激しいリズムに美しい歌声。キーボードが滑るように響いた——。 


だが、観客たちの視線の大半は茉莉沙に注がれている。彼女の強みは、真似した技術を自分の演奏に加える所だ。手首の脱力を利用して、スティックを変幻自在な方向に飛ばすことができる。これにより、複雑なリズムも対応が簡単だ。実にその様相は美しく、一流の奏者ならではの(わざ)である。

また狂気に満ちた目をした茉莉沙は、界隈でもトップレベルだ。その技術は優月にとっては、絶対に見ておくべきものなのだ。

(やっぱり…茉莉沙先輩すごいな)

ゆなでも苦戦しそうな曲を、茉莉沙は嬉々とした表情で演奏している。様々な技術を駆使して演奏するそれは他の団体を震え上がらせた。




一方…。

『流石、茉莉沙先輩。あれの次はハードル高くないかな…』

不安そうに、菅菜がバチを振りながら言う。

『大丈夫っしょ』

しかし、ゆなは凄く気楽そうだった。咲慧は声を出さずに苦笑気味だ。

菅菜にとって茉莉沙は憧れの的だ。茉莉沙のレベルが高いほど、こちらにハードルが襲いかかるのだった。

『大丈夫です』

その時、目の前に……鬼が現れた。


『えっと…誰です?』

白い鬼の面に、白い法被。これは白鬼そのものだ。

『私の又の名は白鬼(はっき)。故に異装させてもらいました…』

『異装届けに書いた?大丈夫なん?』

ゆなが言うと菅菜は、

『予め書かれてたから大丈夫よ』

と笑い返した。

『…全く、だから最初ひとりで演奏させて欲しいって言ったのか』

筝馬も目を閉じて『お家芸だな』と小声で言った。

『高津戸日心こと、この白鬼。一肌脱ごうではないか…』

そう言った日心の声からは、絶対的な自信が裏付けされていた。

確かに、日心の実力は相当なものだ。


その時、幕が締まった。最大級の拍手を送られ、ガールズバンドは終わりを迎えた。

『…菅菜ちゃん、がんば』

すると茉莉沙が親指を立ててきた。その素直な仕草に菅菜は嬉しくなる。

『頑張る!』

途端に菅菜の目の色が変わった。


すると井土が、

『高津戸さん、太鼓持って来てください。30秒後に始めますよ』

小さな声で指示を飛ばす。

『御意!』

すると白鬼がたったひとり、ステージの中心へ立つ。井土は小さく頷くと、ステージ上の照明を暗くする。

(…問題はない。いつも通りに叩くのみ)

低い声を心の中で響かせながら、彼女は太いバチを正眼に構える。

がーーーーーーっ…


無機質な音を立てて段幕が開く。

円のスポットライトが、彼女と太鼓を照らす。黒い影がうっすらと壁に絵を作る。

『…よっ!』

空気を切り裂く発声と同時、鋭い音が響き渡る。反対側の壁を震わせるほどの音。

「あの鬼、日心じゃねぇか」

「あ、冬雅の妹さんか…」

太鼓の音がただ響く。

「…でもどうして白い鬼なの?」

優月が冬雅に尋ねる。

「あいつ、白鬼(はっき)ってあだ名付けられてたんよ」

白鬼(はっき)…、ああそれで白鬼(しろおに)か」

確かに全身真っ白な鬼の面と服に、真っ黒なシャツを下に着ている。誰の目から見ても白鬼だろう。

「さぁっ!!」

日心が腕を振る速度を速める。音を鳴らす正確さは目を見張るものがある。間違いなく天賦の才だ、と優月は気付いた。無駄がなく音は澄んでいる。音に合わせて、後頭部にまとめられた黒髪が激しく左右する。

(…すげぇ)

たぶんゆな以上だな、と感じた。経験に加えて意志意欲が彼女をここまで高めたのだろう。

ひとり…たった1人でも充分なものだ。周りのオーディエンスは、静けさの権化のように黙って見ているが、下手くそなどではない。


そこでようやく、残りのメンバーが準備を進めていたことに気が付いた。

「おぉ、冬雅後ろ」

「後ろ?ステージか?人いるな」

「今、気づいたんだけど…」

そう、白鬼の演奏で気付かなかった。粛々とゆなたちは準備を進めていた。準備する時間を演奏と同時並行することによって、時間を無理なく節約しているのだ。


どどどどど…かかっん!どん!!

白鬼が叩き終わると、白鬼はマイクを井土から受け取った。

『みなさん、こんにちは…。白鬼です』

その声はかなり低かった。まるで男かのように。

『こんにちはぁ』

『にこちゃんでしょー!?』

しかし1年生からは黄色い声が飛ぶ。余程、白鬼は好かれているのだろう。

『ふふ、私の正体は——』

すると白鬼の面が取られる。そこから見えたのは、凛とした瞳を見せる顔立ちの良い美少女。

『1年1組の高津戸日心でーす!』

日心が手を振ると、きゃぁーっ!と黄色い声が最頂点に達した。

『今の曲は『白鬼』という曲でした。ちなみに私の母上から授かった曲目であります』

(なんで曲も白鬼!?)

(ママ、そんなことしてたのかよ!?)

思わず優月と冬雅が突っ込んだ。

しかし、日心が気付くはずもない。


『さて、今の間に準備はできましたでしょうか?』

すると残りのメンバー全員がコクリと頷いた。

『出来たようですね。では、私も本気を出したいので、お面を脱ぎますねー』

すると、どわっと笑いが起こる。ナレーション力は間違いなく優月より上だ。

『…では、次の曲では皆さん、恥ずかしがらないで手拍子をしてください』

そう言ってマイクを菅菜に渡した。

『はい、こんにちは!天冬の齋藤菅菜でーす!』

『わぁーかんなちゃーん!』

『かんなぁー!!』

次は3年生が沸いた。

『次の曲は『天まで届け不死の龍』です!』

『略して天龍!』

そこへゆなが躊躇なく入ってきた。

「俺の略ネタ使うなや」

「まぁまぁ」

心音が拳を震わせると、氷空が宥めようと肩をたたいた。ちなみに天龍は筝馬と日心が入っている和太鼓クラブで、此度の曲も天龍から頂いたものである。

『それではどうぞ!』

菅菜がマイクを井土に渡した時だった。


すると、ゆなと菅菜がバチを大きく振り下ろす。

どーん、どーん、どーん…

それに呼応するように、筝馬の締太鼓が霧雨のように響く。正確なリズムが体育館の空気をびりびりと震わせる。

「よっ!」

すると咲慧が、空気を食い破るかのようにバチを振り下ろす。だんっ!一瞬で空気が更に締め上げられる。日心は左手のバチを、スネアのリムのように皮へくっつける。次の瞬間、右手を無慈悲に皮へ振り下ろす。手拍子に乗っていると、殺意のような感情が湧いてきた。その感情をバチに乗せて心を込めて叩き続ける。


血も涙もなくただ正確な音。

(…やっぱり、感情が消えてきた)

日心はバチを振りながら、かつての感情が戻り掛けていた。

無機質な殺意。それは集中力の種類のひとつだ。集中力にも種類は色々ある。真面目、狂気、悦楽、殺意、必死…。日心の集中力は殺意のような感情から成り立っている。

どん!どん!どん!どん、どん、どん、どんッ!

正確な速度を右手ひとつで連打する。強い音の波状に、リムのように押さえつけた左のバチが僅かに揺れる。


(…日心さん)

優月は彼女の少女を見ていて、既視感があった。

日心の無慈悲な瞳。それを太鼓に突き刺している。そんな姿にどこか過去の自分を重ねたのだ。

その時、日心の音が更に強くなった。先程とは違う明らかな進化。無慈悲な鬼が暴れるかのような力強いリズム。

これが白鬼…と呼ばれるものなのか?

(…すげぇ) 

和太鼓の技術とリズム力だけなら、過去類を見ない猛者だ。筝馬の心地よいリズムと、中太鼓の低い音が一斉に体育館へ放たれる。

それは天へ突き進む龍のようだった…。



曲は5分で終わった。どうやら短縮されていたらしい。

『あい!皆さーん、次で最後でーっす!』

その時、ゆなが無雑作にマイクを掴んで叫ぶ。

『ゆーなぁ!』

『鳳月ちゃーんっ!』 

今度はゆなコールが鳴り響く。

『今日はありがとうございました!』

そこへ咲慧が入り込む。何だか可愛らしくて、優月はクスリと笑ってしまった。


するとスピーカーから、キーボードの原曲が鳴り響く。曲は『アイドル』だ。

筝馬の締太鼓がリズムを刻む。そこへスネアのように中太鼓の音が響き渡る。

(…すっげぇ、本格的だ)

キーボードを使った原曲と太鼓を合わせる。これは鳳月ゆなが考えたことだ。

自然と手拍子が鳴り響く。その演奏は、他の意味で素晴らしいものだった。




そうして文化部発表会の午後の部は、無事に終わりを迎えた。

「咲慧ちゃん、本当お疲れ様!」

優月が楽器を片付けながら、咲慧に話しかけた。

「いやー、ありがとう!でも、日心ちゃんが凄くうまかったからなぁ」

「…ああ、日心さんね」

確かに、とは思った。しかし咲慧も間違いなく上手い。

「…次は定期演奏会かな?」

「そうだね…」

優月は不安げに目を細めた。

定期演奏会は…本当に戦争だろう。自分との闘いがまだまだ残っている。

「…来年は優月くんも和太鼓やろうよ」

その時、咲慧にとんでもないことを言われた。

「え…、あんまり興味ないんだよね」

「やってみー!楽しいから!」

「…っええ?機会があったらね…」

そんな事を軽口で済ます優月だったが…。





——数日後——

『…瑠璃ちゃん。だ、大丈夫かな?』

『大丈夫だよ!私でもできたから』

何故か、優月は和太鼓を演奏することとなる…。

茂華中学校で。

【次回】 茂華中学校編! 瑠璃にとってのラスボス…

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