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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
立ちはだかる脅威 文化部発表会編
223/230

149話 果てなき過去の軌跡さえ…

——数週間前—

人のいなくなった音楽室に、6人の男女が集まっていた。

『譜面、貰ってきた?』

『頂いてきました』

ゆなに日心が何かを渡す。それは太鼓の譜面だった。何枚かの譜面にゆなはニヤリと笑う。

「菅菜、これ難しいわ」

そう言って視線を寄越すと、元吹部の齋藤(さいとう)菅菜(かんな)が「そう?」と穏やかな目を丸める。

『…あー確かに…。でも咲慧ちゃんならスグだね』

『ありがとうございますー』

咲慧は褒められ嬉しそうだ。しかし日心は小さく肩をすくめた。

『それ程でしょうか?』

その問いに、ゆなと菅菜が凍りついた。

『…』

日心は後頭部より少し上に束ねた髪をなびかせる。少し目つきの悪い瞳を閉じ、余裕そうに笑ってみせた。



この学校は何校かが統合したようで、和太鼓が数台ほどある。

『…あったぁ?』

定期演奏会の構想を練っていた井土が、楽器室へと顔を出す。

『…あった。かなり古い締太鼓』

胴の部分が平たい砂時計型の太鼓。その中心には白い綱が締められていた。

久遠筝馬は締太鼓担当だ。マイバチなるものを持っており、持ち手には白い紙が錫杖のように繋がっている。


『…冬馬より少ないなー』

ゆなは不満そうだったが、菅菜は笑いながら肩を叩く。

『まぁまぁ…』

結局、埃の被った状態の悪い太鼓含め、約8台が音楽室へ顔を出した。


『…取り敢えず試奏するから、君たち2人も勝手にたたいててー』

ゆなが指示をすると、咲慧と向き合う。

『咲慧、後輩共には負けられないよね』

『珍しくやる気じゃん』

『だって高津戸の奴、簡単だーって言うから』

『…それは天龍の方が、レベルが高いんだから当然だよ』

『ちっ…』

ゆなはバチを構える。

日心と筝馬は自前のバチ。一方の菅菜とゆなは学校のものを使う。

『てか、今更だけど粗悪品すぎるだろ』

『そうだね』

ちなみに咲慧のバチも自前である。盆踊り大会で使用した時のものと同じモノだ。


やはり天龍から借りた曲だからだろうか?

既に太鼓の鋭い音が迷いなく、試奏する3人に突き刺さる。

『…やっ!』

終い掛け声も完璧に合わせている。



『…やばい。ドラムやり過ぎて全然感覚忘れたわ』

『大丈夫?』

『大丈夫でしょ。ゆなっ子天才だから』

菅菜と反対に咲慧は、返答にも余裕そうだ。咲慧の鳴らす音は綺麗だ。無駄な残響がない。余計な力も加えていない。動きも綺麗だ。これが、ゆなに認められる程の実力である。

『くぅ…、これが経験の差ってやつか』

『だね』

ゆなは3年ほどしか太鼓に触れていない。しかも大半はサボっていて殆どが見様見真似だった。 

その時だった。

『よーぉっ!』

とどん!と綺麗に音が重なり合う。筝馬の繊細なリズムに、日心の力強い長胴太鼓の音。このふたつが演奏を大きく支えている。

(先輩として、久遠には負けらんない)

ゆなは必死にたたきはじめた。

『ここで、やっ!』

この日、まだ道のりは遠いと気付くのだった。



その練習は昼休みも続いた。

『だって、冬馬中の子が、更にグレた連中の集まりでしょ?』

『…ったく』

ふたりが他愛もない雑談をしていた時だった。


『鳳月さーん、防音扉も閉めて、カーテン閉めたら太鼓の練習して良いよ』

『え?まじ!?やるわ』

『おー、ゆなちゃんやる気』

昼休み、余裕のない2人は、徐々にブランクを取り戻していった…。


そして本番の1週間前、天龍作の曲はようやく完成した。

『この学校の人間は、ただの太鼓じゃ聞いてくれないから、ポップスもやらなきゃ』

菅菜を中心に進めていく。少しずつ順調に曲を完成させていったのだった…。



そしてある日の練習終わり。

咲慧たちが帰ったあと、日心と筝馬が珍しく残っていた。理由は当然太鼓の練習だった。

『…あれ、珍しい。ふたりが残るなんて』

『…今日は天龍が無いのでね』

『俺も同じくです』

井土は少し驚いてた。太鼓の群を見せられて彼は悟る。

『ふたりは…太鼓をいつから始めてたの?』 

その問いに筝馬は『小1からです』と淡々と答える。

『私も1年から。約10年ほどです』

日心も誇らしげに答えていた。その瞳には光に満ちていた。井土は太鼓に付いた埃を指で払う。

『…私も少しやっててね』

『え?井土教諭もやってたんですか?』

『あ、ああ。まぁ、音大で少々ね』

『音大。井土先生って指導が優秀ですよね。もしかして吹部の強豪校にいましたか?』

『…あ、いや。高校時代は全然。ドラムもゆゆより技術は下でしたから』

『…彼奴は県内でも中位層でしょう。そもそも貴校はドラムの練度が高いんですよ』

『ま、まぁね』

井土が笑って返す。

『…私が和太鼓を始めた理由。主君には分かりますか?』

『えっ、主君…?』

『顧問は主君、王政の中の王でしょう。故に主君と呼ばせて頂きたく…』

どうやら日心は、優月同様に井土を慕うようだ。

『私は、元より和が好きでして…』



独特な口調で過去について語り出す…。

『…やぁあ!』

『わぁ、母上凄い凄い!!』

高津戸日心には音楽の才能があった。親が和太鼓をやっていたからか、小さい時から和太鼓の音に慣れ親しんでいた。

『日心もやってみる?』

母上こと母は天龍にいた。故に日心が天龍に加入するのは必然といえた。

『…そーれっ?』

『そう』

母は相当の知識を持っていた。それを日心に全て伝授した。

『じゃあ、実際に叩いてみようか』

『うん!』

日心は若干7歳にて、初めて和太鼓というものに触れた。ひとまずバチを思い切り振ってみる。するとドーンという音が腹の底まで響いた。

母の中にある胎児の鼓動。日本の太鼓はそれを連想させてくれた。本能的に日心は太鼓が好きになった。

『…楽しい!』

『そうでしょ?』

(やはり私の血を引いてるわね)

和太鼓だけではない。茶道や華道などの日本文化にも興味を持ち出したのだ。

『これもまたふうりゅう…』

そして…口調も古来の日本語を模しはじめたのだ。


日心は才能もあり、年代で実力はトップレベル。子供内では2位という立場へ立った。母から受け継いだ白い法被を身に纏うことから、いつの間にか『白鬼(はっき)』と傍らから呼ばれるようになったのだった。

そんな彼女が…小学2年生のとき。不思議な出会いを果たしたのだ。


『…よろしく。日心ちゃん』

古叢井(こむらい)瑠璃(るり)。日心は瑠璃の教育係へ任命された。瑠璃の能力はハッキリと言うと狂っていた。普段は寡黙な彼女だが、太鼓を前にすると性格が豹変する。

『ははっ!』

『…ほう。才気あふれる淑女な』

瑠璃は大太鼓以外使わなかった。たまに銅鑼を使うが、他の太鼓には目もくれなかった。

元々瑠璃は中太鼓に興味を持ったが、人数が埋まっており蹴落とされた。だからと大人でも使うことが少ない大太鼓を使ったのだ。

『ほう。稀有な子だな』

周りの大人も、狂ったように練習に励む彼女を、高く評価していたのだ。

しかし彼女は急に消えてしまった。小学校は違う。もう…会えないかと思っていた。


だが、つい夏休み再会を果たした。

瑠璃は半年後、ここへ来るのだろうか…?



話し終えた日心は小さく息を吐く。

『やはり日本文化は良い』

『そう言って最近は洋楽にハマってるだろ』

『黙止!』

日心が制すと、井土は頰を指でかいた。

『まぁ、話し方が変わってるのはそれが理由なんだね。分かった』

井土は今までにない生徒だな、と思った。

『筝馬、練習するか』

『了承した』

『テスト近いからって、適当な単語使うなや』

ふたりの演奏は経験から滲み出ている。


(ホルンを始めた理由は、何だろう?)

井土は首を傾げる。それを気取った日心が振り返る。

「ちなみにホルンは、フルートの選考に落ちたからです。高校では変えるのが面倒なので辞めました」

「は、はぁ…」

まるでテレパシー。日心はそう言ってバチを構える。その音は夜凪にうっすらと消えていった。







そんなことも知らず、文化部発表会当日。

『次に吹奏楽部の発表です!』

優月がドラムスティックを握る。その格好は…メイド服であった。

始まる。光に照らされた2度目の舞台が…。

          

          【続く】

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メイド服きちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! さてさて本番、演奏の行く末や観客さんの反応、演者達の手応えや如何に...
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