148話 決着! 生徒指導部長vs吹奏楽部!!
体育館。町江とむつみの言い合いは続いていた。
「…そんな私まで巻き込まないでください!」
「はぁ…、まだ分かってないのか」
「アイツ、本当に碌でもないな」
ゆなと隣、咲慧も怒りに顔を歪めていた。自由を制限するにも程がある。優月も同意するように頷き返した。
「…町江先生、普通に言い過ぎだから」
「あんなの退学ならぬ懲戒免職が妥当だろ」
「ゆなっ子…」
3人がそう言っていた時だった。
茉莉沙が体育館のドアを開いて、誰かを連れてきた。奥にいる初芽は誰かへ頭を下げている。
「…おいおい、メイさんエグ」
その人物を視認したゆなの顔色が変わった。
「茉莉沙先輩、すごぉ」
優月の顔色も変わる。
なぜなら彼女たちが召喚した人物は、校長だったからだ。
「…町江先生!」
校長は町江へ呼びかける。
「…校長!?」
すると町江は顔を少しばかり青くする。
「…ど、どうしました?」
「今までは目を瞑ってきましたが、これは厳しすぎです。加えて、子どもたちへ暴言を加えたと?」
「あ、いえ。こ、これはー…」
何だか勘違いされている、町江が弁解しようとした時だった。
『校長先生!!』
井土が声を掛ける。校長が彼を見つめると、井土は下の客席を指さす。
「…あのビデオにやり取り残ってます!」
「!?」
それは切り損ねたビデオカメラだった。思わず町江の顔が青ざめた。
「広一朗ナイスぅ!」
ゆなが目を細めて腕を振り下ろす。とても嬉しそうなのは、彼を追い詰めることができるからだろう。
「井土先生怖いなぁー」
だが、優月はいつの間にか冷静になっていた。
やはり見放した人間を容赦なく突き放してしまう辺り、人間味はあるようだった。
「…では、ビデオを確認します!井土先生!練習を続けてて下さい!その間、我々はビデオを見ていますので」
「…」
「分かりました!…やるよー」
『はぁーい』
部員たちが満足気に町江たちを見送った。それを尻目に放たれる音は、皮肉のように素晴らしかった。
「明作さん、ありがとう」
井土が部活終わり前に言う。しかし茉莉沙は「いえ」と首を横に振った。
「…誰も傷つかずに、彼を落とす方法はそれしかなかったので」
「流石校内成績1位!考えることが違う!」
「明作先輩だいしゅきです♡」
悠良之介が褒めると、美鈴が茉莉沙に甘え出した。
「ふふ…」
茉莉沙はとても嬉しそうだった。
(茉莉沙先輩…)
こうして町江は、東藤高校吹奏楽部部長の明作茉莉沙によって、生徒指導部長から下ろされたのだった。
優月はその後、茉莉沙とドラムを練習していた。
「…ゆゆ、何がしたいの?」
「あ…」
優月はスティックを小さく振る。スネアの皮が暴れるように震える。数秒乱打すると、スティックを怪鳥の如く跳ね上げる。そして腕を振ると同時、指先から持ち手を離した。空中で行場を無くした先端は、ハイハットをたたいた。
ざっざぁあー!
「失敗しちゃった…!」
一体、何をしたいのか?
「なるほどね」
しかし茉莉沙はすぐに分かったようだ。
「ちょっと、使っても良いかな?」
「あ、はい」
茉莉沙がドラムを前にスティックを構えた。
「…スティックの持ち手を移動したいの?」
「あ、そうです」
茉莉沙は優月のやっていた事を脳内で再生する。数秒前だったからか、彼女の記憶容量には鮮明に残っていた。
「…やってみていいですか?」
「あ、はい」
優月が頷いた瞬間、茉莉沙の肩が一瞬だけ大きくなった。するとスネアを乱打する。その音は優月の音とは全く違う綺麗な音だった。刹那、皮をトランポリンのようにして、スティックを跳ね上げる。
(予め、手元を緩くして…)
するとスティックは、手のひらをすり抜けるように落下する。一瞬、指から完全に離れたスティックだが親指と人さし指を、スティック後方へ移動させた。その衝撃でハイハットシンバルを打つ。
つ、つ、つ!
驚く程綺麗な音が鳴った。
「すご…!」
優月が思わず拍手する。茉莉沙は一瞬で完全形をコピーしてみせた。
「…これっぽいの、私もやってた。シンバルまで届かない時とかに」
「は、はぁ…」
茉莉沙は体が小さい。大人用のドラムセットもうまくは使えない。だから、それなりに工夫が必要だ。
「…でも、ハイハット相手には使わないですよ」
「そ、そうなんですか?」
「誰かの真似?」
「ま、まぁ…」
堀江玖打。彼の技術を真似たかった、とは言えない。実は彼の演奏を動画で見たのだ。彼の技術は相当なもので、鞭のように変幻自在。糸のような自由さを秘めていた。恐らく、業を模索している者だろう。
「…まぁ、私もバンドで使えるやつだから。教えてくれてありがと」
スティックの持ち場所を、振るただ一瞬で変える業。覚えられた茉莉沙は、そう言って可愛らしく笑った。
「…あ、いえ」
このあと、茉莉沙はとんでもない事をするのだが…。
翌日。
「おぉー!町江先生を茉莉沙先輩が!?」
会場である体育館へ向かう途中、昨夜の一件を小林想大に話すと、彼はひどく興奮していた。
「やっぱり、茉莉沙先輩って凄いよ。校長呼びに行けるんだもん」
「だなー。でも、俺が知ってる茉莉沙先輩とは、大きく変わっちゃったんだな」
「…そだね」
優月は同意する。
最初に初めて話したのは、彼女が泣いている時だった。その時は少し不安な色を帯びていたが、今は違う。大きく変わったのだ。
「そういえば、加藤さんは?」
「えっ?咲慧ちゃん?」
「そー。君の彼女でしょ?」
すると想大はとんでもない事を言った。
「あ、いや…、彼女ではないよ。まず恋愛として見てないんだよね…」
「え?そうなの!?」
「う、うん…」
本当だ。咲慧は確かに可愛いが、それと好きは別物だ。取り敢えず、誤解が解けたので小さく息を吐く。
「咲慧ちゃん、有志発表で太鼓やるらしいよ」
「え?そうなん?」
「うん」
優月はそう言って後方を見る。
恐らく、咲慧は今日の打ち合わせをしているはずだ。
「鳳月さんと齋藤先輩も出るらしいね」
これは咲慧から予め聞いていたことだ。
「おぉー」
想大は小さく頷いた。
「…あと、筝馬くんと高津戸さん」
「?」
その時、おつかれーと咲慧が戻ってきた。
「あ、咲慧ちゃん、おかえり」
「ただいまー」
咲慧は全く緊張していなかった。
「咲慧ちゃん、発表緊張しないの?」
「…え?全然!楽しみー」
どうやら和太鼓の発表は緊張するどころか、楽しみの部類へと入っているらしい。
「そ、そうなんか」
想大が思わず言う。
「想大さん、何か出るの?」
その声に咲慧が真っ先に反応した。
「え?出るってよりは出したよ」
「ええ?どゆこと?」
咲慧が目を丸くして首を横に傾ける。
「…ああ、想大くんは美術部だから、絵を出したってことだよ」
優月が慌てて補足する。すると咲慧は「そゆことね」と笑った。
優月は貰ったプログラム表に目を通す。
『プログラム2、〜天冬〜 和太鼓発表』
(天龍と冬馬を頭文字でとったのか…)
午後に咲慧の出る『天冬』は和太鼓の発表だ。冬馬中学校から、ゆな、咲慧、菅菜、天龍からは日心、筝馬が出る。いずれも知る人たちばかりだ。
その時、静かにしてください!と井土の声が体育館へ響く。柔和な声からは昨日の疲れなど微塵も読み取れない。
『これから、文化部発表会を始めます』
優月はその言葉をゆっくりと呑み込んだ。
そして…話題の天冬は…想像以上にヤバかった。
【続く】
次回…11月24日 優月がメイド服!? 日心の過去…




