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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
立ちはだかる脅威 文化部発表会編
221/232

147話 リハーサル

文化部発表会前日。

「7時まで合奏なので、慌てず準備してください」

井土がそう言って、機材の接続を始めた。

「…7時か」

遅いな、と思いつつも優月は、パーカッションセットの組み立てを始めた。ちなみにドラムの組み立てはゆな担当である。筝馬は機材を手伝っている。


「ドラム終わりー!もう良いよね」

ゆなはそう言って、ドラムの椅子に座った。どうやら今からスマホゲームをするらしい。

「おぉーまえ!手伝えよ!俺もゲームやりてぇ」

すると悠良之介が叫んできた。

「マジで似た者同士だな…」

むつみはただ呆れるばかりだった。


結局、ゆなはサボってゲームをしながら、ダンス部の先輩たちと談笑していた。

「くっそォー、もう練習の時間かぁー」

「どうして悠良之介は、そんなサボりたがるのよ」

むつみが呆れ口調で訊ねる。

「そりゃ、サボりてーから」

「そんな事言ってたら、朝日奈先輩と同じ職場に就職できないぞ」

「うるせー!」 

「ほら、海ちゃんを待たせるな!」

「はーい…」

足早に去っていく悠良之介を見て、むつみは小さく溜息を吐き出した。

(ちゃんとしろよ、馬鹿)

その声には、少しだけ恋の色が含まれていた…。




てーんててんてててんてー…

月に叢雲華に風のアウトロ。優月はドラムを離れて、少し大きなマイクを手にする。

ピアノの電子音が止まると同時、丸いスポットライトが照らされる。

『皆さーん!』

優月は声を張り上げる。調整中特有のハウリング音が鳴り響くも気にしない。唐突に大振りな自信が湧いてくる。

『楽しんでますかぁ〜!?』

突然、信じられないくらいの元気な声が、体育館の壁を唐突にたたいた。

「はーい」

その場にいたダンス部と箏曲部が返事する。しかし、優月は手の内に隠したカンペを読む。

『聞こえませんー!楽しんでますか〜!?』

「はーーーいっっ!!」

(ごめんね、みんな)

優月は心の中で謝罪しながら、精一杯台詞を紡いだ。


「はい!ゆゆ、身長低いから心配だけど、当たってる?」

その時、井土が不安そうに尋ねてきた。すると箏曲部の多々(たたら)洋子(ようこ)が「大丈夫です!」と返事した。


「…部長、小倉って人、なんか凄いですよね」

「八重斗くんも分かる?」

そう言ったのは、部長の名村(なむら)琴乃歌(ことのか)。箏曲部唯一の3年生で部長だ。対して隣にいる男の子は、青貫(あおぬき)八重斗(やえと)。高校1年生で気鋭の部員だ。


「はい、では2曲目から!鳳月さん、ドラムの準備は?」

「椅子の調整まだ之助〜」

「はぁ、少し待ちます」

ゆなは愚痴を溢しながら、座面を乱雑に回す。

「…ゆゆ、ハイハットをあんまり近くに置かないでよ…。やりづらいでしょうが。あとハイハット閉じんなよ」

「あ、ごめん」

ハイハットとはハイハットシンバルのことだ。足で2枚の円盤を動かすことができる。東藤高校吹奏楽部では必須の楽器だ。

「…出来た之助!やるよー」

「は、はい」

井土が苦笑気味に押されてしまう。


「お前が指示すんなよー」

むつみはクスクスと笑いながら、ツッコミを入れた。すると辺りが楽器を構える音で満ちる。悠良之介もユーフォニアムを構えた。

「……」

すると、再び音楽が鳴り響く。それと同時に、幾つもの光が、天井や壁を縦横無尽に走り抜ける。

(…やっぱ入ってよかったな) 

そう実感したのは…いつからだろうか?



最後の曲を終え、何とか休憩までありつけた。

「町江、来ないなぁ」

「良いじゃん。いても(うるさ)いだけだし」

井土は町江をとことん嫌っている。

「それはそだな」

むつみがオーボエを磨きながら同意した。

「…はぁ、どうしてこの白髪が認められないんだろ」

むつみが不満そうに言う。

小学校のときから、好奇な目に晒されてはきた。

だが、いつも悠良之介が守ってくれていた。

『アルビノってのは、大変なんだよ!』

『はぁ?なんだよそれ』

『アルビノだってな、むつみの個性なんだよ!』

『ちっ、つまんねー。行こうぜえ』

近所の違う小学校に通う餓鬼に襲われた時も、悠良之介は必ず助けてくれた。家に出られず、弓道場に閉じこもった日だって、ずっと一緒にいてくれた。

この白い髪を、悠良之介は認めてくれた…。

「…個性なのに」

「あ、そう言えばビデオを切り忘れてた!」

「は?リハなのに?」

「まぁ、ステージ側の音響とか聴きたいし」

井土は少しズボラだな、むつみは思った。

「だれか…!」




しかしその時、ドアの重々しい開閉音と同時、忌々しい空気がその場の全員を締め上げた。

現れたのは町江雪道だ。月に叢雲花に風、やはり来ない訳なかったのだ。

『こんな時間まで何してるんです?』

言うて6時半だけど、ゆなが小さい声で言うも町江には通じない。

「…教頭に報告しますよ?」

「え、っと…、今からもう一回合奏を…」

「何言ってるんですか!?明日が本番なんですよ!それに、ここの吹奏楽なんて碌なことがない」

それを聞いた瞬間、優月の中で何かが切れた。

(こいつ…、言い過ぎだ)

幼少期の黒い感情が湧き出る。筝馬から少し離れ獣のように彼を見る。

「あ、あの…まだ確認したいことが幾つか…」

「良いですが、後でお呼び出ししますからね。あと井上は、まだヴィッグを付けないんですか?」

「…どうしても?ですか?」

むつみが赤い瞳に、黒い感情を混ぜる。

(この男、どれだけ言ってもアルビノを認めない)

「あなたのその姿で、生徒指導数が増えるんですよ!こちらの手間を掛けさせないでいただきたい」

無論、これに怒るのはむつみだけじゃない。

「先生、それは暴言だよ。私を生徒指導しておいて、自分は良いの?」

ゆなが顔を真っ赤にして言う。その顔は真剣だ。

「…暴言?こちらの警告を無視して…」


次の瞬間、悠良之介がのそりと前へ出る。

「ゆゆ、アイツ許さん」

「…あ、河又先輩」

悠良之介が本気で激怒した。美羽愛がやんわりと止めるも、静止の気配は一切ない。

「まち…!」

だが、彼の暴走を優月は止める。

「!?」

優月が悠良之介の足を蹴り上げたからだ。

「先輩、少し待ってください…」

その黒い感情を乗せた瞳を彼へぶつける。カラスの目のような底なしの黒。驚いた悠良之介は思わず止まった。

「今出ても、絶対あいつは引かねぇ。てか、出たって明日に影響するだけだ…」 

そして優月が出した声は、今までにない容赦のない声だった。底なしの狂気。

「…おう」 

確かに、と悠良之介は矛を収める。確かに暴力は間違っている。

「あなたが、こんな堅物に人生を振る必要はないです。あいつの暴挙は校長に言いましょう。そちらの方が遥かに効果的です」

「…ふぅ、あとはむつみが切れなければ…」

次の瞬間、むつみの叫び声がする。


「先生は!私が友達に髪を染めろ!と言ったのを聞いたんですか!?」 

その声はやけに静かに響いた。

「…ああ、お前とお揃いになりたいと言ってたぞ」

しかし彼は、生徒指導としての顔を崩さない。

「…だからと言って、私の個性を否定するんですか?」

「ここは学校だ。個性など要らない」


やはり対処不能だ。

このままでは、むつみの方が先に手が出るだろう。

「結羽香、これはもう…」 

「茉莉沙?」

茉莉沙は初芽の手を引く。茉莉沙の顔も赤に染まっていた。そのまま黙って体育館を出ると、茉莉沙は口を開く。

「…中学生の時、私に言ったよね?作った味方は絶対に手放さないで、って」

「あ、うん」

明作茉莉沙と初芽結羽香。ふたりは中学校からの親友だ。ふたりは既に暗くなった職員室を通り抜ける。

「…あの、すみません」

茉莉沙が首を下ろして誰かに話しかける。

その誰か…とは?

いよいよ…次回決着!

茉莉沙の呼んだ相手…とは…?

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