146話 過去と今後
『あんま上手くないもんな』
それは下手…ということだろうか?
小学生の堀江玖打に言われた言葉が、未だ脳裏に残っていた…。
【堀江玖打くん 小学5年生で打楽器コンテスト金賞!】
「…はぁあ」
「どうしたの?優月くん」
始業前、咲慧と2人で談笑していた時だった。
「…あ、いや」
スマホを見て、優月は顔を青くした。
「いやって、凄く気になる!」
その表情を心配そうに咲慧は見る。彼女の丸い瞳がこちらへ突きつけられる。
「…この前、泉愛楽器店に行ったんだよね」
「あー、そうだったね。優月くんのスティックを修理してもらったんだもんね」
「うん。そこで小学生に会ったんだ」
「…小学生?」
「そう。その子、僕たちの演奏見てたみたいでさ、下手まではいかないけど、そう言われちゃったの」
「それは…どんまい」
咲慧は優月を慰める。どうやら否定する気は毛頭ないようだ。
「…うん」
それが優月には少し悲しかった。
結局、その日の部活まで、このモヤモヤが残っていた。
「ゆゆー、いつもより合わせづらいです!」
井土がギターを置いて、怪訝な顔で言う。部長の茉莉沙も無表情でこちらを見る。
「あ、すみません」
ドラムを叩いている時でも、何だか苦しい気がした。これ以上頑張る意味はあるのだろうか?と思うほどに。
(今日は…不調だなぁ)
辛い。
うまくなりたいのに…感情が邪魔してできない。
部活終わり。
「ゆゆ、不調?」
昇降口で茉莉沙がそう聞いてきた。優月は頭を叩かれたように、小さく頷いた。
「…少し体が重くて」
「そっか。私もそんな時があったなぁ。頑張ってくださいね」
「あ、はい」
優月の浮かない顔を見てか、茉莉沙は最後にこう言った。
「…楽器は自分も相手も楽しむものだよ」
「は、はい!」
彼女は「頑張って」と穏やかに笑った。
挫折しそう…。
小学生とはいえ、プロに言われたことに。
「…はぁああー」
家の近くの公園。時間は8時過ぎでブランコに乗っていたときだった。
「何してるの?」
誰かがこちらへ歩み寄ってきた。
「あ、優愛ちゃん」
それは榊澤優愛だ。彼女は瑠璃たちの先輩で、瑠璃からは『お姉ちゃん』と崇められていた。
「…また嫌なことでもあった?」
「あ、うんー。ちょっとスランプぅ」
その声は大きく上擦っていた。
「…優月くんがそう言う時、すごく不安」
すると珍しく優愛は、隣のブランコへ腰掛けた。
「優月くん…本当に瑠璃ちゃんに似てるから」
「え?そう?」
「うん。何か似てる…。好きは隠さないけど、嫌いは絶対に隠す所とか…」
「…」
それは間違っていないかもしれない。
確かに、想大や咲慧のことは好きだからよく笑うが、ゆなや嫌い人の前では、口数や笑顔が減る気がする。
「…懐かしいなぁ。2年前」
「僕が中学3年生のとき?」
「そ。瑠璃ちゃんと打楽器のコンテスト出た時」
「あーね」
星空を見つめようとするも、叢雲に隠れて見えない。まるで今の心情のようだ。
思い出したいことが、星のようにあるのに…、焦燥に隠れて何も思い出せない…。
「…あの時か」
しかし、優愛のいう時期に…打楽器を恋し始めた気がした。
「じゃあねー」
その時、優愛が小さく手を振って帰っていった。
「…うん」
優月はただ小さく頷くことしかできなかった。
翌日。
「…はい、今から配るのが定演の予定です」
「略して白衣」
心音がニヤニヤと笑いながら、井土のほうを見る。すると彼は険しい顔へと変わった。
「…本番は12月の21日の日曜日です」
「うわぁ…、2ヶ月後?」
口々に驚愕の声が漏れる。
「誕生日の前日。これも又因果の巡りか…」
筝馬は目を閉じて自らを落ち着かせている。足はまだ治っていないようだ。
「はい!はっきり言って戦争です」
「戦争?」
「…だって、12月から毎日終わりが7時なんだから、休みなんてありませんよ。明作さんには申し訳ありませんが…」
「あ、はい」
茉莉沙は不安げに、大量に埋まった予定表を睨んだ。医大への勉強もしなければならないのに、この予定はキツイな、と思った。
(…まぁ、御浦に比べたらマシですかね)
そして、もうひとり、過去を思い出す者がいた。
(これ、コンクール前みたいだな。去年なら少しは休みが入ってたのに…)
夏矢颯佚だ。彼も強豪の出身だ。故に夜練は慣れている。
「…なのでー、御浦楽団の定演は我慢してください」
そして、早々と予定に釘を刺された。
「安心してください。冬休みは入れてませんから!」
「安心ってより、頑張れだろ」
ゆながツッコミを入れた。これは確かに自身との戦争だ。果たして持つだろうか?
「去年は1月だったから少し緩かったですが、もう時間がないので毎日練習です!」
「…マジか」
優月は頰を強張らせる。毎日かつ遅くまでは茂華中学校でも多分やらないだろう。
「はぁ…」
1年生達も顔を埋めていた。この反応を見るに、ここまで追い込むほど、彼女たちの吹奏楽部は本気でなかったらしい。
「まぁまぁ、クリスマス楽しいじゃないですか!」
諸悪の根源の井土が励ますも、諸越が腕を力なく伸ばした。
「先生ー、俺ったらクリボッチです」
「あらあら、ゆゆは彼女と過ごすの?」
へらりと会話を交わした井土が、そう話しかけてきた。優月は驚きで頰を赤くする。
「ちょ…!彼女なんていませんよ」
「そうだよ!優月くんに彼氏はいないよ」
そんな混沌の中に、たったひとつの少女の声。辺りが沈黙に落ちた。
「えっ…?かとーさん?」
声の正体は加藤咲慧だった。
「…あ、いや、何でもありませんよ!?」
咲慧はいつもより取り乱している。
「ゆなっ子、ゆゆのこと好きなの?」
「えっ!違うよ!」
その会話を聞いて、優月の胸奥が高鳴った。だが、あまり良い音ではなかった。
「…ゆゆも捨てたもんじゃないね〜?」
「ちょっと井土先生!?」
咲慧の動揺に、美羽愛の頬が少しだけ赤くなった。
(咲慧先輩…)
そんなやり取りに、井土は終止符を打った。
「あと、毎年恒例でOGとOBも来てくれます。雨久さんは絶対来ますが、朝日奈くんと周防さんも来させます!」
(無理矢理?)
朝日奈向太郎と周防奏音。向太郎はチューバを、奏音はホルンを吹いていた。
「あと、前に来た姫石早苗さんと、神田皇盛、宮野優里奈、白波瀬悠吉。他にはぁ…」
「先生、その人たちって誰ですか?」
「あ、OGOBだよ」
その名に、優月は眉をひそめた。
(宮野先輩…か…)
「あと、他にもOGOB出しますんで、お楽しみに!」
彼はそう言って定演の話しを打ち切った。
そうだ、この学校の吹奏楽部は、『定期演奏会』が大本番なのだった。優月はそれを胸に収め、タンバリンをゆらりと構えた…。
だが……、
「あ、皆さん!楽器を下ろしてください!ソロコンのお手伝いの話し忘れてたぁ!」
次の瞬間、井土の声で全員がズッコケた。
「で、ソロコンっていうのは、当小説オリジナルのコンクールで、同じ楽器で1曲を演奏するやつで、ウチの学校は出てません」
そうだ、この学校の人数は少ない。又、主体性が無いことも相まって、ソロコンには出ないのだ。
「…なので、我々はお手伝いを命じられました」
「え?私行かないよー」
すると、ゆなの面倒くさがり屋モードが発動した。
「いや、駄目!です!この世界の吹奏楽連盟は、めっちゃ力が強いので我々もお手伝いを命じられました!」
(メタ発言多いな…。ま、長編版の宣伝だからいっか)
「12月6日!丁度演奏会最後の休みにする予定だったので、予定を開けておいてください!」
井土の語調はとんでもなく強い。
「…はーい」
まだ1ヶ月後だが、休みを減らされたことに部員はショックだった。
「2年前の話しだけど、優愛と瑠璃ちゃんもそのコンクールに出たんだよね…」
帰り偶然に会い、想大と優月はふたりで話していた。
「…出たって、そのストーリーが金曜日に公開されるんだろ?」
「うん!金曜日から毎日!」
「一気に公開しない理由は?」
その問いに優月は苦笑気味に答える。
「まだストーリーが終わってなくて、たくさん皆に読んで欲しいからです!」
11月21日より 金曜日から毎日零時より公開!!
お楽しみに!!




