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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
立ちはだかる脅威 文化部発表会編
219/232

145話 吹奏楽部 vs 生徒指導部長

週明け。

井土は疲れた様子で、

「鳳月さん、今日は生徒指導受けてませんか?」

とゆなに心配をする。

「この従順な私が受けるわけないでしょ?」  

その言葉に、むつみと咲慧が笑う。

「従順な人は生徒指導受けないんだよ?」

井土が突っ込みを入れると、ゆなは身体を少し反らせる。

「あれはしゃあないでしょー!?冬中では皆がやってたのにー」

「東藤と冬馬を一緒にしていい訳ないでしょ」

井土がやんわり言う。

「…てか、今日も2人くらい怒られてた」

「多っ」

優月も呆れたように言う。

「仕方ないよ。職業病だから」

こう言う井土はもう諦めているのだろう。

「…確かにヤンキーの巣窟…だもんな」

その時、そう言って誰かが入ってきた。


「えッ!お前…」

心音が思わず声を上げる。

筝馬(そうま)くん!大丈夫!?」

久遠筝馬は、左足を負傷したのか松葉杖をついている。浮かせた左足が少し震えているので、ケガをしてから間もないのだと分かる。

「は、はい…。少しやられました」

「誰に!?」

それを見たゆなは、すう…と肩をすくめた。

「ゆゆ!面倒見係なんだから、手伝ってやれ」

「そうじゃなくても、手伝わないと…」

心配そうに、優月が駆け寄った。

「…リュック持つよ?」

「あ、ありがとうございます」

「足に負担がかかるなら、無理しないでね」

「す、すみません…」

その時、筝馬の澄んだ瞳が、小さく揺れたような…気がした。



『先輩、話少し聞いてくれませんか?』

「んっ?」

ドラムの練習を終えた優月は、スティックをしまう。その時、筝馬に話し掛けられた。

「この足のケガについてなんですけれど…」

「あぁ、うん。大丈夫よ」

誰にも見られない打楽器の前。筝馬は椅子に座って話し出す。

「…実はこの怪我、弟を守って付けられました」

「…えっ?」

途端、筝馬の声が低くなる。

「実は…、町江先生に言われたんです。もうこれからは、何があっても手は出すな。我慢して受けろ、と」

「…なにそれ」

事情を知っておきながら、正当防衛も許さないのか?

「…本当は、冬馬に入ろうとしたんですが、母の押し付けで東藤に入りました。でも、その高校のルールは守らなきゃいけない」

「…」

「…それは分かってるんです」

「…どうして、冬馬のヤンキーは、筝馬くんの弟くんを狙ってるの?」

「それは…まだ言えません」

「…そっか」

優月は沈んだ表情をする者たちを見る。

皆、町江の厳しい規則に縛られているのだな、と今間近で実感した。



翌日。意外な後輩に、優月は話し掛けられた。

「あの生徒指導部の長、学校から追放できないんですか?」

「えっ?」

高津戸日心だった。彼女はホルンだが、どちらかといえば、和太鼓の方が得意だという。

「…昨日、私の口調も高校生っぽくしろ!とか言ってきたんです。ふざけた事よ」

「…あははは」

日心は狙ってこの口調だ。確かに一部の先生からは、よく思われないでいる。それの代表が町江ということか。

「そんなに統一して、生徒の自由と個性は無視ですよ。一度の青春を放棄したくないっす」

そう言って日心は、買った購買のパンを指で支える。階段を登りながら、優月は「そうだね」と返した。


放課後。

「…そんな事を僕に言われてもなぁあ〜」

優月は、筝馬と日心に相談されたことに、頭を抱えて困っていた。

「あはははぁ。優月くん、この前に怒られなかったから、すごく期待してるんだよ」

「それは、茉莉沙先輩や夏矢くんたちも一緒だよ」

「…そうかもね」

咲慧は小さく肩をすくめた。

「でも、明作さんはそんな事を言える程、度胸はないだろうし、夏矢くんも物申すとか苦手そうじゃない?」

「……たしかに」

だから2人は、強豪を見放して、緩い活動をする吹部へ来たのだろう。


その時、井土が硬い表情をしながら、重そうな楽譜の束を持ってきた。

「へぃーす!はじめるよ」

彼が椅子へ座り、束になった楽譜を覗き込む。

「はーい!」

部員が返事をすると、各々楽器を構え出した。

その時、井土が決意したように、椅子から立ち上がった。

「皆さん、私はもう生徒指導部の言うことに逆らいます!」

「えっつ!?」

最初に驚いたのは、井上むつみだった。あれからは、白い髪に関して言い訳をして凌いでいる。

「皆もあんまり気にしなくていいよ」

井土はいきなり無責任なことを言い始めた。

「…そんな」 

「っしゃい!」

優月が狼狽するのと対照に、ゆなは喜んでいた。

「だって、去年の規則より、明らかに厳しいんだもん。これは、あの先生がどんな過去を持っていたとしても、救えない」

「……」

いつもは優しいあの井土がこう言うだなんて。

余程、彼に疲れたのだろう。


「…だって、終いに文発と定演を出さない言ってんだもん。決めるのは生徒指導部じゃなく、校長と私です。何としても出ます!」

「…」

どうやら、彼には彼なりの信念があるようだ。

「ただし、問題は起こさず、ちゃんと今まで通りに過ごしてください」

「略してダンス腰」

心音が言う。まじめな話にひとつのボケが入る。

「どゆこと?」

優月が頭を疑問符だらけにする。

「…体の一部だけを独立して、動かすダンスの基礎知識らしいよ」

「…は、はぁ」

そこへ、ユーフォニアムを持った悠良之介が言う。聞いていた彼は、小さく頷き返した。

「ゆゆ、俺は許さない」

その時、彼はそう言って真っ直ぐに前を見る。

「はい?」

「むつみを馬鹿にしたあの町江は許さない。俺は、完全に怒った」

「だからって、問題起こさないでくださいね」

やんわり優月が突っ込みを入れると、彼は小さく頷き返した。果たして聞いていたのか?



これより少し前。

『こんなに厳しい規則で、すぐに生徒指導です。だからって、文化部発表会や定期演奏会に出さないって、いかがですか?』

『…確かに厳しすぎるなァ』

井土が掛け合った先は…なんと校長だった。

『あの、去年までの規則でも、問題はありませんか?井上さんはアルビノ体質なんです』

『井上…むつみ…さん?普段から粗暴な性格だから、勘違いされるのかなぁ』

『…ですが、それも彼女の個性です。個性が誰かに影響を及ぼした所、私は3年間見てきて、一度もありませんでした。井上さんは優しい人です』

井土には分かる。むつみの人間らしい人柄を。

『…井上さん?の人柄が分かる井土先生なら、信用に足るね。だが、これは生徒指導部に掛け合うべきじゃないかな?』

『…万が一のためです』

『…井土先生、町江先生(かれ)が何と言おうと、あなたの言う定期演奏会は、楽しみにしています』

『ありがとうございます』

井土は、念の為に校長にコンタクトを取っていたのだ…。



部活終わり。

「…ということで、文化部発表会まで、ひとまず頑張りましょう!」 

井土はそう言って、立ち上がった。その目に昨日までの迷いは一切ない。

(本気だな…) 

優月は悟った。

不条理なルールは絶対に従っちゃいけない、ということを。

こうして、町江との決戦は迫るのだった…。

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