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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
立ちはだかる脅威 文化部発表会編
218/234

144話 もっとうまくなりたい

『上等なスティックだな、お前は俺より上手いのか?』

『えっ…?』

思わず、優愛から貰ったスティックを握りながら、優月は目を何度も瞬きさせる。

『俺は、堀江玖打。アンタと兄弟みたいな者だ』

そんなことを言うこの少年は…何者だ?

数時間前…。


この日は文化部発表会へ向けて、休日の午前中に部活があった。

「…はぅ」

朝の廊下に溜息が響き渡る。

「優月くん、このあとスティック貰ってくるんでしょ?」

優月は咲慧と話していた。

「うん」

会話の内容。それは泉愛楽器店に預けたスティックを、今日に楽器店まで受け取りに行くことだ。

「やっと戻ってくるー」

その言葉に咲慧はフフと笑った。


その時だった。

「あっ」

ふたりの女性がやってきた。その2人は優月にのみ、見覚えがあった。

「おはようございます」

優月が挨拶をすると、2人は「こんにちは」と笑って返した。

「お久し振りです」 

続いてこう言うと、2人の女性は「お久し振りでーす」と笑って返した。

2人が先に音楽室に入ると、咲慧は足を止める。

「えっ?誰?」

「あぁ、雨久さんと姫石さん。2人とも元部長」

「えぇ!あっ、雨久さんは聞いたことある!」 

優月がドアを開けると、ふたりは井土と話していた。


「お久し振りです、向太郎さん」

「広一朗ね、姫石さん」

「ふはっ!向太郎はオリオンでしょ?」

「あ~、チューバに名前付けてたよね」

3人は思い出話に、花を咲かせていた。


しばらくすると、姫石早苗が振り向く。

「あ、小川くんと…誰?」 

「あ、小倉です」

(また、小倉を小川と間違えられた…)

「加藤でーす」

2人がそれとなく挨拶をする。

「あー、小倉くんね!あと叶さん?叶って苗字珍しくない?」

「ちげーよ!加藤だよ!加藤!」

「わっ!あめちゃん酷い!先輩に向かって『ちげーよ』だって」

「わっ!ごぉめんなさぁい!」

雨久が慌てて謝ると、早苗はへらりと笑った。

2年前までこの光景だったのか?

そう思うと、少し見たかったなと思う2人であった。



この日はずっと合奏を繰り返していた。優月のナレーションから、照明や音響まで。体育館いっぱいに響かせるべく、微調整なども行われる。

『そこの付点四分は気をつけて』

『はい!』

『國井くん、音程がズレてますねぇ』

『す、すみません…』

合奏の殆どは、管楽器の指導に充てられた。

『…ここはね、コーラくん』

「コーラじゃなくて孔愛な。孔愛が困っちゃうよ」

「孔愛だけに?」

「うるっさい!!」

OGの彼女たちは、孔愛にトランペットを指導していた。現在、黒嶋氷空は家の用事でお休みだ。


「姫石さんって、少し面白いね」 

咲慧が颯佚に言う。

「俺が1年の時からだ。まぁ、本人曰くわざとらしいけど」

「へぇ、そうなんだ」

その時、優月が咲慧の前に立つ。

「咲慧ちゃん、じゃあね」

「うん!じゃあね」

咲慧は嬉しそうな顔をして、優月を見送った。



御浦行きの列車は、1時発だ。余裕を持って乗れたので、安心した時だった…。

「先輩、見つけた〜」

後ろからボブカットの可愛らしい少女が、ゆるりと話しかけてきた。

「いやぁ、優月先輩どうしたんですか?」

美鈴は、ズカズカと人のスペースに踏み込む人間だ。

「あぁ、スティックが修理されたのを、受け取りに行くの」

「あー、泉愛楽器店ですね!あそこ、すごく品揃えが良いですよね!しかも、スタジオがあるんですよ!」

「スタジオ?」 

「はい!ドラムもあるので、練習してみたらいかがですか?」

「…い、いいかもね」

優月はそう言って、列車の手すりを掴んだ。

「あ、ひとつ聞きたいんですけれど…」

「ん?どうしたの?」

「…優月先輩だから聞きますけど、茉莉沙先輩のことで」

「明作部長?どうしたの?」

「あの人って…、なんで偶にドラムやってるんですか?」

「えっ?なんで…って」

「だって、茉莉沙先輩、今はトロンボーンでしょう?」

「あ…ああ。元々、打楽器やってたんだよ」

「やっぱり!」

その美鈴の確信づいた声と同時、ドアがゆっくりとしまった。外部の空気と完全に遮断される。

「…私、茉莉沙先輩に会ったことがあるんです。中学校にいた時。どっかで見たことあるな〜って思ってたんですよ」

「…そうだったんだ」

先程、美鈴は『今は』と言っていた。という事は、元々知っていたということか。

「あの時は、打楽器やってたから、どうしてトロンボーンになったのか、謎でしたが…」

「それは…知らない方が良いよ」

「え、どういうことですか?」

やべ!

振り切るつもりが、逆に好奇心を煽ってしまったか。優月は少し後悔した。

「ま、詳しいことは本人に聞きます」

「や、やめたほうが…」

「えっ?茉莉沙先輩、怒っちゃいますかね?」

「…いや、怒りはしないだろうけど…」

ただ万が一、茉莉沙のトラウマが叩き起こされたら…。

この心配は現実になってしまう…。


その時、御浦駅に着いたふたりは別れた。

「…はぁあ〜、茉莉沙先輩には、厄介な後輩がついたなぁ」

優月はそう憂いていた。

「…それに、想大くんの言ってた『小学生くらいの男の子と付き合ってる』って噂。知られたら大変だろうな…」

茉莉沙とは、部の関係でLINEを繋いでいる。先に忠告すべきか迷ったが、ゆなのような度胸は無いのでやめておいた。


その頃、茉莉沙は…

『明作さん、ここの最後を伸ばしたい』

『くしゅっ!』

音楽室にくしゃみが響く。茉莉沙は覆った腕を離すと、こくりと頷いた。

バンドのドラムの練習をしていた。

(…はぁ、誰か、私について何か話してるのかな?)

集中してたのに、くしゃみをしてしまうとは。


そんな事も知らず、優月は泉愛楽器店を訪れていた。

「こんにちはー、スティックを受け取りに来ました…」

中へと入る。すると店員が「こんにちは」と人の良さそうな笑みを浮かべた。

「スティック…、あぁ傷は消しましたよ」

「ありがとうござ…」

その時、奥のガラス扉から少年が入ってきた。

「スタジオの使用時間を延長したい」

「あ、分かりました」

その少年に会話を掠め取られてしまった。

「…んあ?この人、どっかで見たことあるな…」

そして、あろうことか彼に目をつけられた。

「どこだっけ?あの人、どっかで…?」

「…僕のこと、見たことあるの?」

「ある。末次と話してた奴だろ?」

「…末次くん、茂華中学校の?」

「ああ。その反応はやっぱり知ってるな」

その少年は確信づいたように、こちらへ歩み寄ってきた。

「俺は堀江(ほりえ)玖打(きう)。美玖の玖に、打楽器の打だ」

「へ、へぇ…」

(…なんかカッコいい名前だなぁ)

「たぶん…アンタと兄弟みたいな者だ」

「ど、どういうこと?」

「同じ町に住み、同じ楽器をやってる…。名前は小倉優月だろ?」

「…な、なんで名前知ってるの?」

「俺は記憶力が良いんだ。末次先輩が呼んでた名前は、ほとんど記憶してる。あと、制服からして東藤高校?」 

この少年、末次先輩と言った。

…という事は、彼はまだ小学生だろうか?



「…あ、そうだそうだ!スティックを渡さないと」

そう言って、店員はスティックを渡した。

「あ、ありがとうございます」

スティックの欠けた傷は、綺麗に削れて消えていた。特別なヤスリを使ったからだろう。

その時、玖打が横から入ってきた。

「上等なスティックだな」

「えっ?」

「これ、木材の質が良い。普通に買えば4000円はするぞ」

「…そ、そうなんだ」

優愛のスティックに、そこまでの価値があったとは。本人はそこまでの大金を、大会の為に賭したというのか。

「消耗品に随分と命掛けてるな。お前は俺より上手いのか?」

「…えっ?」

しかし彼は勘違いしているようだ。これは優愛から貰ったものであり、自身で買った訳では無い。

「そ、そんなに上手くは…ないよ」

「あぁー、思い出した!春isポップン祭だ」

「えっ…?見てくれたの結構前だね」

春isポップン祭は、5月に行われた演奏祭だ。

「まぁ、あれなら強豪校の下っ端程度だな」

「…えっ?」

「今は知らない。市営の時は見てなかった…帰らされたからな」

言い換えた彼に、優月は生唾を呑み込んだ。

彼は小学生ながら、優月の何倍も知識がある。そして、確かな評価もできるのだ。

「…それは悔しいな」

「そうか。俺も、アンタは凄いと思う」

「どこが?」

「…他の人等とは違って、楽しそうに演奏してる所だ」

その後、不思議な少年 玖打は再びスタジオへと旋回した。その後、漏れ出るドラムの音で、実力は相当なものだと思った。



夕方。

「…もっと…うまくなりたいな」

列車に揺られながら、優月は手すりを撫でる。

玖打の評価はさんざんなものだった。だが、今の演奏を見たら、彼はどう評価するだろう?

「定期演奏会…やるしかないな」

優愛から受け継いだスティックに、小さな手をかける。

やはり、吹奏楽の世界は広い。

だって…絶対の1番は…誰でもないのだから。

【次回】 井土が冷酷に…。 部活が潰れる!?

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