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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
立ちはだかる脅威 文化部発表会編
217/234

143話 河又悠良之介の怒り

ゆなが生徒指導された翌日。

「…井土先生、ゆなの為に掛け合ったらしいよ」

全員が楽器を出す間、リードを噛みながら、むつみがそう言った。

「あっそ…」

しかし、ダメージは無いのか?ゆなは何ともなさそうな顔をしていた。

「広一朗、優しいから、たぶん町江引かないよ」

「はー、なんて事…」

「あいつ、マジでやばい」

ゆなは、昨日のことを話す。


昨日、ゆなは町江に生徒指導室で、尋問された。

『…だから、別にグレてないって!』

『何言ってんだ!?少なくとも風紀違反だろ!』

『何ですか?風紀って』

『…お前さ!学校生活で落ち着きがないの、分かってんのか?』

『…』

何と、町江は普段の生活のことも、持ち込んできた。

『…そんな奴が社会でやってけると思うな!』

ドヤりと言う彼が、うざいと感じたゆなは、

『あなたに社会の何が分かるんです?』

と反射的に口にした。

『…その口答えと、先生方への礼儀がなってない!生徒指導の対象だからな!』

『…分かりましたよ』

『これだから、ここの吹部は…』


思い出したゆなは、拳を固める。

「…クソだクソだクソだ!」

「…」

気迫に優月と筝馬は黙り込んでしまった。

その時だった。

「練習してくださーい…」

井土が少し疲れた様子て音楽室へ入ってきた。

「あ、広一朗!」

「あんま大きな声で言ったら、町江先生にバレるよ」

そう言う彼の表情は、ゲッソリとしていた。

「え?井土先生、どうでした?」

クラリネットの冬一が、慌てて駆け寄り訊ねる。彼は殆ど興味本位で動いている。

「駄目でしたー」

「えぇ!?」

「…内申に入れるのはどうかと、言ったんだけど駄目だった」

「言ったのか」

優月は少し驚いた。


その時だった。

『あ、井土先生、少し良いですか?』

「…えっ」 

全員の鳥肌が立ち込めた。

「町江先生…」

それは生徒指導部長の町江雪道だ。



町江はその後、井土を呼び出した。

『最近の吹奏楽部の生徒たちですが、生徒指導対象の人間が多すぎです』

こうやって、先生から咎められるのは…前任校以来か?

何だか、井土は昔を思い出しそうになった。

「それは…すみません」

「部内でもしっかりと指導して下さい!なんの為の集団活動なんですか?」

その声は、部員に聞かれてしまっていた…。


「うっわぁ…、井土先生可哀想」

初芽結羽香が小さい声で言う。結羽香の声は少し上擦っていた。

その時、

「んもー、ゆゆ!行って来い」

結羽香の隣にいた心音が、優月を押し出す。

「え…、何て言うの?」

「そりゃあ…、言い過ぎです!って」

「えぇ…!?」

「また井土先生から、お菓子もらえるかもよ?」

「…んん〜」

悩む、悩むなぁ。

確かに井土からのお菓子は欲しい…。


その時だった。

「あまり酷いと活動に規制を掛けますよ」

『はぁあ〜!?』

聞こえていた心音とむつみと美鈴が、小声で叫びに近い声を漏らす。

『どんだけ俺等を信用してないんだよ』

『冬馬と一緒にしないでほしいんだが…』

彼は冬馬高校というヤンキー校出身だからか、かなり生徒に厳しい。どうやら、今まではなりを潜めていたらしい。


『…ゆゆ、行って来い!』

その時、ゆなまでもがそう言った。

「え?」

明らかな指図だと分かる。

「良いから」

(生徒指導受けたから、こうなってるのに!?)

最悪だ、もしも自分まで生徒指導をくらったら…、しかし。

「ゆゆなら、多分怒られないと思う」

「えっ?」

最近、仲良くなった夏矢颯佚が、こう言ってきたのだ。

「…何なら、明作先輩や俺が行ってもね」

「それは、どうして?」

颯佚が口を開こうとした時、

「良いから、行って来〜い」

「わぁあ!」

心音が優月を、音楽室の外へと弾き出した。


(おいおーい、中学校のときより、何か揉め事に巻き込まれてるんだが…)

しかし、戻ってきては何だか申し訳ない。

謎の優しさを胸に、彼はふたりの会話を見守る。


『井土先生、もう少し厳しくできないですか?』

『え、えぇ…。でもウチの生徒、厳しくなると部活来なくなるんですよ…』

(言うほどそうか?)

『それでも、集団活動でしょう?あまり生徒指導を受けるべき生徒が多いとどうか?』

『…は、はい』

『楽器だけ教えてればいいわけでは無いんですよ?』

『分かってます…』

(井土先生、押されてるな。でも、今出たって僕じゃ勝てない。どこかで事実と矛盾が重なる瞬間を見つけないと…)

冷静に見極めようとした時だった。

『…ひとりの教員としてどうなんですか?』

『それは…あまり言われたくなかったですね…』

『こうして甘やか……』


(本当はもっと待つべきだろうけど、井土先生をバカにされたら許せない!)

優月は井土に何度か借りがある。全て演奏で返そうにも、そんなことは不可能そうだと悟った彼。だから今、全ての借りを返すつもりで、ふたりの方へ出た。

「…井土先生は甘やかしてなんかいません!」

「えっ…?君…」

「ゆゆ…」

井土が顔面蒼白になる気配がしたが、今の彼は暴走状態に等しかった。

「優しいですが、たまに厳しいです!あまり結果だけで、全部を決めつけない方が良いと思います」

全部言い切った。

このあと、多分生徒指導室へ放り込まれるだろうな。そう覚悟した時だった。


「…そうですか」

町江は諦めるように言葉を止めた。

「取り敢えず、部でも指導はお願いしますね」

そう言って、黙って消えた。


「…?」

「…?」

優月と井土は少しの間、顔を見合わせた。



部活終わり。優月と咲慧は、さっきのことで話していた。

「えっ?怒られなかったの?」

「そう。普通、話しの途中で邪魔したら尚更怒るだろうに…」

「優月くん、学校での素行が良いからじゃない?」

「…そうかなぁ?先生たちにちゃんと挨拶して、規則を守っているだけだよ」

「だからだよ。優月くん、根は真面目だもん」

「そ、そう?」

「うん。あ、私こっちだから帰るね」

「うん、またね」

咲慧と別れた優月は、少し考え込んだ。

(だから夏矢くん、怒られないって言ったのかな?)

優月は素行だけは、と素直に守っている。成績は悪いので内申点だけは、上げておきたかったからだ。



一方。

悠良之介は、町江を廊下で呼び止めていた。

「先生!すみません!」

「ん?どうした?」

「むつみの…ことなんですけれど…」

「ええ、聞いてるよ。アルビノって」

「…なら」

しかし、あろうことか彼は、悠良之介の会話を遮る。 

「…ただ彼女の友達も、夏休み中に髪を染めて、指導になったんだ」

「…!?」

それは、悠良之介にとっても初耳だ。

「…このままでは、本件と無関係といえ、また規律を破る生徒が増えかねない。分かる?」

「…はい」

すると、町江は「さようなら」と挨拶だけを残して消えていった。

(周りに影響あるからって、本人の個性を規制するって何なんだよ…)

自由を好む悠良之介に、それは許せなかった。



そもそも、悠良之介が吹奏楽部に入った理由。

それは、井土の人柄に惚れて、だ。

『ゆらくん、皆帰ったらゲームしてあげるから、ちゃんと練習してね』

『まじ!?うぃーす!』

(まぁ、明作さんが遅くまで残るから無理だけど)

彼も、悠良之介のように自由な人間だった。

定期演奏会は、音だけでなく、演出や照明も…。全てが自由だからこそ、通常の学校より皆を楽しませることができる。 

朝日奈向太郎の演奏を、中学3年生で見に行ったとき…驚いた。

他の楽器が少ないせいか、彼の低音は自在に響いた。その音を、自分も鳴らしたくて、吹奏楽部へ入ったのだ。

向太郎と同じ、低音のユーフォニアムを選んだことも、それが理由だった。



けれど…最近は何だか変わってきた気がした。

井土まで何処か焦っている…というのは、町江の仕業なのだろうか?

それとも…。

刻一刻と文化部発表会は迫ってきていた…。

【次回】 優月 小学生に挫折…

     『もっとうまくなりたい…』

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