142話 暴走!! 生徒指導部長
『マジでやべぇわ!あの先生!』
むつみが音楽室の中で叫んでいた。その声は、音楽室へ入ってきた優月の心臓を震わせた。
「…むつみ先輩?」
先生、とは誰だろう?そう聞こうとした時、
「どしたん?話聞こか?」
反対側の休憩室から、顧問の井土がやってきた。
「あ、井土先生!」
むつみが不満を爆発させたように、立ち上がった。それと同時、ゆなと咲慧が同時に入ってきた。
「…町江いるじゃん!?また頭髪で怒ってきたの!!」
「あぁ~、町江先生ね。仕方ない」
井土の声は、宥めるもののそれではなく、1人の人間として呆れているようなものだった。
「…だって、元冬馬高校の教員だったもん」
「たく、一緒にすんなよ」
「そうだよ、あんなクソがいる高校と一緒にすんなよ」
するとゆなも、乗りかかってきた。
ゆなのいう『クソ』とは高久雪哉のことだろう。ゆなと元々付き合っていたが最初から遊びのつもりで、付き合っていた奴だ。最後はゆなを貶める計画だったらしい。結果、ゆなと咲慧に半殺しにされた奴は、冬馬高校に入学、吹奏楽は辞めているらしい。
「…本当、ゆなっ子大丈夫?」
「次会ったら、スティックで顔面タコ殴りにするから大丈夫よ」
「それはスティックが可哀想…」
ゆなの壮絶な過去を知る優月は、あまり笑えなかった。
一方、井土は町江について、少し顔を渋めている様子だった。
「あの人、定演のスケジュールにも、文句言ってきたんだよね…」
え?優月が思わず首を回す。井土LOVEな優月は、その時点で生徒指導部長の彼をよく思わなかった。
「…まぁ、学生は部活より勉強ですが、本番の月に休むなんてあり得ませんからね」
「ここが弱いから、舐めてるだけなんじゃないの」
そこへむつみが言う。
「マジで去年までの先生の方が良かったわ」
そう言って入ってきたのは、河又悠良之介だ。
「…ゆらくんやん、今日は早いね」
普段は来るのが遅い彼に、井土は少し目を丸めていた。
「町江から逃げてきた」
するとその理由は、しょうもない事だった。
「全く、また宿題を忘れたんじゃないでしょうね?」
「へへ、忘れちった!」
「卒業できないぞー」
井土が言うと、 悠良之介はフフンと鼻を鳴らす。
「別に、向太郎先輩と同じ所に、就職できれば良いし」
「それ以前の問題って言ってんの!この馬鹿!!」
そんな悠良之介へ、むつみは鉄拳を飛ばした。
「痛ぁ!むつみ、力強くなった?」
「当たり前でしょ?楽器を運んで筋肉ついてるんだから!」
「えぐぅ」
ゆなが笑う。
確かにその通りではある。まず、彼は何事にも本気になれないのだ。昨年度の定期演奏会だけは、真面目に練習をしていたが、それ以外は殆どない。リズム力すらも、初心者の優月を超えるかどうかも怪しい。
「…はぁ、生徒指導部長厳しすぎ」
むつみは、白々しい地毛を宙へとなびかせる。
「ヴィッグを付けろとか何とか…」
悩むむつみ。井土も溜息を吐く。
「よね。別に頭髪くらいは良いんじゃ…」
彼も一定の自由は許したいと思っているようだ。
「…むつみのは地毛なのに」
そして、悠良之介もむつみと、同じくらい怒っていた。
この生徒指導教師、町江雪道により、この吹奏楽部は危機に晒されることとなる…。
部活終了後。
「優月くん、ナレーターの練習した?」
「え…?ううん」
「ちゃんとしたら?」
「…うん」
それは30分前…。
『ゆゆー、楽しんでいまぁすかー!ですよ!』
『た、楽しんでいますかー!』
『もっと声を高く!』
『楽しんでまぁぃすかー!』
『た、高過ぎー!』
中々、呼び掛けが上手くいかず、しどろもどろとなっていた。
『うーん、こればかりは、ゆゆをクビにできないなぁ』
『どうして?』
心音が聞く。
『オーディエンスが盛り上がらないから』
『…去年のやつね』
『?』
皆は知るが、1年生含めた咲慧は分からない。
『…優月くんが、去年何かしたんですか?』
今度は咲慧が聞く。
『去年、彼が凄い3年生を沸かせたから』
『ま、まぁ、そうだったなぁ』
悠良之介が少し羨ましそうに言った。
去年…
『ゆづきぃー!!』
『…あ、あははは』
優月は脇役の如くステージの横へいたのに、当時の3年生から盛大な声援を貰ったのだ。その切っ掛けは、優月がメイド服を披露目たことである。
思い出した優月はバツが悪そうに笑った。
『…それでか』
『ですので、ゆゆ。無理して頑張ってくださいね』
井土が冗談めかして言う。
『は、はい…』
優月は小さく返事をした。
思い出した咲慧は、優しそうに肩を下ろす。
「優月くん、期待されてるんだよ。頑張って」
「う、うん…」
ふたりが階段を降りきり、職員室前を通ろうとした時だった。
「…町江先生」
優月が思わず顔を渋めた。
「本当だ」
咲慧と優月は静かに通ろうとする。
『本当に本校の生徒としての自覚を持ちなさい!!』
決して優しい言葉でも、口調でもなかった。怒られている本人は、どんな罪を犯したのだろう?
『歩きスマホして、人にぶつかって…、他の人だったらどうするんだ!?』
『す、すみません』
どうやら歩きスマホをした上に、誰かにぶつかってしまったようだ。
『私以外にぶつかったら、どうするんだ!?』
((お前かよ!!))
思わず、2人は心の中で突っ込んでしまった。
少し怒りすぎだな、2人は同時にそう呟いた。
翌日。
昼休み、ゆなは先輩の齋藤菅菜と音楽室で昼食を取っていた。
「はぁ~、昨日ここで町江の話ししたのよ」
ゆながサンドイッチを開けながら言う。
「…町江先生。生徒指導の1番偉い人じゃん」
「そう」
「でも、あの人、むつみちゃんの頭髪、厳しく接してるんだよね。何も、そこまで怒らなくても、むつみちゃんはグレないのに…」
「それな。頭おかしいのかな」
「うーん。そんな事はないんじゃない?でも、確かに、むつみちゃん少し威圧感あるし」
「…あんなの普通でしょ?」
ゆなはそう言って、サンドイッチを咀嚼した。
「でも、冬馬にいたんなら、気持ちは分からなくもないかも」
「そう?」
「だって、冬馬中の子が、更にグレた連中の集まりでしょ?」
菅菜はそう言って、ふうと溜息を吐く。ゆなも菅菜も冬馬中学校の出身だ。治安レベルは県内最悪で不良校でもある。
「…ったく」
しかし、このあと、ゆなは生徒指導の牙へとかかってしまうのだった。
その日の放課後。
「鳳月さん、遅いですねぇ。一体どうしたんでしょう?」
合奏が一段落した頃、井土が言うと、優月と筝馬は空席のドラムセットを見つめる。
「…鳳月さん、お腹壊したのかな」
「でも、さっき職員室近くの窓枠で、スマホ触ってましたよ」
「へ、へぇ…」
その時だった。
ピリンピリン♪
「!?」
突然、電話が掛かってきた。
「…校内電話からですか。嫌な予感する」
「略して好夜間」
不安そうな井土と対照的に、心音がいつもの調子でボケる。
「健康上の夜間救急の相談や受診のことですね」
そのボケを茉莉沙が、思わず解説にした。
「さすが…茉莉沙先輩!」
美鈴が褒めると、
「医大志望だからね」
と茉莉沙は笑ってみせた。
「え!?鳳月さんがですか!?」
その時、井土が驚いたように言う。
「…」
それに真っ先に反応したのは、優月だった。
「…鳳月さん」
一体、ゆなが何に何があったのだ?
すると、井土はとんでもないことを言う。
「鳳月さん、生徒指導受けてるみたいです」
「うわっ!いつかやられると思ってた!」
優月が思わず言う。
『えぇえ〜〜〜〜〜!?』
衝動的に口を突いて出た言葉は、部員の殆どを大きく驚かせた。
「…ま、まぁ、鳳月さんは少々問題児だからね」
井土が慌てて擁護すると、呼応するようにむつみが頷く。
「…はぁあ、仕方ない。じゃ、ゆゆドラムの曲やりますか!月に叢雲華に風!」
そうして、部活が終わろうとしていた。
活動終了10分前に、ゆなはトボトボと帰ってきた。その表情は少しばかり不満に満ちていた。
「…ただいま」
「おっ!ゆな帰ってきた!」
「おかえり」
むつみと井土が反応する。次に心音が口を開く。
「どうして、生徒指導くらったん?」
「スマホ」
「はっ?」
「なんか、職員室近くの窓枠に座ってスマホやってたの。そしたらいきなり怒られた」
「はっ?それだけ?」
呆れたむつみが、思わず聞き返す。
「それだけ」
「あいつ、もはや病気だろ」
むつみが拳を握りしめる。初芽結羽香が慌てて、怒りを押さえようとする。
誰もが、むつみの気迫に息を呑んだその時、
「病気なら私が見てあげましょうか?」
茉莉沙がそう言った。
「……」
次に出たのは、明るい笑い声だった。
「アハハハハハハっ!!」
最初に笑ったのは心音とほのかだった。次々と音楽室は、笑いの渦に巻き込まれる。
茉莉沙は本気で言ったのか、場を和ませる為にボケたのか、分からない。ただこのタイミングで、この言葉は秀逸だと思った。
「…少し厳しすぎるね」
しかし、井土はひとりだけ険しい顔をしていた…。
【次回】 井土がキレられ…優月はキレる…!!
東藤高校吹奏楽部の危機!!




