音楽室整理の章
この物語はフィクションです。
人物、学校名、団体名は、すべて架空のものです。
ご了承下さい。
『…退部阻止ですか…』
音楽室脇の休憩室から、初芽の声が聴こえてくる。
聞いた内容は、茉莉沙の退部の原因を掴む、という内容の話だ。
優月は、それを聴いて目を細める。
(明作先輩…)
茉莉沙には、辞めてほしくない、優月もそう思った。
翌日。
「…想大君、今日は美術部じゃないの?」
優月が、親友の想大へ、そう訊ねる。
「いや、吹部優先しないと…。最近、練習時間が取れてないし…」
「…まぁ。コンクールもあるしね…」
そう言って、音楽室の扉を開く。
「こんにちはー…」
2人は、挨拶しながら、違和感を感じる。
誰も、楽器を出していない。茉莉沙でさえも。
ゆなが、楽器を出さないことは、いつものことだが、誰一人出していない。
「…はい、みなさん、来ましたねー」
すると、顧問の井土広一朗が、パンパンと手を叩く。
「…それでは、今から、音楽室の整理をしたいと思います。やることとしては、使えない楽器を処理することと、授業で使うドラムを出すことです」
『はい!』
殆どの部員が返事する。
掃除か…と2人は思う。
「とりあえず、ドラムちゃんは、パーカッションに任せるとして、使えない楽器の処理は、他の子にお願いします。いいですね?」
彼は、どこか一点に、視線を向ける。
「あ…?」
優月は、何だか、落ち着かなくなった。
彼の視線は、何故か自分に向けられてる?思ったからだ。
「ほーい!まずは、要らない楽譜を、処理しますよー!」
チューバ担当の朝日奈向太郎が、そう指示する。
『はい!』
そうして、彼の言葉から、掃除が始まった。
「…優月くんは、朝日奈くんの手伝いをお願い」
顧問の井土が、優月へ歩み寄り、そう言った。
「…え?指示と違いますが、いいんですか?」
「おけ!」
優月は、そう言って、向太郎や想大を追った。
向太郎が、誰も入らないような一室の、ドアを開ける。
「うおぉ…」
すると、埃っぽい臭いが、鼻を突く。
「…君等は入らんで良いから、楽譜の束だけ、持ってってー」
向太郎がそう言って、次々と楽譜と雑誌の束を、床に放る。
「…持ってきまーす」
優月が、楽譜と雑誌の束を持ち上げる。教科書が混じっているのか、想像以上に重い。
「…重そー」
齋藤菅菜もそう言って、束を運び上げる。
「…優月くん、俺はどうすれば?」
「うーん…、渡されるまで待ってなー」
と想大の問いに答えると、彼は、辺りを見回す。
「…ゆな、そのハイハット持ってってー」
「重いから、いやー…」
田中美心も、鳳月ゆなの扱いに、苦心しているようだ。
音楽室の隅に、冊子の束を放り続けること、約10分。埃っぽい床が、ようやく顔を見せた。
「…終わったー…」
初芽がそう言って、ホッと息をつく。
「お疲れ様でーす」
すると、岩坂心音が、そう労いの言葉をかける。
「心音さん、次はギターだって…」
すると降谷ほのかが話しかけてくる。
「ギター?」
次は、どうやら、ギターを処理するらしい。
「…ででん」
初芽がギターの弦を、指で、弾く。
「…早く、やりましょう」
茉莉沙が、そう言って、ギターを手に取る。
「茉莉沙ー、ギター弾いてよー」
初芽が、笑いかけると、
「…これ、調弦されてないし、音、変だよ」
と彼女は、弦を弾く。
ビン…!ベン…!と濁ったような音がする。
「駄目だねー…」
2人に、弦楽器担当の奏澪が話しかけてくる。
「奏さん…」
茉莉沙が、ギターを手に、振り返る。
「それも、弦をハサミで、切っちゃって下さい」
「えぇ…」と初芽は勿体なさそうに言う。
「貸して」
だが、茉莉沙がハサミを片手に、もう片手を、初芽へつき出す。
「うん」
すると、茉莉沙は、一切の躊躇いもなく、弦を切り破った。
ぱちん!と糸が切れた音が響く。
「…おぉ」
初芽は、両手を広げ、驚きの声を上げる。
その時、
「…これも、使えないんですか?」
と優月がギターを手に、尋ねてきた。
「うん…。使えないねー…。これは…」
初芽が、諦めたように言い、ハサミを優月へ渡す。
「使えないから、弦、切っちゃって…」
「えっ?切っちゃって、良いんですか?」
彼の動揺を、受け止め、「良いよ」と言う。
それを聞いた優月は、ハサミの刃を弦へ、向ける。そして、持ち手に、力を込めて、押す。
その時、緊張の糸が途切れたように、弦が、ぱつん!と切れた。
「…想大君、使えないギターの弦は、切っちゃって!」
優月は想大に指示をする。
その様子を見た初芽と澪は、微笑んだ。しかし茉莉沙は、大して、何も言わず、淡々とギターの弦を切り破った。
ドラム班も、順調そうに進んでいた。
「悠良ノ介!キックペダル、取ってー!」
美心の指示に、「これすか?」と、悠良ノ介は、ペダルと大太鼓を叩くようなマレットが一体化した、キックペダルを、持ち上げる。
バスドラムは、ペダルを右足で踏むことによって、そのマレットの形をしたビーターが、跳ね上がり、打面を打ち抜くのだ。
「それそれー。早くして」
「…はーい」
「…ゆなは駄目だな…」
天才の宿命というべきか、演奏以外は、ダラダラと怠ける彼女をみて、美心は全てを諦めた。
その時、優月は、ギターを運びながら、初芽に話しかける。
「初芽先輩、あの、ちょっと人から、聞いた話なんですけれど…」
「…なに?」
優月は、気になった一心で、こう聞いた。
「…明作先輩って、部活、辞めちゃうんですか?」
「…あ」
初芽は、凍り固まった。
しかし、すぐに反応する。
「うん。小倉君、これは、内緒だよ。実はね、茉莉沙は、元々ね、パーカッション奏者だったの」
「…え?」
今度は、優月が凍り固まった。
「…そうだったんですか?」
「うん。でも学校の吹奏楽に、所属していた訳では無くて、『御浦ジュニアブラスバンド』っていう超強いクラブにいたの」
その彼女の言葉が、嘘とは、思えなかった。
その時、夕焼けの中で、交わしたあの会話が甦る。
『…明作先輩って、中学生の頃からトロンボーンをやってたんですか?』
『いいえ。あなたと一緒』
ようやく辻褄が合った。
あれは、自分も、同じく、高校から楽器を始めたという意味だったのか、と
「…御浦ジュニアブラスバンドって強いんですよね。後輩から、噂はかねがね聞いてました…」
「へぇ。流石、茂華中学校出身ね」
「…実は、その友達も、パーカス担当なんですよ」
すると、初芽は「…えっ?」と、首を傾ける。
「それって、マリンバとか、やってた子?」
その言葉に優月は、首を横に振る。
「違いますね…」
古叢井瑠璃のことだな、と思う。
「じゃあ、舞台で、バスドラ踏んでた子?」
優愛のことだが、こんな言い方をされると、何とも言えない気持ちになる。
「そ…そうです」
初芽は、その言葉に、目をキラキラと光らせる。
「そうなんだ。茂華のパーカスって、全員可愛いよねー…」
彼女が、そう言うと、優月は「そうですね」と微笑んだ。
あの2人は今頃も、仲良く活動しているだろう。
しかし、瑠璃を悲劇が襲うことを、この時は、まだ知らなかった。
その後、部員の働きもあり、ようやく、音楽室整理は終わった。
そして、井土が、休憩室へ優月を呼び出す。
「…小倉君、これ…」
そう言って、彼が指さしたものに、優月は目を疑う。
目の前には、黒いドラムがあった。小さくてどこか、かわいらしかった。
「練習後は…ここで、勝手に叩いてて、いいよ」
井土の言葉に、優月の喉から、勝手に声が、飛び跳ねる。
「えええええっ!?」
しかし、井土は眉ひとつ動かさず、笑うばかりだった。
「…ありがとうございます!」
優月は、嬉しさのあまり、深く腰を折った。
これから、毎日、人目を憚らずに、叩けると思うと…。
井土が去ったあと、優月は、ドラムスティックをスネアドラムに、すとんと落とす。
すると、ぱん!と鞭を打つような音がする。
そして、優月は右足で、ペダルを踏む。
バンッ!という空気を張るような音が響いた。
優月は、その後、そのドラムを演奏し始めた。
それを、扉越しに、見る者がいた。
その人物は、逃げるように、音楽室から走り去っていった。
だが、音に酔いしれていた優月は、そのことに微塵も気づかなかった。
玄関前の廊下を、歩きながら、優月は想大と話す。
「…良かったな。ドラム使えて」
「うん!井土先生、ほんっと神!」
「はは」
2人が、外へでたその時だった。
どこからか、泣き声が、聴こえる。
「泣いてる?」
優月は、本能的に、泣き声のする方へ歩き出す。
すると、ベンチに1人、俯いて、泣く者がいた。
「明作先輩…」
想大が思わず言った。
優月は、茉莉沙に近づく。
「あの…大丈夫…ですか?」
何故か、小さい子を慰めるかのような声色になってしまった。
「きもち…わるい…」
そんな茉莉沙の目は、赤く腫れていた。
そして、彼女の過去話が、幕をあける…。
ありがとうございました!
良かったら、
ポイント、感想、ブックマーク
をお願い致します!
次回
茉莉沙の敵…




