表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
古叢井と矢野… 全日本吹奏楽コンクール編
207/208

134話 伊崎凪咲 亡き姉とクラリネット

救急車のけたたましいサイレンの音が、うるさいくらいに鼓膜を叩きつける。人々の喧騒に押されるように、誰かが搬送されていく。

『姉…さん?』

それは、自身の姉だった。

姉はシートに被せられていて、何だか窮屈そうに見えた。

『なんで姉さんって、いつも机をたたいているの?』

『…それが、私のやりたいことだからだよ』

その言葉は、いつまでも忘れることは無い。

髪先が黄色に染まり、ロングツインテールを下げた姉の笑顔が、夕日に照らされ輝いていた。

『わたし、もっとうまくなりたい!』

そんな明るい声は、唐突に失われた。

どうしようもない気持ちを、押さえ付けていたその時、現れたのだ。

『私はね、古叢井瑠璃だよ』

姉のような友達に出会ったのは…。



ー現在ー

「凪咲ー」

「はっ、姉さん」

「私は瑠璃だよ」

練習終わり、伊崎凪咲は、疲れ過ぎて寝てしまったようだ。

「…矢野は?あ、そっか」

「雄成は病院行ったよ。お母さんと少しでも長くいたいって…」

「鬼だけど、矢野も子供だもんね」

それだけ言って、凪咲は溜息を吐き出した。

「それにしても…瑠璃がいなかったら、今頃…この吹部は終わっていただろうね」

凪咲が言う。

「そうかな?」

「瑠璃って、凄いよ」

「え?嬉しい♪」

すると、瑠璃はゆっくりと手を伸ばした。

「…私ね、人生でまともに怒ったの、雄成が初めてだったの」

「え?」

「前も言ったよ?私、本気で怒ったら手が出ちゃうから。でも今はもう大丈夫だよ」

「すっ…、その怒りを楽器にぶつけてるから?」

「ちょっとー。捻くれたこと言わないでよ。間違ってないけど」

瑠璃はものを叩くことが好きだ。しかし、凪咲は首を横に振った。

「…私の姉さんも一緒だったよ」

「それって、お空に行っちゃった…?」

「そう」

音楽室に静寂が流れる。だが、僅かに楽器の音が聴こえてくる。蓮巳桜のトロンボーンだろう。



「伊崎優子…」

凪咲が言う。

「…凪咲のお姉ちゃんの名前?」

「そー」

すると彼女はクラリネットのリードを外す。そろそろ替え時か。

「…私の姉さん、瑠璃みたいだったって話しはしたよね?」

「したよ」

すると凪咲は話し出した。



《ー10年前ー》

凪咲の姉、伊崎(いさき)優子(ゆうこ)は、茂華小学校吹奏楽でもトップクラスの打楽器奏者だった。

『凪咲も楽器やろうよ〜』

誰よりも純粋で繊細…。そんな彼女は、普段なら妹にも甘えるような子供であった。


しかし…、

『おねえちゃん、カッコいい〜』

楽器を演奏している時の顔は、誰よりも真剣で本気で音楽を楽しんでいることが、手に取るように分かった。

コンクールでは真面目でも、定期演奏会などのポップスでは、誰よりも楽しそうに、幸せそうな笑顔で演奏していた。

それに憧れた優しい姉に、演奏会の直後、優子に…

『私も、がっきやりたいかも』

こう言った。

『ふふ、凪咲ぁ、分かってくれた?』

すると、優子は可愛らしい小顔を傾げて、にこりと柔らかい笑みを浮かべた。

そんな2つの顔を持つ姉が大好きだった。


だが、優子に異変が訪れる。

凪咲が小学校に上がった時から、優子の元気がなくなってしまったのだ。以前のような明るさは見えなかった。

凪咲は、心配の声を掛けようと何度も迷った。それでも、『すぐに元に戻るだろう』と安心していた。

事実その後、優子の元気はすぐに戻り、自分の憧れる純粋な姉が戻ってきた。


『なぎさー!ただいまぁー』

『…お姉ちゃん、おかえり』

ある日、そこにいたのは普通の姉。

『…あー、疲れちゃった』

『?』

しかし、この日は何か様子がおかしかった。

そしてこの日の夜、悲劇が起こる。  



優子は、珍しく外へ散歩に言った。茂華町は街灯の多い場所なので、小学生ひとりが歩こうと、全く問題のない安全な町だった。

だから、別に誰も止めようとはしなかった。



「優子、まだ帰らないのかしら?」

「姉さん、まだ帰らないの?」

優子の楽器のカタログを盗み見していた凪咲が、心配をする母に近寄る。

「そう。いつもなら8時までには…、帰ってくるはずなのに…」

その時、スマホが揺れる。そのバイブレーションは、不吉な未来を暗にほのめかしていた。

「…誰?警察?」

「…えっ?」

連絡は…『優子が車に跳ねられ死亡した』という内容だった…。



それからは、よく覚えていない。

ただ、優子の葬式は人生で1番泣いたと思う。



それから、数カ月後。

『なにこれ…』

しかし、優子は親の強い期待に耐えかねて、自ら命を絶ったことが、彼女の日記によって明かされた。

優子の変化に気付けたはずなのに、何もしてあげられなかった。その後悔は一生残るだろう。


そのあと、小学4年生でクラリネットを始めた。一旦は優子のように打楽器を始めるか迷った。だが、いつまでも過去にすがりついてはいられない。そんな特殊な信念を胸に、彼女とは違うクラリネットを始めた。

『県管打楽器ソロコンテスト…、金賞。伊崎凪咲!』

『はい』

誰よりも真面目な凪咲は、着実に実力を付けていき、小学生ながら県1位の実力を持った。

また、うまくなる為なら厳しい指導も厭わなかった。

氷村(ひむら)清遥(きよはる)。子供ながら、今は世界レベルのクラリネット奏者だ。

『…まずは、自分の能力を知ってから吹く』

『はい!』

そんな彼の厳しい指導を乗り越えた彼女は、中学1年生から即戦力だった。

それでも、圧倒的な実力差と真面目さから、彼女は孤立してしまった。




《ー2年前ー》

しかし、とある日。

「優愛おねえちゃんー」

先輩を『姉』として接する特殊なクラスメートがいた。それが古叢井瑠璃だった。

「…あ、」

「君、誰?」

彼女は先輩を探していたらしい。凪咲は瑠璃に名前を(たず)ねられた。

「…伊崎凪咲。あなたは?」 

「あなた?私の名前、あなたじゃないよ、瑠璃だよ」 

「いや、君の名前を…、あ!」

凪咲は何か言いかけたことで気付いた。

「名前、瑠璃なんだ」

すると、瑠璃は小さく頷いた。

「うん。私の名前はね、古叢井瑠璃だよ」

「瑠璃…」

…ということは、優愛直属の後輩ということか。

すると瑠璃は、友好的な笑みを浮かべる。

「…よろしくね!凪咲っ!」

その大きな声に、凪咲は少し来るものがあった。

純粋な性格で打楽器奏者。まるで、姉のようだった。

(…姉さん)

「凪咲!何の楽器やってるの?」

「…クラリネット」

「え〜、知らない楽器だ!」

あまりにも姉に似た少女。

「…ちょっと来て」

「?」


そんな純粋無垢な瑠璃に、凪咲はクラリネットを見せた。

「…これがクラリネット?」

「そう。木管楽器で、リードを使って音を出す」

「…ふーん」

知らない?凪咲が訊ねると、瑠璃は何の造作もなく首を横に振った。

「…私、和太鼓しかやってなかったから」

「えっ?やってたの!?」

「…やってたよ」

「何?御囃子?」

「違うよー。和太鼓クラブ」

「なぁーんだ…」

何となく凪咲は落ち込んだ。

「…あ、これ優愛お姉ちゃんには内緒ね」

すると瑠璃は口元に、小さな指を当てる。

「どうして?」

和太鼓をやっていたことを、隠す必要はないだろう。

「…優愛先輩に、甘えられなくなっちゃうから」

その言葉に、凪咲はハッとした。

彼女は先輩を『姉』として見ている。

「…」

他とは違う彼女とは、親友になれそうだと思った。だから…

「私と…友達になってくれない」

こう言った。

「いーよ」

瑠璃はそれを笑いながら承諾してくれた。

この日から、姉と似た瑠璃は、凪咲の中で特別な存在になった。


そんな折、事件が起こった。

「どうして、瑠璃がティンパニ壊しちゃったこと言ったの!?」

「う…」

サックスの芽吹が、『ティンパニ破壊事件』をわざと起こしたと言いふらしたのだ。



それからも、太鼓ができなくなった瑠璃を何度も心配した。

『大丈夫?』

『うん、だいじょーぶ』

瑠璃は最後まで、潰れそうになるその瞬間まで、本音を隠し通していた。

そして、優愛に打ち明けたあの日から、凪咲は瑠璃を姉のようにはさせないと、決意したのだった…。




《ー現在ー》

瑠璃は帰る用意を、既に始めていた。

「…私、もう夕飯だから帰るね」

「うん」

「凪咲は練習してくの?」

「…ううん。瑠璃と帰る、てか…」

凪咲は頰を赤くする。

「1人の夜道は危ないよ…」

「…わかってるよ」

いつか、姉の元に行くときが来るかもしれない…。

それまでは、クラリネットを一生懸命頑張って、もっと強くなりたい。





そんな瑠璃は…

『…はっ』

『へへ…。ある人からドラムを習って、ちょっとね』

とんでもない離れ業を魅せてきた…。

【楽器のプチ知識】

『瑠璃。クラリネットって楽器はね、18世紀初頭にヨハン・クリストフ・デンナーによって発明されたらしいよ。語源はイタリア語の《Clarino》(小さなトランペット)なんだって。綺麗な音を出すけど、急激な温度変化に弱くて、取り扱いには注意が必要よ。クラリネットって面白いよね??』

by 伊崎凪咲



          【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ