表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
中間テスト&高校生たちの吹奏楽コンサート編
201/208

129話 新たなドラムセット

「海鹿さん、どうしました?」

現れた。井土広一朗が。

「…大橋さん、退部届けの受理ですが、今月分の部費を払ってくれてるから、10月いっぱいで辞めるのはどう?」

「…わ、分かりました」

どうやら、井土には事前に話しを付けていたらしい。


「それでも、少し淋しいですね」

美羽愛と志靉が帰ると、井土はひとり口を開いた。優月は旗を回す練習をしている。中々うまく回せない。

「…え、どうしました?」

優月が首を傾ける。

「あー、退部者が出ちゃうことでね。前の学校では何とも思わなかったのに」

彼は正直に答えた。

「先生、前の学校でも…吹部の顧問だったんですよね?」

「うん。そうだったよ。ただ前の学校は、ね…」

「?」

「前の学校では、私かなり厳しかったから」

「え?それって、夏休みにも…」

「言ったっけ?元々、全国大会に行く学校にいたってこと…」

「あ、そこまでは。でも、少し気になります!」

「気になる?まぁ、話してあげよう」

井土はそう言ってくれた。最近になって優月と井土は仲良くなってきた。

「栃木県立髭田高校」

「栃木…」

優月は思わず息を呑んだ。



栃木県立髭田高校。

この学校は全国的にも有名な高校だ。ちなみに髭田中学校は弱小で、高校の正顧問の鬼指導で全国への切符を掴んでいるらしい。

そこの顧問が、7年前までは井土が顧問だったと言う。しかし、今では考えられないくらいの厳しい指導で、生徒から反感を多く買っていた。

『…上間さん、そこのフェルマータ、気を付けて!』

『はい』

『次、同じところ指導されたら、次の土曜日に練習に来てもらうから』

『…』

『返事?』

『…はい!』

(その日は模試が…)

1年生の初心者や、受験真っ盛りの3年生にも、彼は容赦がなかった。

『いい?ちゃんと練習してね。居残りしてでも練習してもらうから』

『はい!』

『全国大会に行くんだから、厳しいのは当たり前だ。辛いならコンクールのメンバーから外れようが、この部を辞めて逃げるも構わないから』

『…はいっ!』

当時の彼は結果ひとつに駆られ、生徒を雑に扱っていたのだった。



「…なんというか、少し怖いですね」

優月は手に汗を握っていた。とても初対面からはそんな過去を持っているとは想像できない。きっと過去を必死に隠していたことだろう。

「まぁ、そんな風に雑に扱うもんだから、3年ほどでクビになったけどね」

彼の目は笑っていた。きっと…未練は無いのだろう。

「髭田高校は、私が来る前も強かったから、そうやって伝統を受け継ぐのが基本だと思ってた」

「それは、わかります。茂華中もそうでしたから」

優月が真剣に言うと、井土はふっ!と吹き出した。

「ゆゆは、吹部じゃなかったでしょ?」

「あ、」

そう。優月は中学時代は美術部だった。

「でも、吹部に後輩は何人かいたんで…!」

「古叢井さん?」

「まぁ、それもあります…」

本命は優愛だが、井土は優愛のことをあまり知らない。

「確かに、茂華は強い。ま、3年ほど前に、ここの楽器を譲ったんですがね」

「え?」

そうなの?優月は気になった。ここの楽器を古巣へ寄贈したのか?

「な、何の楽器ですか?」

「ドラム。バスドラムだけね。アンコン?で使ったみたい」

え、中途半端過ぎない?優月は少しあきれた。

「そ、そうなんですね」

すると井土がクスリと笑った。

「実は髭田高校から、要らないドラムを大量に押し付けられてて…。よかったら持って帰る?」

「も、持って帰る?」

井土が意味不明なことを言った、その時だった。


「広一朗ー!」

誰かが音楽室へ乱入する。

「あ、むっつん、ゆなっ子、河又先輩…」

井土が反応する。いたのは、鳳月ゆなと井上むつみ、河又悠良之介だ。

「え、ゆゆは何しにきてんの?」

するとゆなが奇妙な視線を向ける。優月は慌てて旗の練習、と答えた。

「井土さん、日が沈むまで音楽室(ここ)にいていい?」

「あー、日差し強いからね。良いですよ」

するとむつみがゆなに向く。

「よし。ゆなっ子、勉強教えてやる!」 

「俺に教えてくれ!」

「お前は大丈夫」

するとゆなが喚いた。

「えー、私勉強嫌い。教えてもらったら阿呆になる」

「うっわ!ひっどぉー!」

「だって、私はバカだもん」

「勉強しないからでしょ?」

「るせー!わたしゃソシャゲーやるんだよ!」

いつもの会話。さっきまで無音だった音楽室は、言葉の花が爛漫に咲く。

「あ、ゆなー、日傘差すのよろぴくねー」

「よろぴくはキモ…」

「何でだよー!」

怒ったむつみの手は、ゆなの首筋を思い切り握る。

「ぎゃびぃ!?だって、真面目がよろぴくは無いでしょ?」

「そんな事言ってるから赤点なんだよ。ばぁ〜か!ね、ゆゆ?」

すると、こちらにまで飛び火してきた。

「え、まぁ、はい!」

優月は普段の恨みも込めて、思い切り肯定してやった。

「ゆゆ、オメー、テスト大丈夫なのかよー?」

すると、ゆなは餌へ飛び付くライオンのように、優月の言葉へかじりつく。

「…歴史がやばい」

「あ?数学はどうしたのよ?」

「…美玖音ちゃんに教えてもらったから」

「そう…」

すると、ゆなはプイと黙りスマホを取り出した。

(…)

優月はゆなを少し睨みつけた。


「ゆーゆ」

その時、井土が優月へ話しかけて来た。

「は、はい!」

「そのドラム。ゆゆのにして良いよ」

「え、良いんですか?」

「うん。前のドラムボロボロだし、太鼓が大きいから大きな音出るでしょう」

「あー、なるほどです」

太鼓…とはバスドラムのことだろう。

「ありがとうございます!」 

優月は目を光らせて礼を言う。

「…いえ」

それだけ言って、彼はどこかにいなくなった。


(……)

一方、ゆなは優月を凝視していた。

(…やっぱあいつ、どっかで顔を見たような)

何か、記憶が蘇りそうな気がした。


悠良之介は、そんな彼女と優月を一瞥する。

『ゆらのすけ…、いい名前だね』

『ありがと』

『モノホンのがっきやったら?』

『えー、それは恥ずかしいよ…』

可愛らしい笑顔の中に見える、小さな殺気のような色。それが瞳を美しく照らしていた。

あの少年は何者か?

『な名前は?』

『おぐら、おぐらゆづき!』


「…ゆゆ!」

「ん?河又先輩?」

「ゆゆ、バケツドラムやってなかった?」

「…!?」

優月は少し嫌そうな顔をした。黒歴史なのに。

「やってましたけど?どうしたんですか?」

「俺のママと会った…あ!」

「ママ?」

「うるせ!」

むつみは一旦仕切ると、問いを投げかける。

「俺の母さんと会ったこと…なかったか?」

「ごめん。覚えてないです」

タムタムを調整するべく、ボルトネジを緩める。中々うまくいかない。

「…あ!でも何人か、子供連れの女性には、話しかけられました」

その言葉に嘘はなかった。ちなみに中には、新楽ほのかも含まれている。

「俺、ゆゆと会ってる」

「人違い…じゃないですか…?」

その声はとても冷たかった。

(あの…ゆらのすけって子、まさかね)

優月は、そうやって自分を誤魔化した。まさか、年上に無礼な口調を聞いたとは認めたくない。

「…かもな」

すると、彼は意外にも、あっさりと引き下がった。

(…ま、本人が嫌がってるなら、別にいいか)

新しいドラムを試奏する優月を見て、今はそう思った。




…しかし

『みなさん、吹奏楽部です!楽しんでいきましょう!』

その声にはらんだ狂気。

優月の本性を、悠良之介は目の当たりにするのだった。

ありがとうございました!

読んでくれた方は、

リアクションをお願いします!

意見や面白かったら感想をお願いします!

ポイントやブックマークもお待ちしております!

次回もお楽しみに!

         

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ