表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
中間テスト&高校生たちの吹奏楽コンサート編
200/207

128話 志靉の暴走

大橋(おおはし)志靉(しあ)。普段はおっとりした女の子だが、時に理性を失い暴走する。その暴走は誰にも、友達でさえも止められない。


ぽつりと立ちすくんだ彼女が、優月と美羽愛を見つめる。先程まで美羽愛と乱闘していた。と言っても、美羽愛が志靉の攻撃を一方的に受け流していただけだが。

「…どうして!?私が黙って部活を辞めようとするのを止めるの!!」

志靉の言葉に美羽愛が眉をひそめる。

「だから…、辞めるんなら皆に言った方が良いでしょ?」

その言葉に、優月は状況を理解した。

美羽愛は、志靉が黙って退部するのを止めたいんだ、ということに。

「…どういうこと?」

それでも、優月は知らないフリをして2人に接近する。

「志靉ちゃん、部活辞めたいそうで…」

「そうなんだ」

ここでも知らなかったフリをかます。前々から聞いていたが。

「それで、どうして乱闘騒ぎに?」

多少大袈裟だが、聞かずにはいられない。

「…黙って辞めてくのは駄目、って言ったら、志靉ちゃんが怒っちゃって」

なるほど、優月は美心を思い返す。

確か、田中美心。彼女も黙って辞めていった。それは誰にも止められたくなかったのが理由だ。しかし、彼女だって3年間頑張ってきたから、定期演奏会に微力ながら参加できていた。


「…しーちゃん、誰かに辞めるって言って、辞めるのがマズイの?」

優月がそれとなく、志靉に問いを投げかける。

「…マズイというか、それが嫌なんです」

「それ?」

「辞めること自体を、ここの皆には言いたくないんです」

「それは…どうして?」

優月は、なぜ彼女が黙って辞めることに(こだわ)るのか、全く分からなかった。

「皆に…嫌われるから」

「え?わ、嫌われる?」

優月はどういう事?と思った。

「美羽愛ちゃん、覚えてるでしょ?中学生のとき…」

「…あの事件?」

あの事件…とは何のことだろうか?

それは、勝手に2人が話してくれた。



大橋志靉と海鹿美羽愛のふたりは、小学生時代から楽器を始めていた。

『…これがちゅーば』

志靉は仲の良い上級生と同じチューバに、美羽愛は試聴して1番気に入ったユーフォニアムを、担当することになった。

普段はおっとりしている彼女にとって、チューバは天職といえるものだった。

最初の1年は、ただ穏やかな日々で技術を磨いた。


しかし、人と接することが多くなった分、誰かと揉めることも多くなった。小さい頃から彼女は、ストレスに弱い性質だったからだ。友達の話しに、自身を揺さぶるものがあれば、話しを(いさ)めようと暴走することが多々あった。

例えば、練習終わり。

『…志靉ちゃん、ひとりだけミスってたね』

『!?』

失敗を友達に指摘された際、志靉はミスした時の恥ずかしさが(よみがえ)り…

『私を馬鹿にしないで!!』

『…わっ!』

その友達へ襲いかかることもあった。

だが、その度…

『志靉ちゃんっ!!すとーっぷ!』

『うっ!』

美羽愛が止めに入ったのだ。それでも、理性をなくした少女は暴れ回った。

『しーあっ!』

そんな時は、彼女を合気で押し倒し、落ち着くまで取り押さえ続けた。

『はっ…!?』

『志靉ちゃん、気にし過ぎだよ。大丈夫だから』

『…』

正気に戻った志靉は驚いたような顔をしていた。それからは、彼女は心の中で小さな魔物を飼っている、とクラスでも話題になった。


そんな彼女の暴走生活が終わったのは、中学2年生の時だ。ある後輩との出会いで、少しずつ変わっていったのだ。

その少女の名前は、月館紅愛。

『私のことをお姉様と呼びなさい』

と異質な命令をする彼女だが、いい性格をしていた。そして、中学から出来た親友、羽石(はねいし)美和(びわ)も。

『志靉!すごい可愛いっ!』

『うわぁ…!』

美和は、いつも志靉に抱きついては、心を癒してくれた。

だが、中学2年生のある日。

『美和、…吹部を辞めるんだって』

『え?ここ、部活必須だよね。おかしくない?』

『なんか、塾の日が多いかららしい』

『は?そういうの嫌い。部活と勉強くらい両立させろよなー』

『ね、志靉?そういう中途半端なことする人、嫌いだよね?』

『え、あ、うん…』

志靉は何と言えば良いか、分からなかった。だから頷くふりをした。

そして…

『ごめんなさい。今日限りで退部します…』

そう言われた時の雰囲気は、まるでお通夜のようだった。殆どの人は冷たい視線を美和にぶつけた。美和には友達が少なかったこともあり、誰も止めなかったのだと分かる。

美和は、可哀想な視線を浴びて部を去った。

それからも…

『羽石さんみたいに、ならないで下さいねー』

前の顧問さえも、彼女を引き合いに出していた。まるで自身の親友が"晒し首"にされたかのようで悔しかった。

『…志靉ちゃん、大丈夫?』

『志靉先輩…』

『くうっ…!』

ぱん!目の前のスネアドラムが弾けた。暴れたい気持ちを必死に押さえた。目の前の志靉と紅愛を裏切りたくない一心で。



そんな過去を背負った志靉。

「…久遠くんの時、誰も…誰も…止めようとしなかった。あの時、優月先輩がいなかったら…、どうせ辞めてた」

彼女の重い言葉に間違いはない。

「…」

優月は険しい顔をして彼女を見ゆる。

「私もきっとそう。私には仲のいい先輩なんていない。だから…辞めたらどうせ、後ろ指を差されるんだ」

「…しーちゃん」

優月は肩をすくめる。

「人への優しさは自分への優しさだよ」

「えっ?」

「…僕が筝馬君を助けた理由。それはね、ただ優しさや親しさじゃないよ」

「…何を」

「筝馬君には助ける価値があった。でも理由は特に上手いという訳でも、親しいという訳でも無い」

彼は小さく溜息を吐いた。

「なぜならね…彼が優しかったからだよ」

「やさ…しい?」

「うん。筝馬君の暴力は、誰かを守る為、自分じゃなくてそれ以外の何かを守る為に使ったから、助けられたんだよ」

「…それが、どういう」

志靉は明らかに動揺していた。

「それが彼の優しさ。だから、僕も筝馬君に優しくしてるんだよ。ただ親しいってだけで止める考えは、僕なら嫌いかもしれない」

脳裏に小林想大が浮かんだ。1年時代、部内で彼は1番の親友だった。彼も優しかった。戻彼女の瑠璃のことを考えて動いていた彼。アルバイトを理由に退部してしまったが。

優月は美羽愛に視線をよこす。

「大丈夫。ここの部活の子は、しーちゃんが辞めたからって、馬鹿にする人間も、嫌いになる人間も絶対にいない…」

「本当ですか?」 

「…うん。だから、安心して」

それ以上は、奏者として何も言わなかった。すると志靉は拳を震わせながらも頷く。

その震える拳から、力が徐々に抜けていく。どうやら、納得してくれたみたいだ。

優月が安心したその時…。


『海鹿さん、どうかしました?』

「…あ」

現れた。

顧問、井土広一朗が。

ありがとうございました!

読んでくれた方は、

リアクションをお願いします!

意見や面白かったら感想をお願いします!

ポイントやブックマークもお待ちしております!

次回もお楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ