出逢いと体験の章
この作品に登場する人物,団体名,物語は全て架空のものです。
ご了承いただいた上でお楽しみ下さい。
「他にもいい部活があるんじゃない?バスケとかサッカーとか…」
「いや、俺は美術に入るんだ」
その誘いを断ったのは小林想大だ。
「美術に入るって…いいのか?」
「俺は運動、そんなに好きじゃないし」
星村流風というバスケ部の男子は、想大の1つ上の先輩だ。
「…では」
想大はそう言って流風の横を通り過ぎて行った。
(…優月君)
美術部に入ると宣言したものの、心の奥底には、親友である小倉優月の言葉が彷徨っていた。
「…行くか」
想大は昇降口の方へと歩き出した。
ー音楽室ー
「…こんにちは。体験に来ました」
すると部長の雨久朋奈が彼へ視線を合わせる。
「何がしたいの?」
優月は辺りを見渡す。
奥には、ティンパニやテレビでよく見るようなドラムセットが居座っていた。
「打楽器がやりたいです」
その時「えっ?」と誰かが声を上げた。
「だってさ、田中先輩」
男子の1人がこう言うと、声を上げた女の子が目を見開いた。
「…うそぉ…」
田中美心はそう言って、気まずそうに優月から目を離した。
「私、練習行ってきまーす…」
すると、明作茉莉沙というトロンボーン担当の女の子が、逃げるように音楽室から出ていった。
その空気を察した優月は「駄目でしたか?」と首をかしげる。
正直言ってこちらの方も気まずい。
しかし、そんな優月に美心が手招きした。
「あの私…そんなに上手くないから…。て、適当に叩いてて」
美心がそう言って優月に、ドラムを叩くドラムスティックを渡した。
「…えぇ」
適当に,と言われても…と優月は焦った。叩いたこともない楽器をどうやって演奏しろと?
ー美術室ー
「…小林君、絵を描くの上手いね!」
先輩の女の子がそう言って、想大の描いた絵を賞賛する。
「ま、まぁ、中学で美術やってたんで」
「すごーい!入部してよー」
女の子がこう言った。本来の彼なら「はい」と言うのだろうが、何故か今の彼は言う気には、なれなかった。
「…検討します」
彼はそう言って、色鉛筆を手に取った。
音楽室。
「…うん!上手上手♪」
ドラムを少し叩いただけの優月に美心が褒める。
「…ありがとうございます」
しかし、その言葉は何故かお世辞にしか、聴こえなかった。
すると、彼女が、はぁ…とため息をつく。
「…私ね、マリンバとかシロフォンとかの鍵盤楽器が専門だから、ドラムとか全然できないの」
「…そうなんですね」
昨日の演奏と合点がいき、優月は納得したように首を縦に振った。
「うちの顧問は、パーカッション専門だから、そっちに教わってもらった方が良いと思うよ」
「ありがとうございます」
しかし、まだ顧問に会ったことが無い。
どんな先生なのだろうか…?
「はぁ…。氷空ちゃんったら、どこ言っちゃったんだろう…」
昇降口から靴を履き替えた女の子が、校庭に行こうと歩み出す。
その時だった…。
どこからか、温かみのある音が聞こえてくる。
その音は、校庭の喧噪とは全く分離された優しいものだった。
何の音だろう?
女の子は吸い寄せられるように音のする方へ、歩き出した。
「…わぁ」
その音の正体は夕日の斜陽に当たりながら誰かが楽器を吹く音だった。
「かっこいい」
その女の子はつい、聴き入ってしまった。
しばらくすると、楽器を吹いていた人物が、彼女の方へ振り返る。
「…あれ、1年生?」
茶髪の髪を結び、紅梅の瞳をした清楚そうな女の子が首を小さく傾ける。それすら、可愛いと思ってしまった。
「はい…」
「…そうですか」
しかし、その女の子は、1年生に対しても、礼儀正しい態度をとるばかりだ。
「えっと…演奏、上手ですね…」
女の子がそう褒めると、「どうも」と頭をぺこりと下げた。
「これはね…トロンボーンって言うんですよ。始めまして。私は吹奏楽部の明作茉莉沙です」
身長は150cm前後だろうか、ほっそりとした体をしていた。それでも、トロンボーンを大事そうに抱えている。
「ま、茉莉沙先輩…」
「君は?」
茉莉沙がそう言って、頬を緩め、微笑んだ。
「私ですか?私は、1年3組の岩坂心音です」
「…私も3組だ」
茉莉沙が目を丸める。
「偶然ですね」
心音が言うと茉莉沙も頷いた。
「吹奏楽…か」
心音は、そう言って夕日のオレンジに染まった暁の空を見上げた。
その頃、1人の男の子が音楽室に入ってきた。
「失礼します」
その男の子を見て、優月はえっ…と口を開ける。
「な、夏矢君…」
その人物は、優月と別のクラスの男子、夏矢颯佚という男の子だった。別のクラスだが、何故か有名だった。
「…小倉君、吹奏楽部に入るの?」
彼が訊ねる。
「…っえ。ま、まぁ…」
そう答えた優月は気まずそうに美心の方を見た。
すると案の定、美心と奏音が耳打ちをしていた。
「…だってさ!」
「…なんか、嬉しい」
(…田中先輩、いい人なんだけど…)
美心はどこか頼りないように見えた。
「…失礼します」
その時だった。1人の女の子が音も無く、音楽室へと入ってきた。
「ドラムやりたい」
そう言葉を残してズカズカと彼らの方を通り過ぎていく。
(誰だ?あの人…)
優月は,不躾な彼女の態度に、眉をひそめた。
「…せーの」
その女の子がハイハットシンバルと呼ばれるシンバルをドラムスティックの先端で叩く。
ツッ…ツッ…ツッ…と細かい音が鳴る。
刹那、シンバルが大きく揺れる。
ツゥー,ツゥーと、鼓動が高鳴るように盛り上がった音が響く。
タタンタタン!
小太鼓の音が細かい粒のように響いた。
正確に打ち込まれるリズムは、その場にいた見学生,部員の注目を集めた。
「…す、すご…」
美心が感心したように言った。
「へぇ…」
これには、部長である雨久も驚いた。
この女の子は何者なんだ?
ありがとうございました!
良ければ、
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