126話 美玖音と優月
「…東藤高校の数学のテスト範囲は、どこかな?」
図書館に着いてから、間もなく勉強は始まった。
優月は、テスト範囲の撮影されたスマホを見せる。
「範囲も撮ってるんだね。魅力的です」
「まぁ、東高にも優秀な子がいるからね」
主に咲慧のことだが。
「ここなら、私もやったけど少し難しかったなあ」
そう言いながら、彼女はキラキラと光るボールペンを取り出した。見るに限定品だろう。それでいて消しゴムは百均から買ったものと、文房具のギャップが凄かった。
「…まずは余事象からやってみようね?」
「うん」
「まず、余事象の確認ね…」
彼女の教え方は先生より丁寧だった。言葉の意味を理解してから、基礎を始める。それから応用の解き方を教えて実践する。1ページをめくるまで、15分もかかるけれど分かりやすかった。
何より、偏差値の高い高校の生徒だからか、説明ひとつひとつが分かりやすい。
30分も経過すれば、テスト範囲の後半へと差し掛かっていた。
「じゃあ、次は確率だね」
「ここ、少し難しいんだよなぁ…」
「私も思った。まず"くじ"に例えてやってみようかな」
「くじ?」
「ええ。まず"戻すくじ"と、"戻さないくじ"の何が違うのか?からだね」
「…戻すくじと戻さないくじ?」
「ええ、戻さないくじであれば、当たりを引く確率は上がります。対して戻すくじは、戻してしまうので当たりも外れも全てセーブ。そうなれば、戻さないくじは同じ"分数"を繰り返すことになります」
「…なるほど。戻すか、戻さないか、で次の確率は異なるってことか」
「そゆことね」
美玖音は小さいノートに、回答を書き込みながらそう言った。
「じゃあ、この問題を解いてみる?」
「うん」
『当たりの棒3本を含む12本の棒。この中から1本ずつ3回棒を引く時、3本とも当たりくじであるくじを求めろ。 ※ただし1回引いた棒は元に戻せ』
「…求めろとか戻せって何様なんだろ」
思うままに突っ込む優月に、美玖音はポンと肩を叩いた。
「私もちっちゃい頃は気にしてた。同士ですね」
こうして、ふたりで問題を解くことにした。
『12分の3✕12分の3=114分の9』
美玖音の教え通りに問題を解く。
「あとは、約分すれば正解だね」
『16分の1』
「うん、たぶんそれで正解だね!」
それからも、美玖音は大切な要点を問題集へ書き込んだ。その字は驚くほどに美しかった。
「…うーん、数学のテストはいつなの?」
「明後日〜」
「…このペースじゃ間に合わないかも」
美玖音が困ったようにそう言った。
「じゃあ、明日も…良いかな?」
「優月君が良ければ、テスト期間のいつでも」
美玖音はそう言って、にこりと笑った。
その笑みは美しいはずなのに、可愛らしくも見えた。
翌日。
優月は、昨日の出来事を颯佚たちに話した。
「ふはっ!朱雀に勉強教えてもらったんか?」
「え、美玖音に!?」
夏矢颯佚と岩坂心音は驚いていた。
「朱雀の勉強、わかりやすかったろ?」
「うん!凄く」
美玖音は、道筋を立てて教えてくれるので、理解しやすいのだ。
「美玖音ちゃん、絶対に成績上位者だったでしょ?」
「まあ、中学時代は10位くらいだったかな」
「だろうね」
次の教科は古典だ。この教科は50点ほどしか取れないので、優月にとっては苦手な教科かもしれない。
「で、今日も教えてもらうん?」
「うん。今日も教えてもらうの」
「頑張れ」
颯佚が励ますと、優月は「うん」と笑った。
昼過ぎの図書館。
「…あ、来た♪」
美玖音は優月を見つけ、小さく手を振った。
「連絡先、繋いでよかった?」
彼女は開口一番、そう訊ねた。
「うん、大丈夫だよ。実優が良ければ…」
「実優?」
「僕の…妹です」
「いい名前ですね。妹さん」
「まぁ、性格はすごく悪いけれど」
「そうなんだね」
彼女はクスリと笑いながらそう言った。
「もしかして、勝手にスマホの中身を見てくる子?」
「うん。たまに」
優月が困ったように言うと、美玖音は細い髪へ指を絡めた。
「それは素晴らしい性格をしてるね。…悪い意味で」
取り敢えず、美玖音が味方してくれたことに安堵した。
その後、数学の勉強が始まった。今日はいつもより中学生の利用が多かった。
「ここは、PQ// BCならば…だから」
「AP:AB=AQ:ACだっけ?」
「そうだね。そこから?」
「=PQ:BC!」
「正解。それが平行線の性質公式だね。それを当てはめて問題を解いてみようか?」
「うん!」
公式の理解が無ければ応用の解読は不可能、そんな彼女の言葉に、優月は必死に基礎を叩き込む。
「うん!正解だよ!この問題は、普通の計算式じゃなくて、:って記号が付くからね」
「了解!」
美玖音の指導は、1時間近くやった所で終わった。
「明日だよね?テスト、プレッシャーで忘れない?」
「うー、忘れそう。吹部の本番だとそんな事は無いんだけど…」
「…あはははは」
美玖音は珍しく目を細めて笑った。
「私も。でも、緊張しない理由って、勉強より部活の方が沢山練習したからじゃないかな?」
「…あるかも」
優月は目を大きく開いた。
確かに、部活ばかりで勉強どころでは無かった気がした。だが、学生は勉強と部活の両立が重要なのだ。
「取り敢えず、一夜漬けでやってもいいと思うし、寝る前に教本を読んで早目に寝るのも良いと、私は思うよ」
「…ありがと。美玖音ちゃん」
何だか頼りになるな、と優月は改めて思った。
「じゃあ、次の問題解いてみますかねー」
「うん」
美玖音の細長い指が、シャーペンに触れる。カチャリと優しい音がした。そんな芯の出たシャーペンを宙に浮かせる。
今回こそ、赤点は取れないな!優月は美玖音の意思を受け継いだように決意した。
「我が剣を掲げて進め…」
彼女は格言を残して、優月の教科書を指さした。諦めるな、と言うことだろうか?
「うん」
優月も鉛筆を手に頷いた。
何だろう、この感じは?優愛や咲慧と一緒にいる時とは、また違う感覚に陥った気がした。
「…あとは期待値かな?」
「ここも苦手なんだよねぇ…」
「ここは簡単じゃないですかね?」
「え?」
横を見ると、いつの間にか美玖音はメガネを掛けていた。この人、メガネを掛けるんだ。そう思いながら見つめていると、彼女は彼の教科書を指さした。
「ここの公式からやってみましょうか?」
「う、うん」
「まず、期待値の問題は、出された表から式を引用します。分かるね?」
「…表から。そういうことか」
「それが分かれば簡単!表の"商品券の額"と"ガチャから引かれるカプセルの数"を掛け続ければ良いんです」
「つまり、この問題は…」
「それと、平均を求めるのもお忘れなく」
「はーい…」
なんか、メガネを掛けた瞬間、話し方が変わった気がする。丁寧な口調から饒舌キャラへ。
「さて、ガチャ1回あたりに期待できる商品券が、250円と判明した訳ですが、これって200円を払ったら得なの?そんなお悩みを持つアナタ!」
「うお!びっくりした…」
(なんか、分かりやす…)
「優月君、直感で答えてみてね。200円払うのは?」
「得!」
「当たりー。あとでジュース買ってあげるね」
「気前の良い先生か」
優月がツッコミを入れると、美玖音はクスクスと笑った。
「…これが、ガチャ引くのに得か?得じゃないか?の解き方ね」
「なんか…すごい分かりやすかった」
「それは良かった」
美玖音はメガネを外し、穏やかな笑みを浮かべた。相変わらず甘い良い匂いが鼻をさすった。
「本当に飲み物、奢ってくれてありがとね」
帰り、優月は駅まで美玖音を送ることにした。
「大丈夫だよ。優月君、素直だから教えやすかった」
「そう?」
「私の中学校だと、中々そんな友達がいなくてね…」
「大変だったんだね」
優月が眉をひそめてそう言った。
「まぁ、部内で軽いイジメもされましたし…」
え?そうなの?彼は一瞬、目の前が暗くなったような気がした。
「え?イジメ?」
「イジメって言っても、精神的暴力だよ」
「美玖音ちゃん、それ大丈夫だったの?」
「ま、妹夕ちゃんたちに助けてもらってね」
「妹夕?」
「夏矢の今カノ」
「…結局、ヨリを戻したんだ」
すると美玖音は足を止める。
「送ってくれてありがとうね。テスト頑張って」
「うん!美玖音ちゃんもテスト頑張って」
「私は全然大丈夫」
「その自信羨ましい」
すると彼女の目が細められる。
「…でも、仲良くなれて良かった」
「僕も、美玖音ちゃんと仲良くなれて良かった。今度は楽器、教えてね。今、すごい大変なんだから」
すると彼女は「喜んで」と笑い返した。
更に仲良くなった優月と美玖音。
そして…テスト当日
『始めてくださーい』
監督の指示に、テストが始まった。
(美玖音ちゃんに言われた所は、殆ど押さえた…)
しかし、目の前の問題は未知の問題。
知識という剣で、目の前の未知の怪物を倒すようなものだった…。
その頃。
茂華高校も、同じく中間テストの最中だった。この時間は、東藤高校と同じ数学だった。
(頑張れ、優月君)
彼女も、優月のことを気にかけていた。
不安な眼差しで。
【続く】
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