124話 全国吹奏楽コンクールへ
東関東大会後の後日談です。
茂華中学校に競り負けた神平中学校。
「…うっ、うっ…!」
まさか、茂華中学校に本当に負けるとは、思っていなかったのだろう。殆どの人が声を上げて泣いていた。
しかし、ただ1人。無表情で結果に頓着する者はいた。
相馬冬深だ。
(…彼らは本気で、全国に行けると思い込んでいた。それは伝説故の夢想に過ぎないというのに)
彼女だけは、結果を受け入れ、茂華中学校を賞賛していた。
(…ティンパニの子、演奏中に泣いていた。それほどに本気になれた)
そして、称賛の目は同じ打楽器奏者である古叢井瑠璃へと行く。
(変わる…、それは素晴らしいことなのかもしれない。恐らく、あの子のティンパニが無ければ、間違いなく選ばれていたのはこちらだ)
あの感情と力の籠もったティンパニ。あの音が審査員の心を震わせたに違いない。
…少し悔しい。
彼女の中で、黒い感情が湧くはずが、青い感情だけが渦巻く。
自分も、駄目だと決めつけて、クラリネットをやりたいと言う事を避けていた。だが、それは大きな間違いだった。今までの経験から駄目だと決めつけていた。
(…私もできれば変わりたい)
冬深はそう思って、隣を見る。
比嘉悠介。打楽器奏者だ。
「比嘉」
「…」
「無理もないかぁ」
悠介はまるで死んでいるかのように、何も話さなかった。
「…姉との約束の前に、自分との約束だ。まさか、評価なら絶対に負けないと思った茂華中に負けるなんてな」
「…そう」
「そもそも、あちらのポテンシャルを見誤ったことで、俺は奏者失格だ」
「茂華中を下に見てれば、そうなるか」
悠介は姉との約束で、全国大会に行けなければ吹奏楽を辞めると約束したのだ。
恐らく、彼は本当に辞めるだろう。相手を見下すに近い行為をしていた時点で、楽器を手にする資格はない。
その後も、悠介たちは各々、反省を繰り返していた。
(…古叢井…瑠璃)
だが、冬深は少女の名を口にしていた。
(朱雀先輩から教わった奏者…)
あのふわりとしたツインテールの少女が思い浮かぶ。遠くから見ても優しそうな雰囲気を与える少女。
いつか、彼女と仲良くなりたい…。
数日後。茂華中学校。
『東関東支部大会金賞、全国吹奏楽コンクール出場、茂華中学校吹奏楽部』
『…はい!!』
『代表、矢野雄成、鈴衛音織!』
『はい!』
『はい!』
朝会で、吹奏楽部はふたつの賞で表彰された。吹奏楽部が全国大会に行くのは8年ぶりのようで、古参の先生は泣きかけていた。
『…すげぇ』
瑠璃の隣の出席番号の生徒も驚いていた。
瑠璃は壇上に上がるふたりを、誇らしげに見つめた。
しかし、その日の夕方。
「…ごめんなさい!失礼します!」
雄成は、母の容体が悪化したと部活を早退して行った。
「矢野先輩、どうしたんでしょう?」
希良凜が訊ねる。しかし、事情を知る瑠璃は何と答えれば良いか、分からなかった。
「先輩ー、それ、僕も気になるんですけれど」
「え〜」
何と秀麟まで気になっている。
まさか、彼の母の容体が悪化した、とは言えない。もしかしたら2人に余計な心配をさせるかもしれないからだ。
「…う、うーん」
瑠璃が、何とか誤魔化そうとした時。
「古叢井さん、末次君」
「あ、」
音楽室に笠松がやってきた。普段は木管金管の指導に当たる彼女だが、一体今日はどうしたのだろう?
「…ふたりは、ソロオーデション受けますか?」
「ソロ…オーデション」
瑠璃は心拍数が高まる。
文化祭のソロオーディション。かなりの難易度で、技術だけではなく表現力が求められる。
「そのオーディション、希良凜先輩は?」
すると秀麟は、希良凜が抜かれていたことに異を唱える。
「あ、指原さんはね」
笠松は、何も知らない彼に説明する。
「去年、ソロやったから今年は我慢してもらおうと思ってて。指原さん、いい?」
「え!全然大丈夫です!」
希良凜は、すんなりと受け入れた。
彼女は、弟を見返そうとソロオーディションに挑んだところ、ギリギリで瑠璃に勝利したのだ。
「…じゃあ、楽譜配っちゃいますね」
すると、ふたりへ楽譜が配られる。
「例年とは違って、落ちちゃった方は鍵盤じゃなくて、ボンゴとかやってもらうから、よろしくね〜」
「あ…はい」
(…これ、落ちたらヤバいやつかも)
去り際、彼女はこう言った。
「コンクールの練習やりながら、練習してね」
コンクールとソロオーディション。当分はその2つを両立させなければ成らなかった。
その時、茂華病院に着いた雄成は、すぐさま母の病室へ飛び込んだ。
「…母さん!」
今は眠っていた。しかし顔色は明らかに悪化していた。
「…くっ」
数日前。
『…全国大会!?おめでとー!』
『俺ひとりのお陰じゃないよ』
同じ病室で褒めてくれた母の姿が、脳裏に思い浮かんだ。
「…大丈夫!ぜったいに」
彼は、母を信じて見守っていた。
しかし、もう彼女の状態は手遅れであった。そんな残酷な事実を、彼は今はまだ知らなかった。
それから1週間後の土曜日。
「…優愛お姉ちゃん!久しぶりー!」
「昨日、電話したでしょー?」
「へへ」
「あ、全国大会出場のペナントや!始めて見た!」
優愛と白夜が、茂華中学校に来たのだ。ちなみに香坂白夜はフルートで元部長だ。
「そっか、優愛はもう吹部やってないもんね」
隣にいた白夜が言うと、優愛は首を僅かに横に振る。
「いや、たまに楽器は触ってるよ。友達にせがまれるから」
「へ…へぇ、そうなんだね」
すると、凪咲と音織が校門から出てきた。
「あ!香坂先輩に、榊澤先輩!本当に来たんだ」
「…ふふ、白夜様」
すると白夜は、ふたりに笑い返す。
「音織ちゃん、久しぶり。1ヶ月ぶりかな?」
「いえ。まだ1ヶ月は経っていないかと」
「そっか。今年は?文化祭でソロコンやるの?」
「やるそうです」
「音織ちゃんで決定かな?それとも他の子も選ばれるのかな?」
すると音織の顔が少し曇る。
「今年は私で決まりなら良かったんですけど…」
「ん?音織ちゃんじゃないの?」
「…白夜様、見たでしょう?あの奏者」
「あー、中畑みるくちゃん?あの子、うまいよね」
「吸収力や音感が良いので、もしかしたら…、去年の打楽器みたいに…」
そして瑠璃の方へ視線をよこす。
瑠璃と優愛は、何も知らずにオーディションの話しをしていた。
「今年こそは、オーディション選ばれると良いなぁ」
「ふふ、瑠璃ちゃん、私よりもう上手いから大丈夫だよ」
「…」
「どうしたの?」
すると瑠璃の表情が真剣なものになる。
「秀麟くん、知ってるでしょ?」
「うん。前に褒めてくれた子なら」
「…あの子ね、私が去年叩いたスカパラ、コピーしてきたの」
「え!すご!?」
優愛は口元を押さえて、大きく驚いていた。どうやら小学生が、容易にできるものでは無いと思っていたらしい。
「…じゃあ、末次君と接戦かな?」
「たぶん。でも、私は負けない!!」
その声にはただならぬ決意が籠もっていた。
「…瑠璃ちゃん」
何だか、成長したなあ、と優愛は少し嬉しくなった。
「それに、私には、美玖音ちゃんって言う強い味方がいるから」
「だ、誰?って思ったけど、去年会ったような…」
(いや、それ以前にも?)
優愛の中で、美玖音の姿はどこか気になっていた。
「でも、全国大会も頑張って!」
「もっちろん!」
瑠璃は優愛とハイタッチをする。乾いた音が響いた。
全国大会。
それは着実に迫っていた…。
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