123話 ごめんね、ありがとう!
神平と茂華…全国に行くのは…?
本番が終わりようやく泣き止んだ3人。
『やっと終わったー。あとは結果を聞くだけですねー』
希良凜が腕を伸ばす。瑠璃は楽譜に隠していた写真を、制服の胸ポケットに仕舞う。
『…うん。きっと行けるよ』
瑠璃もそう確信した。
さっきまでの演奏。それは1万回に1回の演奏だったと言っても過言ではなかった。
現に、神平中学校もこの演奏に驚いていた。
(…すごい)
選考会とは比べものにならないくらいの、奇跡の演奏。
(…あの子)
冬深も一流の奏者だが、ただ自分の演奏と目の前の演奏を見比べていた。
(…泣いてた)
そして、彼女は気付いてしまった。瑠璃が泣いていたことに。どうして泣いたのか?冬深には分からない。ただ楽しくて泣いたのか、上手い演奏に泣いたのかは分からない。
だが、革命を起こした少女が、ここまで成長するとは。ここまで本気になれるなんて。
これが、自分にも、悠介にもない本当の音楽なんだ、と気付いた瞬間、嫉妬の感情は嘘みたいに消えた。
演奏が終わった数秒後、
『抗うって、素晴らしいことかもしれない』
何と、そう言ったのだ。
今までは、ただ指示に従っていれば、何でも上手くいくとばかり思っていた。だが、それは大きな間違いだと突き付けられた。
きっと茂華中には更に、素晴らしい先輩や指導者がいたのだろう。だから、ここまで成長できたのかもしれない。
今の演奏で結果が分かった…気がした。
遥篤も少し驚いていた。
『…久城のオーボエ、綺麗だった』
あの彼が素直に認める。きっと血眼になって練習したのだろう。
甘い音程すら今は素晴らしい旋律の一欠片となっている。木管楽器や金管楽器もさることながら、打楽器も完璧だった。
後半のティンパニは、悠介を越えたかもしれない、と思ってしまうほどに。
予想の遥か上の演奏に、神平中学校の部員は固唾を呑んだ。
そうして他校の演奏も終わり、結果発表へと移った。
『…ただいまより、東関東大会の結果を発表します』
茂華中の誰もが、神に祈るように俯く。
『5番 茨城県立 日立中学校…銅賞』
『6番 栃木県立、日光学園中等部…ゴールド金賞』
わっ!と声が会場に沸く。瑠璃たちは、その制服たちの方へ向く。
そして、いよいよ自分たちの学校が近づいてきた。
『…神平中学校、ゴールド金賞』
わぁあ!と再び歓声が声が沸く。しかし、あの中学校にとっては途中経過に過ぎないのだ。
『橋本中学校、銅賞』
『金橋中学校、銀賞』
『海馬中学校 銅賞』
次々と金から落選されていく学校。雄成は少し怖くなり目をつむる。そんな彼に誰かが手を重ねる。
「…雄成、大丈夫」
「澪子」
幼馴染の坂井澪子だった。
「絶対いける。ダメだったとしても、ここで終わりじゃない…」
「そう…だな」
彼は既に泣きそうだった。
(雄成…)
ずっと弱い自分を隠してたんだな、と澪子は彼の頭をゆっくり撫でた。
『16番、茂華中学校…』
来た!
全員が沈黙する。銅銀金のどれかを言われる瞬間まで…。
『…ゴールド金賞!』
次の瞬間、全員が叫んだ。
「やった…、去年を超えた…!」
取り敢えず、笠松は嬉し泣きした。雄成と澪子の表情は少し明るくなる。
「まだ…、ダメ金もあるからな…」
「そだね」
しかし、コンクールにはダメ金がある。それは金賞だが、次の大会には進めないものだ。
『それでは、次に全日本吹奏楽コンクールに出場する校の発表です』
ここでは、5つの学校が呼ばれる。
『…まず1校目、日光学園中等部』
うわぁああ!と歓声が鼓膜を突き抜ける。瑠璃の鼓動は更に高まった。
(全国…、颯姫ちゃん…)
なぜか、全国の常連校の生徒、颯姫の姿が思い浮かぶ。きっと愛宕岩中学校も全国へ行くだろう。
『2校目、常陸那珂中学校』
続いて、黄色多めの声が襲う。ここまでは例年通りだ。
だからこそ、神平に負けるかもしれない。
しかし、表現力だって、技術だって神平中学校には、負けていないはずだ。
『3校目…』
全員が手を震わせ、結果のみを待つ。やれる事は全てやった。
そして…
『3校目、茂華中学校』
こう言われた。
え?嘘?誰かが言った。聴き間違いか?
だが、神平中学校の生徒は誰ひとりも声を出していない。
「…え?」
雄成がひとつ声を上げようとした瞬間、澪子が叫んでいた。次に後輩たちの声。
ここで、ようやく結果に確信した。
『…っしゃああ!』
『やったぁあ!』
雄成たち3年生は思い切り叫んだ。
(やった…、母さん)
思わず涙が溢れた。
「先輩!」
希良凜が瑠璃へ抱きつく。瑠璃は嬉しくて希良凜を抱きしめ返す。
「さっちゃん!!秀くん!」
秀麟は半泣きになりながら、こちらを見て微笑んだ。
その時、一気に視線が集中した。
『え?茂華?』
『去年、銀だったよね?』
『まあ、うまかったからな』
そんな声が聞こえてきたが、全員全く気にしない。
全国大会、出場決定だ。
閉会式が終わると、恒例の写真撮影だ。
『うーっ!』
「矢野」
雄成は大泣きで、凪咲はドン引きしていた。真隣にいる美心乃も泣いていて、何だかカオスな状態だ。
「…瑠璃」
「凪咲、やったね!」
「そうだね。未だ信じられない」
「…このあと、結果違うって来たらどうする?」
「不謹慎。やめて」
「はぁーい」
瑠璃は不貞腐れたように笑った。でも、瑠璃の言う通り、それくらい信じられなかった。
「…よし、一緒に写真撮ろう!」
すると瑠璃は、リュックからフィルムカメラを取り出し、天へ掲げた。
「わっ!悪い子」
先生からは、関係ない物は持ってこないで、と言われてるはずなのに。
「いいの!全国行けば犯罪じゃないの!」
「なんじゃそりゃ…」
「はい!チーズ!」
瑠璃は凪咲と顔をくっつけて、シャッターを押す。右目が潰れてしまったが、それはそれで良いだろう。
「…瑠璃ちゃん、撮ってあげようか?」
すると、副顧問の中北が来た。
「はい!お願いします」
結局、全国大会へ出るという嬉しさで、彼女も不要物を持ち込まないというルールを忘れていた。
「全く、古叢井さんったら」
しかし、ルールに厳しい笠松は呆れていたが。
「…さっちゃんと秀くんも撮ろう」
それから、瑠璃は様々な仲間と写真を撮る。
同じ打楽器パート。
3年生同士。
仲の良い友達。
そして、いよいよ全員で集合写真だ。
『はい、撮りますよー!笑顔でー!』
喜びに浸るものも、さっきまで号泣していた者も、今は全員が笑顔だ。
『はい、チーズ!』
そして、全国への切符を握った27名は、この東関東大会を終えた。
そして1ヶ月後、静岡のセンチュリーホールで大会だ。
ー数日後ー
茂華中学校が大番狂わせを起こしたことは、かなりの噂になった。それは東藤高校にまで。
「…まじか」
夏矢颯佚は驚いていた。例年のように出場する神平中学校を押さえての出場だ。
「僕も信じられない…。けどね」
優月はスマホを見せる。それは先日に行われた東関東大会の結果だった。
[茂華中学校 金賞 代表]
全国大会確定だ。
「…すげぇな。まじ!」
颯佚が言うと、優月も大きく頷いた。
「…まぁ、評価は僅差だったみたいだけど」
「しっかしまぁ、これが今年で良かったんじゃない?」
「まぁ、そうだね」
神平中学校が今年、敗退したことにより、来年は今年以上の気迫でやってくるだろう。
「ふー、あとで茂華中に行こうかな。想大君と」
「なに、お祝いしに行くのか?」
「まさか。瑠璃ちゃんくらいしか僕のこと知らないし」
「じゃあ、何しに?」
「…もちろん、全国大会出場のペナントだよ!」
「わざわざ行かなくても、文化祭で見に行けば良いじゃん」
「あー、文化祭ね。すっかり忘れてた」
「おいおい…」
男子2人は全国大会について、笑いながら話していた。
時を同じくして、顧問の井土もコンクールの成績を見ていた。中学校では無く高校の。
『県立 髭田町立髭田高校 金賞 代表』
「はぁ…」
普段は笑顔な井土。しかし、この時だけは表情が沈んでいた。
この文字を見る度、過去が霞のように浮かび上がる。
『…明日の休日練習、休むのなら残りの休日、全部来なさい!』
『は…はい…っ!』
全国大会に出場できるほどの強豪校。故に厳しく生徒に接した。しかし…、
『…井土先生。あなたは少しやり過ぎです』
『新しい先生、来てほしい!!』
生徒と教頭にまで責められてしまう。
嫌な記憶が脳裏を蝕んだ。
その時。
「先生ー!」
珍しく茉莉沙が声を上げた。
「あ、すんません。どうしました?」
「…定期演奏会のセットリストの前に、高校生吹奏楽グランプリのセットリストを決めたらどうですか?」
「ああ、そうですね!そうしてください」
井土はやっとの気持ちでそう言った。
「あ、あと…メイさん!ゆゆにティンパニを教えてくれませんか?」
「え、ティンパニですか?」
「はい!ゆゆに交響曲でティンパニをやらせますので!」
いよいよ、新たな本番が始まる。
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【次回】 茂華中、全国大会へ
大会の『あと』…
10月8日水曜日投稿!