121話 東関東大会 [前編]
全国大会を決める大会。
東関東大会。
いよいよ始まる!!
※最後、宣伝ありまーす by優月
では、物語をお楽しみ下さい!
東藤高校の顧問、井土広一朗は新たな本番への手続きで、土曜日も学校に来ていた。
「今日で全国大会が決まるんだな…、全国大会か」
パソコンを叩きながらそう言った。
すると不意に、この学校に来る前のことを思い出す。
『先生、厳しすぎます!もう部活やめたいです』
『ど、どうぞ…』
『ちょっとー!先生!?』
しかし、あの日のことは昨日のことのように覚えている。もう生徒を傷付けたくない。
「…まぁ、もう私には関係ありませんけれど」
いよいよ東関東大会本番だ。ここで金賞を取り、選抜されれば良いのだ。
毎年、神平中学校、日光学園中等部、常陸那珂中学校、横浜第一中学校、水戸内原中学校が、全国大会へ進む。茂華中学校は、その5つつのうちの1つに勝たねばならない。金賞を取っても選ばれなければ意味がない。
その緊張感は朝から張り詰められていた。
「やばい…、優愛お姉ちゃんからメールもらった」
「良かったじゃん」
古叢井瑠璃と矢野雄成は楽器の運搬中、そんなことを話していた。
「…優愛お姉ちゃん、驚いてたよ。全国大会行けるかもって」
「ああ、まぁ、行ったら行ったで大変けどな」
いよいよ全国大会が現実味を帯びてきた。あの雄成がここまで言うのだ。演奏は神平と五分五分だろう。
あんなに努力したのだから。
東関東大会の会場だが、茨城で行われる。毎年そこで行われる。
『みなさん、おはようございます』
バスに乗ると、顧問の笠松が、スケジュール表を持って話し出す。
『おはようございます!』
「…現地についたら、すぐに楽器を下ろしてください。本番までそう遅くないので、モタモタしないように!」
『はい!』
バスの中は緊張の糸で張り巡らされていた。
茨城のホール。
「…緊張するせいで眠れなかった」
「それは結構」
普段は笑っている芽吹まで緊張している。
それは他の3年生も同じだった。
「オーボエの完全なソロは無いと言え、怖いなぁ」
美心乃が言うと、凪咲が彼女の肩をポンポンと叩いた。
「大丈夫よ。あんな練習したんだから」
「うん…」
やはり努力の分、緊張も深かった。
「…てか、ひとつ気になったんだけど」
「ん?どうしたの?」
「どうして遥篤君と知り合ったの?」
その問いに美心乃はふふっ、と笑った。
「…実はね、親戚が音楽家なんだ」
「え!?」
「オーボエ奏者。その人と慶光さんが知り合いだったの」
「へぇえ」
それは驚いた。
「それと、私の従姉妹の彼氏」
「っえ!?なーにー!?」
「驚きすぎね。まぁ、それで成り行きで聴いてもらったんだけど、そこでね…」
美心乃が溜息を吐き出す。すると凪咲がこう言う。
「…ねえ、もしかしてだけどさ、リードの調子が悪かったんじゃないの?」
「…今思えばね。確かに試聴用に良いリードは使えないし」
リードとは木管楽器に使うものだ。リードの原材料は植物の葦から作られる。息を吹き込むことで振動して音を発生させる仕組みだ。
このリード、調子の良い物と悪い物がある。奏者は当たりのリードを大切に使うのだ。それはクラリネットも同じだった。
「…でも、今日は史上最高のリードとエリンジウム。今日の為に調子を良くしてきた」
こう言って意気込む美心乃。どうやら本来の元気を完全に取り戻したようだ。
「…私も最高のリードだよ。絶対に神平中には負けないから」
「私も最後まで戦う!青春を賭けて!」
「ふふっ!」
ふたりは珍しく笑い出した。
「美心乃ちゃんの調子が戻ってよかったですね。鈴衛先輩」
後方に歩いていた後輩が、音織にそう言った。
「やはり、仲間には仲間が随一の薬」
「先輩、調子はどうですか?」
「好調。みるくちゃんは?」
「私も好調です!」
フルートの1年生、中畑みるく。彼女もフルートの実力は1年生ながら相当な実力者だ。ちなみに、演奏中に一気に集中力が上がる典型的なタイプだ。
「そこは、絶好調!でなくては」
「あー、そうすね!」
フルートパートも和んでいた。
こうして、茂華中学校吹奏楽部は本番を迎える。
その時、神平中学校も本番の前だった。
(…ふう)
「…相馬、緊張してんの?」
「…いや、全然。茂華には負けない。絶対に全国には行かせない」
冬深の濃紺の瞳には、怨念のようなものが写っていた。
(…私でさえ、できなかったことをあの人達は…)
冬深は今、怒りに呑み込まれていた。
その理由は瑠璃にある。
『やっぱり、1年であそこまで叩けるなんてなー』
鍵盤楽器だけをやるという運命を変えた瑠璃。自分の思い通りに、好きな楽器を演奏することが出来ていると思い込んだ彼女は、持論を否定された気持ちになっていたのだ。
(…私は負けない。絶対に)
だから、負けない。
自分の行く道から外れた者なんかに。
羨ましい気持ちを、勝利で誤魔化そうとしているのだ。
神平中学校にも、硬い緊張の糸が張り巡らされていた。
神平中学校から、先に本番だ。
順番は早い方だが、おそらく万全な状態だということを覚悟して瑠璃たちは、神平中学校の生徒を見つめる。
「…どれだけ上手くなってるかな?」
隣にいるのは伊崎凪咲。クラリネットパートで、クラリネットを吹く冬深を尊敬している。
「あの…冬深ちゃん、怖い怖い」
「大丈夫だよ。その子が吹くの少しだけだし」
「瑠璃は怖くないの?冬深ちゃんは打楽器も上手いんだよ」
その言葉に瑠璃は、にこっと笑った。
「うん。でもね、結局ひとりが上手くったって仕方ないよ。こうなったら皆と、どれだけ息を合わせられるかだね」
「…そう…かもね」
確かに、技術に加え表現力を鍛えられた茂華中学校は、地区内なら間違いなく無双の域だろう。
「…凪咲、これね優愛お姉ちゃんから言われたの…」
「何を?」
「…一度、相手を手放しに褒めれば、自分はどうすれば良いか見えてくる…って」
「手放し…」
次の瞬間、ステージから黄昏の光が差す。ここからはお喋りは禁止だ。最もふたりの声は、誰にも届いてないが。
(手放し…。榊澤先輩)
瑠璃は目をキラキラと光らせる。
今、瑠璃の視界には何が見えているだろう?
恐らく、ただ歴戦の怪物が目を覚ますとは思ってもいないだろう。誰よりも純粋で優しい。まるで自身の姉のような子。
(…優愛お姉ちゃん、頑張るからね)
凪咲の思った通り、瑠璃は期待に胸を膨らませていた。
(…私は全国に行こうなんて思ってないから)
ただその響きは非情なものだった。
『…欲が過ぎると失敗する。それくらい学べ』
諸越冬一。彼の言葉が、今になって蘇った。
それは小学生時代に言われたことだった。諸越が言うには、望めば望むほど失敗する。だから、結果はオマケ程度に考えろ、ということだった。
何故か、そんな思考が彼女の頭を支配した。
今、瑠璃は平常心を失い掛けていた…。
その時、神平中学校の本番が始まった。
冬深はグロッケンのマレットを構える。
(…必ず、今までで1番の演奏をする!)
トランペットの音が絶えた瞬間、素早い早打ちを見せる。その音は外すことなく正確。だが、いつもと違うことに、瑠璃たちは気付いてしまった。
その音は、今までの淡々とした音では無かった。魂のこもった連打だったのだ。
秀麟が息を呑んだ。
感情の籠もった演奏は、ここまで上手いのか?
全身の毛が奮い立つ。音は一瞬にも関わらず、ずっと聞いていたいと思うくらいの音。他の楽器よりも尚、目立つのだ。
(…すご)
そして、ユーフォニアムとトランペットの音。ふたつのソロがホールへ弾ける。
遥篤のユーフォニアムは別格だ。幼い頃から、父の影響で始めたユーフォニアムは、もはやプロ並みの実力だった。
あまりにも上手いので、茂華中の部員は全員、手に汗を握ってしまった。
そうだ、神平中学校も全国大会の常連校だった。
そして響くSクラリネットの音。その音に込められた激情は、観客席にいる全員の心を震わせる。
(…全国!!)
冬深だけ、ただ1人。茂華打倒を考えていたのは、彼女だけだった。そんな激情が、他の奏者より存在感を示していた。明確な嫉妬と決意だけが、彼女の真の演奏を底上げしている。
そして鍵盤だけではない。スネアドラムのロールやオーケストラチャイムを、一切のズレも無しに演奏してしまう。
この奏者、もしかしたら、悠介以上かもしれない。そんなことを考えてしまう本校の奏者がいた。
『…すごい』
つい瑠璃が声に出してしまうくらいには、上手いと思ってしまった。
このままでは、全国大会に行くなんて夢物語なのかもしれない…。
たった1人のパーカッション奏者の為に、瑠璃の感情は徐々に冷静なものになった。
神平中学校の演奏は、熱い余韻を残したまま終えた。
(…すごい)
瑠璃のみならず、凪咲もそう思った。
凪咲は、無意識にクラリネットだけを見ていたのだが、やはり冬深だけが違っていた。
(…やっぱり、すごい)
凪咲は冬深を素直に評価した。
全員で作り上げるはずの吹奏楽。しかし、それ以上の凄さが冬深にはあったのだ。
あの悠介に全く劣らぬロール等の技術力、遥篤に負けない表現力。やはり学校を越えて噂されるだけはあるな、と思った。
それからも、様々な学校の曲を聴いた。茂華より何か足りない演奏をする学校や、神平のように上手い学校もあった。
そして、茂華中学校の本番も迫る頃、笠松が声を掛ける。
『…はい、行きますよ』
すると、部員25人は雪崩れるように、ホールを出て行った。
いよいよ、始まる茂華中学校の演奏。
「瑠璃先輩…」
「…緊張する」
瑠璃は、今までの練習の成果のせいで、尋常じゃない量の汗をかいていた。普段は本番に強い彼女も、全国大会を掛ける戦いには緊張する。
おぼつかない仕草で、楽譜をめくる。そこには数枚の写真が隠されていた。
「…先輩?」
「うん」
そのうちの1枚。フィルムカメラで撮った優愛との写真。その1枚を最前列に置く。
もちろん、五線譜に被らない絶妙な位置に、ぶら下がっている。
(…瑠璃先輩)
希良凜も、心配のせいでよく瑠璃が見えなかった。しかし、瑠璃の様子はいつもと違って見えた。
「…頑張ろうね。さっちゃん、秀麟くん」
『『はい!』』
瑠璃はそれだけ言って、チューニング済のティンパニを撫でた。
(行くよ…、全国大会)
瑠璃はようやく、心中でそれだけ言うことができた。
しかし、彼女の中の"本性"が目覚めようとしていた…。
【次回】
『うわぁぁああ!!』
心の中で絶叫する瑠璃。マレットを大きく振りかぶった。抑えつけていた狂気が、錯乱により失い掛けている。
しかし、その目には涙が浮かんでいた…。
そして…全員大号泣…
10月4日[土曜日] 投稿!
…日を同じくして。
「宣伝に来ましたー」
優月と心音から、宣伝があるようです…。
↓ ↓ ↓
優月:「数ヶ月前から始めた『吹奏万華鏡 特別ページ』についてです!」
心音:「それがどうかした?」
優月:「この度、2025年11月21日金曜日にて…」
心音:「俺たちが修学旅行に行ってる間?」
優月:「"長編版 吹奏万華鏡0 打楽器ソロコンテスト編"を投稿することが決定しましたー!」
心音:「えー!?お前、ソロコンに出んの!?」
優月:「違うよ。この物語の主人公は毎度お馴染み、古叢井瑠璃ちゃんです」
心音:「あの子か。俺、喋ったことないわ」
優月:「ちなみに、僕が中学3年生の時にあったっていう事もあり、0と付けてます」
心音:「おー!安直」
優月:「言わんといて…。完全オリジナルストーリーなので、絶対に見てほしいです!」
(PV1万人を越えたいよぉ…)
優月:「さらに!ラストは衝撃の結末を予定してるので…」
心音:「予定?面白くしろよ?誰も見てくれないぞ」
優月:「さーせん。絶対に面白くします!」
更に!
吹奏万華鏡特別ページでは!
1…キャラクターの紹介、裏話
2…超特別なスピンオフ
3…吹奏楽部員ならお馴染み! 楽器あるある!
そして、どうやってストーリーを作っていくのか、作者が分かりやすく解説しようかと考えています!
長編版
吹奏万華鏡0
打楽器ソロコンテストの章編
続報を待っててくださーい!涙