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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
想いよ響け!! 涙の東関東大会編
191/209

119話 神平中打楽器パート [相馬冬深編]

私は…人の指示で動いている。

本当は打楽器よりやりたい楽器がある。

でも、何も言えない、抗えない。

無駄だから…

 悠介の過去を聞いた次の日。パート練習から冬深は少しばかり不調だった。

それは自らの過去を、思い出していたからかもしれない。結果に駆られた悠介の過去と、冬深の今までは、少しばかり違っていた。


そして、今日は選考会のビデオを見ることになった。

「今年、全国に行くかもしれない茂華中学校。ここもよく見ておくように!」

顧問がリモコンを操作しながら言う。

茂華中学校の演奏は『マードックから最後の手紙』だ。静かな静寂に寄り添うように、木管楽器の優しい音がスピーカーから音楽室へ染み渡る。

既に何度か聴いていた茂華中学校の演奏。だが、恐らくまだまだ技術や表現力を上げているだろう。

曲は中盤まで進むと、陽気なリズムが辺りを包む。タンバリンの音が陽気さを増強している。そしてクラリネットの優しい音。凪咲のものだ。

(…綺麗な音。私でも…あの音なら)

そんな冬深の思考も置き去りにして、曲は激しさを増す。タムタムの音が辺りをけたたましく包む。そしてトランペットたちの音が入る。

激しいリズムは突如として途切れ、ピアノの音が響いた。美しい音がオーボエから放たれる。

(…ああは言ったが、やはり良い音だ)

普段は評価に厳しい遥篤も、美心乃のオーボエには少しだけ興味を抱いている。管楽器の音が、揺らめく波のように響く。これを東関東大会では、どれだけのクオリティで仕上げられるのか?

そしてティンパニの音。芯のこもった音だが、力の籠もらない音は、まだ未熟な音色を示していた。

(…あの打楽器奏者)

ツインテールの少女に、冬深は眉をひそめた。

楽しそうに見えるのに、その表情は硬い。何かを我慢しているかのように。

(去年はソロをしていた子、やはり音のクオリティは上がっている)

冬深は、彼女への率直な感想を、心の中で褒めた。

美しい音色はそのままに、少しずつ音は消えていく。綺麗で優麗な最後の一音は、曲の終わりを伝えた。

冷静に演奏を俯瞰していた冬深は、ただ打楽器とクラリネット。ふたつの音だけを見ていた。




「…すげえーよなぁ」

その時、ひとりの声が冬深の耳を震わせる。

「あの『古叢井瑠璃』って子、1年の時は鍵盤楽器だけやってたのに、今になっては、他の打楽器も使えるように、なってるんだから」

悠介は強豪校ひとりひとりの演奏を記憶している。そして、そこから自分の評価と照らし合わせているのだ。

「…古叢井…瑠璃」

前の本番であれだけ目立っていた少女。そして美玖音から聞いたことがある。

「そう」

冬深はそれだけ返した。

「朱雀先輩から聞いたけど、あの子って鍵盤より太鼓の方が好きらしいよ」

「…」

それは何を言いたいんだ?冬深は無性に苛立った。

「運命に抗ったんだねえ。すげぇよなぁ。自分がやりたいとは言え、たった1年で楽器を極めるなんて」

「…運命」

確かに、今の演奏を見ていると、1年生時代に見た打楽器パートより遥かに上手い。

「なぁ、相馬ちゃんも…」

悠介が何か問いかけようとした時、

「ふざけんな」

普段は温厚な彼女の声が低くなる。男か?と勘違いしてしまう程に。

「え?」

「運命とやらに抗って…何になる…」

「いや、お前は従順過ぎるんだよ。自分のやりたいことをやろうとしない辺りな…」

「…それでいい」

冬深はそれだけ言って、逃げるようにテレビから離れた。

「どうせ抗ったって失敗するんだから…。始まる前から全部決まってたんだよ…」

そんな変わったことを言う理由。

それは、彼女の過去にある…。



冬深は小学2年生から、神平小学校の吹奏楽部に入った。2年生で始めた理由は、この当時の代から人数難の為に、規定が変わったからだ。

『…失礼しまぁす』

2年生で吹奏楽を始めたのは、どうやら彼女ひとりだったようだ。

『…こんにちはー。2年生が来るなんて、凄く珍しいね!』

そう出迎えてくれたのは、鴨茂萌奈という上級生だった。彼女は打楽器パート担当だ。

『そ、相馬(そうま)冬深(ふゆみ)…です…』

そして、彼女は真っ先に、くしゃくしゃの入部届けを提出した。すると萌奈は困ったように笑う。

『今ねー、先生がいないんだよー』

そっかあ、冬深が紙を引っ込める。

『…職員室にならいると思うよ』

その時、黒い楽器を構えた女の子がそう言った。

『職員室、うん。分かった』

『冬深ちゃん、だっけ?入部してくれるのありがとう』

『…へへ』

冬深は、この音楽室という空間で、初めて笑った。

その時、その女の子が黒い楽器、クラリネットを吹き出した。おっとりとした温かい音。でもその音とは真反対の冷たい顔。その温度差(ギャップ)が冬深は好きになった。

普段は全く感情を見せない彼女。そんな彼女を見兼ねて、彼女の両親は音楽を強く勧めた。両親ふたりが吹奏楽経験者だったこともあり、熱が伝わった冬深は入部を決意したのだ。

音楽なら笑顔になれる、彼女の両親はそう信じていた。

…しかし、ひとつだけ欠点があった。

それは、落ち着きが無いことと、我慢ができないことだった。

この2つが彼女の致命的な弱点となる。


そして来る楽器決めの日。

『…え?打楽器?』

そして、彼女が配属されたパートは打楽器だった。それまでは特にやりたい楽器など無かったが、まさか打楽器になるとは思わなかった。

『…よろしくね。冬深ちゃん』

『うん』

しかし、冬深にとって打楽器とは相性が悪かった。


音楽室に、ばしぃん!とシンバルの音が弾ける。その音は、音楽室の反響板を殴るように響いた。

『…相馬さん、ここのシンバルをもう少し小さくしてくれるかな?』

『…う、うん』

(何で私が…)

『冬深ちゃん、楽しそうに演奏するのは良いけど、音量を考えようね』

『…うん』

こうやって、自分の満足するほどの大きな音を出す度に、上級生や先生から注意を食らっていた。

そしてある日。注意された直後に、冬深は上級生にこう訊ねる。

『…ねぇ、私って上手(うま)い?』

すると、上級生は少し困ったような顔をした。答えが返ってくるまでの数秒間。それが何だかとても長いように感じた。

『…うーん、楽しそうに叩いてる所は良いかなぁ』

上級生は手放しにそう褒める。

『…表情ってこと?』

『そうそう』

しかし、次の言葉が彼女の神経を、凍りつかせる。

『でも、少しうるさいかなー』

その笑いながら言う彼女に、冬深の不満は更に堪る。

(表情が良いから音が大きいのに。どうしたら…)

元々、冬深に打楽器は向いていなかった。

落ち着きが無く、自分の気分次第で音量や演奏を変える彼女には、大変苦労していた。


その後、ある事件を切っ掛けに、小学校の吹奏楽部を辞めることになった。

それは、仲の良い友達と喧嘩した日だった。

『どうして、私が悪いんだよ…。何で私があんなこと言われなくちゃいけないの!』

そのストレスが爆発した冬深は小太鼓(スネアドラム)に怒りをぶつける。

楽譜通りに演奏できてはいるが、音は乱暴で繊細な音はなかった。

『あららら…』

それは、普段は他人の演奏を見向きもしない美玖音をも、驚かせることになった。

『相馬さん、もういいよ。休んで』

『…ううぅ』

冬深は泣きそうな目をして、目の前の美玖音を睨みつける。

友達に暴言を言われた心の痛みを、美玖音が知るはずも無い癖に…。


それから部内で浮いた彼女は、吹奏楽部を去った。


それでも、他の楽器を始めたかった冬深が頼った場所。

それは県内屈指の強豪クラブ『御浦ジュニアブラスバンド』だった。

楽団の副監督に冬深は、直に相談することにした。

『…なるほど。感情のままに演奏ね』

『はい』

そんな彼女に、副監督の阿櫻克二はこう言う。

『ならば、鍵盤楽器やティンパニを、極めてみたらどうだ?』

『鍵盤楽器、ティンパニ?』

何だか難しそう、と冬深は細くなった瞳を震わせる。

『演奏のやり方や技術にもよるが、感情の入れ方次第で、音の出し方が良くなったりするからな』

『…でも、もしかしたら私には、打楽器は向いていないかもしれない…。前にいた場所でもそう感じました』

冬深は事細かに説明をした。すると阿櫻は、ある1つの提案を出す。

『なら、2つの楽器を掛け持ち、とはどうだ?』

『…掛け持ち?』

『ああ。それなら万が一、打楽器を辞めても逃げ道があるだろう』

それは深く悩む冬深にとっては、大名案だった。

『…分かりました。そうします』

即刻、彼女は答えを編み出した。

『では、掛け持ちする楽器だな』

阿櫻は少し悩んだように、冬深へこう言った。

『…エスクラリネットはどうかな?』

『エス…クラリネット?』

『…はい。トランペットやフルートと違って、毎回大きな出番のある楽器では無いですし、クラリネットの難易度は高いですが、今なら間に合う』

その言葉に冬深は乗せられる。

『分かりました。打楽器とSクラリネット、やってみます』

こうして、彼女はSクラと打楽器を始めたのだ。


小学校よりも厳しい練習に、彼女は必死に食らいついていく為に、冬深は努力を続けた。中には厳しい練習で、精神を病んだ人もいたらしい。

それでも、冬深は肝心な笑顔を殺し、コンクールメンバーに選ばれるほどの実力者になった。

だが、中学校へ進学するから忙しくなることで、彼女は楽団を辞めた。

楽団を辞めた彼女は、再び学校の吹奏楽を始めたのだ。

だが…、

『Sクラ少ない…』

前の楽団よりも、自分のやりたい楽器はできなかった。


そんな不満に気付いた美玖音が、ある日こう言った。

『…先生に言ったら?クラリネットやりたいって』

しかし、冬深は首を横に振る。

『Sクラ…。どうせ無理』

そもそも、楽器の掛け持ちを決める時だって、流されるまんま流されている彼女には、物事を変えるような能力は無かった。

その為、言われたことを着々とこなす悠介のことも、途中までは勘違いをしていた。

『抗うのは無駄。どうせ失敗するだけなんだ。ただ虚しいだけ』

だから、悠介(かれ)もただ流されているだけ…。そう思っていたのに…、

『比嘉は、打楽器楽しい?』

『楽しいよ。最初からやるつもりで入ったから』

こう言われたことで、何だか自分の無能さを突きつけられたような気がした。

そして…極めつけは…、



『…すげぇよなぁ。自分がやりたいとは言え、たった1年で楽器を極めるなんて』

悠介と美玖音の言葉だった。

彼らの言葉は、まるで抗う者を讃えるようなことを言っていた。

抗ったって仕方ない。

なのに…、なぜ成功しているんだ?

抗い、自分を変えることに、何故気恥ずかしさを感じないのか?

(…羨ましい。でも…、どうせ勝てない…)

冬深は特殊な感性を持っていた。

「定めから裏切った船は脆い…。どうせ私には勝てない」

冬深はそう言って、Sクラを握りしめた。

「私は負けない。ずっと従ってきた意味を、ここで見出す為に」


負けない。

今、ここで茂華中学校を、本気で打倒しようとする者は冬深たった1人だった。

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