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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
想いよ響け!! 涙の東関東大会編
190/208

118話 神平中打楽器パート [比嘉悠介編]

結果、それは非情なものだ。

茂華中学校同様、神平中学校の練習は、大詰めへと差し掛かっていた。

「…暗記するまでに出来るようにならんとなー」

そう言ったのは比嘉悠介。3年生の打楽器パートだ。実力は誰もが認めるほどで、茂華中学校の打楽器パートとも引けを取らないレベルだ。

「比嘉先輩」

そこへ男子が話し掛ける。後輩のようだ。

「天祢?」

「…ここ、もう1回見てくれませんか?」

「いいぜ、じゃあ見せてみんしゃい」

「はい」

音楽室では、最終確認のように真面目な会話をする声だけが響いていた。

「…天祢(あまね)、完璧だ」

「あ、先輩に言ってもらえて良かったです」

「あとは…楽譜見なくても出来るくらいには、やっといた方が良いぞ」

「はい!」

悠介は小さく肩を撫で下ろした。

「…間に合いそうだ」

パーカッションの出来は、そこそこのものだった。


「比嘉」

「あ、相馬ちゃん、どうしたん?」

そこへ女の子が1人。同じ3年生の相馬(そうま)冬深(ふゆみ)だ。

「私はクラの練習に行ってくるから、私の後輩の面倒を見といてくれる?」

「ああ、全然構わないよ」

「…あと、ティンパニの子の指導見といてね。この前、私に教えを請えてきたんだから…」

「あらぁ。でも女子って男子に、話し掛けるの苦手やん。女子は女子同士で教え合った方が良いんじゃね?」

「…さぁ」

彼女にはあまり分からなかった。ただ男女関係は複雑なものだから、悠介の言う通りかもしれない。

冬深が、木管の練習室へと足を踏み出したその時、彼から問いを投げかけられる。

「…あ、相馬ちゃん、少し聞きたいんだけどさー」

「?」

冬深の反応に、悠介の瞳が少しばかり鋭い光を宿す。その表情は、誰から見ても真剣なものだと分かる。

「…今、自分の中じゃ何%?」

「何の評価?」

「今の自分の演奏、どれだけ満足してるか?だよ」

「…低く見積もって60%」

「低っ!?」

「…でも、比嘉は悪くない」

意味深な言葉を残して、冬深は霞のように消えてしまった。

(不満しかない。この学校にも、今の自分にも。本当は大嫌い…)

冬深には思う所があった。



その日の帰り道。

悠介は酒蔵の前を歩いていた。和風建築が多い住宅地に住む彼は、小さい頃から少し不便な気持ちだった。

大きな声や大きな音を出せないから。


「…比嘉!」

「おん?久下田や」

久下田遥篤。神平中学校吹奏楽部の副部長だ。

「…あんだ、綾中巫琴とは帰らないの?」

「巫琴は通院だってさ」

「この時期にそれは不安だな…」

悠介の声は軽くも、心配する響きが含まれていた。

そして話しは必然的にコンクールの話題となる。

「…茂華中、更に上手くなってたって朱雀パイセンが言ってたぞ」

「…朱雀?ああ、裏神(うらかみ)の」

遥篤も美玖音のことはよく知っている。

「裏神?ああー、んなあだ名もあったなぁ」

「本人は嫌がってたそうだが」

ぷはっと悠介は笑い返した。

すると遥篤は更に真剣な表情になる。

「…しかし、朱雀先輩が言うとは中々だな。元々、何でも褒める方だが…」

遥篤も内心はビビっているのかもしれない。

「…なに?もしかしてビビってる?」

悠介がなじるように訊ねる。

「お前こそ、ここで落とされたら、ヤバいんだろ?」

「え?」

「…この前も言ってただろ?」

そして遥篤はとんでもない事を言い出した。

「…全国大会に進めなくなったら、吹部を辞めるって」

「…」

それは彼が過去に何度も言っていた約束だった。

「…まぁ、親や姉とはそう約束してる」

ここで、突如として、悠介の声のトーンが落ちてしまった。初めて陽気な声色に雲が掛かった。

「でも、まさか俺等を超えるなんて無いっしょ…。人数的にも、技術的にも…」

悠介の声に震えが生じる。

「分からないな。ポプ吹の時も、評価は高めだったそうだから」

「ぐわぁー!俺、奏者としてめっちゃ駄目なこと言うけど、スランプ起こってくれぇー!」

「…スランプか」

風の噂で、オーボエの久城美心乃が、挫折したと聞いた。しかし茂華中学校は間違いなく、彼女を立ち直らせるだろう。

人間は挫折を乗り越えれば、更に強くなれる。

(…茂華中、まさかな)

ここで遥篤にも、始めて迷いが生じた。


遥篤と別れた悠介は、ひとり頭を抱えながら家へと到着した。

「…俺のティンパニの方がまだ大丈夫。鍵盤は相馬ちゃんが何とかしてくれる。まだ60%みてぇだから100%になれば…」

希望を乗せた早口での独り言が、真夏の空気に溶かされる。

そのまま玄関へと入った。


玄関を通り抜けた瞬間、

『全国大会に行けなかったら、それで終了だからね』

悠介の姉の言葉が脳裏で蘇った。



翌日。

『コンクールの順番が決まりました!』

神平中学校の審査順が決まった。

それを聞いて、全員が真剣な面持ちになる。

『…コンクールは14番です』

それを聞いて、肩から力の抜ける音がする。

『順番は例年より早いですが、それでも全く以て問題は無いと思います』

それでは練習を始めてください!その言葉で、今日も神平中学校吹奏楽部の部活が始まった。


「…元気ないっすね」

「…ああ?」

後輩、(ひいらぎ)天祢(あまね)は彼の心情を見抜く。

「…まぁ、コンクールが不安でな」

悠介は正直に内なる本音を口にした。

そしてスネアドラムをたたくスティックを手にした。

「…不安…ですか?」

「うん。少し不安」

全国大会に行けなかったら吹奏楽部を辞める。それは間違いなく、自分にとっては無いと思っていた事だった。

神平は必ず全国に行くことが、運命付けられていると思っていたからだ。

それは小学生の頃から何ら変わりはなかった。

悠介は小学3年生に、吹奏楽部という存在を知った。神平市の学校にある吹奏楽部は、全国に通用するほどの強豪だと有名だった。



練習は7時まで続いた。スパルタな指導で殆どの部員は疲れ果てていた。1年生や2年生は足早に帰っていく。

そんな中でも、3年生だけは違っていた。3年生は活動が終わっても尚、練習を続けていた。

打楽器パート、冬深はクラリネットを取ろうと、打楽器の群から離れる。しかし、それを見た悠介がたまらず声を掛けた。

「…あ、相馬ちゃん、もう帰るん?」

「いや、まだやっていくけど?」

それを聞いて、少しだけ安堵した彼は誘いの言葉をかける。

「んじゃー、Bあたりから、もっかい付き合ってくれる?」

「…」

しかし冬深は誰にも聴こえない音で…

チッ!

と舌打ちをした。仕草も動作も殆ど無かったので、悠介は気付く由もない。

「全然いいよ」

そして同意した。上っ面の笑顔だけで。

(どうしてだろう…?)

マレットを手にした冬深の表情が、苦々しく歪められる。

今の自分は本当の自分なのだろうか?

ただ指示された事だけをこなす、その日常から冬深は今の自分に疑問を持っていた。


そして少し合わせると、冬深は無意識に口を開く。

「…ねぇ、比嘉」

「どした?」

「…打楽器、楽しい?」

そしてある意味当たり前な質問を投げかける。しかし冬深の表情は笑っていなかった。

しかし、そんな彼女の真意にも気付かない鈍感な彼は、鼻で笑うように両手をパッと開く。

「何、その質問?俺は打楽器やる為に、吹部に入ったんだぜ?」

「…そう」

「それに、ここなら技術と結果が手に入る。強豪は最高だ!」

自慢げに言える彼が、少しだけ羨ましい。こうして自分の居る環境に、確固たる誇りを持っているのだから。

しかし次の言葉で、その考えはかき消された。

「…あの約束さえ、無けりゃ…の話しだがな」

「あの…約束?」

初めて聞いた言葉に、冬深の顔に少ししわが寄せられる。しかしその皺、ひとつひとつが綺麗な線を編み出していた。

「俺な、吹部続けんのに約束してんのよ」

「何の約束?」

本来なら気にならないはずだが、どういう訳か、冬深は練習を中断してでも、聞きたくなってしまった。

「俺なァ、全国に行けなかったら、吹部やめようと約束されてんの」

「は?」

どうして?と冬深の瞳が丸くなる。

「…まず、この吹部の部費だな。メタいけど」

「もしかして…高いから?」

「ああ。うち5人家族だからな。結構支出ヤバいらしいのよ」

「そう。富も財も流転する。私にも、どうする事もできないね」

現実的な悩みに彼女は何度も頷いた。 

「あとなー、うちの親が厳しいことだ」

「そう」

どうやら悠介にも、冬深とは違う悩みがあるようだ。

「…それで、比嘉は辛くないの?」

冬深は気になった事を、そのまま言葉としてぶつける。

「…正直、姉たちとの約束はキツイなぁ。正直、俺の技術が良くても、他の人達のコンディションが悪けりゃ、本末転倒なんだから」

コンクールとは、そういうものなのだ。

「でも、それを覚悟して、俺は吹部を始めた。だから後悔はしていない…」

自身の過去。

昨日あったことかのように、脳裏へ蘇る。



最初は、ひょんな事から始まった。

『大きい声も、大きい音も出せないなんて…』

悠介の住む場所は、家と家が近くで、大きな声や音が出せなかった。それが落ち着きの無い悠介には少し息苦しかった。

それから小学校に上がって、3年後。悠介は"とあるモノ"に出会った。

それが…

『じゃあーん!』

姉のやっていた吹奏楽部だった。

姉はクラリネットをやっていて、相当な実力を持った少女だった。

『…俺もなんか楽器やりたいな』

そんな言葉をキッカケに彼は、吹部への入部を決意した。

大きな音を出したい。彼はそれだけが理由でパーカッションを選んだ。


もう忘れてると思ったのに、意外とその記憶は鮮明だった。

「…で、今だから聞くけどさ、どうして比嘉は、全国大会行けなかったら吹部を辞めるの?」

「…どうしてって。それは…」


当然、姉が有能なだけに、悠介にも重責はのしかかった。

当時、姉との仲は最悪だった。

『…おめー、ちゃんとやってんの?』

『やってる!』

姉は自身の実力に慢心してなのか、悠介を見下し続けていた。

『ま、結果…だもんね』

『結果って言われてもな。俺以外の誰かが下手クソだったらなー』

『それを言っていいの、本当に上手い人だけだよ。私よりどーせ下手なんだから』

姉は確かに、吹奏楽で強豪校に推薦されるほどの実力だ。だからこそ、何も言えなかった。

『じゃあ!俺、必ず全国大会行ってみせる!行けなかったら、吹部やめるからな』

その言葉が自身への決意だった。


「…姉が優秀ね」

冬深は小さく頷く。

何だか分からなくもないが、悠介は少し走り過ぎだな、と改めて思った。

「…だから、絶対に落とされない。姉に誇示する為にも俺は全力で演奏する」

「そう」

冬深は彼が少し羨ましかった。


だって…自分とは根本から違うから。

ありがとうございました!

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次回もお楽しみに!


【次回】 冬深 瑠璃に嫉妬する… そのワケとは?

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