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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]地区コンクール始動編
19/208

明作茉莉沙と港井冬樹の出会いの章 

この物語はフィクションです。

人物、学校名は全て架空のものです。

ご了承下さい。

ああ、辛い。

まるで泥水の中に沈む死にかけの魚のようだ。

自分が哀れに思う。

なんで…こうなったんだろうか?


女の子は、混濁する意識の中で自らに問いかけた。

しかしそんな質問、返ってくるわけがない。

じぶんがじぶんすらも救えない。


そんな嫌な感触が、あの時からしばらくたった今でも、昨日のことのように覚えている。






「…あ!」

明作茉莉沙が、手元に置いてある本を、床へ落とす。ばしん!と紙が擦れる音がした。

「…茉莉沙?大丈夫?」

そう言って覗き込んだのは、初芽結羽香(はつめゆうか)。フルートパートの高校2年生だ。


「…春だからか眠いよねー」

そう言って、初芽は欠伸をする。眠そう。

「眠い…」

茉莉沙もつられるように、欠伸する。


「…」

茉莉沙は、昨日送られてきたメールを思い出す。

〘明日、河川敷で、一緒に練習しませんか?〙


「…ちょっと、音楽室行ってくる」

そう言った彼女が教室を出る。

「…えっ?どこに行くの?」

いきなりの行動に初芽が彼女を追う。

「…別に。トロンボーン、取りに行くだけだよ」

「…えっ?今?」

「うん」

そう言って2人は、音楽室に続く階段を、上がっていった。



放課後、優月と颯佚が話しながら、音楽室へ続く廊下歩いていた。

「…想大くん、今日はいないのか?」

「今日は美術部があるみたいだからね…」

想大は吹奏楽部のホルン担当だ。と同時に美術部員でもある。


「こんにちは…」

「こんにちはー」

2人がドアを開けるなり挨拶をする。

すると椅子に腰掛けていた初芽が手を振る。

「こんにちはー」


その時、颯佚が初芽へ話しかける。

「あれ、メイ先輩は?」

「…ああ、今日はお休みだよ」

そう言って、初芽は膝の上のフルートケースをそっと撫でた。

「…珍しい」

優月がぽつりと言う。

茉莉沙は生真面目な子なのか、練習のある日は絶対に来ている。余程トロンボーンが好きなのだろうな、と分かるくらいに。


「…はい!出席とりまーす!」

その時、部長の雨久朋奈が音楽室を見回す。

出席の確認だ。




住宅街から離れた河川敷。

「…はぁ…はぁ…」

珍しく小走りで茉莉沙は、誰かを、捜すように辺りを見渡す。

すると、誰かがこちらへ手を降ってくる。小学生の男の子だ。

「あぁ…」

茉莉沙も小さく手を振った。



「…茉莉沙お姉ちゃん、久し振り!」

その男の子が茉莉沙へ駆け寄る。

「…久し振りです」

茉莉沙も笑って返す。

「ありがとう。わざわざ来てくれて」

「大丈夫。…あそこ、休み本当に少ないもんね」

茉莉沙はそう言って、トロンボーンケースを開いた。


「よいしょー…」

茉莉沙は、いつものように、金色に光るトロンボーンを構える。

「…茉莉沙ちゃん、今までパーカッションだったから、トロンボーン吹くのを見るのは、何か新鮮…」

「だろうね」

そう言って、茉莉沙は唇にマウスピースを当てる。

刹那、温かい音が響く。


この河川敷は人気もなく、近くには雑木林があるので、近所迷惑になる心配もない。

「…ぼくも」

男の子も、銀色のトロンボーンを手慣れたように構える。

そして、ゆっくり息を吹き込む。


2つの優しい音が、暁の空へと響いた。 



2人は、普段のように音階を吹き終えると、トロンボーンを下げる。

「茉莉沙ちゃん、上手だね」

男の子が、そう褒めた。

「ありがと。冬樹くんのお陰だよ」

茉莉沙はそう言って、柔らかい瞳を、ほころばせる。


彼は、港井冬樹(みなといふゆき)。とある楽団に所属しているトロンボーン担当の中学1年生だ。

「…ぼく、なんかしたっけ?トロンボーンの吹き方、教えただけだよ」

すると、茉莉沙はノートを開く。


「ううん。冬樹くんが、こうやって教えてくれたから上手くなれたんだよ…」

茉莉沙が珍しく笑う。あまり見せない満面の笑み。

「…ドラムやってる茉莉沙ちゃんもカッコいいけど、トロンボーンやってる茉莉沙ちゃんも可愛いなぁ」

冬樹が不意打ちのように言う。

「…っ!」

その言葉に驚いたのか、体中がビクッと震えた。


「…そうだ!茉莉沙ちゃんにあの楽譜、あげるよ」

そう言って冬樹は、もう一冊のノートを彼女へ差し出す。


「もしかして、これ、新曲?」

「うん。泡沫の鯨っていうタイトルだよ。譜読みされてるから、茉莉沙ちゃんなら、すぐに吹けるよ」

受け取ったノートを、パラパラとめくる。


〚泡沫の鯨〛


「…頑張って吹いてみるね…あ!」

その時、茉莉沙がもう一冊のノートを、トロンボーンケースから取り出す。

「…この、月光万華鏡っていう譜面なんだけどね」

「…それがどうかしたの?」

「ちょっと、この楽譜を渡したい人がいて…」


月光万華鏡も、冬樹が作曲した曲だ。彼の趣味は作曲で、メロディーを作り出すことが得意なのだ。

その殆どが、実在する曲からインスピレーションを受けているのだが。


「…それ、トランペットとドラムとトロンボーンの曲だよ。渡したい人って吹部の人?」

「…うん」


その時、脳裏に浮かんだのは、鳳月ゆなではなく、優月の方だった。


「いいよ。僕の作曲した曲が、茉莉沙ちゃんに以外の人に演奏されるのは、恥ずかしいけど…」

「…そんなことないよ。冬樹君の作った曲、吹くのすごく楽しいし…」


茉莉沙はいつになく、よく話した。



実は、彼との出会いは、彼女が中学2年生だった頃の冬だった。

実は、茉莉沙は『御浦ジュニアブラスバンド』という吹奏楽の超強豪クラブに所属していた。


『…明作さん、ここのオープン、ズレないように!』

『はい』

連日の粘着した厳しい指導に、茉莉沙は精神を追い込まれていた時だった。



『練習終わったら、コンビニ行こーぜ!』

『いいね』

茉莉沙は、大人しく奥手な性格だったこともあって、友達が居なかった。


『…はぁ…ふぅ…』

そんな彼女は、遅くまで、担当されたドラムやグロッケン、ビブラフォンの練習を続けていた。


この頃の茉莉沙は、下から数えたほうが早いくらい、実力が足りなかった。

他の部員は、才能だの言って、息を吐くように楽曲をこなす。

だが、茉莉沙はそんなことをできなかった。



叩いて、叩いて、失敗する度に、肺に泥を詰め込まれたような息苦しさを感じる。

私はどうしてこんな所にいるんだろう?


真面目故、そんな考えが止まらなかった。

たまらなく辛かった。

才能が無ければ、練習しなければならない。

それが彼女には分かっていたからだ。


しかし、その努力が、この後、怪物を呼び起こすことになるのだが。




練習の帰り、ロビーの方へと行こうと、薄暗いホールを出て、通路を歩こうとした瞬間。

強い鬱が、全身を支配した。


『かっ……!』

自責からきたメンタルが、限界に達したのだろう。脳の命令をする間もなく、全身が痙攣した。


(お前、才能ねぇし、できねぇよ。諦めろ)


誰かの、当たりの強い言葉が脳裏に何度も、再生される。

『う…うっ……うっ…!』

リュックから何かを取り出そうとしたが、目から涙が溢れた。


しかし、次の瞬間…。

『うわぁぁぁぁぁん…!!』

胸に、ナイフで刺されたかのような鋭い痛みが走る。茉莉沙は、転んで泣きじゃくる子供のように、泣き出した。


もう限界だった。




その時、近くの扉が開く。

『…だ、誰?』

出てきたのは、小学生の男の子だった。

『…お姉ちゃん』


男の子は、茉莉沙の肩をポンポンと叩く。

『…大丈夫?』

すると、彼女は、男の子を見て、目をキョトンとした。


小ホールに入った2人は、椅子に座って向かい合う。

『お姉ちゃん、転んだの?』

その質問に、泣きやんだ茉莉沙が首を横に振る。

『違います』

その男の子にも律儀に返す。


『…お姉ちゃん、敬語なんて使わなくていいよ。ぼくは、港井冬樹。呼び方は、冬樹か冬樹くんかミスター冬樹で…』

ひとつ、有り得ない選択肢が出て、茉莉沙は思わず吹いた。

『…冬樹くんって呼べばいいの?』

『うん』

冬樹はそう言って笑った。

『…お姉ちゃん、パーカッションやってるよね』

『やってるよ』

茉莉沙はそう答えた。彼の柔らかい雰囲気と年下ということもあって、敬語が自然と外れた。

『…泣いてたけど、辛いことがあったの?』

『うん。半分正解、半分病気』

『…びょうき?どこか悪いの?』

すると、茉莉沙は、ゆっくりとイスから立ち上がる。

『心の病気。鬱病』

そう言って、茉莉沙はドアの方へとつかつかと歩き出す。


『ありがとね。ばいばい…』

そう言って、茉莉沙はドアを閉め、帰って行った。

(あの子…、トロンボーン持ってたなぁ)

そう思いながらも、気分は沈んだまま、ホールを後にした。



それを思い出したように茉莉沙がこう言う。

「…そうだった」

「どうしたの?」

「冬樹くん、私ね、吹奏楽部辞めるかもしれない」

「…えっ?」

冬樹は信じられなさそうに、彼女を見た。


そして、このあと、部内に闇を落とすと同時に、彼女の過去がフラッシュバッグするのだ…。

ありがとうこざいました。

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