117話 降谷ほのかの正体
ほのかは夢を見ていた。
しかし、その過去は実在した。
『…なんの楽器に、しようかな?』
小学生時代、見学中の新楽ほのかは、1人で何の楽器にするか迷っていた。
『…ほのかちゃーん』
『あ、燈翠ちゃん』
そこへ黒い楽器を持った友達登場。
『…何の楽器にするの?』
『え、どうしよう…』
彼女の問いを投げかけられても、尚ほのかは本気で悩んでいる様子だった。
『…あ』
その時、ほのかは見つけてしまった。自分にとってやりたい楽器を。
それはピアノに似た楽器だった。確かグロッケンと言うものだったか?自分より小さい子供が必死に音を紡いでいる。
小学4年生の幼いほのかは、ピアノのような鍵盤楽器をやりたくて、立候補をした。
しかし、
『えぇー!打楽器じゃなくてクラリネットやろうよ!』
『えぇ、クラリネットー?』
市布良燈翠という友達が厄介な性格だった。
『…やらないなら、友達やめるよ!』
半ば脅しのような口調でそう言ってきたのだ。
『…ま、まって…!じゃあ、打楽器をちょっとだけやらせて!』
『…ん~、ちょっとだけだよ!すぐにクラリネットに戻ってきてね』
燈翠から許可を渋々もらったほのかは、鍵盤楽器の方へと歩き出す。
しかし…
『うっ…』
突然、耳鳴りがする。
『…いたい』
ティンパニの音だろうか?耳に不快感が走る。
重低音でお腹が痛い。吐き気がしてきた…。
『ごめん…、燈翠ちゃん…』
『えっ?』
『私、吹奏楽部に入るのやめていい?』
『ど、どうして!?』
『本当に無理!!ごめん!!』
ティンパニやシンバルの音が、彼女の胸を締め付ける。ほのかは不快感から逃れたくて、音楽室を出ていってしまった。
それっきり、ほのかは燈翠たちに、虐められる羽目になった。
それと同時に両親が別居。その影響で神平小学校から高野澤小学校へと転入した。
ピンポロ♪パンポンピン♫
スマホのアラーム音が鳴る。
すぅー、ほのかは起きると、小さく溜息を吐いた。
「…またあの夢」
ほぼ毎夜、過去をチラチラと見る。
「今日も部活だ」
彼女は先ほどまでの悪夢を、深呼吸ひとつで忘れようとした。
実はほのかは神平小学校にいた。ただ居づらくなったことで、隣町の高野澤町に引っ越してきたのだ。
それでも…、
(夏矢颯佚…)
彼に始めて会った時、ドキッとした。
でも、彼は全く覚えていなかった。
でも安心した。
ほのかはそんな事を考えながら、東藤高校へと向かった。
「…茂華中、どんな感じなんだ?」
休み時間、この時は珍しく優月と颯佚が、ほのかの近くで話していた。
「え…、どんな感じって…僕に聞かれてもなぁ」
「まぁ、そうだよなぁ。ちなみに神平も結構、問題抱えてるらしいぞ」
「…それまたどうして?」
優月の元いた茂華中学校と、颯佚の元いた神平中学校吹奏楽部は、今バチバチと火花を散らす関係にある。それは、茂華中学校が8年ぶりに全国大会のポストを狙っているからだ。
神平中学校は、小学生時代から吹奏楽に親しむ人間が多い。その為、中学校でのスパルタ指導を軽々と乗り越える者たちばかりだ。ただし強豪校のプライド故、かなり性格の曲がった人間や変わり者が多いらしい。それが神平中学校唯一の弱点だ。
「…何度も言うが、神平中はマジで変わり者が多いからなぁ」
「それって比嘉君たちのこと?」
「まー、相馬が唯一まともだな」
「相馬?」
忘れた彼に、颯佚は小さく苦笑した。
「忘れたか?相馬冬深だ!」
その名に、ほのかの瞳が震える。
「あー、相馬って冬深さんの方ね」
優月がぽん!と手を打つ。
相馬冬深という名前に、ほのかは聞き覚えがあった。
確か元々、近所に住んでいて、1年間だけ一緒に登校していた気がある。
でも名前や顔は殆ど覚えていなかった。ただ『ふゆみ』という下の名前だけは、まだ頭に残っていた。
ほのかが耳を傾けていると、優月と颯佚の会話は更に深いところまで突き進む。
「ちなみに、冬深さんの演奏は順調なの?」
「さぁな。ただかなり今の自分にコンプレックスを持っているらしい」
「コンプレックス?」
どういう事だ?
「…あの子、本音はクラリネットやりたいみたいなんだけどな。編成と経験年数上、許してくれないんだ」
「へ、へぇ〜」
何だか、瑠璃みたいだな。と優月が思った瞬間、
『それって瑠璃ちゃんみたいじゃん!』
誰かがそう言った。
「…想大君。まぁ、そうだね」
小林想大だった。ちなみに、彼は瑠璃と交際経験がある。遠距離恋愛が原因で別れてしまったが。
「…まぁー、茂華中学校なら全国大会行けそうだ」
「なっつんが、そこまで褒めるとは珍しいね」
「まぁ、古巣に恨みしかないからな」
「…お、おぉ」
彼の過去を多少聞いていた想大は、やや納得した。
「まぁ、多分、茂華中学校は全こ…」
颯佚が言い終える前に、ほのかが背後にいた。
「冬深って誰?」
その衝撃で3人は飛び上がる。
「ほ、ほのかさん?」
「優月君、やほ」
優月が1番ほのかに驚いていた。ほのかと優月は盆踊り大会で少しだけ、距離が縮まったのだ。
「…ど、どうしたの?」
「冬深って誰?って気になって」
「降谷さん、そんなこと気になる?」
颯佚が少し疑いの視線を向ける。まさか3年間も同じ学校だったことに気づいていないのか。
「…相馬冬深。私と同じ小学校だったから」
「えっ?」
「…新楽ほのか、覚えてる?」
ほのかの目は少し冷たかった。
「新楽?そういえば俺が4年生の時に転校して…、え?」
颯佚は目の前の少女に、驚きを隠せない。
「…まさか、新楽ほのかって君?」
「ようやく気付いたわね。夏矢君」
「…そうだったんだ」
優月と想大は殆ど話しが飲み込めなかった。
まさか、降谷は母親の旧姓だったとは。
「…え、ふたりは知り合いだったの?」
優月が恐る恐る訊ねるも、颯佚は真っ先に首を横に振った。
「いや、全然話したことはなかった。ただ同じ小学校だったってだけで。新楽と同じクラスになったことすらない」
「へ、へぇ…」
ただ4年間小学校が一緒だっただけか、優月と想大は納得した。
「んじゃあ、なんで降谷なんだ?」
「お父さんと…その別居してるから…」
「ああ、そういう事ね」
颯佚は一瞬で全てを理解したようだ。
「…あと冬深って、苗字は相馬でしょう?」
「あ、ああ」
「じゃあ、私の近所にいた子よ」
「マ、マジか」
颯佚は少し驚いた様子だった。
「冬深ちゃんがどうかしたの?」
「あー、コンクールの話しをしててな。ホラ、今年は茂華と神平が接戦だから」
「…そうなんだ」
ほのかは何度か頷く。
「…それは楽しみね。優月君」
そして、優月へ視線を移す。
「まぁなー」
来週か?と優月はカレンダーを確認する。もう時間は少ない。間違いなく練習は大詰めに向かっているはずだ。
そして、あの学校が奇跡を起こす事を、この時はまだ誰も知らない。
その結果は、吹奏楽コンクール史上最大の象徴となる。
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