114話 未来への投資
ある日の夜、優月は母の寛美と父の雅永に呼び出された。
「…数学の赤点、何とかならない?」
寛美の表情は真剣だった。
「…はぁ、はい」
優月は2人から逃げるように視線を背けた。
そう、数学の点数がかなり危ないのだ。相当深刻だということで、優月は両親に呼び出されたのだ。
「本当に数学が悪いのは今に始まった事じゃないけど、これは今後が不安だわ」
寛美の言葉に優月が「さーせん」と小声で謝罪する。
「…部活で頭がいっぱいなんじゃないか」
その時、雅永がそう言った。
(…はぁ~、これマズイやつだ)
成績と部活を結び付けられるのは、あまり頂けないが、本当にその通りだ。
このまま部活を辞めさせられたりしないだろうか?
「…2学期の中間テスト、数学は最低でも赤点を取らないようにな」
雅永の言葉に優月は渋々と頷いた。
部活継続の為にも、今度は中間テストの壁が立ちはばかるのだった…。
『みなさん、中間テストは大丈夫そうですか?』
中間テストが近いということもあり、井土もそれを心配していた。
「…駄目かも」
真っ先にゆなが言う。
「ゆなっ子、前回の古典のテスト、ギリで赤点免れたんでしょ?」
そんな彼女に咲慧が心配する。
「そだよ。もう無理かも」
「ちゃんと勉強しなよー」
そんな会話に、優月たちは苦笑する。
「3年生も大丈夫ですか?」
井土は3年生の方を見る。
「明作さんは学年トップだから良いとして…」
その言葉に、美鈴が「そうなんですか!?」と突っ込む。
「え、多分」
井土は少し驚きながらも頷いた。
「…そっかあ。先輩、医大目指してるんですもんね」
彼女の言葉に茉莉沙は小さく頷いた。
「…まぁ、このあと模試とか説明会とかあって、前みたいな頻度で部活には行けませんけど…」
茉莉沙が美鈴から視線を逸らす。
「それは全然大丈夫です。進路優先して下さい」
井土の優しい言葉に、茉莉沙は「はい」とだけ頷いた。
すると河又悠良之介が溜息を吐き出す。
「はあー、俺はまずいなぁ」
「え?ゆらくん、何がまずいんですか?」
井土が心配そうに、彼の顔をのぞき込む。
「取り敢えず、古典と数学と理科と選択科目がまずいっス」
「…それは…頑張ってください」
井土はただ声援を送るだけだった。
「ではー、今日は今後のスローガンを決めましょうか?仲良くなることが今の課題ですからぁー…」
その時、井土が次々と名前を呼ぶ。
「1班、ゆらくん、井上、ゆなっ子、國井」
「2班、明作、初芽、ゆゆ、藤原、久遠」
「3班、岩坂、黒嶋、加藤、海鹿、大橋」
「4班、夏矢、降谷、トウモロコシ、高津戸」
よし!と井土は両手を広げる。
「今、言った通りに散らばってください。みんなでしっかりスローガンを作ってください。ズルしても構いません」
「略してちらし寿司」
ここで心音のボケが炸裂。
「私の家、夏でも食べるよ」
すると、ゆなの口から意外な真実が飛び出した。
「えぇー!?」
「まじか…」
むつみと優月は驚いたように目を丸める。
「しゃーないでしょう。お母さんがちらし寿司大好きなんだから」
「ま、まぁ!始めましょうー」
井土はそう言って音楽室から消えた。
「はぁ、定期演奏会の照明とか、脚本の準備だろうね」
「違えねぇ」
むつみと悠良之介が、締まった扉を見つめた。
こうして、スローガン決めが始まった。
「響けはヤダ」
「…え」
「もっと厨二病っぽいのに!」
「この作品に厨二病を投入したら終わるよ」
1班は、ゆなとむつみが主に喚いていた。
「河又は何かない?」
ゆなが聞くと、悠良之介は首を横に振る。
「ちっ、」
「え、舌打ちした?」
「したよ。3年生なんだから何かあるでしょう?私より1つも老いてるんだから」
ゆなの罵詈雑言に悠良之介は、
「班、変えたいですぅ」
すぐに音を上げた。
「逃げるな!卑怯者!考えろ!」
「ゆな、やめなさい」
あまりにも、ゆなのマシンガンワードが止まらないので、むつみは彼女を小突いた。
「…んー、やっぱ未来へ響けーとか?」
ゆなが顎に手を当てて言う。
「それ、和太鼓部でのスローガンだったでしょう。しかもゆなっ子が考えたやつ」
そこへ咲慧が突っ込んだ。別の班なのだが、席が近いので聞かれてしまっていた。
「えー、ダサ」
むつみが面白い顔をして言う。
「…うっさい」
ゆなはムスッと怒ったフリをした。
「もうチャットGPに頼む?」
ゆなはそう言ってスマホを出した。
「…頼みますかー。ズルしても言いって井土先生、言ってたし」
そして調べたものをゆなが読み上げる。
「学生が、楽器で変身、吹奏楽部」
「うん、却下」
「涙腺射抜け、響けユーフォニアム」
「おー!俺の為のスローガンか!?」
「劇場版始まっちゃうから駄ぁー目」
ゆなは笑いながらそう言った。
「てか、ユーフォは海鹿さんもいるでしょ?」
むつみが指摘して、悠良之介はあっ!と目を大きくした。
「わー、最低な先輩だわー」
むつみが冷やかすと、悠良之介は「助けてくれー」と誰かに助けを求めた。
(ついて行けない…)
その様子を見ていた、1年生の孔愛は少々ドン引いていた。
4班。
「…スローガンねぇ」
降谷ほのかは悩んでいるようだった。
「ワラワの中学では、コンクール関係の目標ばかりだったからな」
そこへ日心がそう言った。
「俺も同じよなモン」
そこへ颯佚が諦めたように言う。
「…神平中学校は凄く強いもんね」
「ああ」
颯佚は当たり前のように頷いた。
「私も見られたのになぁ」
「あ、どういう意味だ?」
すると彼が首をかしげる。しかしほのかは、
「そのまんまの意味だけど」
と冷たく突き放した。
(…まぁ、私は見届けられなかったけど)
その言葉の意味するものとは一体?
そして、優月たち2班。
「…皆さん、何かありますか?」
茉莉沙はスマホで、自身の考えた単語を打ち出していく。
「…あ、花琳から返信きた」
その時、初芽が声を上げた。
「え、花琳って誰ですか?」
そこへ美鈴が初芽へ顔を覗き込む。
「…あー、花琳。私の妹だよ」
「へぇー、あ、もしかして、夏休みに言ってた子ですか?」
「うん。そうだよ」
優月も「そうなんだ」とひとり首を縦に振る。
「今年の東藤中学校の、スローガンはねー」
初芽はスマホを、班の皆に見せる。
壁にかけられた大きな紙に、真っ黒な墨で、
『響き合い響かせる! 一音入魂 東藤魂!!』
と書かれていた。
「…」
優月は何度か瞬きをする。
(僕の方も茂華中の瑠璃ちゃんに頼んで、参考に送ってもらおうかな?)
一度は思ったが、絶対にコンクール向けのスローガンなので、何ひとつ此方の役に立たないだろう。
何度か頭を捻った初芽が、自信満々に口を開く。
「…うーん、楽器隊とかは?」
「お前、バカになった?」
そこに茉莉沙が冷たい言葉を投げる。
「うーん、私は茉莉沙みたいに、頭良くないからなぁ」
「別に頭の良さで、スローガンが決まるわけじゃないでしょ」
珍しく口調を崩した茉莉沙に、美鈴は少し驚いていた。
『…茉莉沙先輩って、たまに子供っぽくなりますよね?』
美鈴が優月に言うと、優月も頷いた。
『まぁ、明作先輩は初芽先輩のこと、大好きだから』
茉莉沙の過去を知る優月は、こう言える。
『…てか、明作先輩って御浦の楽団にいたんですよね?』
『え、うん…』
『打楽器やってたって、友達から聞いたんですが本当ですか?』
『う、うん』
『そもそも、去年の市営でドラムやってましたよね?』
美鈴の止まらぬ追撃。それを止めたのは井土の声だった。
「はーい!今日はこれで終わりです!また明日!」
井土は作業の最中だったからか、いつになく部員たちを急かす。
「これで今日の部活を終わりにします。お疲れ様でした」
『お疲れ様でした!』
茉莉沙の言葉に続くように、部員たちは解散の言葉を口にする。
その日の帰り道だった。
「先輩、あの…」
海鹿美羽愛に話しかけられる。
「ん?どうしたの?」
昇降口で志靉も合わせて3人きりだ。
「…加藤先輩のこと、好きですか?」
「えっ?咲慧ちゃん?」
「…はい」
なんか前も聞いた気がする。と既視感を押さえて、優月は首を横に振る。
「好き…ではないかな?恋愛としてだけど」
「まだ…ですか?」
「まだ?うん」
まだ、とはどういう事だろう?
「あ、いえ何でもないです!」
美羽愛は慌てて、取り繕う。すると美羽愛は驚きの行動に出た。
優月の肩を掴み、唇を彼の頬へ近づける。
え?と優月の頬が意思とは、無関係に紅潮する。
『…志靉が辞めちゃうかもしれないんです』
『え?しーちゃんが辞める?』
『止めるべきですかね?』
この言葉は、2人と別れても、忘れることはなかった。
1人目の退部者。
やはり出てしまうのか…?
ありがとうございました!
次回も、お楽しみに!
【次回】 優月1日部長…
うまくいくワケが無かった…。




