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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
想いよ響け!! 涙の東関東大会編
185/208

113話 退部者の再来!?

東藤高校。

「はぁー、それくらいちゃんとしなさいよ」

「ごめん」

とある練習中、楽器の脚の締め付けが悪かった為に、ゆなと修復していた優月は謝罪の言葉を掛けた。

「てか、久遠は?」 

「えっ、箏馬君なら帰ったけど…」

ついさっき、と言うとゆなは「羨ましー」と言う。ポプ吹が終わってから彼女は元通りに戻ってしまった。面倒くさがりの気の触れた少女。

「…何かあったみたいだけど」

優月がそう言うが、もうゆなには届いていなかった。

(無視された…)

少し苛立ったが、今に始まったわけではなかった。



その時だった。

『こんにちはー』

「あ、」

ようやく来た、と言うべき人物が来て、優月は目を丸めた。

「しーちゃん」

それは大橋(おおはし)志靉(しあ)だった。彼女は1年生で部内唯一のチューバ奏者だ。抜けられたらマズイという重要な立場にいる彼女は最近、遅刻をしている。

理由は兼部している部活が忙しいから、らしい。ここ最近は特に本番などは無いから、別に大きな問題があるわけでは無いが。

「今日もパート練習ですか?」

「あ、うん。そうだよ」

「分かりました!」

すると小さなチューバケースを手にした彼女は、一目散に音楽室から出て行った。




この日の帰り道。

「うぁー!」

優月は苦悶の叫びを上げていた。

「どうしよう…、鍵盤ができない」

そんな彼に咲慧が呆れたように言う。

「楽譜見たけど、そんなに難しくないでしょ?まぁ、早打ちはキツイだろうけど」

「…最近、先生からめっちゃ注意されてんだよね。何でだろう?」

「そりゃー、期待されてるからじゃない?」

咲慧はポジティブなことを口にし続けていた。

「…箏馬君には、あんまり指導してないみたいなんだよね」

「そりゃ、あの人は最近合奏にいないからね」

「…!?」

確かにそうだ!と優月は思う。それと同時に去年の退部した先輩を思い出す。

「…え!?まさか退部しないよね…」

「私には分からない」

箏馬は孔愛と仲のいい男子だが、最近は話している所を見ていない。途端に彼が心配になる。

「…そしたら、鳳月さんと2人じゃーん」

「ゆなっ子のどこが嫌なの?」

「…今日も無視されたし」

「それはキツイね。でもそういう子だから」

「はぁ…」

優月は落ち込んだように溜息を吐いた。

確かに彼女の過去を聞くと、一概に責める気にはなれない。だが、心を開いてくれないことも又、問題なのだ。


「そういえば、もう1人いるよね。退部しそうな子」

「えー、勘弁してー」

優月は正直退部者が出ることに不満だった。演奏が偏ることはもちろん、その後の人間関係や精神面にも関わるからだ。

それに、自分に『退部』を近付けさせているようで…。


考えている途中、咲慧はその名前を出す。

「志靉ちゃん、いるでしょ?」

「え、うん」

「あの子、2学期になってから新しい部活に入ったじゃん?」

「…まぁ、そうだね」

つい数日前に、美鈴たちから聞いたことがある。

「そっちの部活に優先したいから、悩んでるだって」

「…そうなんだ」

「まー、美羽愛ちゃんが引き止めてるらしいけど」

女子しか知らないであろう裏の情報に、優月は深刻に考えることにした。



翌日。

「今日は大丈夫そう?」

優月が部活に来た箏馬に訊ねる。

「あ、はい。大丈夫です」

彼の見せる表情も段々と増えた気がする。本当に良かった、と思う。

「それで分かんない所があるんですが…」

「ん?何?」

こうして、いつも通りの部活が始まった。

「…右、左、って形で叩くんだよ」

「ありがとうございます!」

箏馬の呑み込みは遅いものの、それでも素直なので優月は教えやすかったのだった。


「…そういえば先輩も演奏、大丈夫ですか?」

「えっ?」

まさか後輩にそんなことを聞かれるとは。

優月は延髄の辺りに手を回して、困ったように笑う。

「…正直、少しキツイかな」

優月の演奏はまだまだ課題だらけだった。たまに井土に指導されている。

最近は触れていないからか、鍵盤の腕前も少しずつ落ちてきている。最近はようやく早打ちができるようになったものの、まだまだ練習あるのみだ。

「そうですか。でも後輩は褒めてましたよ。上手いと」

「…えっ?」 

「俺もそう思います」

後輩が褒めるので、優月は嬉しそうに顔を和ませる。

「まぁー、もっと上手くなりたいんだけどねー」

優月はそう言って、ビブラフォンのマレットを手にする。

基礎練習が足りないことが、優月への課題らしい。もしも彼に基礎が叩き込まれたら…、とんでもなく才気あふれる奏者となるだろう。


その時、顧問の井土がこちらへ顔を出す。

「ゆゆー、少しいい?」 

「はい!」

優月は、井土のいる休憩室に入る。



「…えぇ」

結局、井土から説教に近い言葉を頂戴した。

「…やっぱり、スカート履いてる状態で、大きく股を開くのは少しマズかったと…」

優月が彼の言ったことを確認すると、こくりと頷かれた。

「それと、少しテンポがズレてたそうです。恋。リズムキープが課題ですね」

「は、はい…」

基礎練習は、全くしていない訳では無いが、確かに他の学校に比べたら、量は少ないだろう。

土台を何とかできるまでの才能を、優月は持ち合わせていない。最近、彼も気づいてきた。

「このままじゃ、技術は上がっても、基礎が出来ないのでは、成長しませんよ」

珍しく厳しい言葉。井土の硬い眼光が、優月の胸を突き刺す。

「…すみません」

しかし井土は再び笑顔になる。

「それでも少しとはいえ、難しい曲をやってくれてます。君みたいな出世の早い生徒はいませんよ」

「え…?」

「たった2年で、ドラムの曲を3分の1、そして他にも高難易度な曲をやってる。別に君が完全に下手、という訳じゃないですよ。誇ってください」 

それを聞いて、優月は何故か泣きそうになる。

優月は元より、自己肯定感が低い。それは恋愛も、部活や勉強もそうだった。

「略してたこ焼き」

「はい…」

それでも、慢心すらできない優月は、俯きざまにそう返事した。


「…とまぁ、それは単なる世間話枠」

「枠…ですか?」

しかし、話しはまだ続くようだ。

「…久遠のことです」

「え、箏馬君のことですか?」

すると井土の眉が少しだけ下がる。

「…彼、鍵盤が苦手なそうで、2曲だけ引き受けてくれませんか?」

「…えっと、どんな曲ですか?」

心配そうな顔をする優月に、井土は心情を見透かしたように笑い返す。

「大丈夫です。ゆゆがドラムの曲には入れてないので」

そして数枚の楽譜を渡す。

「…色は匂えど散りぬるを、あと…これは?」

残り1曲は新曲だった。

「でも、ゆゆは芸術で音楽じゃないんだよね。全くー、音楽にしてくれれば良いのに」

彼は何かを悔やむように言う。その声には彼を咎める響きがあった。申し訳なくなって優月は小さく頭を下げた。

「…まぁ、来週あたりに教えますので」

そして彼は、机上のパソコンを慌ただしく打ち始める。

「あの、箏馬君って辞めないですよね?」

たまらず優月が訊ねる。

「えっ?久遠ですか?まだ退部届は受け取ってませんので、意思は彼に聞いてください」

優月は静かに頷いた。

やはり、最近の早退の多さが、田中美心を連想させて怖いのだ。

「…心配なんですね」

井土は最後、優しい声で背中を押した。


そして近い未来、吹奏楽部員としての命の灯火が消える者が、現れてしまうのだ…。

読んでいただきありがとうございます!

次回もお楽しみに!!



【次回】 今度は優月が…

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