112話 誰が為の篝火
今回は久々の感動回?
木管の練習室。
かつての先輩が美心乃と話していた。
「正直、これから不安」
「…ごめん…なさい…」
「その感じ、挫折したみたいだね。どうして?」
「…」
しかし美心乃が何かを答える前に、久奈は語調を強くして言う。
「私、最後に、引退する前に言ったよね?何があっても自分の演奏に自信を持って!って。美心乃の演奏は本当に上手いんだから、慢心するくらいの気持ちでいかないと!」
久奈の表情は至って真面目だった。
「なんで、それなのに本番の2週間前に挫折してるの?」
「…私の親戚に、綾中さんいるでしょ?」
「知ってるよ。それがどうかした?」
「…巫琴の彼氏が言ってたの、演奏が下手だねって」
「…ばか」
すると久奈は怒ったように言う。
「どうして、人ひとりの評価を鵜呑みにするの?そんな評価を気に病んだって演奏は良くならないよ」
それで良くなった?言葉ひとつひとつが美心乃の胸へ突き刺さる。
声は静かだが、美心乃にとってはうるさいくらいの声だった。
「…ならなかった」
「じゃあ…」
久奈が励ましの言葉を掛けようとした、その時…
『新村さん、それは仕方ないね』
誰かがそう言った。
その人物をみた久奈の目の色が変わる。
「朱雀先輩、古叢井さん」
教室の入り口にいた2人の先輩と後輩。打楽器の朱雀美玖音と古叢井瑠璃だった。
「朱雀先輩…、どうして?」
久奈が驚いた表情をするも、美玖音は眉ひとつ動かさずに、
「笠松さんに言われてね。2人はまだいるのか?と」
「…そうなんですか」
すると瑠璃がトコトコと美心乃に駆け寄る。
「美心乃ちゃん、泣いてる!?大丈夫?」
美心乃は困惑か、話しを邪魔されたことに怒ったのか、歯を噛み締めて泣き出した。
「…大丈夫?瑠璃お姉ちゃんが、慰めてあげるからね」
「何よ?お姉ちゃんって」
クスクスと突っ込む美心乃をよそに、高校生たちは会話を始めた。
「久下田光慶さん、新村さんも知ってるでしょ?」
「え、あの音楽家ですか?」
「その方の息子さんに言われたんですって」
その真実に久奈は狼狽する。
「…ええぇ!?」
そんな久奈に、美心乃は追い打ちをかけるように、
「それにあの人、去年の久奈先輩のソロもダメ出ししてたんです!」
「なぁにぃー!?」
冷静な彼女もこの時ばかりは取り乱した。
「優愛お姉ちゃん直伝のチョップ!」
そんなあたふたとする久奈の頭へ、瑠璃はチョップを打ち込んだ。
それでやっと冷静に戻る。
「…そ、そうだったんだ。そりゃ自信なくすね」
久奈もその息子を知っている。
息子、遥篤のユーフォニアムの実力は相当なものだ。
次に会話の矛先を美心乃に変える。
「…ただ久城さん、そこまで気にすることはありません」
「えっ?」
「…彼は部内でもかなり厳しい人間です。私がいた時、つまりは彼が1年生だった時からそうでした」
美玖音は初対面の人間には、敬語で丁寧に説明するようだ。
「…それに聴いた感じ、神平中とは遜色ありません。ただ今のままじゃ落とされますね」
なぜか分かりますか?美玖音の問いに、美心乃は唸るように考え始めた。
「…楽しんでないから?」
そこで瑠璃がこう答えた。
「惜しいですね。ただ間違いではありません」
美玖音は美心乃に向き直る。
「答えは表現力ですよ。技術とは9割の表現力と1割の才能なのです。エジソンも言っていたでしょう?」
「初めて聞いた」
「ね」
瑠璃と久奈は思わず突っ込む。
すると彼女の言葉に美心乃は、泣き腫らした表情をこちらへ向ける。
「…本当ですか?」
「ええ。私もそうでしたから。そんな他人の意見に振り回されてばっかりだと、すぐに足元を掬われますよ。今みたいに」
美玖音の言葉に、咎めようという感触はなかった。むしろ何かを諭そうとする大人のようだった。
「久城さんは努力している、それはさっきの合奏を聴けば分かります。ね、新村さん」
すると久奈もコクリと頷いた。
「ここまで追い込んでいる人、先輩にも後輩にも見たことなかった。でもメソメソして、何かに怯えて吹く、それが私には許せなかった」
「さすが、新村さん。魅力的ですね」
取り敢えず全肯定。そんな彼女を見て、瑠璃は目を細めた。
優愛とはまた違うタイプの人間だな、と思った。
「…でも、私も許せなかったんです…」
すると美心乃の表情が少し変わる。
「大好きな先輩を無下にされたようで…」
再び肩を震わせる彼女に、久奈が頭を撫でる。
「…だからって無理しないでよ。辛くて泣いたら、それはもう音楽じゃないよ」
その言葉に、瑠璃の脳裏で何かが蘇る。
瑠璃が優愛に本音を打ち明けた1週間後だった。
『…私のせいにしてる?』
帰りに優愛が突然そう言ったのだ。
『えっ?』
『…鍵盤しかできなくなったの』
『優愛お姉ちゃんのせいじゃないよ。私のせいだから優愛お姉ちゃんは関係ないよ』
『ほんと?』
しかし優愛は何かを疑っているようだった。
『それだから、泣いてたんじゃないの?』
『…』
優愛は瑠璃の思うことを何でも言い当てる。それはあちらも姉としての思いがあるからだろうか?
『私のせいにして良いんだよ。だって瑠璃ちゃんは何ひとつ悪くないもん』
『いや、楽器を壊しちゃってるじゃん』
思わず突っ込む瑠璃に優愛は頭を撫でてきた。
『…いいんだよ。私のせいにして』
『!?』
なぜか、目の前が真っ白になったような気がした。
『1人って意外としんどいじゃん。だから、私のせいにして、何でも1人で背負い込むのをやめてほしいな』
どうして?そう訊ねると優愛はこう答えた。
『誰かがいれば寂しくないから。寂しくなければ楽しい。悩んで、辛くて泣いたら、それはもう音楽じゃないんだよ』
『…お姉ちゃん、ありがとう!』
優愛が本当の姉のように見えた。
『後で思いっ切り叩いても、壊れない方法を教えてあげる』
優愛はこう言って笑っていた。
「…優愛お姉ちゃん」
瑠璃も優愛を思い出し、つい喉に熱い何かが込み上げた。
頭を撫でて励ます先輩とその言葉。かつての自分たちと重なった。
その時、美玖音がこう言った。
「演奏ってね、篝火と一緒なの。楽器は土台、音質や音量は火に例えてみて。最初は小さな火でしか無いように、いきなり音が良くなるわけない。だから火を大きくするように、練習っていう努力を沢山するんだよ」
「篝火…」
美心乃は言葉を何度も反芻する。
「…美心乃ちゃん、篝火は風や水で消える。演奏も一緒だよ。前に進んで炎を強めるには、自分の演奏に誇りを持って向き合うことだけだよ」
その美玖音の言葉に美心乃は大きく頷いた。
「分かったなら良かった!」
その時、瑠璃が美心乃を思い切り抱きしめた。
「えっ…?」
「私は、優愛お姉ちゃんの為に篝火を燃やす!だから美心乃ちゃんの篝火は、神平中に向けるんじゃなくて、誰か大切な人の為に燃やすんだよ」
その言葉に、美心乃は瑠璃の背中を強く握る。
「ごめん…、瑠璃ちゃん…」
そう言って美心乃は静かに泣く。
「…古叢井さん、本当に変わったわ」
「…古叢井瑠璃ちゃん、本当に魅力的な子ですね。私には勿体ないくらい…」
そう言って、嬉しそうに頭を撫でる瑠璃と、本音を涙に変えて訴える美心乃を見守った。
これを切っ掛けに、美心乃も大きく成長していくのだ。
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【次回】 箏馬と志靉が…
1人目の退部者!?




