110話 茂華中高合同練習会 [前編]
9月6日。
殆どの部員が帰った後の音楽室。
「あーれ、何してるの?」
うまい棒をかじりつきながら、鳳月ゆなが部長副部長に訊ねる。
「…これからの方針」
茉莉沙よりも先にむつみが答えた。
「…へー。今後の方針って?」
「この前、井土先生に言われたやん」
「え、もしかして、人間共が群がってるとかなんとかってやつ?」
「何いってんの?」
むつみは真顔で言葉をぶつける。その下りの何が面白かったのか、茉莉沙はクスクス笑った。
その時、顧問の井土がやってくる。
「違いますよ。男女学年パート分け隔てなく仲良くしてくださいって言ってるんですよ」
「略してチート」
フルートの心音がそう突っ込んできた。
「…ゲームでチート技見つけた時の快感半端ないんだよなぁー」
ゆなはそう言って眠そうな欠伸をした。
「それにしても、ゆゆったらー」
「小倉君がどうかしたんですか?」
すると井土は顔を少し歪めてこう言った。
「ビブの楽譜が読めなかっただなんて…」
「私も読めん。ドラムは感覚、鍵盤は諦め、それがわたくし鳳月ゆなです!」
彼の悩みの言葉と対照的に、ゆなは気楽そうにそう言った。
「チョップ!」
「いたい!むっつん!」
「諦めるな」
むつみは怒ったように突っ込む。
「いやー、私よりはマシですよ」
その時、茉莉沙が庇うように言った。ちなみに茉莉沙も元はプロレベルの打楽器奏者だった。色々あって今はトロンボーンだが。
「…私も、彼の時くらいまでは全然落ちこぼれでしたし…」
「は、はぁ」
彼女の過去を知っている者は、全員何も言えなかった。
その沈黙を破ったのは井土の言葉だった。
「そうだ!メイさんのドラムの楽譜が出来たんでした!」
「えっ?」
茉莉沙は4枚の楽譜を受け取ると、誰も使っていないスティックを手に取った。
「少しやってみます」
彼女がドラムを叩くのは数週間ぶりだった。
その朝、茂華中学校。
この日は茂華中学校と茂華高校の合同練習が、茂華中学校である日だ。
「おはようございます!」
瑠璃が音楽室に入ると、全部員の半数が音楽室に詰め込まれていた。
「来るの早っ」
凪咲も後輩たちの方を見て、感心の声を上げた。
いつもなら、もう少し遅くに来るはずなのだが。もう少し早目に出れば良かったかな?とふたりは思った。
「…高校生の方々が来ています。パートごとに練習を始めましょう」
顧問の笠松の言葉で、今日の練習が始まった。パートごとに教室を分けて練習と指導が始まった。
「久城先輩ー、行きましょう」
「うん」
瑠璃はふと、美心乃に視線をやる。やはり彼女は元気のなさそうな顔をしていた。
まるで昔の自分みたいだ。
(…美心乃ちゃん)
彼女の様子に少し不安になってしまった。
「…瑠璃ちゃん」
その時、誰かが背後から話しかけて来た。どこかで聞いたことのある声。
「!?」
瑠璃はばっと後ろを振り返った。
「す、朱雀先輩!」
朱雀美玖音。茂華高校吹奏楽部の打楽器奏者だ。
「…久し振り〜」
「久し振りです!」
瑠璃は硬い表情で一礼する。
「あれー、なんか表情硬いね。…何かあったの?」
そして彼女の胸中は、美玖音に即座に見抜かれた。
「あ、いや…」
瑠璃はどう答えれば良いか、分からなかった。
その時だった。
「何か、殆どの3年生がピリピリしてるんですよ」
後輩の希良凜が言った。
「…へぇ。そっか、全国大会目指してるんだってね。神平中ビビってたよ」
すると美玖音は、ニコニコと柔らかい笑顔でそう言った。
「えっ!?神平中がですか?」
「てか、私の古巣だよ。私は神平中出身だからね」
「…は、はぁ」
始めて知った瑠璃と希良凜は、目をパチクリとさせた。
「…あの!神平中はそんなに強いんですか!?」
希良凜が一筋の希望を見出したいという気持ちを、美玖音にぶつける。
「強い?強いけど半分は強がりだよ。私はしなかったけど、コンクールに出る子は気休めみたいに自分の演奏を上手いって言うから」
「強がり…」
「そう。そりゃあ、自分の演奏に自信を持たないとだからね」
「そうなんですね。つまりハッタリ!」
「そういうわけじゃないけど…確かに誇張していたりはしている」
古巣の情報を軽々と吐き出す彼女に、瑠璃は疑惑の視線を向ける。
だがそれは…もう1人の後輩も同じようだった。
「どうして、そんなに話してくれるんですか?」
1年の末次秀麟。彼の言葉に美玖音は、くすりと笑い返した。
「だって、私自身、神平中学校あんまり好きじゃないから。あそこは平気で無視とかするし」
「…酷いですね」
「そう。それだから茂華高校に行ったの。だから私は茂華中学校を応援してる」
「ありがとうございます」
律儀に感謝の言葉を言う彼に、美玖音は人の良い笑みを浮かべた。
(…いい子たちだわ)
美玖音は中学時代の回想にふけっていた。
『先輩ー、勝手に音変えんでくださいよ。でも音綺麗ですね』
『…私は別に何でも良いです…。何でもするので朱雀先輩に委ねます』
比嘉悠介と相馬冬深。優秀なふたりの後輩の他にも、後輩や同級生はいた。
東関東大会金賞が決まったある日。
『朱雀先輩!茂華また東関東落ちだそうですー』
『へぇ、それは残念だね』
『顧問変わってからつまんなくなりましたよな。音楽』
『…そうかな?』
『技術も私たちの方が上ですよねー』
『コンクールの結果ならね』
しかし、神平中はというかバラバラだった。
全員が全国大会に行く、その血眼になってでも叶えたい夢が部員たちを支えていた。
本顧問もしたたかな人間だった。正直、すぐに不要を切り捨てる顧問のことを、美玖音はあまり好きではなかった。
『…足元すくわれるよ。そんなに調子に乗ってると』
美玖音は、確かそれだけしか言えなかった。
『みくねせんぱーい』
その時瑠璃に手を振られて、意識を取り戻す。
「あ、はい!」
「…大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。何かあった?」
「先輩はどうティンパニを叩いてますか?」
「…えっ?ティンパニ?うーん…」
美玖音は少し考え込むも、瑠璃にティンパニ専用のマレットを手渡される。
「先輩、叩いてくれませんか?」
「…良いよ。お手本が見たいんだね?」
「はい」
すると美玖音はティンパニの前へ立つ。譜面を見て数分だけ試奏する。
「できそうですか?」
瑠璃は少し不安気に訊ねる。華高のトップランカーと揶揄される彼女とは言え、迷惑では無いだろうか?それを考えるだけの余裕が瑠璃にはあった。
その不安気な声を耳に通した美玖音は、険しい表情をして目を閉じる。
「この朱雀。約8年の経験に叩けない曲は…」
瑠璃がこちらを覗くと同時に、美玖音は凛とした目をぱちんと開ける。
「きっと無い…」
刹那、沈黙が走る。
その沈黙を自ら破るように美玖音が笑う。
「多分もうできる!」
「え、はやっ」
「ティンパニは小学生からやってたからね。音階と音量を注視すれば何ら問題はないね」
美玖音は少し冷や汗をかきながら、楽譜通りに曲を進める。
「実はマードックは、神平小でやってたんだよね」
「え、そうなんですか?」
「そこでもティンパニをやってたけど、今はもうあんまり覚えてないね」
美玖音はマレットを跳ね上げる。多分、感覚だな、と瑠璃は思った。
「でも、瑠璃ちゃん出来てるよ。ただ音量がまずいかなってだけで」
「…それが、私、音のコントロールが極端で…」
「極端?それは大きい音か、前みたいな小さい音しか出せないってこと?」
「はい」
すると美玖音は少し眉をひそめた。
(…これは、思ったより深刻だなあ)
そんな彼女は、途中までティンパニを叩き切った。
「…これはもう、あれしかないね」
マレットを置いた美玖音は、瑠璃へある決断を下した。
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