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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
想いよ響け!! 涙の東関東大会編
181/208

109話 9月5日

新学期、いよいよ2学期が始まった。だと言うのに、吹奏楽部員には元気がなかった。

『講評には音にハリがない、表情が硬かったと書かれています』

『この調子で定期演奏会に出るつもりですか?』

3日前に言われた井土の言葉が、茉莉沙の脳裏に色濃く蘇る。

「このままじゃ駄目ですよね」

教室の中、茉莉沙は本をぱたりと閉じた。

「…茉莉沙さん?どうした?」

「か、河又君?」

そこへ話しかけて来たのは河又悠良之介。

「やっぱり、仲良くなるって仲良し会とかするべきかな?」

どうやら、彼も井土に言われたことを気にしているようだ。

「まぁ、仲良くなって結束力を上げることは、早急に対処したい課題ですからね」

茉莉沙は冷静に、なすべきことを俯瞰していた。

「…でも、仲良し会なんて何するんだろ?」

悠良之介が疑問の言葉を口にする。茉莉沙もまた困ったように肩をすくめた。

まずは、そこからかあ…と。



その頃、茂華中学校。

「あんま学校で、部活の話しはしたくなかったんだけど…」

伊崎凪咲がそう言って机に頭を埋める。

「…この前、ポプ吹行ったじゃん?」

「え、うん」

瑠璃は頷いた。

今は休み時間中だ。瑠璃は最近の凪咲の様子がおかしいので、どうしたのかと聞いていたのだ。

「神平中の打楽器の人、大人しそうな女の子がいたじゃん」

「いた…ね」

確かにいた。長身で顔が美麗な少女。

『もしかして相馬冬深って子かな。なんかその人はクラリネットも吹けるらしいよ』

そんな話しを優月から聞いていた。

「相馬冬深ちゃん」

瑠璃がその名前を言うと、凪咲がえ?と首を傾げる。

「もしかして、その子?あの子は打楽器とクラリネットを掛け持ちしてるらしいよ」

その言葉に凪咲の顔色が更に悪くなる。

「すごい今ね、打ちひしがれてる」

彼女に珍しく、語彙力が壊滅的だ。その言葉に誇張も大袈裟もない。

「え?何に?」

「だって打楽器も、もしかしたら瑠璃くらいあって、クラリネットも私より上手いんだよ」

「…そんな感じはしたね。私も少しビックリしちゃった」

「それにポプ吹に出たってことは、私たち同様に神平中(あっち)にも余裕があるってことじゃん」

次々と下向きの言葉が吐き出されていく。

凪咲がここまで認める相手、相馬冬深。

神平中学校を超えることは、やはり鬼門だと思った。

「そうかもね。でも、あの子さー」

チャイムが鳴ってなお、瑠璃はこう言った。

「感情と音がなかった気がする」

その言葉は、凪咲を励ますためだけのものでは、無かった。



新学期1日目は部活がなく、翌日の2日から部活が始まった。

その時には、もうコンクールの曲と基礎合奏を徹底的に始めていた。

「うー、きつー」

末次秀麟が椅子の背もたれにもたれながら、そう言葉を溢した。

「小学校の時より練習、スパルタ過ぎません?」

すると希良凜もこくりと頷いた。

「私の小学校でも、そんな練習しなかったしー」

どうやら、ふたりは既に音を上げているようだ。


「うーん、私はそれほどでもー」

しかし瑠璃は余裕そうだ。

「先輩ー、疲れないんですかぁー?」

後輩ふたりは驚いているようだ。

「えー、あんまりー。ティンパニ叩くの好きだから♪」

無敵な彼女に、ふたりは羨望の視線を向けた。


向けられた側は、何か歌いながら、本を読んでいた。

「ん、先輩、何読んでるんですか?」

「え?この本?」

瑠璃は本を躊躇なくぱたりと閉じた。

「この本ねー、めっちゃ面白いの」

「え、なんて本ですか?」

秀麟が疑問の視線を向ける。

「これねー、ストーカー気質の女の子が、炎天下の中、校庭のど真ん中に好きな男の子を呼び出して、告白を承諾するまで帰れないって本」

「え、それでどうなったんですか?」

「その男の子が、苛つきすぎて女の子の心臓をブシャーって」

「やめて、モウイイデス」

秀麟はグロ耐性がないのか、話しを途中で打ち切ろうとした。

「先輩、たまにサイコパスですよね」

その時、希良凜がとんでもない事を言った。

「…え、そう?」

「この前、実優ちゃんをイジってた人を成敗したって聞きましたし」

「あー、あの時かぁ」 

瑠璃はニコニコ笑って誤魔化そうとする。

「え、どう成敗したんですか?」

秀麟が恐る恐る訊ねると、

「言葉で相手の精神を追い詰めたっけ」

と瑠璃は楽しそうに言い返した。

「…へ、へぇ」

秀麟は、瑠璃の笑顔の裏に隠された真意に気付かないふりをした。



それから4日後。

「そういえば、瑠璃ちゃん、今日だっけね?誕生日」

「あー、そうだよ」

9月5日は、瑠璃の誕生日だ。

「おめでと」

久城(くじょう)美心乃(みこの)は彼女の誕生日を祝福する。しかし瑠璃はあまり乗り気では無かった。

「ありがと。ま、私は誕生日あんまり好きじゃないんだけどね」

「へえ、意外。どうして?」

「妹と揉めるから」

その答えを聞いて、姉妹は大変だな…と美心乃は思った。


その時だった。

『えー!?今年も!?』

音楽室から澪子の声が聞こえる。

「澪子ちゃん?」

「どうしたんだろう?」

ふたりが音楽室に入ると、先に来ていた雄成と澪子が揉めていた。

ふたりの口論は更に激しくなる。

「去年も、文化祭の1カ月前からメガネを掛ける強制だったじゃん」

「だってー、それ以外ないから」

揉めるトランペットパートに、突っ込んだのは瑠璃だけだった。 

「ふたりとも、何話してるの?」

すると雄成が光の速度で彼女へ体を向ける。

「ねー、瑠璃は決めた?」

「え?何を?」

「文化祭でパート紹介をする時の文言!」

「えぇー、決まってないよ」

そういえば1カ月後か、と彼女は思った。

「…そういえば、去年は言う事思いつかなくて、横堀先輩がメガネ掛けてたからって、文化祭の前からトランペットの子はメガネ掛けてたね」

思い出したように瑠璃が言う。

「そう!今年も思いつかないんだよ。何かない?」

「古叢井さんに甘えない!」

澪子は無理矢理、雄成の肩を引いた。


その時、後ろから冷たい視線が突き刺さる。

瑠璃たちが振り向くと、オーボエケースを持った美心乃がぽつりと佇んでいた。 

「…練習していいのかな?」

「ああー、まだで良い。1年と2年が来てないから」 

「そう…」

その会話に温度は無かった。なぜか瑠璃はゾクリとした。

美心乃は数週間前からこんな感じだ。何かに挫折している様子だ。たまに泣いている所を励ましているが、つい過去の自分と重なって突っ込んだことを言ってあげられなかった。

「そうだ、瑠璃!誕生日おめでと」

「え!?ありがと!」

雄成の祝福に、瑠璃は嬉しそうに笑い返した。

「へぇー、古叢井さん今日が誕生日なんだ。じゃあパーティー?」

「う、うん。多分…」

「多分?」

澪子が怪訝そうに彼女を見る。

「いっつも喧嘩になるから」

瑠璃は長い髪を力なく倒す。その表情は笑ってはいるが、何かにうんざりしているようだ。

「…瑠璃って、アレでしょ?誕プレ期待するタイプでしょ?」

そこへ雄成が聞いてくる。

「私がプレゼントを期待するのは、サンタさんだけだよ」

しかし、瑠璃はクリスマスの方に望みを掛けているようだ。

「サンタも親じゃん」

呆れて突っ込む雄成だが、瞬時にそれを後悔する。

「いででで!」

誰かが雄成の足をギュッと踏みつける。

「瑠璃にそんなこと言わないの」

「伊崎!いてぇー」 

凪咲は瑠璃の肩を叩くと、こくりと意味ありげに頷いた。



その日の夜。

「瑠璃ちゃーん!来てきてー」

樂良に呼ばれた瑠璃はひとり本を読んでいた。

「んー?」

瑠璃は本を閉じる。まだスパルタ練習の疲れが抜け切っていない彼女は、少しやつれた目をしていた。

(誕生日が金曜なのちょっとなぁー…)

明日は茂華高校と合同練習なのだ。それを加味すると少し面倒くさい。

「はぁーい♪」

瑠璃は樂良に付いていくようにリビンクへ歩いた。



「チョコレートケーキ美味しかった」

瑠璃は満足そうに笑ってフォークを置く。

「私もちょこけーき食べたかったー」

「樂良は次の誕生日まで我慢しな」

小麦と樂良も楽しそうに話している。

瑠璃は眠くなりそうになりながらも、妹や両親からプレゼントを受け取った。

「わぁー!フィルムカメラのフィルムだ」

家にあるフィルムの数は、物足りているがそれでも嬉しい。ちなみに彼女は、たまにフィルムカメラを使う。

「…瑠璃、冷凍庫見てみて」

母から言い渡されたもの。それを覗く。

「わぁあー」

箱に詰められたチョコミントアイス。

「これ、1人で食べていいの?」

瑠璃はキラキラと目を輝かせる。

「…ふふっ」

嬉しそうに頬を緩めた。

ちなみに、妹の小麦と樂良はチョコミントアイスが苦手なので殆ど独り占めした。


「あと、これ!」

すると父は細長い段ボールを手渡してきた。

「…え、これなにー?」

瑠璃は、段ボールに張り付けられたガムテープを剥ぐ。すると黒いケースがこちらを覗く。

「…わぁ!これ、何のケース?」

「太鼓のバチじゃない?」

小麦が言うと、瑠璃は「ありがとう」と笑った。

(やっぱり瑠璃姉…)

小麦は彼女の歓喜の声に、眉をひそめた。




翌日。

「全然眠れなかった〜」

「大丈夫?」

いつも通りツインテールを提げた彼女は、昨日から15歳なのだ。

「それにしても、華高が来てくれるなんてね」

凪咲がそう言って少し嬉しそうに笑う。

「てか、誕プレは何もらったん?」

「えーっと、充電器とチョコミントアイスとスティックのケース」

「学校じゃスティックケース使わないでしょ」

凪咲が突っ込むが、瑠璃は目を細める。

「まぁー、高校入ったら使うよ!」

「…そう」

もう瑠璃は凪咲と別れることに躊躇していない、今の彼女にはそう見えていた。


「それより、久城さんのことなんだけど」

「美心乃ちゃん?」

「…何とかならないかな?元気ないじゃん」

「うーん、オーボエだって上手いと思うけど」

「本当に神平中はよく分かんない」

「だね」

瑠璃は、指定のジャージである白いシャツを掴む。暑いなあ、と心のどこかでは冷静だった。少しだけ膨らんだ胸元が揺れる。

「…そうだ!美心乃ちゃんのオーボエ、良いところ何個か褒めたら良いんじゃない?」

「瑠璃はポジティブね」

「へへっ」

瑠璃は嬉しそうに笑い返して見せた。

ありがとうございました!

次回もお楽しみに!

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