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吹奏万華鏡  作者: 幻創奏創造団
[1年生編]地区コンクール始動編
18/209

トロンボーン自主練習の章 

この物語はフィクションです。

人物、学校名は全て架空のものです。

ゴールデンウィーク明け。

東藤高校吹奏楽部もコンクールへ向けて活動が始まった。


「ホルン、むずーい…」

小林想大が、学校から借りたホルンを手に、周防奏音と練習をしていた。

「…最初は、大変だよー…。でも吹けると楽しいんだよ」

そう言って奏音は、猫のように目を細めて笑った。


「…先輩、自由曲とか調べてきましたか?」

サックスパートの夏矢颯佚が、テナーサックスパートの齋藤菅菜(さいとうかんな)に訊ねる。

すると、菅菜は困ったように笑う。

「…調べてなかったなぁ。…夏矢君は?」

「うーん…。ここだと、やっぱりー…」


優月は、皆が話している間にも、グロッケンの譜読みをしていた。

「1番下の線が、ミ。古叢井さんはこんなに大変な思いをしてたのか…」

今になって、改めて瑠璃が大変だったんだな…と偉大に感じた。



その頃、裏庭ではイヤホンを片手に、曲を聴いている者がいた。茉莉沙だ。

「…はぁ。…自由曲か」

イヤホンから出た華々しい音は、風に煽られ、どこかへ消えていった。





その時、音楽室では、美心が既に譜読みを終え、マリンバを打っていた。

「…」

無言で、音階のミスを修正していく。


しばらくすると、マレットが迷いなく跳ねていく。

ポンポン…パン…とくぐもった優しい音が響く。しかし、数秒後にはドラムの音に掻き消された。


「…終わったぁ〜…」

鉛筆を走らせ、約20分。やっと譜読みが終わった。

「…グロッケンって、ピアノと音階、一緒なんだよね…」


中学では、瑠璃のグロッケンのソロを何度か聴いたことがある。

綺麗で歯切れの良い音が響いていた、気がする。

「…さて、やるか」

彼は、先端が球型のマレットを手にする。


そして、ミの音階めがけて打ち出した。




「…譜読み、終わった」

茉莉沙も階段に腰掛けて、楽譜に音階を書き込み終えていた。

「…」

茉莉沙が、金色に光を放つトロンボーンを構える。

そして、息を吹き込むと同時、スライドを引く。


ド…レ…ミ…ファ…ソ…ラ…シ…ド…


タンギングをした彼女のトロンボーンが、空へと響いた。

「…うん」

茉莉沙は、基礎の音階を吹き続ける。



数分も吹いていると、タイマーのアラームが鳴る。

ピリリリリ…

そのアラームが響くと同時、トロンボーンを顔から離す。


「…よし。一度、吹いてみますか」

茉莉沙は、再度、マウスピースを唇に付ける。

そして、優しく息を吹き込んだ。

ドー…

温かみのある音が彷徨うこと無く、進んでいった。


数分間、通して演奏した茉莉沙は、ペットボトルを手に取り、中身の爽健美茶をあおる。


「…はぁ」

トロンボーンは茉莉沙1人だ。

それでも、滞りなく演奏は成り立っている。

理由は、毎日、このような厳しい練習と、愚直な努力を繰り返しているからだ。


「…ん?」

その時、楽譜に隠したスマホが震える。

「…部長からかな?」

スマホを手に取り、その連絡先を見た彼女は、目を疑う。

相手は部長では無かった。

「…冬樹くん」


トロンボーンを構えた自撮りのアイコン。

このアイコンを見ることは、久しく無かった。


〘僕の友達が、押しかけちゃってごめんなさい。でもトロンボーンのソロかっこよかったです!〙

〘ありがとうございます〙


茉莉沙は指を走らせ、そう返信した。

すると、間もなく既読が付いた。

送信のバイブ音が鳴る。


しかし、茉莉沙はもうスマホを手に取らなかった。そしてトロンボーンを再び吹き始める。

その音は、さっきよりも数段朗らかな音だった。



30分後、合奏が始まった。


「夏矢君、そこのハリをもうちょい押さえて!」

一通り、一曲を終えた井土が、彼へそう指示する。

「はい」

少し強調し過ぎたかな…と颯佚が思う。


それにしても初見だからか、音が安定しない。目立つ音といえば、ゆなのドラムと茉莉沙のトロンボーンで成り立っている気がする。


そして、一瞬、菅菜へ視線を流す。

菅菜は茉莉沙に視線を向けていた。


先日、菅菜は茉莉沙を尊敬している、と言った。

そんな茉莉沙も高校から始めたらしい。


普段一体どんな練習をしているのかと、颯佚は気になった。



「…小倉君、グロッケンのシャープをちゃんと見ててください」

「はい」

優月は恥ずかしそうに、返事した。

しかし、難しい。


それに引き換え、美心は上手い。指摘されることがない。流石、鍵盤楽器専門というだけある。


「小林君、音を無理に伸ばさなくて良いよー」

井土が、そう言って想大を見る。

「はい」


やはり、ホルンは難しいなぁ…と想大は、手元のホルンを見る。

「…本当に無理しないでね」

すると奏音が、そう言って、肩をすくめた。

「…はい」

追いつこうと無茶をしていた想大だが、確かに、と思った。


「黒嶋さんのトランペットも、ここの部分は、鳳月さんの音に合わせて!」

「はい…」

「それでは…もう一度、やってみましょうか」


再び合奏が始まった。



それから30分、合奏と指導、時々、雑談をすると、あっという間に、終了時間になった。

「…これで今日の部活を終わりにします!お疲れ様でした!」

部長の雨久がそう言うと、部員もいつもの如く、

「ありがとうございました!」

と繰り返した。



「周防先輩ー、ここ、どうやって吹くんですか?」

「…ここはね、前と比べたら、簡単な方だよ…」


「菅菜先輩、ここって、音量、低めでいいですか?」

「うん。いいんじゃない」


ホルン、サックスパートもいつものように、居残りで練習している。


「…ふぅ」

優月も、グロッケンを仕舞い、新しく買ったばかりのスティックを握る。

優月も、部活終わりに、自由にドラムを叩くのが楽しみにもなってきたのだ。


「…ふふ」

やはり、彼のような人間は珍しいのか、片付ける者からチラチラと視線が舞う。


それでも、優月は手を止めず、基礎のリズムを打つ。ときには、ゆなの真似をしている。

それっぽいリズムを、刻めてはいるものの、やはり、まだゆなや優愛たちのレベルには、ほど遠い。


そんな彼のドラム独奏を見て、茉莉沙がくすっと笑う。まるで子供が必死に頑張っている様を見ているようだ。


しかし、すぐに逃げるようにトロンボーンケースを手にして、階段へ降りていった。



「…ドラム」

小さな声でぽつりと言う。

その時、暗闇の先に立つ、1人の男性が目に浮かぶ。


「小倉君、中学から始めていたら、きっと誰も追い越せない存在に、なってたかも」

誰かに話しかけるかのように、茉莉沙はそう言った。

きっと、その言葉は、未来を見据えた本心から出た言葉だろう。



「優月君、帰ろ!」

想大がドラムを叩いていた優月に、そう言った。

「…うん」

優月は自分のスティックを、小物台にしまい、彼を追いかけた。

「さようなら」

2人はそう言って、音楽室を出ていった。




階段を降りながら、優月と想大は話していた。

「ホルン、むじぇ〜…」

「グロッケンも、ちょっと大変かな…」

「…でも、周防先輩、優しいからいいか」

「そう」

奏音が優しくて良かった、と何故か優月は、自分事のように安心してしまった。


そんな2人は昇降口に靴を放り、靴を履く。


外へ出ると、まだ太陽の残光が、空へと走っていた。

「…少し、暑くなってきたね」

優月がそう言って、じんわりと滲む汗を、手で拭う。

「そうかな?」


その時だった…。

裏庭の方から、優しいトロンボーンの音が響いた。


「明作先輩…」

優月がそう言って、音のする方を見る。


彼の言う通り、茉莉沙はトロンボーンを吹いていた。

可愛らしいはずなのに、何故か、美しく見えた。


「ほんと…すげぇな。ボーンの子…」

部に慣れていない、想大がそう言うと、優月が「そうだよねぇ」

と言った。



彼等が帰ったあとも、茉莉沙は、日が沈むまで吹いていた。

すると、スマホのメールを見る。


〘明日…近くの河川敷で吹きませんか?〙

茉莉沙はその誘いに、指を動かした。



いよいよ、本格的に吹奏楽が始まるのだ。

次回…

茉莉沙が主人公。


読んでいただきありがとうございました。

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